2020年7月19日日曜日

液相分離の理解にも物理化学が必要とは

液液相分離 LLPS の論文ですが、最初はよく理解できず、ちょっと難しい内容でした。

J.A. Riback, L. Zhu, M.C. Ferrolino, M. Tolbert, D.M. Mitrea, D.W. Sanders, M.-T. Wei, R.W. Kriwacki, and C.P. Brangwynne (2020) Composition-dependent thermodynamics of intracellular phase separation. Nature 581 (7807), 209-214. doi: 10.1038/s41586-020-2256-2.

細胞核内の仁(核小体)は膜をもたない液滴ですが、これを相分離させる鍵となっている蛋白質に nucleophosmin (NPM1) があるらしいです。この NPM1 は、DNA 修復、ガン、アポトーシスなどいろいろな箇所に重要分子として登場してくるのですが、統一的な機能がよく分かっていないようです。ホモ5量体を形成しているので、それぞれのサブユニットで rRNA と付くことができ、これが今回の内容のキーとなっています。NPM1 は核内では 4 μM ぐらいの濃度ですが、これを過剰発現させると大きな仁が出来上がります。問題は、仁ができた時に仁の中の NPM1 の濃度 Cden と(核内ではあるが)仁の外の NPM1 の濃度 Cdil との比についてです。一般的に、特殊な分子の濃度がある閾値を越えると相分離が起きて何かしらの液滴ができますが、Cdil の濃度はある程度は一定に保たれます。つまり、しきい値濃度 Csat を超えた分すべてが液滴に集められ、その外側の濃度は常に Cdil ぎりぎりに保たれるような感じです。その蛋白質がさらに供給された場合、Cden も一定のまま液滴だけが大きくなっていくはずです。ところが、この NPM1 では Cden も Cdil もともにどんどん上がっていきます(ただし、相分離比 Cden/Cdil は濃度が高まるにつれて下がっていく)。これは、ちょうど Csat が上がっていくことを意味します。何故そうなるのでしょう?界面活性剤を濃くしていくと、ちょうど臨界ミセル濃度でミセルができますが、その臨界ミセル濃度がどんどん上がっていくようなイメージでしょうか?

これまでは、一種類の天然変性蛋白質(IDP)などが相分離して液滴を作る様子が解析されてきました。その場合には、しきい値濃度 Csat は一定で、それを超えた分が液滴となって、その周りの Cdil もある程度は一定に保たれます。しかし、細胞内や核内にはもっと多種類の蛋白質や核酸があり、それらの間の相互作用も多種多様です。あるタンパク質一つをとってみても、相互作用部位は複数あるかもしれません。また、ある IDP でもさまざまな箇所で異なる RNA と異なる強さで相互作用するかもしれません。このようなヘテロな状態ですと、しきい値濃度 Csat も、その内容物やそれらの濃度、そして相互作用の強さによって変わってきます。当然のように Cden, Cdil も変わります。

ある分子の立場に立ってみましょう。その分子は、液滴の中に入った方がよいか、それとも外にいた方がよいかを選ぶことになります。もし圧倒的に液滴の中に入った方がよければ、おそらく他の同じ種類の分子もこぞって液滴の中に飛び込みます。そして、多いに安心します。この安心(安定)を自由エネルギーが低くなるといいます。落ち着いている状態です。なぜ落ち着くのかですが、きっと周りのいろいろな分子と友好的な付き合いができるためでしょう。液滴の世界では例えばプラスマイナスの静電的相互作用などが効いているのかもしれません。

逆に、この分子は液滴の外にいるとそわそわします(不安定)。これは自由エネルギーが高いのです。要は、液滴の中(Gin が低い)と液滴の外(Gout が高い)があって、この差 Gin - Gout を(液滴への転移における)自由エネルギーといい ΔG と表します。当然ですが、どちらからどちらを引くかで正負が逆転します。ところが、ここが統一されていないので、本や論文によって正負がしばしば逆転します。それではこの ΔG を決めるにはどうすれば良いのでしょうか?まさか、各分子に液滴の中と外のそれぞれでの居心地具合を尋ねるわけにもいきません。ところが、このような分子が超たくさんあると、液滴の中と外にいる分子の数をそれぞれ数えるだけで ΔG に置き換えることができるのです。要は濃度比 Cden/Cdil です。液滴の内外を境に分子を分配するので、分配比といってもよいでしょう。この法則を発見した人の名にちなんで、これをボルツマン分布と呼びます(ΔG = -RT ln K = -RT ln (Cden/Cdil))。転移の自由エネルギーなんて数の比にすぎないんだと思ってください。

話を著者らの実験に戻します。NPM1 の濃度を上げるにつれて、NPM1 は液滴の方に入りにくくなりました(入るのですが、相分離比 Cden/Cdil が下がる)。これは液滴の中の相互作用がヘテロで、かつ、そのヘテロな相互作用が強いことを示しています。この辺りの数式が複雑でちょっと分かりにくいのですが、おそらく rRNA が NPM1 とたいへん好ましく相互作用するため、rRNA が NPM1 を液滴の中に(積極的にではないのですが、結果として)呼び込むものと考えられます。そして、仁の中に多くの NPM1 が入れば入るほど、rRNA はどんどん NPM1 でまぶされ、もはや外にいる NPM1 を呼び込む余裕を失い始めます。

NPM1 と同じように SURF6 を濃くしても、SURF6 は液滴の中に入りにくくなりました。核小体の中では SURF6 と rRNA との相互作用が好ましいので、有り余るほど SURF6 を加えるとだんだんと rRNA が SURF6 でまぶされてしまいます。すると rRNA にはもはや NPM1 が付く場所もなくなってきますので、SURF6 を増やした場合でも NPM1 は液滴の中に入りにくくなります。逆も同じです。NPM1 を増やすと NPM1 がますます rRNA を独占してしまうため、SURF6 が液滴の中に引き込まれなくなってしまうのです。

NPM1, SURF6 と rRNA との相互作用についてですが、weak で promiscuous と書かれています。後者の単語はランダムなという意味らしいです(昔、九大の神田先生がこの語について語られていた場面を思い出します)。rRNA はまだ新生鎖ですので、形も決まっておらず動き回っています。そのような rRNA 新生鎖と NPM1, SURF6 がお互いに絡み合ったような状況なのでしょうか?NPM1 も5量体でそれぞれの箇所が rRNA とくっつけるため、個々の相互作用は弱くても全体としてはかなりの寄与になってくるのでしょう。

rRNA は、まだ新生鎖の時は NPM1 などと頻繁に相互作用するため、液滴の中を好み仁の中にいます。rRNA にとっても液滴の中で NPM1 とくっついていた方がよいのです。ところが、rRNA は、他のリボゾーム形成蛋白質といっしょになり、完全なリボゾームへと成長していくにつれて NPM1 と相互作用できる箇所は減り、今度は液滴の外の方がエネルギー的に低くなり、結果として仁から外へと追い出されてしまいます。まあ、NPM1 と相互作用しないものには用はないから出ていけということでしょうか?著者らは他の液滴でも同じようなことが起きているのではないかと推測しています。つまり、なにか基質に相当するものが増えてきた時に、それらを集めて集団を作る液滴形成タンパク質があり、基質と(個々としては)弱いが多くのランダムでヘテロな相互作用を通して液滴を保ちます。皆が集まっているので、非常に効率よく反応を進めることができます。そして、目的の生成物ができあがると、それらは液滴タンパク質ともはや相互作用しなくなるので、液滴から外へと追い出されます。このようにしてできたオンデマンドの液滴も、基質がなくなれば用無しとなって解散します。

しかし、なぜ相分離のようなものが物理的に起きるのだろう?と考えてみると、たいへん不思議です。水槽にインクを一滴垂らすとインクは水槽の中に広がっていきます。逆にインクが集まってきて、固まるようなことは起きません。これはエントロピー増大の法則と呼ばれており、粒子はとにかく乱雑に均一に広まっていく方向に進んでいくことを示しています。しかし、一方でお酢の中の餃子油のように、放おっておくだけで集まってくるような場合もあります。これは乱雑になるどころか逆にお酢と油の相というようにきれいに分かれて整理整頓がなされる方向に進んでいます。この仕組みについては、まだ決着がついてはいないそうですが、油が集まることより余計に周りの水が乱雑になった、つまり、水が乱雑になる方(水のエントロピー増大)が勝ったというように説明されることが多いです。他に排除体積効果という言葉で説明されることもありますが、どちらも感覚的には掴みにくい概念です。ペンギン(餃子油)どうしが寒さを防ぐためにお互いにくっつき合うと、体表面積が減り、北極(いや南極か?)の冷風に当たる面積も減らせます。散らばった餃子油の表面には水が規則正しく並んでいたのですが、餃子油が集まってその塊としての表面積が減るほど、それらの水分子も開放されて喜んで散っていきます。これが水のエントロピー増大に当たります。確かに餃子油は固まって秩序を形成しますが(自然が嫌いなエントロピー減少)、それ以上に水分子は自由を得て散っていくのです(自然が好むエントロピー増大が勝った)。実は寒風の中で集まったペンギンどうしは手を結び合っています(に違いない)。同じく餃子油も集まって初めて手を結びます。これをファンデルワールス力と呼びます。これも餃子油が集まる方に(今度はエンタルピーの形で)寄与しています。

では核小体のような液滴はどのような仕組みで起きるのだろうとちょっと調べてみると、なにやら Flory-Huggins 理論とか何とかにぶつかってしまい、こんな言葉、なまもの学科出身の私は一度も聞いたことすらありませんでした。でも、化学系の人に聞くと、院試で必ず出題される基本事項なのだそうです。その説明(ウェブで見ただけですが)なんだか難しい。とにかく最初はビー玉のようなものを使ったエントロピー論が出てきます。結論としては、タンパク質や RNA は集まるよりかはランダムに散らばっている方がエントロピーが高くなっていいよね(つまりランダムに散乱してしまう)ということです。これでは逆じゃないですか、液滴形成に進む原理を知りたいのに、混合のエントロピー ΔS をひたすら計算すると、液滴を形成しない方がよいことになってしまうのです。はてはて?この辺りは先述の水槽に垂らしたインクと同じです。

ところが、そこにエンタルピー項が入ってきます。そのエンタルピーとはいわゆる相互作用です。私の解釈が思い切り間違えているかもしれませんが、タンパク質と RNA どうしの相互作用(エンタルピー項 ΔH:発熱するので負です)が、先程の乱雑な均一混合の方がよいというエントロピー項(-TΔS:正です)に勝ると、これを足し合わせた自由エネルギーが負になって液滴形成に傾くというわけです。ΔG = ΔH -TΔS ですので、当然、温度を上げるとエントロピー項が勝ちます(-TΔS がどんどん大きな正の数になって ΔG がついに正になってしまう。つまり、液滴は消える方がよい)。すると、タンパク質や RNA は「自然は散らかる」の法則にしたがって、本当はまんべんなく均一に混ざっていたいのだけれど、その分子間に相互作用があると、くっついて液滴になってしまうということでしょう(注:この節での ΔS の議論では、水和水の排除体積効果を無視しています)。

タンパク質, RNA という役者だけを登場させて自由エネルギーの議論ができますが(その系における ΔG = ΔH -TΔS)、これを細胞全体で考えるとエントロピーだけの議論ができます(宇宙全体の ΔS)。このような振り替えができるのは、定圧条件下(ΔH = 熱量)だけでして、まあ生物は基本的には一定の圧力の中で生きているので、この条件に合うのです。すると、先程の相互作用の(系内の)エンタルピーは何か(系外の)エントロピーに変えることができるはずです(「系内だけの自由エネルギー」と「系外も含めた宇宙のエントロピー」の関係として教科書に載っています)。おそらく、タンパク質, RNA 間の静電的相互作用によって生じた熱 ΔH が周りの水分子を活発に動かし、仁、核、細胞質の水分子の運動(エントロピー)を上げているのではないかと思います。もちろん、タンパク質や RNA 自身の動きも増加させているかもしれません。もちろん、IDP 蛋白質の周りに揃って並んでいた(水和していた)水分子が、液滴形成によって仁の外に追い出され自由を得たことによって、水和エントロピーもあがります。そして、それらのエントロピー上昇が、先程の Flory-Huggins 理論で得られる液滴形成のエントロピー降下に打ち勝つと液滴が形成されると考えることができるのではないでしょうか?(ただし、ATP 加水分解などによる能動的なエネルギー追加が液滴形成にまったく寄与していなければの話です)。液滴が形成されることによる秩序よりも、周りの水分子が自由に動くことによる開放(排除体積効果 & 静電的相互作用による発熱)が勝ったというわけです。

2020年5月21日木曜日

放射減衰の怪

数ヶ月前に起こった奇妙な?(というより、それまで知らなかった)出来事です。

いつものように、標準蔗糖溶液を NMR 磁石の中に入れ、チューニング、マッチングを “きっちり” と合わせ、グラジエントシムを 1D, 3D, 1D とかけました。時々、このようにしてベストなシム値を保存しています。ついでに p1(1H の 90 度パルス幅)でも調べておこうかと思い、まず最初はハードパルス1本を 1 μs で打ちました。フーリエ変換して位相を合わせ、それを保存しておき、次に 40 μs で打ちました。これがちょうど 360 度パルスに相当することはすでに分かっていましたので、これをフーリエ変換すると、分散波形のような残差ピークが現れました。ここまでは全て順調です。そこで何を思ったのか、両者を overlay してみたのです。それがまずかった。ピークトップがかなりずれているのです … 。「何これ?マシンが壊れたか?」


最初に思ったことは、中心周波数 o1p はやはりデフォルトの 4.7 ppm では駄目なのかなということでした。もっと精密に決めないといけないのかな?この時、水のピークトップが 4.55 ppm ぐらいに見えたので、試しに o1p を 4.55 ppm に設定し、先ほどと同じように測定しましたが状況は変わらずです。ということは、中心周波数の問題ではありません。Bruker マシンでは D2O のロック信号を 4.7 ppm とみなすように設定してありますので、測定温度を変えたとしても、軽水 1H の共鳴値も同じく 4.7 ppm になるはずです。少しずれていたとしても、それは 1H, 2H の磁気回転比の登録値が少しずれているだけの話です。それではということで、presaturation の入っている zgpr でもっとも水がきれいに消える中心周波数を探してみたところ、やはり予想どおり 4.7 ppm ドンピシャでした。そりゃーそうです。

「もしかして radiation damping か?」が頭によぎったので、今度は 0.1 μs で打ってみました。いくら何でもこれだけ短ければ radiation damping も起こらないだろうと。しかし、この結果は 1 μs で打ったのと同じ。どうも 360 度で打った時だけ、きっちりと 4.7 ppm にピークが生じ、それ以外のきれいな吸収波形を生み出すような測定では 4.55 ppm ぐらいにピークが出るのです。

そこで、Krta さんと相談し、de-tune することにしました。故意にチューニング、マッチングをずらすのです。すると、奇妙なことに、今度は 1 μs でのピークが左(低磁場側)にぐーんと移動しました。これで決まりです。Radiation damping が原因なのでしょう。確かに論文には見かけの縦緩和が速くなるだけでなく、共鳴値もずれると書かれています。しかし、こんなに目立ってずれるとは。

資料を探していると、昔のスライドが出てきました。これは某所の 800 MHz でとったデータです(たぶん)。クライオは付いていましたが、初期バージョンでしたので、あまり Q 値は高くなかったのでしょう。これですと、あまりピークトップは動いていません。


それにしても 25 年間、p1 を何回測ったことでしょう?単純計算で zg が 1 万回です。これまで気付かなかったなんて。昔から「まずは 1 μs でスペクトルを測って、そのピークトップを 1H 中心周波数 o1p にセットして」などと教わり、また教えてきましたが、それだと presaturation が効いたり効かなかったりまちまちになりそうです。それに、水ピークの下の 1Hα などの帰属はどうなるのでしょう?水で起こる radiation damping では、水ピークとほぼ同じ共鳴値をもつ蛋白 1Ha ピークにも影響が出るはずです。

後で「Topspin のバグでした!」なんて言われないことを祈っています。

2020年3月29日日曜日

プロテアソームは上下で独立

好熱性古細菌のプロテアソーム 20S CP の NMR 解析です。 

Rennella, E., Huang, R., Yu, Z., and Kay, L.E. (2020) Exploring long-range cooperativity in the 20S proteasome core particle from Thermoplasma acidophilum using methyl-TROSY-based NMR. Proc. Natl. Acad. Sci. U S A 117(10), 5298-5309. doi: 10.1073/pnas.1920770117. 

20S CP は unfold した蛋白質や、もう不要になった蛋白質をシュレッダーのようにばらばらに分解する機能を持っています。全体では上下対称の樽のような形をしていますが、上下のゲート部分は α サブユニットの N 末端 10-15 残基が担っています。この樽構造は α7-β7-β7-α7 のホモ 7 量体ですので、上あるいは下側だけで 7つの N-末端しっぽがあります。そのうち、たった2つしか同時に内側に入れないのですが(直径 13 Å の立体障害のため)、その IN 構造が 95% の時間を占めていることが、これまでの NMR 解析から分かっています。そして、数秒に1回ほど OUT 構造に入れ替わります。この N-末端しっぽは基本的には構造をとっておらず揺らいでいます。この樽構造 α7-β7-β7-α7 の上下に、さらに 11S 調節因子が付きます。この調節因子にはいろいろな種類があるのですが、α7 の Lys66 と塩橋を組む点など、α7 への付き方については共通しているそうです。さまざまな調節因子がついた結晶構造が解析されてはいますが、どうも静的構造だけでは生化学実験の結果を説明できないようです(来ました!ここぞ NMR の出番です)。例えば 11S に変異を入れると、分解のされ方が変わります。分解は遠く離れた β7 で起こるので不思議です。他にも β を変異させたり、β に阻害剤を付けたりすると、やはり遠く離れた α の N-末端しっぽの様子が変わるそうです。そこで、α サブユニットのメチル基だけを 13C/1H3 で標識し(その他は 12C/2H 標識)NMR の化学シフト変化(chemical shift perturbation)を解析した結果、この α の N-末端しっぽ部分(さらに 11S 調節因子のつく部分)と β の活性部位の間の 70 Å の経路がアロステリックとしてつながっていたとのことです。NMR の化学シフトはほんの少しの構造変化でも動きますので、構造変化がドミノ倒しのように 70 Å の経路を伝わる様子を観ることができます。 

この樽構造は立てて置くと上下対称ですので、上記の実験で分かったことは、あくまで少なくとも上半分、あるいは下半分だけでアロステリック効果があるということです。著者らの次なる疑問は、もしかしたら上下で相関していて、上の α から下の α までの壮大な 150 Å がアロステリックとして繋がっているのではないか?ということです。これを調べるには上下を何とかして区別しなければなりません。一つの方法は、例えば上半分の α7 にだけ変異体を使う、2つ目は上半分と下半分の α7 をそれぞれ異なる安定同位体で標識することです。その結果、最終的には、上半分と下半分はアロステリックの点で繋がっていない(つまり、お互いに独立)であることが分かったとのことです。ちょっとがっかりしましたが、神が選んだことですので、まあ仕方がありません。なお、どちらが上か下かの区別はありません。ひっくり返したら同じです。しかし、ややこしいですので、論文の図1に沿って上や下と記すことにします。 

もうだいぶ読み進めたかな?と思ったら、まだ Introduction でした ... 。やっと、今から Results です。しかし、Kay さんのこの流れるような英文は何なのでしょう。邦文小説でいうならば、ちょうど司馬遼太郎のような文章です。途中でちょっと詰まるような(後方を振り返らなければならないような)箇所が一つもなく、一定速度のまま淀みなく読めるような英文です。 

まず最初に、上側の α7 を K66A に変異します。すると、この α リングは 11S とほとんど相互作用しなくなります。一方、下側の α7 は野生体のままですので 11S がくっ付きます。著者らは 11S を加えた時に動いたピークの強度比から Kd = 3.5 μM と見積もっています(K66A の場合も同様に計算しており、親和性は 1/30 に下がります)。総分子量は 850 kDa にもなりますが、上側の K66A α7 の Ile, Leu, Val, Met のメチル基のみを 13C/1H3 に、それ以外の箇所(上側 K66A α7 の他の側鎖、11S)を 12C/2H 標識すると、ちゃんと信号が観えてくるのだそうです(40-60℃, これってもう風呂より熱い, 800 MHz、しかし、重水素化とメチル TROSY の組み合わせ効果はすごいものだ)。当然 D2O 溶媒ですので、交換性の水素も 2H になっています。なお、下側 WT α7 と 2 つの β7 は重水素化されていない(非標識の)ようです。しかし、13C/1H3 メチル基はこれらの領域の 1H から離れた位置にあるので大丈夫なのでしょう(全てではありませんが)。上側 K66A α7 では、プロキラルの2つのメチル基の一方だけが 13C/1H3 で標識されていますが、立体特異的標識ではなさそうです。 

このプロテアソームを再構成させるにはちょっと工夫が必要です。欲しい ILVM-α7-β7-β7-α7(1/2)以外にも ILVM-α7-β7-β7-ILVM-α7(1/4), α7-β7-β7-α7(1/4) などが出来てしまいます。しかし、非標識 α7 に strep-tag を付けたままにしておくと、親和性カラムにより ILVM-α7-β7-β7-ILVM-α7 は pass-through として除けてしまいます。それでも 25% の α7-β7-β7-α7 対称形 (ILVM-α7-β7-β7-ILVM-α7 が完全に除かれたとすると、溶出蛋白質のうちの 1/3 にあたる)が入ってきてしまいますが、これは幸い非標識ですので methyl-TROSY で観測されません。この上下非対称の試料 ILVM-α7-β7-β7-α7 に 11S を混ぜると、これは下側 α7 によく付きます。すると、この下側 α7 の IN/OUT 平衡は、ぐんと OUT の方に偏りますが、注目すべき点は上側 K66A α7 の IN/OUT の比率も free での 2/5 から変わるかどうかです。結果として変化しなかったことが示されました。 

精密な解析だなと思う点は、K66A α7 にも少しは 11S が付いてしまう事と(当試料では 24% の K66A α7 に直に結合している)、非標識ではあるものの α7-β7-β7-α7 対称形も試料の中には含まれている事(全体の 46%)をも考慮している点です。また、論文には非常にややこしいモデル図などが描かれています。故意に間違えたモデルですが、もし下側 α7 に 11S がついて OUT 構造になれば、上側 α7 も同じように OUT 構造になることを仮定しています。これはアロステリーが 100% の状態です。すると、11S を混ぜた時に上側 α7 も OUT 構造に傾くので、計算によると IN/OUT は 0.15 になります。しかし、実測では 0.42 でした。これは 11S とは無関係の、つまりフリーの状態での割合 0.4(2/5)と同じです。したがって、上下間でのアロステリーはほぼ0といえます。 

幸運にも、この α7 はサブユニット交換しないようです。著者らは故意に α サブユニットをスクランブルさせた試料も作っています(塩酸グアニジンで変性させてから再構成させる)。そのスクランブル試料では重水素化した α サブユニットの隣にしばしば非標識の α サブユニットが来ますので、界面付近にたまたまあるメチル基のピーク強度が落ちます。しかし、ちゃんと再構成させた非対称 CP ではそのようにならないことから、スクランブルが起こっていないと判断しています(この完璧さでは査読者の指摘する箇所はなかっただろう)。 

次の試料は、下側 α7 のゲート部分が Gly-rich の変異体です。こうすると、11S を付けなくても Gly-rich α7 全てが OUT 構造にシフトするのだそうです。そして、先ほどと同じように上側 α7 の IN/OUT の比率が変わるかどうかです。上側 α7 には M1I などの変異体を使っていますが、要は化学シフト値に変化は見られませんでした。厳密にいうと、むしろ上側 α7 の IN 構造が少し増えてしまいました。すると、もしかして、正の協同性ではなく、両端で IN と OUT が逆になるような負の協同性があるのか?ということになります。しかし、このような非対称形のサンプルだけでなく、対称形のサンプルでも同じ現象が見られたことから、これは長距離アロステリーのせいではなく、プロテオームどうしが分子間で少し相互作用するためであろうと結論づけました(上側 α7 のしっぽが、別のプロテアソーム分子の内部に Gly-rich α7 の側から入り込む。なんだかイソギンチャクどうしの合体を思い浮かべる)。Gly-rich α7 と WT α7 のいずれを標識して観測しても、それぞれの IN/OUT の比率にアロステリーを示唆する相関は見られませんでした。 

3番目の試料は、下側 α7 に L81V 変異を施したものです。そして、観測する上側は ILVM-α7 にしておきます(ほぼ WT です)。この L81V 変異は、同じ下側の β サブユニットの化学シフトまで変えてしまい、その変化はちょうど 11S が付いた時と似ているそうです。問題はこの化学シフト変化が上側の β, α サブユニットにまで及ぶかどうかです(結果として、及ばなかったことが分かった)。 

以上より、同じ半分子の α7-β7 の中ではアロステリーが存在しますが、それはもう一方の半分子までには及んでいないということになります。 

1個のプロテアソームの両側に異なる調節因子が結合するという事実が真核生物で確かめられています。その意義について少し述べられているのですが、よく分かりませんでした。別々の調節因子がついて別々の機能を果たすのであれば、特に二量体になる必要もないのではないかと思います。しかし、一般的に蛋白質にはホモ N 量体が超大量にありますが、それらのサブユニット間に特にアロステリーが無いものも多いです。では、その意義はいったい何なのでしょう?という問題と似ているような気がします。いっしょにいる方が単に構造的に安定だから? 

この実験系がうまく行くのには、いくつかの条件が必要です。一つはゲート部分がフレキシブルに動いてはいるものの、IN, OUT, or 11S に吸着(tethered)という3つの状態の間では slow-exchange で交換していることです(お湯の中であるにもかかわらず)。このおかげで、それぞれのモル比をピーク強度から割り出すことができます。もちろん fast-exchange でもピークの移動度からモル比を計算できますが、3状態の間で fast-exchange してしまうと超厄介です。また、上部分と下部分が異なる標識(あるいは変異体)になるようにプロテアソームを再構成していますが、これらサブユニット間でスワッピングがないというのもラッキーです。これも一種の slow-exchange といえるでしょう。またこの大きな複合体が凝集・沈殿せずに再構成できるので、キメラ CP を作れるとも言えます。また、この CP は大きいのですが、おおまかに見ると α7-β7 を単位とする二量体です。これが4量体になると、キメラを精製で分けるのが急に難しくなってきます。

2020年3月25日水曜日

a- という前置詞

もともとの始まりは「feel a little awkward doing(~することにこだわりを感じる)」という表現にぶつかったことでした。

この --ing は何だろう?

それで少し調べ始めると、若干の違いはあるものの spend 時間, waste 時間, have difficulties, happy, slow, late の後ろには --ing が続くことが分かりました。中でも「~するのに忙しい」という表現は、必ず busy --ing となります。ビジュアル英文解釈(伊藤和夫著、駿台文庫)によると

My tongue was busy searching out the hole where the tooth had been.
(私の舌は、以前に歯があった場所を探し出すのに忙しかった。)

何故このような変な例文を引き出してしまったかはともかくとして、ほぼ例外なく busy の後には --ing が来て「~するのに忙しい」となります。

「be 形容詞 to 不定詞」の表現は多いのですが、「be 形容詞 --ing」は非常に少なく、大学受験では busy だけを覚えておくと良いそうです。

しかし、理系の学術論文では spend がよく出てきます。「大腸菌を完全に育てるのに6時間を費やした。」など。Google-翻訳でも、ちゃんと「We spent six hours growing the E. coli until they were muddy.」と出てきました。

She spends too much time dressing herself.
(彼女は服を着るのに時間がかかり過ぎる。)

これだけを取り出すと何とも変な例文なのですが、とにかく上記の参考書には「これら二つは分詞構文ではない。昔の英語では前置詞 a- が付いていたが、それが落ちた」などと書かれていました。それで、この「a-」は何?ミスプリ?

いろいろ調べてみると、下記の専門論文に答が載っていました。

阿戸昌彦著(2013)「前置詞 in の脱落とその影響 : Busy(in)V-ing の場合」英學論考 42, 1-28.

もともとは「busy in --ing」という形で使われていたそうです。それなら分かりやすいですね。ところが、1850-60 年頃から「busy in --ing」よりも「busy --ing」がより多く使われるようになったようです。そして、今では前者はほとんど使われない。しかし、著者の研究のモチベーションは、なぜ急速に in が脱落したのか?自然脱落にしては速すぎる、ということでした。

さまざまな理由が挙げられているのですが、一つは分詞構文としても解釈にあまり問題がないので「busy in 動名詞」の代わりに「busy, 分詞構文」がだんだんと用いられるようになったという説です。分詞構文らしく、最初は busy の後ろにコンマがあったのでしょう。確かに分詞構文として解釈しても通用します。

もう一つの理由は驚きですが、発音のせいです。

1810 年頃の文章に「I was busy a washing the rooms.(a-washing とも書く)」があるようです。in の代わりに a あるいは a- が使われています。

そして、初めて知りましたが、進行形でも昔は --ing の前に on が付いていたそうです。

He is on hunting. -> He is a hunting. -> He is hunting.

受験で必須の go --ing ですが、これも 1719 年には I went a fishing. と言っていたようです。なるほど、この a だったら、アクセントが弱いので、いとも簡単に脱落しそうです。

さらに、愛読書「英語の歴史から考える英文法の「なぜ」朝尾幸次郎 著」に、分かり易い説明が載っていました。これで決まりです。

「シェークスピアのハムレットにも、本来は進行形になるべき会話文に普通の現在形が使われていた。もともと進行形は「be on 動名詞」であったらしい。この on は「~の最中」という意味で、今でも on duty などに使われている。この「be on 動名詞」が「be a-動名詞」になった。1885 の「ハックルベリーフィンの冒険」にまだ見られる。

go fishing などの表現も同様である。欽定訳聖書(1611)に、go a fishing という表現が見られる(なぜ聖書に漁の文章があるかは、お分かりですよね)。この a は、今では around, ashore, asleep などに残っている。いずれも a を on に置き換えると意味がよく通じる。進行形は「目の前の今に注目し、対象を引き寄せてクローズアップし臨場感を生み出す(生き生きさせる)効果をもつ。」なるほど、進行形とは何ぞやと考える上で、朝尾先生の「望遠レンズでクローズアップ」とは非常に納得のいく形容です。

と、ここまで来たところで、そういえばドイツ語には進行形が無かったなあということを思い出しました。なので「今 jetzt」という言葉をつけないと、現在形か進行形かの区別が付かないのです。試しに google-翻訳で作文すると、次のようになります。

Er liest ein Buch. 彼は本を読む。
Er liest jetzt ein Buch. 彼は今本を読んでいる。

ところが探してみると、ますます面白いブログが見つかるもので、なんとドイツのラインラント地方の方言では「私は読んでいる」の進行形の意味で「ich bin am Lesen」と言うそうです。am は英語での on the に相当します。ここまで来ると、もうこれは英語の「I am on reading -> I am a-reading -> I am reading.」と同じだとすぐに気づきます。それで、ペンシルベニアのある地域では、ドイツからアメリカ大陸に渡った人々の子孫がまだ古いドイツ語を話しているそうです。岡本順治先生によるブログが非常に興味深く、ちょっと感動してしまいました。

最後にバイブル、安藤貞雄 著の「現代英文法講義」で締め括ります。それによると、これらは「準主語補語」と呼ぶらしいです。先程の go --ing と同じように、stand, lie, sit, come, run, walk などは後ろに現在分詞を伴うことができます。「主語補語」との違いは「準主語補語」は省略しても文は文法的に成り立つ点です。

He stayed there enjoying the nmrPipe. 
彼はそこに留まって nmrPipe を楽しんでいた。 

「the」を付けてしまいましたが、NMR の専門外の人には申し訳ありません。ここで enjoying から後ろを省略しても問題ないので準主語補語となります。

また、busy, late, spend の後ろに「in --ing」が来る構文は稀ですがあることはあります。しかし、多くの有名な辞書では、この「in --ing」を認めてはいないそうです。その理由として、もともとは「in 動名詞」が始まりであったが、今は現在分詞であると(なので、in は付かなくて当然)と考えられているためであろうと書かれています。分詞構文であるとすると、過去分詞もありで、

I stood there entranced with a COSY spectrum.
(COSY スペクトルにうっとりして立ち尽くした。)

でも良いわけですね。

これらを大学受験の時に知ることができていたら、もっと英語が好きになっていたかもしれません。

2020年2月29日土曜日

液相分離の駆動力

2月7日、Martin, et al., (2020) Science 367, 694 に液-液相分離のちょっと物性的な論文が出ました。卒論、修論、両者の発表会が続いてしまい、なかなか一気に読めませんでしたが、やっと週末に時間をとることができました。なかなか面白い論文です。

生体内で起きている液-液相分離が、さまざまな生理作用に関与していることが分かってきました。それでは、そのような相転移を起こすのに必要な、鍵となる配列が蛋白質の中にあるのでしょうか?よく見かけるのは、天然変性プリオン様ドメイン(PLD)です。これの配列は、極性のあるアミノ酸の塊が芳香環アミノ酸で分断されたような特徴をもっています。相転移したゲル状物の中には β シートのような構造ができているという説もあれば、そのような規則正しい構造はまったく無いという報告もあります。

このような会合性は、高分子の領域では「接着性とスペーサー」モデルでよく説明されます。つまり、接着性の(芳香性)アミノ酸が分子内あるいは分子間で非共有結合により引っ付き、それらの間にあるスペーサー(極性)アミノ酸がその非共有結合を、時には促進したり、あるいは逆に邪魔したりするという考え方です。分子の濃度がある値を超えると、接着性アミノ酸どうしが引っ付き合い始めます。この相互作用は協同的に次々と連鎖していき、そして液-液相分離に達します。著者らは、ヘテロ核リボ蛋白質 A1(hnRNPA1)を題材に、配列と相転移との関係を調べました。

確かに hnRNPA1 の配列を見てみると、7個ぐらいの間隔で Phe, Tyr が挟まっています。FUS では Tyr や Arg が集まった low-complexity-domain (LC 領域)があり、ここがカチオン π 相互作用により接着性を有していると見られています。ところが著者らが統計的に調べた限りでは、LC 領域はむしろ荷電性アミノ酸(Arg+, Lys+, Asp-, Glu-)に乏しく、これらの天然変性領域は正負の静電的相互作用やカチオン π 相互作用によって凝集しているのではないとのことです。また、逆に疎水性残基が多過ぎたり少な過ぎたりしているわけでもなさそうです。

一応、構造を見るために、著者らは L1-LCD の 1H/15N HSQC を測定しました。8.6 ppm(ハムの壁)より左側(= 低磁場側 = 高周波数側)にピークが無いことから、特定の構造(二次構造も)をとっていないことは明らかです。13Ca, 13Cb, 13Co から二次構造の傾向を調べましたが結果は同じでした。この HSQC を見るとちょっと面白いです。やたらに Gly, Ser がいっぱいです(後述するように Ser は -OH をもつので水和しやすく、spacer に適している)。これほどミニ残基がたくさんあれば、主鎖はぐにゃぐにゃになってしまうだろうなと思います。とは言え、X 線小角散乱 SAXS で調べると、慣性半径 Rg はまったくのランダム状態と予想される値よりかは小さく、つまりコンパクトになっているとのことです。

さらに 15N の横緩和速度 R2 を測ってみると、芳香環の辺りで高い値をとっています。これは、その箇所で動きが少し止められているためです。ただし、この R2 は濃度に依存しなかったので、分子内で芳香環どうしがちょっとくっ付いているだけで、分子間での相互作用ではなさそうです(分子間だとすると、濃度を濃くするほど分子どうしでくっつき、極端に R2 が大きくなるはず)。NOESY を解析すると、芳香環どうし(Phe & Tyr)の距離が近いことが分かります。このような NOE 交差ピークは完全にフレキシブルな天然変性領域では見られず、やはり芳香環どうしが瞬間的に(長時間ずっとではなく)ペタッと付いては離れるといったダイナミクスを繰り返しているのでしょう。全原子シミュレーションで得られた構造の集合(アンサンブル)を解析しても、α ヘリックスや β シートをずっととり続けている傾向は弱そうでした。そして、分子内でくっつき合っている残基は芳香環であり、芳香環の間に散らばっている荷電性、極性残基は単に芳香環の間を埋めるスペーサーに過ぎなかったとのことです。

芳香環どうし(Phe & Tyr)の間に観られた NOE 交差ピークの強度は、温度を下げるほど強くなりました。さらに、芳香環における R2 緩和は、温度を下げるほど顕著に増加しました。これは、温度が下がるほど芳香環どうしが強く接触して "分子内での" 動きが止まる頻度が高くなることを示しています。また、NMR で計測された並進拡散係数から計算した流体力学半径は、温度が下がるほど小さく、つまり、分子がコンパクトになることを示しています。

上記の考えをさらに確かにするため、著者らは WT に加えて芳香環を増やした Aro+ ペプチド、逆に減らした Aro-, Aro-- ペプチドを調製しました。その結果、全原子シミュレーションと SEC-SAXS の両方において、Aro+ 分子はよりコンパクトに(半径が小さく)、逆に Aro-, Aro-- 分子は広がる(半径が大きくなる)ことが分かりました。1個のアミノ酸を1個の球に見立てて、芳香環どうしの親和性やその他の残基との親和性を適当に数値化して入れてやると、見事に SEC-SAXS で得られた半径と合致しました。このような単純なモデルですが、シミュレーションも実験値も Flory-Huggins の理論式に当てはまり、濃度が薄くなるほど、また芳香環が少なくなるほど、相分離しにくくなります(低温でしか相分離しなくなります)。さらに、シミュレーションと実験との組み合わせから Aro-- の臨界温度は氷点下であることが分かり、これは Aro-- では相分離が観られなかったことと合致します。

著者らは、ちゃんと実際のペプチドでも温度を変えて液滴が生じたり消えたりする可逆的な現象を OD600 や蛍光などで観測しています。液滴の中と外とでは3桁ぐらい蛋白質 A1-LCD の濃度が違いますが、液滴の中で個々の A1-LCD 蛋白質は単量体として自由に動き回っているようです。もっと硬い網目のような状態を構築しているのだと思っていました。

この A1-LCD で決めたパラメータ値を使って、今度はこのシミュレーションが FUS-LCD にも当てはまるかどうかを試しました。入力値は FUS-LCD の芳香環の位置情報だけで、その他の β シートへのなりやすさなどの情報は入っていません。それでも、この stickers-&-spacers モデルと実験値はみごとに一致しました。そもそも Flory-Huggins モデルも、今回の stickers-&-spacers モデルと同じように、非常に単純化したモデルです。これらが実験値と一致するということは、液-液相分離を引き起こす駆動力はそれほど複雑なものではなくて、芳香環がある一定間隔で全体に渡って存在するといった単純なものなのかもしれないということを示しています。

さらに(もう十分だと思うのですが、著者らのここがすごい)、芳香環が一定間隔で存在するような完璧な場合と、ある程度かたまり(パッチ)状に存在する場合とを比べました。シミュレーションによると、前者の場合は液滴になりますが、後者の場合はところどころミセルのようなサブ構造をもったアモルファス状態になったそうです。きっと、芳香環の塊がお互いの相互作用を強め過ぎてしまうのでしょう。このような状態では、凝集が起きて沈殿になってしまいます。芳香環ひとつずつが一定間隔で全体に渡って均一に並ぶと、付き過ぎず離れ過ぎずのよい具合の相互作用に落ち着き、溶けた状態が維持された液滴になるのでしょう。

液相分離を引き起こすことで知られている他の天然変性プリオン様ドメイン PLD を見てみても、それらの配列相同性は低いですが、芳香環が一定間隔で並んでいるという点では共通しているようです。芳香環どうしの相互作用をあまり強め過ぎないようにするには、それらの間にある spacer アミノ酸が十分に水和している必要があります(前述の Ser など)。つまり、疎水性残基などがたくさん spacer にあると凝集してしまいます。この論文では sticker アミノ酸として芳香環だけが強調されていますが、最後の方で著者らは、ちょっとトーンが下がり、代わりに疎水性モチーフ、カチオン π 相互作用残基、プラスマイナスの荷電残基でも可能だろうと書いています。

2020年2月7日金曜日

HMQC 複合パルス


もっともシンプルなパルス系列である HMQC でさえ、たとえグラジエントや位相回しをふんだんに入れてもアーティファクトが出ることがあります。この論文には、そのアーティファクトの起源や除去法について書かれています。

Kay, L.E. (2019) Artifacts can emerge in spectra recorded with even the simplest of pulse schemes: an HMQC case study. J. Biomol. NMR. 73, 423-427. doi: 10.1007/s10858-019-00227-7.

Kayさんの単著論文ですが、若きころの師匠であるDennis Torchia さんとパルスについてあれこれと研究した時の思い出に浸りながら、この論文を書いたようです。そして、Torchia さんの 80 歳記念として、この論文が捧げられています。下記は自動翻訳ですが、その一節を紹介します「ここでは、ジャーナルの「サイエンス」ではなく実践的な「サイエンス」に重きが置かれていた「古き良き時代」へ先祖返りしたいと思います。数々の解決すべき科学問題がありましたが、その一部については私達は単純に「楽しみ」だけで追求していました。そのような楽しい問題のうちの一つをここで紹介します。それは最初は不可解でしたが、数分間考えると些細なことであることが分かりました。この時期に2人の NIH の指導者(Torchia さんと Bax さん)と行った多くの素晴らしい議論を思い出しました。」

「数分考えただけで分かった」という辺りが、そもそもすごい。

HMQC パルス系列には真ん中に 1H の 180 度パルスがあります。これを普通の矩形波で打つと、スペクトルの 13C 次元に沿って、1JCH だけ離れた二重線(+- J/2 のダブレット)のアーティファクトが出ます(2*1JCH だけ離れた二重線のアーティファクトも小さいが計算上は出る)。その π パルスの両側にはグラジエントペアが置かれており、パルスも exorcycle で位相回しされています(πパルスを 0, 1, 2, 3, .. 受信機を 0, 2, 0, 2 で回す)。2D 1H-13C HMQC はメチル TROSY 効果を持つため、最近では高分子量の重水素化蛋白 NMR で大活躍しています。

HMQC では 13Cの化学シフトの展開時間 t1 の間、多量子コヒーレンスが存在しています(例えば 2IxCy)。ここでの Ix はメチル基の3つの 1H のうちの一つであり、残りの2つは α 状態か β 状態のいずれかにあります。よって、αα, αβ, βα, ββの4種類が存在します(αは上向きスピン、βは下向きスピン)。もし、t1 期間の真ん中にある 1H πパルスが完璧であれば、αα と ββ は完全に入れ替わり、そして、αβ と βα も完全に入れ替わります。すると、アーティファクトは出ません。理想的な HMQC です。しかし、この π パルスが off-resonance 効果やパワーのミス設定により完璧でなかった場合、バランスが崩れて t1 期間の終わりの時点でうまく J カップリングが再結像しないような事態となります。つまり、2IxCyαα の大半は一応ちゃんと 2IxCyββ になってくれるかもしれませんが、一部は 2IxCyαα で残ったり、2IxCyαβ や 2IxCyβα が新たに生み出されてしまいます。他の3つについても同様です。これがアーティファクトになります。

πパルスの両側にグラジエントパルスのペアを入れても、アーティファクトを防ぐことはできません。なぜなら、α 状態も β 状態もこれは z 磁化に関するものだからです(Iα-Iβ = 2Iz, Iα+Iβ = E)。この z 磁化はコヒーレンスが0であり、基本的にはグラジエントや exorcycle 位相回しからは何の影響も受けません。グラジエントも exorcycle 位相回しもコヒーレンスを +1 と -1 の間で交換させる際に有効です。したがって、2IxCyαα のうち active-spin である Ix が完璧に反転しないことで生じるアーティファクトを消す機能をもつことになります。それに対して passive-spin の α, β 状態が完全に反転しないことから生じるアーティファクトには効き目を示しません。どうすればこのようなアーティファクトを消せるのかについては、composite pulse を使うことが勧められています。つまり、90y-180x-90y や 90y-240x-90y などです。これらを HMQC の 1H 横磁化 2IxCy に適用してもよいことに驚いたのですが(てっきり Iz or -Iz に対してしか使えないと思い込んでいました)、とにかくアーティファクトが消えるようです。これら composite pulse は少しぐらい off-resonance であっても、また、パルスパワーをミス設定していても、スピンを反転させることができます。

1H のパワーは個々のサンプルごとにキャリブレーションする場合が多く、そんなにパルスの不完全性が出るものか?と思い勝ちです。しかし、私もこれが意外にもアーティファクトを生み出すことを HSQC で経験しました。原因の一つは off-resonance 効果です。どうしても carrier 周波数(例えば H2O の 4.7 ppm)から遠くで共鳴するスピンには起こってしまいます。また、論文にも書かれている通り、サンプル管での溶液部分が長過ぎると、その上下で B1-inhomogeneity が起こります。つまり、パルスの届きが不十分なのです。もしかすると、ちゃんと 90 度パルス幅をキャリブレートしたつもりでも、サンプルの中心部分では強めのパルスが、上下両側では逆に弱めのパルスとなっており、これらの平均として 90 度パルス幅があたかも正確であるかのように見えているだけなのかもしれません。

この B1-inhomogeneity を考えると、ピストン付きのシゲミ管は溶液を 300 μL 程度に抑えることができるため、なかなか良いです。蛋白 NMR の人はほとんどシゲミ管を使っているのですが、有機 NMR ではそれほど popular ではないようです。一本あたりの価格が高いので、多種類、多数の試料には使えないなどの理由もあるでしょう。また、シム合わせも少し難しい(実際にはグラジエントシムはまずまず上手く動いてくれる)。シゲミ管はストックがなくなってきたら、もちろん必至で洗います。

ちなみに、つい最近 Scientific Reports に CinBB という名の composite pulse の応用例が出ました。国産です。Bando, et al. (2020) Concatenated composite pulses applied to liquid-state nuclear magnetic resonance spectroscopy. Sci. Rep. 10, 2126.

2020年2月1日土曜日

Word での一斉置換


半角文字しか使わない西洋では問題にならないものと思いますが、半角と全角を混ぜこぜにする日本語では、少し見栄えが文章で問題になることがあります。MS-Word では、半角と全角文字の間に少しだけ間隔を入れてくれる機能があります。

「段落」→「体裁」→「日本語と英字(数字)の間隔を自動調整する」

今ちょうど卒論と修論のチェックの真っ最中ですが、上記の機能をオンにしていても、次のようなことが起こります。下記の文章を Times New Roman などで表示させると、半角のカッコの前後が本当に窮屈なのです。

A-buffer(20mM Tris-HCl, pH6.8, NaCl 30mM)5000mlNMRチューブに入れた。」

そこで一斉に検索&置換することにしました。要は、次のように書きたいわけです。

A-buffer (20 mM Tris-HCl, pH 6.8, NaCl 30 mM) 5,000 mL NMR チューブに入れた。」

NMR 管の中に buffer をどうやって 5L も入れるんだというツッコミは置いておいて。

ところが文章の中には、すでに両端にスペースを付けている箇所もあって、つまり、場所によってポリシーがばらばら。。。本来は文章の論理を修正しないといけないのに、なぜかこのような枝葉末節の修正に時間をとられてしまうのは馬鹿らしいものです。

あまりワードの検索&置換をしたことがなかったのですが、Word にもワイルドカードというものがあるのを初めて知りました。いつもは Perl などを使って PDB の側鎖の表記を修正したりするのに使っています(これ自動化が進んでいる結晶構造解析の人にはピンと来ないかも)。ちょっとややこしいかったのですが、何とか次のようにすることで一斉に修正ができました。

「検索と置換」で「オプション」をクリックします。すると、詳細な検索と置換が可能となります。また、「ワイルドカードを使用する」にチェックを入れます。

まずは、5000 のような数値に 5,000 のようにコンマを加えます。


[1-9] の箇所は、1 から 9 までの数値のいずれかを表します。[0-9] にしておいた方が良かったかもしれません。

次は後ろカッコ(半角)の後にスペースを入れています。


半角スペースに気を付けてください。大げさに書くと次のようになります。
\)([!    ])
これで、後ろカッコの後にスペース以外の文字が来たら、という意味になります。
)    \1
これで、後ろカッコの後にスペースを置き、さらに次の1文字を置いてくださいという意味になります。

前カッコ(半角)の前にもスペースを入れます。


好き好きかもしれませんが、pH と数値の間にも半角スペースを入れましょう。


数値と単位の間にもスペースを入れた方が見易いです。


と、ここまで書いてみましたが、単純に(ワイルドカードを使わずに)「(」を「(   」に一斉置換した方が分かり易いかもしれません。その場合は余計にスペースが入る箇所も出てきてしまいますので、今度はスペース2個が連続している箇所をサーチしてスペース1個に自動置換すればよいでしょう(これを連続スペースがなくなるまで何度か繰り返す)。

最後に注意点です。一斉置換すると、しばしば予期しない置換が起こります。そのため、複製したファイルに対してこのような操作を行い、いつでも元に戻せるようにオリジナルのファイルは残しておきましょう。あるいは、「保存」ボタンを押してから操作を行い、失敗したら保存せずに終了させる。