2018年1月10日水曜日

原始スープ

今の高校の生物の教科書をちらちらと見てみますと、最新情報が簡単ながらも載っており、これをしっかりと勉強しておけば、少なくとも大学の教養課程(いつの時代の話?)ぐらいは問題ないように思われます。そこで、ミラーの実験として有名な原始スープの箇所を見てみました。DNA の立体構造が解明された年 1953 年の有名な実験ですので、やはり今でも載っていました。また、生命は熱水噴出孔(数百度の!)で生まれたのではないかとも書かれています。

ところが、下記の本が上記をばっさりと否定しています。近ごろ読んだ中でかなり衝撃的だった本です。

ニック・レーン著、斉藤隆央 訳「生命、エネルギー、進化」(みすず書房)

一瞬「これは SF か?」と思ってしまうのですが、いろいろな科学的証拠も列挙されており、かなり尤もらしく思えます。教科書はその立場上かなり確実となった事しか書けないので仕方がないのですが、これまで試験必修と謳われていた箇所をびしばしと否定していく点はたいへんダイナミックです。教科書がどんどん書き換えられていくということは、その分野がどんどん進展しているという証拠でもあり、むしろ喜ばしいことです。

原始の地球では RNA が最初に生み出され、この RNA が遺伝子として複製されていったとする RNA ワールド説が一般的に有力です。RNA は触媒活性も持ちます。さらに遺伝情報をもコードし、後になってから現代のような DNA と蛋白質に、それぞれ遺伝と触媒機能という役割を分け与えていったとされています。この RNA が最初であるという点については、この本も賛成しているのですが、果たして原始の海が RNA やアミノ酸のスープになっていたのかどうか?このストーリにはエネルギーの流れが欠けているらしいです。ユーリー・ミラーの実験ではフラスコの中に太古の海をまねた原始スープがあり、その蒸気に稲妻をまねた放電が与えられました。しかし、計算によると、もっと超大量の稲妻が必要となるらしいのです。そこで、紫外線照射によりシアン化物などの有機分子ができたとする説も有力ですが、それでも生命を生み出すには薄過ぎるとのことです。

著者のニック・レーンは、全く別の環境で生命ができたと書いています。そこはアルカリ熱水噴出孔で、絶えず海水側から水素イオンが流れ込むような環境になっています。なぜならば、当時の海は弱酸性で、逆にアルカリ熱水噴出孔の中はアルカリ性だからです。酸性ということは、水素イオンが多いということです。この水素イオンの流れは、今のミトコンドリアでの呼吸や葉緑体での光合成(いずれもミッチェルの化学浸透共役が基本原理)と同じで、エネルギーを絶えず生み出し続けます。アルカリ熱水噴出孔では、止まることなく水素イオン、つまり化学浸透共役としてのエネルギー源が流入し続け、さらに原料となる物質も流れ込んで、逆に老廃物となる物質が流れ去っていきます。熱水噴出孔とは異なり、アルカリ熱水噴出孔の中はスポンジのような構造になっており、これがフィルターのような働きをして、ちょっと大きめの核酸やアミノ酸などが濃縮され、逆に小さめの低分子が流れ去ってしまうのでしょうか?

このような流入流出の環境ができて始めて物質が自己組織化し(一種の散逸構造)そこに細胞の原型が生まれて来るらしいです。原始スープには、このようなエネルギーの流れはおろか、基質の流入と老廃物の流出がなく、ほとんど平衡状態となっています。ここに生命体が自然発生してくることはないと説いています。なお、触媒として働いた物質は、鉄やニッケルの硫化物と推測されています。アルカリ熱水噴出孔は蛇紋岩と呼ばれる岩石でできており、鉄やマグネシウムなどの鉱物をたくさん含んでいるそうです。鉄硫黄(FeS)は、今でもフェレドキシンなど多くの蛋白質では活性中心を担っています。これら散逸構造と触媒などの条件全てが満たされる場所が、アルカリ熱水噴出孔であると主張されています。

日経サイエンス 2010 年 3 月号「深海底のロストシティーが語る生命の起源 Alexander S. Bradley」

アルカリ熱水噴出孔について書かれています。熱水噴出孔は数百度と熱過ぎるので、Google 画像検索すると、ハオリムシなどの生き物はちょっと離れたところにたむろしているのが分かります。しかし、アルカリ熱水噴出孔は内部でも 100 度未満と、生物が焼け死んでしまうような温度ではない点も重要です。

2017年12月21日木曜日

細胞核の作り方


Chaikeeratisak V, Nguyen K, Khanna K, Brilot AF, Erb ML, Coker JK, Vavilina A, Newton GL, Buschauer R, Pogliano K, Villa E, Agard DA, and Pogliano J. (2017) Assembly of a nucleus-like structure during viral replication in bacteria. Science 355(6321), 194-197. doi: 10.1126/science.aal2130.

バクテリオファージが細菌に感染し、その中でまるで核のような構造物を作ったそうです。そのファージは、感染するとその「核もどき」の中に自身の DNA を閉じ込めました。さらに、チューブリンのような蛋白質も作って、核もどきを宿主細菌の中央付近に移動させます。核もどきは「蛋白質」で出来ており今の核膜とは成分が違いますが、その中で DNA 複製、組み換え、転写を行うそうです。そして、キャプシド蛋白質などの翻訳は核もどきの外側、つまり宿主の細胞質内で行います。この様子は今の真核生物の細胞核にそっくりです。この論文の題名で YouTube に動画も出ています。

今の核膜は小胞体から出来ているとされていますが、そもそも核膜がないと、たいへんなことになってしまいます。真核生物の mRNA はスプライシングを受けてイントロン部分が除かれる仕組みになっています。スプライソソームによるスプライシングは大変時間のかかる過程だそうで、翻訳がだいたい1分以内で終わるのに対して、スプライシングは数分も時間がかかるそうです。これを核膜で囲まれた領域で行わないと、リボソームがすぐに(premature 状態の mRNA のまま)翻訳を開始してしまい、そのためイントロン部分までをも翻訳しようとしてしまいます。

細胞内共生説

古細菌(or それに似た細菌)に好気性の α プロテオバクテリアが入り後にミトコンドリアに、さらに後でシアノバクテリアが入り後に葉緑体になったとされています。

真核生物のスプライシングは、ミトコンドリアに見られる自己スプライシング型イントロンと原理的なところで似ています。古細菌が今のミトコンドリアを内部に共生させた時に、ミトコンドリアから、あるいはそれが古細菌の中で死んだ時に、ゲノム断片がたくさん細胞内に溢れました。そこで、それらの中の可動性イントロンが宿主の DNA に水平伝播しました。「生命, エネルギー, 進化(ニック・レーン 著,‎ 斉藤隆央 訳)」では、宿主のゲノムが大量の可動性イントロンに襲われたと表現されています。また、ヒトの DNA の 40% は、過去に感染した RNA ウィルスのレトロトランスポゾンだとも言われています。

そこで、それらのイントロンを除くためのスプライシングが確実に終わってから翻訳が始まるように、核膜で自身のゲノムを囲むようになったのですが、問題はどのようにして核膜ができていったかです。「生命, エネルギー, 進化」では、小胞体膜が自然にゲノムを囲んでいったと推測しています。一方「生物はウイルスが進化させた -巨大ウイルスが語る新たな生命像-(武村政春 先生著)」では「細胞核ウイルス起源説」を押しています。

細胞核の起源として、ウィルスを挙げています。ある種のウィルスは宿主細胞内にウィルス工場を作りますが、それが真核細胞の核と様子がそっくりなためです。たまたまウィルスに襲われてウィルス工場の中に自分自身の DNA が入ってしまった細菌のみが、スプライシングと翻訳を分けることができ、生き延びていったと推測しています。特にポックスウィルスの場合は、ウィルス工場の敷居が宿主の小胞体由来だそうで、ますます細胞核にそっくりです。

また「生物はウイルスが進化させた」には非常に面白いことが書かれていました。ウィルスを配偶子に見立てている点です。ウィルスは宿主に感染し、その DNA or RNA を宿主のゲノムに紛れ込ませてしまいます。同じように精子も卵に入り、その両者の DNA を融合させます。ウィルス感染した宿主細胞はせっせと蛋白質を作って新たなウィルスを作り、それらが拡散していきます。同じように、生物も成長してからまた新たな配偶子を作って子孫を増やしていきます。この相似ははじめは偶然あるいは無理やりのように見えます。しかし、最近 tRNA やアミノアシル tRNA 合成酵素の遺伝子まで(不完全ですが)持った巨大ウィルスが発見され、これらのウィルスは(翻訳はしないという)これまでのウィルスの定義を覆しかねません。ウィルスとは何か?を考えた時に、もしかすると、配偶子の祖先であったり、細胞核の祖先である可能性は高いのではないかと思わせる一冊でした。その証拠を本から抜粋していくと大変な量になってしまいますので「何を寝ぼけたことを言っているのか?」と思われる方は是非ご一読お勧めいたします。

2017年12月11日月曜日

メチル基をあえてくっ付ける

大きな蛋白質を NMR で解析する際の問題点は、R2 横緩和が大きくなり過ぎて信号がすぐに減衰してしまう、つまり、フーリエ変換後のピークがブロードになってしまうことです。しかし、13C メチル基を Methyl-TROSY 法で検出すると、数百 kDa の大きさでも十分に観えてしまいます。すると、次の問題点はどうやってそのメチル基を帰属するかにかかってきます。もし、蛋白質が 50 kDa ぐらいの大きさで、HNCACB-TROSY などで主鎖や 13Cb ぐらいまでを帰属できていれば、メチル基と 13Cb の化学シフト値の相関をとることにより何とか帰属が可能でしょう。しかし、主鎖の帰属が難しい程の大きさになってくると、今のところ次のような方法が採られています。

1)メチル基どうしの NOE ネットワークを利用する。ソフトが幾つか出ています(FLAMEnGO)。
2)金属などをつけて常磁性緩和促進 PRE、pseudo-contact-shift を利用する。
3)ドメインに分割していく。
4)頑張って変異体を作る。

(1,2)は X 線結晶構造を利用することになります。(3)はドメインにばらばらにしても unfold しないような蛋白質に巡り合う幸運が必要でしょう。4)がこれまた大変です。

Religa, T.L., Ruschak, A.M., Rosenzweig, R., and Kay, L.E. (2011) Site-directed methyl group labeling as an NMR probe of structure and dynamics in supramolecular protein systems: applications to the proteasome and to the ClpP protease. J. Am. Chem. Soc. 133(23), 9063-9068. doi: 10.1021/ja202259a.

この論文では「I, L, V, M, A, T などの検出部位をたくさん作ることももちろん有効ではあるが、たった1個、重要な箇所を検出するだけでも問題が解決する場合がある」と書かれています。その1つの方法として、メチル基を目的の場所にくっ付ける方法を提案しています。他にも、ちょうど Histon-tail の化学修飾のように、13C メチル基を Lys 側鎖に付ける方法もあります(服部さん、大木さんの論文)。

この論文では、メタンチオスルフォン酸-S-メチル(MMTS)を蛋白質に加え、Cys の側鎖にくっつける方法が提案されました。昔からいろいろな生化学の実験(14C 標識体)で使われてきた方法ですが、今回は MMTS を 13C で標識して大きな蛋白質にピンポイントで付けて、その箇所(MTC, S-MethylThioCysteine)を観測することを目的としています。MMTS が Cys にくっ付いた後は Met とよく似た化学式になります。違いは、Cg が Sg になる、S-S が入るので動きが少し硬くなる、MTC の 13C-1H3 のピークは Met の 13C-1H3 ピークよりも左下に来る(1H/13C ともに低磁場側に移動)とのことです。

Met は他の I, L, V などと比べ、もともとフレキシブルです。そのため、ピークの線形がシャープで、構造交換や相互作用交換によるピークのブロード化を受けにくいという特徴があります。Met を 13C で標識する方法もかなり有効でよく見かけますが、試薬である [13C]-Met は重水素化されていない場合が多く、1Hb, 1Hg などにプロトンが残ってしまい感度を下げてしまうという欠点があります。メチル基の 1H スピンと 1Hb, 1Hg スピンとが spin-diffusion を通して flip-flop してしまうため、methyl-TROSY 効果がなくなるためです。具体的には M9 重水培地 1L に 100 mg の [13C]-Met を IPTG によるインダクションの1時間前に入れます。したがって Met の側鎖には 1H が残ってしまいます。

著者らは、この方法を 180 kDa のプロテアソーム(α7-ring のみ)に適用しました(温度 25 度)。蛋白質の母体を重水素化すべきかどうかについてですが、もし重水素化しない場合には、メチル基の TROSY 効果が落ちます。彼らの分析によると、溶媒露出度 30% のメチル基ではピーク強度が 1/2 に、溶媒露出度 4% のメチル基ではピーク強度が 1/4 に落ちたそうです。後者では周りにたくさんの 1H があるため、メチル基の 1H スピンが周りの 1H スピンとフリップフロップを起こしてしまい、methyl-TROSY 効果が落ちるのです。また、いわゆる 1H-1H 双極子相互作用による緩和も増してしまいます。さらに埋もれているということは、フレキシビリティーも落ちます。とは言うものの、もう一つの下記に紹介した論文のように、重水素化蛋白質の大量調製が難しい場合には、仕方なく 1H 化蛋白質を使っても観測がなんとか可能であれば、これはすごいと思います。

昔、常磁性金属を蛋白質に付けて静磁場中で配向させるため、メタンチオスルフォン酸-EDTA を蛋白質のシステインによく反応させました(懐かしい、何十年前?のことやら)。反応効率はかなり高かったです。この論文でも、アミコンなどの限外濾過を使って、まずは蛋白質の溶媒から DTT などの還元剤を抜き、それから 1.5 倍等量の試薬を加えただけです。ちゃんと露出した Cys にだけ反応したようです(内部に埋もれた Cys はそのままだった)。ここでは 4度で一晩も反応させていますが、どうも露出した Cys どうしがジスルフィド結合を形成して凝集してしまうことを避けるためのようです。確かに Cys への変異体でもっとも注意しないといけないことは、分子間(サブユニット間)の非特異的なジスルフィド結合です。精製途中では大量の DTT を入れ続けることによって、これを防げるかもしれません。しかし、いざ MMTS と反応させる際には、DTT を除かないといけません。そこで、さらに EDTA も加え(反応の触媒となる金属をキレートする)、脱気して酸素をできるだけ除いています。

それでも 40 度で一晩測定すると、1割ほどの MMTS が外れ、代わりにサブユニット間でジスルフィド結合を組んだ二量体が外れてきてしまったようです。このような反応は、S-H と S-S の間の交換で起きますので、ここのプロテアソームのゲート部分のようにフレキシブルで S-S が7個もお互いに寄り集まり合っている場合には起きやすい、普通の蛋白質のように MTC の濃度が局所的には高くないケースではそれほど問題にはならないだろうと書かれています。ちょっと立体障害が問題となりそうですが、[13C]-N-ethylmaleimide を使えば、簡単には外れないそうです。

ちなみに下記のもう一つの論文は、まだ出来立てのほやほやですが、重水素化されていない蛋白質で [13C]-MTC を検出しています。ナノディスクに入れての分子量が 240 kDa とのことです。もちろんドメイン同士のフレキシビリティーも考慮に入れないといけませんが、かなりの高分子量でも観測が可能になってきました。

Galiakhmetov, A.R., Kovrigina, E.A., Xia, C., Kim, J.P., and Kovrigin, E.L. (2017) Application of methyl-TROSY to a large paramagnetic membrane protein without perdeuteration: 13C-MMTS-labeled NADPH-cytochrome P450 oxidoreductase. J. Biomol. NMR doi: 10.1007/s10858-017-0152-3.

ちなみに「(日本生化学会編)新生化学実験講座 タンパク質 IV(東京化学同人)」には、MMTS 試薬を蛋白質の 0.5〜4.0 倍モル等量いれて、4度で 30 分間反応させると載っています。その後、ゲル濾過、限外濾過へと続いています。DTT や 2-メルカプトエタノールを作用させると外れたとのことです。

2017年12月3日日曜日

金より鉄が重要

いつもドーキンスさんの本は難しいなあと思いながら読みますが、この「盲目の時計職人(早川書房)」は他の著書に比べると読み易いのではないかと思います。ただし、理論を展開していくのに、やはりさまざまな仮定や検証などが入り混じってきますので「これまでの数十ページは、結局はこの一つの結論を引き出すための前提に過ぎなかったのか」といった状況があちこちに出てきます。

1986 年に出版された本ですので、もしかすると今では間違えている箇所もあるかもしれません。現代生物学をもっとしっかりと勉強していたら「この箇所は今は否定されている」などと分かるのですが。一応、ちゃんとした教科書である Molecular Biology of the Cell やニック・レーンの最新本などとも読み比べてみました。ざっと読んでみた限りでは大丈夫そうに見えました。

ダーウィン主義とは

目のような精巧な器官は、一瞬に完成品として出来上がらないと何の意味もないと大昔から主張されてきました。例えば、レンズはあるけれども網膜のないような目では何の働きもしないので、そもそも自然淘汰が起こらないとする説です。しかし、このような物が偶然に急に出来上がることは不可能で、その確率はまるで、猿がでたらめにタイプライターを打っていたらたまたまシェークスピアの文章が出来上がってしまった、あるいは、ガラクタ部品を無造作に投げていたら、たまたま空飛ぶジェット機になってしまったようなものです。したがって、眼を含めて生物は神様が作ったと。

しかし、それは間違いで、目のような精巧な器官でも、太古の昔から遺伝子がランダムに少しずつ突然変異し、たまたま親よりもほんの少しだけ生存に有利な子ができ、それが繁殖に有利になるといった淘汰を何世代も非常に長い間くり返した結果、徐々に出来上がったとしています。今の目のような精巧な器官ではなく、単に光をちょっとでも感知できる程度の光受容細胞から出発したのかもしれません。突然変異で親よりもほんの少しだけ光を感知できる子が生まれれば(ちゃんとした像は結んでいなくても)、その子が敵にほんの少しだけ襲われにくくなり、その変異遺伝子が進化遺伝子として更なる子孫に伝わっていきます。伊庭斉志先生著の「進化計算と深層学習―創発する知能」という本に、この目の進化をシミュレーションした話が載っていましたが、たったの 50 万年で今の目にまで進化してしまうという結果になったそうです。50 万年は生物の数十億年という歴史を1年に例えれば、たったの 1, 2 時間程度の短さでしょう。昆虫のナナフシでも、少しでも周りの木の模様や形に似た個体が鳥に食べられないで生き残り(その有利になる確率が1億分の1程度であったとしても)、子孫にその変異が進化として伝わっていったとしています。つまり「累積的淘汰」であって「一段階淘汰」ではない。

ただし、最初からこのような精巧な物を作ろうという目的があって、進化を進めている「時計職人」がいたわけではない。進化はどの方向に進んでいるのかは、進化を生み出している時計職人にすら分からない。むしろ目指す目標が見えていない状態(つまり、盲目の状態)で進化が進んだとしています。

コウモリは(超)音波を使って周りの物体を視ていますが、それも急に出来上がったわけではありません。また、コウモリ以外でも鳥類、鯨などにもエコーロケーション(ヤマビコを使って位置を認識する)が見られ、これらが独立に進化した結果、お互い似た状態に収斂進化しました。同じような収斂進化の例として、エイのように平べったく海底にへばりつくサメ系魚類とカレイのように横になって海底に寝る魚類が挙げられます。よって、時計職人は盲目ではあるが、後で蓋を開いて見てみると、お互いによく似た精巧な時計を幾つか仕上げてしまっていました。これは弱肉強食という自然の厳しい淘汰を考えると、当然のような気もします。やはり「一段階淘汰」ではなくて「累積的淘汰」が正しい。

とはいえ、ニック・レーンの本を読むと、ナトリウムポンプ、フェレドキシンなどの蛋白質が突如として出てきます。それまでの「アルカリ熱水排出孔にプロトン勾配ができて」云々の箇所はかなり納得できるのですが、その後、これらの蛋白質を作るには当然のようにあの巨大で複雑なリボソームも必要であったに違いありません。これらも全て累積的淘汰を通して出来上がってきたはずなのですが、さらに DNA/RNA 複製に関する酵素も必要でしょう。一体どのようにして、アミノ酸レベルから始まり徐々にではあるが、あのような複雑で精密な立体構造をもつ蛋白質に辿り着いたのか、それもアルカリ熱水噴出孔の細胞の原型ができるかできないかの時期に。これらの途中経過も含め想像するのが難しいです。もし最初にリボソームが既に存在していれば、そこからどんどん蛋白質が生まれていくのでまだ理解しやすいのですが、あのリボソームはどのようにして最初に出来上がったのだろう?と思っていたら、6章にその問題が載っていました。

Molecular Biology of the Cell によると、まだ自分自身を複製することができる RNA 配列は見つかっていないようです。しかし、RNA はリボソームにもたくさん含まれており、それらが触媒反応の中心を司るなど、遺伝子としての働きと酵素としての働きの両方を持っています。それゆえに何種類かのリボザイムも実際に見つかっています。したがって、もし、RNA が生命の起源であっても不思議ではありません。しかし、ドーキンスの6章には、最初に自己複製子として働いたのは粘土のような無機結晶ではないかと書かれています(原始スープは、この本でも起源としては否定されています。しかし、原始スープもその後の材料となる有機物を作るために寄与したように思います)。その後に、無機結晶による自己複製が RNA による自己複製に乗っ取られたとしています。

無機結晶が果たして自己複製するのか、また、少しずつ変異して、それが有利に働く場合には複製先にもコピーされるのか(つまり進化するのか)と思ってしまいますが、6章ではそれがあり得ると説明されています。まあ、RNA のような有機物質は OK で、無機物質は駄目と決めつけてしまうのも変なのですが、どうもこの辺りはなかなか理解しがたいところでした。有機物質と無機物質の違いは、前者が炭素を含んでいるが、後者は含んでいない点です。ところが、周期律表では珪素 Si は炭素 C のすぐ下にあり、炭素の代わりに珪素が中心の生物がいても良かったのではと言われています。珪素といえばすぐに思いつくのが岩石などの結晶であり、またコンピュータのチップでもあります。とすると、コンピュータには遺伝子的要素があることから、無機結晶にも遺伝子的性質があってもよいのでしょう。有機物質だけが遺伝子的要素をもっていると決めつけてしまうのもまた先入観なのかもしれません。

実はその後ニック・レーンの「生命、エネルギー、進化」を読んでいくと、ここでもアルカリ熱水排出孔の岩の壁に、鉄硫黄(Fe-S)の今で言うところの半導体ができ、それが酵素反応を司ったのではないかと書かれている箇所に来ました。Ni も含め Fe-S のクラスターは、光合成や呼吸系の蛋白質(フェレドキシンなど)に今でも見られ、かなり太古の昔に作られたことが分かります。ニック・レーン本では、この Fe-S そのものが遺伝子的な役割を果たしたとは書かれてはいませんが、生命のスタートとして無機物質が大きな役割を果たしたことは確かなようです(また別の所でご紹介します)。

2017年11月11日土曜日

すぐにナノディスクへ

先日はナノディスクについてご紹介しました。もし、無細胞でのタンパク質合成系(cell-free protein synthesis system)が使えれば、リボソームでペプチド新生鎖が翻訳されて出てくると同時にナノディスクに入れて同時にフォールドさせるという方法も採れます。前回も含めこれまでの方法では、対象とする膜蛋白質はナノディスクに入れる前に一旦は界面活性剤(detergent)にまぶしておく必要があります。しかし、もしその膜蛋白質が detergent に弱ければ、その時点でアウトになってしまいます。今回の方法では、detergent でまぶす過程を無くしています。生体内では膜蛋白質が膜に組み込まれる際には translocon のような複合体の助けがあります。しかし、この実験では translocon を使っておらず、どのようにして膜に組み込まれるのかについては、まだよく分かっていないのだそうです。

O. Peetz, E. Henrich, A. Laguerre, F. Löhr, C. Hein, V. Dötsch, F. Bernhard, and N. Morgner (2017) Insights into cotranslational membrane protein insertion by combined LILBID-mass spectrometry and NMR spectroscopy. Anal. Chem., DOI: 10.1021/acs.analchem.7b03309.

これも出来立てのホヤホヤで、まだページ数が割り当てられていません。

結果として、これはホモ多量体の膜蛋白質の場合ですが、最初の単量体サブユニットが膜内に入った後それがフォールドして、あるいはフォールドしながら2個目のサブユニットを引き寄せるといった協同性(cooperativity)が見られたそうです。つまり、まずは膜の外で複数のサブユニットが寄り集まって、事前に多量体としてちゃんとフォールドしてから一斉に膜に入っていくのでは*ない*ということです(日本語は結論である not が文末に来るのでややこしい)。また、それぞれのサブユニットが独立に同じ確率で膜に入っていくのでもない。むしろ二個目、三個目と進むほど、すでに入ったサブユニットに引き寄せられるかのように、次のサブユニットが膜に入っていくということだそうです。

ナノディスクは、下記の Wagner さんの論文を参考にしています。足場蛋白質の長さをいろいろと変えて、ナノディスクの直径を変えられます。

Franz H., et al. (2013) J. Am. Chem. Soc. 135 (5), 1919–1925. DOI: 10.1021/ja310901f

まず、5,6量体であるプロテオロドプシンを解析しています。ナノディスクのモル比を下げるほど(例えば 1/6 モル比)、一つのナノディスクに含まれるサブユニットの数が増えたそうです。このことから、プロテオロドプシンは事前に5,6量体を形成してからナノディスクに一緒に入るのではないだろうと推測しています。もし一緒に入るのならば、いつでも条件に関わらず5,6量体となるはずです。さらに、ナノディスクのモル比の方が 1.2 倍ほど多くなるように混ぜても、結果として二量体の形で組み込まれており、多くのナノディスクが空として残るという偏りが観られたそうです。もし、均等に同じ確率で入るのであれば、むしろ単量体が入ったナノディスクがもっと増え、空のナノディスクはもっと少ないでしょう。これは、最初にナノディスクに入ったサブユニットが二個目を誘き寄せるという協同性があることを示しています。

Polysome と呼ばれるように mRNA にはリボソームが数珠つなぎに並んで、ちょっとした渋滞?を引き起こしています。例えば Essential Cell Biology 4th ed. の Fig. 7-39 にその様子が載っています。mRNA の 3' 末端に行く程リボソームが古く、そこには長いポリペプチド新生鎖が繋がっていて、それはすでにナノディスクの中に入り込んで fold を終えるところかもしれません。そのリボソームのすぐ後ろには次のリボソームがほとんど追いついていて、そこから伸びたポリペプチド鎖は、今やナノディスクの中に引き込まれようとしています。それは、最初のサブユニットが次のサブユニットに対して相互作用部位をチラつかせるためでしょう。もし、二個目のサブユニットが逆さまにナノディスクに入ってしまったら、中で 180 度回転して正しい向きに直っているかもしれません。また、次のリボソームが遠く引き離されてしまっていれば、そこから伸びたポリペプチド鎖は独立に新しいナノディスクに入ってしまうかもしれません。もし、ナノディスクがモル比でいっぱい有り過ぎると、どうしても独立に単量体としてナノディスクに配置してしまう確率が増えてしまうでしょう。

Scaffold 蛋白質を 13C で標識しておき、13C-NMR を測るとナノディスクの濃度が得られます(13Co で測定)。さらに 31P-NMR を測ると脂質の濃度が得られます。後者を前者で割り算すると、一つのナノディスクに入っている脂質の個数が分かります。その結果によると、蛋白質がナノディスクに組み込まれる際に、その体積(面積?)分の脂質は跳ね除けられて飛んで行ってしまうようです。まあ、満杯の風呂桶に浸かると、水が溢れてしまうようなものです。

ところで、LILBID-MS という質量分析法が出てきて困ってしまいました。フランクフルト大学(別名:ゲーテ大学)(Morgner 研)で猛威を奮っているのですが、国内では関連する HP が見つからないのです。どうも、今回のような膜蛋白質などを壊さないでイオン化して TOF-MS などで測る一種の native-MS 法のようです。そのような意味では、MALDI と似ているのかもしれません。

混乱した原因の一つに訳語があります。Laser-Induced Liquid Bead Ionization Desorption mass spectrometry と載っていることが多いのですが、bead が beam になっている説明も時々出てきます。最初は beam だったそうです。つまり、蛋白質試料を HPLC ポンプなどを使って溶液ビームの形で真空中に細く噴出させ(径 10 μm)、そこに水の O-H 振動周波数の赤外レーザーを当てると水滴が爆発膨張して?(事前に作られている?or その時に作られる?)イオンを脱離させる。溶媒のかなりがこの時に蒸発するのでしょうか?イオンは、ちょっとだけ水和した状態で溶媒から脱離するようです。溶液ビームでサーチすると、X 線自由電子レーザーでの試料の噴射の説明などが出てきますので、そのようなイメージなのでしょうか?ビームという言葉がレーザに関するものと勘違いしてしまい、かなり混乱してしまいました。実は水鉄砲のことでした。

ところが、今は droplet(水滴)にしてレーザ光線に当てるそうで、そのために bead という単語に置き換えられつつあるのだとか。。。水滴にした方が量が少なくて済むのでしょう。イオンはあまり荷電されていないそうです。それにアニオン(負電荷)が多そうです。弱いレーザを使うと非共有結合が保たれたまま飛んでいきます。もちろん、レーザのパワーを強くすると、対象分子の疎水的相互作用、水素結合、静電的相互作用などは壊されてバラバラになってしまいます。それはそれで、構成サブユニットが分かって良いのですが。例えば、今回のようにナノディスクの中に何量体が組まれているのか?などを探るのに向いています。また、塩や界面活性剤に対しても強いそうです。とは言え、今回の実験では、50mM 酢酸アンモニウム pH 6.8 を使い、脱塩スピンカラムで溶媒交換したようです。Blue-native PAGE と組み合わせると面白いとも書かれていました。ゲルのバンドから切り出して LILBID-MS にかける場合、1 MDa の蛋白質でも 30 pmol = 30 μg ほどで検出できるそうで、これは NMR の必要量の 1/100~1/1,000 ぐらいに相当します。話があやふやで、どうもすみませんでした。

足場?ベルト?

膜蛋白質は脂質二重膜に埋め込まれています。脂質(アルキル鎖)部分と接している蛋白質の表面は疎水的であるため、蛋白質を(脂質の成分を混ぜずに)水溶液のままで解析しようとすると、その疎水性部分どうしで引っ付いて凝集、沈殿してしまいます。この現象は、餃子油が酢醤油の中でひとりでに集まるのと同じ物理原理によります。そこでよく使われる試薬が界面活性剤(detergent)です。界面活性剤が蛋白質の疎水性の表面にうぶ毛のように生えて?疎水性の部分を覆ってしまいます。そして界面活性剤の頭の親水性の部分が表面に露出するような形となり、全体として水に溶けます。

界面活性剤はアルキル鎖の尻尾の部分が短く、しかも一本だけですので、リン脂質二重膜の成分と比べると低分子量です。そして、界面活性剤だけですと、くるんと湾曲して球状ミセルになってしまいます。逆に尻尾が長く2本あると、これは界面活性剤とは呼びませんが、湾曲せずに二重膜の形をとりつつ広く拡がっていきます。このようにミセルは脂質二重膜の環境とはちょっと違ってしまうのですが、その低分子量さゆえに NMR や X 線結晶構造解析を含む構造解析でよく使われます。ちなみに電気泳動でよく使う SDS(Sodium Dodecyl Sulfate)も界面活性剤です。洗剤もです。今回の論文に出てくる、DPC(Dodecyl Phospho Choline), DDM(Dodecyl-D-Maltoside)も界面活性剤に入ります。SDS は蛋白質を変性させてしまう傾向が強く、しかも負電荷を持っているので、SDS-PAGE 電気泳動に使われます(変性して長く伸びたポリペプチド鎖に SDS が万遍なくまぶされ、プラス電極の方に引っ張られていきます。この均等にまぶされているということが重要です。もしある蛋白質だけ特別に SDS がたくさんくっ付いていると、高分子であるにもかかわらず SDS-PAGE で他よりもよく流れるといった現象が起きてしまいます)。一方、DDM は電荷をもっておらず、蛋白質に対してちょっと温和です。

しかし、別の問題も生じてきます。界面活性剤がリガンドをも覆ってしまい、観たい受容体との相互作用が消えてしまうかもしれません。また、相手方蛋白質が水溶性であれば、界面活性剤はこれを unfold してしまうかもしれません。そのようなわけで、もう少し脂質二重膜の環境に近い状況を作ろうというわけでミニバイセル(small bicelle)が使われます。しかし、大きさが小さい場合は NMR できれいなスペクトルを見せますが、縁の界面活性剤成分と両面のリン脂質成分が速く交換してしまい、純粋な脂質二重膜を模倣しているとも言い切れないそうです。

Chih-Ta Henry Chien, Lukas R. Helfinger, Mark J. Bostock, Andras Solt, Yi Lei Tan, and Daniel Nietlispach (2017) An adaptable phospholipid membrane mimetic system for solution NMR studies of membrane proteins. J. Am. Chem. Soc. 139 (42), 14829–14832. DOI: 10.1021/jacs.7b06730

そこで注目を浴びているのがナノディスク(nano-disc)です。成分はリン脂質でできており、円盤の周りにベルトの働きをする蛋白質が紐のように取り巻いています(apolipoprotein A1 など)。そのため、円盤の淵を囲むための界面活性剤が要りません。この周りの蛋白質は論文ではよく scaffold 蛋白質と書かれています。しかし、この scaffold という単語は、どちらかといえば「工事現場のビルの周りに建てられている足場(よく台風で飛んでいってしまってニュースに出る板と金属パイプ)」です。この単語がナノディスクにおける足場をうまく表していないこともないのですが、むしろ「ベルト」と表現した方がニュアンスに合っているような気がします。

早速、次のキーワードをグーグル画像検索に入れてみましょう。それぞれの構成がよく分かります。

画像検索「nanodisc bicelle micelle membrane protein nmr」
画像検索「scaffold」

ナノディスクでも問題となるのは、やはりその大きさです。NMR での観測のためには、できるだけ小さな分子量にしたいので、短めの scaffold 蛋白質を選びます。しかし、短くし過ぎて膜蛋白質がちゃんとディスクの脂質二重層部分に埋め込まれていないという事態も起こり得ます。いずれにしても、1つの系を成功させるためには、さまざまな条件をスクリーニングして、その蛋白質にもっとも向いたナノディスクを探すことになります。

今回のこの論文では、saposin-A(スフィンゴ脂質活性化蛋白質)を使っていろいろな大きさにできるナノディスクを紹介しています。Saposin-A はこれまでにもいろいろな論文に登場してはいるのですが、ちょっと勉強不足のため、今回の論文との差異をよく理解しておりません。何個かの saposin-A 蛋白質が、それぞれの頭と尻尾でつながってベルトを形作ります。個数を多くすると長くなり、大きな円周のナノディスクを作ることができます。このようにサイズを自由自在に?変えられる点がアピールポイントとなっているようです。

画像検索「saposin-A LDAO」

Saposin-A 蛋白質ですが、pH 4.8 ですと不安定で水に溶けません。しかし、逆にリン脂質である DMPC とはかえって相性がよく、そのままでナノディスクを作ってしまいます。一方、中性付近の pH ですと、saposin-A 蛋白質は閉じた状態で安定化してしまうため、そのままでは DMPC と相互作用しません。そこで界面活性剤である DDM を先に混ぜておきます。DMPC も DDM と混じることにより溶けやすくなります。DDM は saposin-A 蛋白質を開いた状態に、つまり、DMPC を囲みやすい状態にします。そして、界面活性剤をトラップするビーズに通して DDM だけを取り除いてやると、DMPC の周りに saposin-A 蛋白質がベルトのように巻きついたナノディスクが出来上がるのだそうです。2種類できあがり、小さい方のディスクは Sap-A : DMPC = 3 : 42、大きい方のディスクは Sap-A : DMPC = 4 : 180 のモル比だったそうで、なにげなく論文の図のような円盤を想像することができます。

実際の膜蛋白質との複合体についてですが、DPC-ミセルで可溶化させた膜蛋白質 OmpX といっしょに混ぜてナノディスクを作ると、上記の小さい方のナノディスクに OmpX が埋まった形になったそうです。ロドプシン(26.4 kDa)で調べたところでは、ミセルの方がきれいに観えています。しかし、実はミセル型は単量体で、今回の salipro 型は二量体になっているそうです(saposin-A 4本から成るナノディスク1個にロドプシンが2量体で埋まっている)。そのため、後者の分子量は 200 kDa に及び、さすがにこの高分子量で重水素化していないのであれば、それほどきれいには観えないでしょう。

また、GPCR であるアドレナリン β1 受容体も試しています。そして、アゴニストであるイソプレナリンとの相互作用を観ています。受容体はメチオニンのメチル基のみを 13C で標識しています([13Ce]-Met を Sf9 細胞の培養培地に入れている)。一般的にメチル基は NMR で非常に感度が高いですので、高分子量の蛋白質でしばしば観測の対象とされます。中でも Met はいろいろな意味で観測しやすいです。

ナノディスクに埋め込みたい蛋白質は、事前に界面活性剤(0.5-1.0% DPC や DDM)でまぶして可溶化しておきます。そして、ナノディスクを作っていく過程でいっしょに混ぜておくと、80% 以上の蛋白質が出来上がりつつあるナノディスクに埋め込まれていくように読めます。次回は、界面活性剤で事前に蛋白質をまぶさないで、ナノディスクに埋め込む技法を紹介したいと思います。

2017年9月17日日曜日

永遠に鎖のように

生体内の蛋白質には「対称性をもった同種多量体 homo-multimer の蛋白質」がたくさんあります。例えば、ある軸周りに 180 度回した時に(見かけ上)元と同じ形になれば、2回回転対称と呼びます *。そのような多量体はしばしば更に重合していって巨大な超分子重合体 supramolecular assembly を作りやすいとのことです。これには遺伝子を節約できるという利点があるのかもしれませんが、実際に進化の過程でこの対称性のある多量体が超分子重合体のユニットとして優先的に選ばれてきたのかどうかについては不明のようです。

* 例えば同種二量体(homo-dimer)では、ある軸の周りに 180 度回転させると、基本的には元と同じ形になります。そのようにならないパターンも考えられなくもないですが、その場合は鎖のように永遠に伸びていくパターンになります(....BBBBBB....)。なお、鏡像関係とは異なりますので、ご注意ください。もし、左のサブユニットが L-体アミノ酸からなり、右のサブユニットが D-体アミノ酸からなると、鏡像関係にある二量体となりますが。

ここに、同種多量体として働いている酵素蛋白質があったとします。ひとたびその多量体の表面に変な変異が起こると大変なことになります。その対称性ゆえに変異の位置も対称的に配置されます。たとえば変異により同種二量体 homodimer の表面に Cys が生じたとします。すると、その Cys はちょうど両端に1こずつ存在して、まるで手をつなぐように次々と二量体が連結していくことになるかもしれません。

鎌状赤血球は、たった一箇所のグルタミン酸(Glu-6)がバリンに換わるだけの変異(E6V)によるものですが、そのためにヘモグロビンが重合してしまいます。ヘモグロビンは、完全ではないのですが四量体です。四量体になっている大きな理由は、4つのサブユニットに酸素が次々とより強く吸着するようにするためです(1つ目の酸素より2つめ、2つ目より3つ目というように、だんだんと親和性が高くなります。これを正の協同性とよび、そのお陰でヘモグロビンが肺で一気に酸素を掴めるのです。逆に毛細血管では一気に酸素を放出できるのです)。鎌状赤血球をもった人はマラリアに罹りにくいので、この変異が人の進化の歴史の中で長く保存される結果となりました。しかし、たった一箇所の変異により、このような超分子重合体ができてしまうのは、ヘモグロビンにたまたま限ったことなのでしょうか?それとも対称性をもった同種多量体ひろく全般にも言えることなのでしょうか?

H. Garcia-Seisdedos, C. Empereur-Mot, N. Elad, and E. D. Levy (2017) Proteins evolve on the edge of supramolecular self-assembly. Nature 548, 244–247.

最初に同種多量体について少し触れておこうと思います。よく C5, D5 という書き方をします。前者は環状対称 cyclic 5, 後者は二面体対称 dihedral 5 という意味です。論文の図を見て頂くと分かりやすいのですが、まずはヒトデを連想するとよいかもしれません。ヒトデは手を5本もっています。星のど真ん中を縦軸として 360/5 度ずつ回しても常に同じ形に見える C5 です。しかし、裏返すとヒトデのお腹が見えてしまい、元の背中が見えた状態とは違ってしまいます。放っておくと、足をくねらせて再び背中が上になるように戻ってしまいますが。しかし、ヒトデ二匹を捕まえてきて、お腹どうしをぴたりと合わせたとします。ヒトデのサンドウィッチです(実は硬くて食べられない)。すると、裏返したとしても、もう一匹の背中が出てきて元と(見かけ上)同じ形になります。これが D5 です。この論文では、dihedral の方を扱っています。もし、すべてのヒトデのお腹にアロンアルファを付け、二匹ずつお腹どうしをくっつけたとします。100 匹が最初にいたとすると、これで 50 組の D5 ヒトデが出来上がります。次にこの D5 ヒトデの背中にアロンアルファをつけると、おそらくこれら 50 匹はつながっていって、ヒトデの 50 層の塔が出来上がってしまうでしょう。そうはならないように、ヒトデの背中は仲間の背中とくっつきにくいように進化しているのかもしれません?また、同種多量体の構造にはその他にウィルスのキャプシド正二十面体のような立方対称 cyclic があります。さらに具体的に何個という数値では表せない、つまり永久に伸び続ける細胞骨格チューブリンなどもあります。

表面の電荷をもった残基(Arg+, Lys+, Glu-, Asp- など)を Leu, Tyr に換えると、たとえ普通の細胞内の濃度であっても(濃くなくても)次々に重合して線維になってしまったとのことです。さて、ここでの疑問は、個々の同種多量体の立体構造は変わってしまったのか?それともブロックの形は変わらずに繋がっていってしまったのかどうかです。例えば、脳内でアミロイドを作るような蛋白質は、全くもととは異なる立体構造に変身して重合していきます。また、一般的に凝集、沈殿と呼ばれる現象では、その蛋白質の立体構造が解けてしまって、毛玉のようにランダムに絡みあっていることも多いです。このようなアミロイドや毛玉状の凝集は、それ自体がかなり安定であるため、なかなか元の個々の姿に戻ることがありません。今回の実験では、ひとたび超分子重合体になってしまうと、なかなかその構造を詳しく調べることができないため(ただし、電子顕微鏡による観測は除く)、CD で二次構造の量を調べる時には、界面活性剤 DDM やアルギニンを入れて重合を抑えたようです(アルギニン Arg+ とグルタミン酸 Glu- の混合物はしばしば重合や凝集を防ぐことが昔から知られています。NMR のスペクトルがきれいになることも多いです)。その結果、個々の立体構造そのものは全く変わっておらず、それらがそのままの形で重合していることが分かりました。

ここで見つかったことは、その超分子重合体での接着面になりそうな箇所は、あまり疎水的ではない(つまり親水的である)ということです。もっと詳しく調べてみると、蛋白-蛋白相互作用にはあまり使われていないような残基になっていたそうです。まあ考えてみれば全くその通りで、もし Leu, Tyr のような残基がひとつの同種多量体の表面に対称的に配置していれば、瞬く間にそこを糊代としてベチャベチャと重合していってしまいます。これが起こらないように進化の過程でそれらは「ベチャベチャ "sticky" ではない残基」に留め置いているのでしょう。つまり、重合してしまうことをぎりぎり必死で?防いでいるので、たった1個を置換しただけで重合に負けてしまったと言えます。なお、このことが言えるのは dihedral 同種多量体であって、cyclic の方には当てはまらなかったとのことです。どんどん長くなっていくのは dihedral であって、cyclic の方は、ヒトデに例えるならば、お腹どうしがくっついてサンドウィッチ二量体になって終わりです。そのため、わざわざ sticky でない残基に置き換えるほど進化の圧力がかからなかったのでしょう。

本文の中に「疎水性残基が溶媒に露出していれば、水のエントロピーに利得がある」といったちょっと難しい表現が使われていますが、これは要は(餃子の油がお酢の中ではひとりでに集まってくるように)疎水的な相互作用が起こるよという意味です。実際にはその後にファンデルワールス相互作用も効いてきますので、水のエントロピーだけが疎水的相互作用の全てではありませんが、少なくとも二つの分子が近づいてきてファンデルワールス 力が効き始めるまでは、水のエントロピーが疎水的相互作用を生み出しています。

ここで重要な点は、たとえ重合していっても同種多量体の個々の単位は、UNFOLD していないということです。しばしば重合・凝集というと、蛋白質が毛玉のようなぐちゃぐちゃになった状態を連想し勝ちです。しかし、実際にはこのように規則正しく重合していくことも多く、両者はきっちりと区別して考える必要があります。規則正しく重合した究極の現象は「結晶化」だと書かれています。それにアミロイドなどもですね。また、大腸菌の中の封入体(inclusion body)、硫安沈殿、等電点沈殿などはどちらに入るのでしょう?ケースバイケースかもしれませんが。後者ふたつについては、立体構造は壊れていないことが多いです(水を加えたり、pH をかえると再び溶ける)。ただし、いつも同じ面で対称的に連なっているのかどうか?そして、細胞内やオルガネラ内の条件、たとえば pH が変わることにより、単量体と重合体の間を行き来して制御がなされているような例も知られています。

NMR で蛋白質を観測すると、二次元 1H/15N HSQC のピークがぐしゃっとしていることが多いのですが、その場合にこの蛋白質は unfold して凝集していると即断するのは必ずしも正しくありません。実は構造を保ったまま規則正しく並んでいるだけというケースの方がこれまでに多かったようです。CD の結果では二次構造がちゃんと保たれているのに、ゲル濾過では早めに溶出してくるというような場合がそれに相当します。しかも、ゲル濾過の溶出位置から分子量を換算すると 1.2 量体ぐらいなのです(ほんの少しだけ早めに溶出してくる)。つまり、8割は OK なのだが、2割ぐらいが二量体を組んでいるといった状態です。もちろん単量体の8割を再びリクロマトすると、また 8:2 に平衡状態が戻ります。このような蛋白質はむしろ結晶になりやすい場合があり、これが NMR で最もきれいなスペクトルを出す蛋白質が、必ずしも結晶に最もなりやすい蛋白質と一致するわけではない理由です。この微かな凝集を防いできれいな NMR スペクトルを出す方法については(この単分散性を高めることが難題なのですが)紙面が足りませんので、またの機会にしたいと思います。