2018年12月12日水曜日

冷やせば安全とは限らない

蛋白質の凝集やアミロイド化は、神経変性疾患をはじめとして様々な病気に関連しています。この凝集などの出発点はしばしば、その蛋白質がしっかりと折り畳まれていない、部分的に緩んだような構造(折り畳み中間体)になってしまうことにあります。この折り畳み中間体の構造を原子レベルで検出するのはかなり難しいことです。寿命が長くなく、ほんの一瞬であり「ずっと捉える trap」することが難しいためです。そのため、よくストップトフローなどを使います。そこで長時間その折り畳み中間体を維持するようにアミノ酸変異を加えたり、ちょっとだけ変性剤を加えて故意に不安定にさせたりなどの工夫がなされてきました。もちろん結晶にはほぼなりませんので NMR で観るのが良いのですが、さまざまな構造の間をμs-ms の時間領域で交換し合っていると、NMR 信号が広幅化してしまい、あまりきれいには観測できません。

蛋白質を熱すると変性してしまいます。これは熱によって各原子の動きがより活発になり、折り畳みを維持することができなくなるためです。一方、低温(-20℃ 以下など)にもって行っても蛋白質が変性してしまうことがあります。実際には変性する前に溶液が凍ってしまうため、蛋白質を冷凍庫に入れたからといって必ずしも変性してしまうわけではありません(変性したとすると、液体窒素で瞬間冷凍しなかったためでしょう)。この低温変性という現象は、周りの溶媒である水の疎水性が上がるためと言われています(すると、蛋白質の内部に向いていた疎水性残基が表面に出て来て水と相互作用しようとします)。高温変性は一気に(協同的に)起こるのですが、低温変性はもう少しゆっくりと起こるので、下記の論文のように、変性の途中の構造をトラップして観ることができるかもしれません。

Jaremko M., Jaremko L., Kim H.Y., Cho M.K., Schwieters C.D., Giller K., Becker S., and Zweckstetter M. (2013) Cold denaturation of a protein dimer monitored at atomic resolution. Nat. Chem. Biol. 9(4), 264-270. doi: 10.1038/nchembio.1181.

著者らは(よく存じていますが、彼らは本当にアクティブですねえ)日和見(院内)感染で有名な腸球菌の CylR2 という蛋白質を調べました。これは溶解温度 Tm が 77.5℃ と大変安定な蛋白質です。25 ~ -16℃ までの温度で 1H/15N HSQC を測定した結果、低温になるほどピークがぼやけてきました。蛋白質分子全体の回転が止まってきたことも原因と思いますが、著者らは低温では複数の構造の間で交換が起こっているため(つまり Rex の上昇)と解釈しています。実際、温度変化に対するピークの移動は見た目で直線に乗っていない場合もありました。これは交換している構造が2つ以上ある(つまり、単純な二状態転移ではない)ことを示しています。

次に {1H}-15N 異種核 NOE を測りました。25℃ では平均値 0.81 という頑丈さを示しています。-3℃ まで落とすと、2残基が 0.4 も下がりましたが、まだ全体的には構造が維持されているようです。この2残基は後で分かるのですが、二量体の接触面の残基なのです。しかし、-11℃ になると、全体の平均値が 0.27 となりました。この値はモルテン・グロビュール構造に匹敵するか、それを上回る柔らかさです。低温では観たい分子の回転拡散がゆっくりとなることから、必然的に NMR の感度が悪くなってきます。さらに、著者らは低温では直径 1mm のキャピラリーガラスに試料を入れていることから、試料の絶対量も少なくなって感度を落としています。そのため、低温で(距離情報を示す)NOE ピークが少なくなっているのは、単なる NMR 感度の低下のためではないかとも疑えました。しかし、この {1H}-15N NOE の結果は、上記の μs-ms 程度の運動だけでなく ps-ns 程度の速い運動も低温で活発になっていることを示しており、やはり複数の柔らかい構造の間で交換が起こっているようです。

拡散係数を測ることにより、流体力学半径も見積もりました。ちなみにこの蛋白質はホモ二量体です。それによると、-3℃ では二量体が 93% ぐらいあるのに対して、温度が下がるにつれてどんどん二量体が解離し、-11℃ では 1% ぐらいになってしまいました。この実験のすごい所は、25℃ 以外に 0℃ 以下の5つの温度において立体構造を NOE で決めていることです。低温になるにつれ、やはりサブユニット間 NOE が消え始め、二量体が単量体に解離したことを示していました。さらに、低温ではサブユニット内 NOE ピークそのものも少なくなってきますので、単量体構造自身もちょっとフラフラしているようです。

-7℃ では二量体と単量体が半々ぐらい存在します。しかし、ピークが2つに分かれていないことから、両者が速く交換していることが分かります(fast-exchange)。サブユニット間の NOE を解析すると、-7℃ では2つのサブユニットがちょっと離れかけており、25℃ におけるきっちりとくっ付いた二量体とは異なることが分かります。各サブユニットの構造は単量体での構造と似ていることから、今まさに離れんとしている瞬間なのでしょう(よって二量体と単量体が速く交換する)。

-11℃ ではほとんど単量体となりますが、この構造は 25℃ におけるサブユニット単位だけを見た時の構造と似ています。このことから(いくつか水素結合は無くなりますが)サブユニットとしての構造はそれほど変わらずに、しかし、ふわっと緩んだダイナミックな状態(フォールド中間体)で、さらにサブユニット間の相互作用が低温では弱くなっていくようです(-11℃ ではサブユニットはほぼ完全に離れてしまう)。スピンラベルを付けて常磁性緩和を見た実験でも、このフォールド中間体の方がブロードになった範囲が広かったそうで、これは構造がダイナミックに揺らいだために、蛋白質のより広い範囲がスピンラベルに晒されたことを意味しています。

-11℃ における単量体は、全体構造としては 25℃ でのサブユニット構造と似てはいます。しかし、部分的に動きが逆に固くなった箇所があります。それは二量体でサブユニット間の相互作用に寄与していた疎水性残基の側鎖が、単量体では内側に向かったためだそうです。むしろ、この残基が隣のサブユニットとの協力関係を打ち切って、同じ内輪の方に寝返ってしまったために、二量体が解離してしまったのでしょう。この残基が関与する相互作用は、25℃ の native 構造では見られなかったもので、フォールド中間体で初めて生じた相互作用です。代わりに溶媒の方に向いた側鎖もあるようで、主鎖の全体構造に目立った変化はないものの、やはり二量体から単量体に激変したとなると、側鎖の向きに再調整が起こるようです。どんどん低温にもって行った時に最後に残るのは疎水性コアの部分で、この部分とすぐ隣にある(ヘリックス・ターン・ヘリックス)部分との間の中長距離 NOE は低温になるほど観えなくなると書かれています。この疎水性コアを維持しているメチル・メチル相互作用がかなり強いので、その周りの領域がちょっとぐらいフラフラしても、このフォールド中間体は何とか全体構造を保っているのでしょう。

面白いことに相互作用相手である DNA と複合体を作らせると、低温でも構造が崩れなかった、つまり二量体のままであったとのことです(ちなみに、この蛋白質はリプレッサです。IPTG と作用する Lac リプレッサもそうですが、DNA に付く蛋白質は二量体で機能することが多いです)。安定性が増して、低温変性が始まる温度が下がったのでしょう。

この論文の蛋白質では、二量体が単量体に分かれ、その二量体のインターフェースに関与していた疎水性の側鎖が単量体では内側に向いて疎水性コアを形成しました。結果として、その単量体のフォールド中間体は幾分安定化しました。しかし、ホモ多量体蛋白質の中には、サブユニットどうしが解離し、それが引き金となって疎水性の側鎖が余計に露出してしまい、さらに単量体の構造が全体的に不安定になる場合が多いです。そのような単量体はアミロイド形成に走る場合も多いでしょう。この論文では、低温変性の性質を利用して蛋白質を人工的に不安定にしました。「こんな低温に腸球菌が晒されることはないから、このような人工的、非自然的な条件にするのは生物学的意義がない」などとは言わないでください。低温にするという操作以外でも、酸化 oxidation、修飾 modification、変異 mutation、他蛋白質との非特異的相互作用 non-specific interaction、高圧 high-pressure、外力 rheo などによって、蛋白質は容易に不安定な状況に置かれます。不安定にする手段はいろいろ異なっていても、見られる現象は同じである可能性が高いです。特にこの論文の実験においては、室温に戻すと元の二量体に戻ることから可逆的です。すると「フォールド中間体は実際に自然の中でも起こっているが、そのモル比があまりに少な過ぎて観測できない、しかし、低温に晒すことによって、その割合を増やして観測できるようにしている」とも解釈できます。

Marginal-stability と呼ばれるように、生体内の蛋白質はかろうじて安定性を保っており、上記のようなちょっとした環境の変化により不安定化し、病気の原因となるアミロイドに急速に変貌することがあります(最近は逆に、あえてアミロイドという固体にすることにより、病原性を封じ込めているという説が有力ですが)。ちょうどシーソーのバランスが崩れて雪崩が起きるようなものです。物理的には過冷却の現象にそっくりです。

2018年12月3日月曜日

酸欠になった時

癌細胞は非常に活発に細胞分裂しているため、しばしば酸素が足りていない状態になります。すると、それに対応しようとして血管を新たにどんどん作ろうとします。癌細胞に限らず、新たに作られようとしている組織では酸素が不足してくるので、早く血管を作りより多くの酸素を組織に送り込む必要があります。このように酸素が不足した時には、転写因子である HIF-1 (hypoxia-inducible factor 1, 低酸素誘導因子‐1) の細胞内濃度が高まり、例えば血管の伸長を促すのに関与する蛋白質などの転写活性を高めます。この HIF-1α は、CBP/p300 と相互作用することが知られています。

CREB-binding protein (CBP) は転写コアクチベータ(活性化補助因子)であり、そのパラログ(同じ種内のホモログ)として p300 が知られています。この CBP/p300 はちゃんと fold したドメインを7個含んでいますが、それ以外の繋ぎのリンカー領域は天然変性領域(IDP)です。IDP の領域の合計は 1,400 アミノ酸にものぼり全体の 60% を占めます。そして、CBP/p300 は 400 個以上の転写調節因子と相互作用し、16,000 個ものヒト遺伝子のプロモータ領域に見つかるそうです。この CBP/p300 の N-末端に近い領域に TAZ1 (transcriptional adapter zinc binding motifs) があり、それは4本の α ヘリックスと3つの亜鉛イオンから成り、きっちりとした構造をとっています。この TAZ1 ドメインが HIF-1αと相互作用します。

Berlow, R.B., Dyson, H.J., and Wright, P.E. (2017) Hypersensitive termination of the hypoxic response by a disordered protein switch. Nature 543 (7645), 447-451. doi: 10.1038/nature21705. 

酸素が足りない時、HIF-1α(HIF-1 のトランス活性化領域)は TAZ1 と安定に相互作用し、酸欠に適応するための遺伝子(血管伸長など)の転写を一気に活性化させます。一方、酸素がたくさんある時には、HIF-1α は不要ですので、ヒドロキシル化され(プロリンに -OH 基が付加される)、それが目印となってプロテアソームにより分解されます。

しかし、いくら酸欠状態であっても HIF-1α が元気過ぎると、それはそれでまた問題です。そこで、非常に巧みな仕組みが備わっています。HIF-1α が転写活性を上げると、それにより CITED2 と呼ばれる蛋白質も発現してきます。これのトランス活性化領域が HIF-1α と TAZ1 との相互作用を邪魔します。これにより HIF-1α の転写因子としての活性が抑えられます。上流が下流を促進させると、その下流が上流を抑制するので、これを負のフィードバック調節と呼びます。

面白いことに、TAZ1 と相互作用する相手には幾つかの蛋白質が知られていますが、いずれも天然変性です。そしてこれら天然変性の間にアミノ酸配列の相同性はあまり見られず、また TAZ1 と複合体を形成すると、一部でヘリックスのような構造をとるものの、そのヘリカル構造に共通性はあまり見られません。逆向きに付く蛋白質もあるぐらいです。そのように単量体では決まった構造を取らない HIF-1α と CITED2 がどのようにして同じ椅子を取り合うのか(競合し合うのか)?詳細はよく分かっていませんでした。

結論から先に書きますと、TAZ1, HIF-1α, CITED2 は一瞬ですが3者複合体を作ります。HIF-1α と CITED2 には LPE(Q)L モチーフと呼ばれる似た配列があるのですが、CITED2 の LPEL モチーフが最初に乗っ取りをしかけます。そして、TAZ1 の構造を変え、それにより HIF-1α の LPQL モチーフを引き剥がします。まるで崖(TAZ1)にしがみついている人(HIF-1α)の手(LPQL)を、後から登ってきた人(CITED2)の手(LPEL)が引き剥がして、前の人(HIF-1α)を奈落の底へ突き落としているかのようです(もっと良い例えを思いつけないのか?)。

HIF-1α と CITED2 がそれぞれ TAZ1 と相互作用する時の親和性を比べた時、CITED2 の方が極端に親和性が高ければ、乗っ取りが成功することは容易に想像できます。しかし、両者の解離定数はほぼ同じ値の 10 nM なのです。それでも、[15N]-TAZ1, HIF-1α, CITED2 を 1:1:1 で混ぜると、[15N]-TAZ1/CITED2 複合体のピークのみが観測されます。これは、非常に効率よく HIF-1α が [15N]-TAZ1 から引き剥がされることを示しています。さらに蛍光異方性を使った相互作用解析においても、TAZ1 と HIF-1α の複合体に CITED2 を追加滴定していった際に見られた解離定数(つまり、HIF-1α 存在下における CITED2 と TAZ1 の間の見かけの Kd)は 50 倍の 0.2 nM に匹敵するとのことです(TAZ1 と CITED2 の2者だけの状態ならば、もちろん 10 nM)。また、ストップトフローでは CITED2 の濃度が高いほど乗っ取りが速く進むのに対して、HIF-1α にはそのような濃度依存性がないという結果が出ています。もし、結合した HIF-1α が偶然にも TAZ1 から離れたすきを狙って CITED2 が結合するのであれば、速度定数の濃度依存性は両者で同じになるはずでしょう。

ここで HIF-1α と CITED2 の複合体におけるダイナミクスが重要になってきます。それぞれには LPQL と LPEL という似たモチーフがあります。しかし、TAZ1 との複合体において、HIF-1α の LPQL モチーフはちょっと動いているのに対して、CITED2 の LPEL モチーフはかなり固定しています。先ほどの崖で例えると、前の人(HIF-1α)は手(LPQL)の力が弱く、あちこちの岩を掴んだり離したりして迷っているのに対して、後から来た人(CITED2)は腕力(LPEL)が強く、崖(TAZ1)のとある岩をしっかりと捉えて離しません。これでは前の人(HIF-1α)が自らすぐに落ちていきそうにも見えますが、この人は脚力(C-末端側の二つのヘリックス)がひ弱な手を補っていて、手足を総合的にみると後の人(CITED2)と同じ程度の力量は持ってはいるのです。しかし、まあ後の人(CITED2)が攻撃を仕掛けてくるこの状況では、いくら足に自信があっても手を離した方(HIF-1α)が負けでしょう。バランスを崩して落ちていきます。このダイナミクスの詳細は {1H}-15N 異種核 NOE という NMR 測定により非常に簡単に観ることができます。

著者らは、N-末端だけの CITED2 を作りました。これは LPEL モチーフを持っていません。これをすでに出来ている複合体 TAZ1/HIF-1α に加えても、HIF-1α は退きませんでした。豪腕(LPEL)という武器がないと HIF-1α には勝てないのです。では逆に LPQL モチーフを除いた HIF-1α を TAZ1/CITED2 に立ち向かわせるとどうなったかです。この結果はわざわざ書くまでもありません。チワワが土佐犬に立ち向かうようなものです。このような競合の詳細は結晶構造解析ではなかなか分からないものですが、NMR ですと何割の分子においてどの原子とどの原子が近くにあるかまで分かってしまいます。今回の試料は分子量が小さいですので、NMR の感度については全く問題がありません。

以上のような仕組みが無かったとしたら。。。HIF-1α を退かすためにはもっと多量の CITED2 が必要になるでしょう。その大量の CITED2 が出てくる間に酸欠対策が行き過ぎ、血管ができ過ぎてしまうかもしれません。しかし、CITED2 はほどほどの濃度で HIF-1α をうまく追い遣る方法を進化の上で獲得しました。転写のスィッチは、必要な時にすぐに ON にならないといけませんが、ON のままでは駄目で不要になった時にはすぐに OFF にしないといけません。生物はこの急速 ON/OFF をいろいろな仕組みで達成しています(アロステリック効果、フィードバック制御、協同性など)。うまい点は、土台となる TAZ1 が CITED2 を気にいって迎えるようにもっていく、つまり、CITED2 が自分自身が入りやすいように TAZ1 の形を変えている点です。このように、まず3者がくっつく → HIF-1α の手を払い除けて CITED2 が手を置く → TAZ1の構造を CITED2 向きに変える、という連続した流れが見られます。この流れはこれまでの硬い鍵と鍵穴だけのストーリーとはかなり違っています。鍵と鍵穴の仕組みであれば、HIF-1α と CITED2 は同じ鍵の形をしていて、同じ様式で鍵穴である TAZ1 に入り込むことでしょう。しかし、実際の HIF-1α と CITED2 は(手の部分を除いて)違う形で TAZ1 と相互作用しています。この乗っ取りは、フラフラとして一見すると鍵になり得ないような HIF-1α と CITED2 だからこそ出来るダイナミクスです。

このようなアロステリック効果が生物のありとあらゆる所で生命機能の調整に関わっているとすると、役者となる蛋白質とそれらが相互作用する時の解離定数を単にたくさん集めただけのデータベースでは、実際の生命現象をうまくシミュレートできないかもしれません。上記の例でいうと、TAZ1 が形を変えていくことも含めた「見かけの(全体としての)解離定数」が必要になってきます。

ここで個人的な疑問です。単に CITED2 の TAZ1 への親和性を高くするだけでは駄目なのでしょうか?もし、そうだとすると、CBP/p300 から CITED2 を外すのが大変になるでしょう。一旦 CITED2 が付いてしまった CBP/p300 は使いものにならず、次に酸素が減ってきた時にその生物は死んでしまうでしょう。もしかすると CITED2 をまた上手く外す仕組みがあるのかもしれません。そのためには、TAZ1 と CITED2 の間の親和性が高過ぎてもいけないのではないかと思います。

2018年11月16日金曜日

魚の腐った匂い

ながらく倉庫に眠っていた Mono-Q カラム。「これまだ使えるかな?」と思って HPLC に繋いで水を流した途端、何気なく「鰹節」の匂いがしました。「はて?」と思いつつ鼻をカラムの出口に近づけたのが最悪で、もうかれこれ数時間が経ちますが、まだ頭痛が続いています。

そういえば、誰かが先月「同じ箱にある古いカラムを流路に繋げたらアンモニアの匂いでまいっちゃった」などと言って騒いでいましたが、あまり取り合いませんでした。しかし、今この部屋中に充満した匂いは凄まじく、部屋のドアを開けたら開けたで今度は廊下を歩いている人から「何事か?」と覗かれる始末です。そこで、ちょっとググってみました。

「anion-exchange chromatography bad smell」

一杯出てきました。どうも陰イオン交換 Q 樹脂が分解されて「トリメチルアミン」という物質が出来てしまったようです。それがちょうど、よりによって腐った魚の匂いだそうで、ものすごく少量(5 ppb ぐらい)でも悪臭になるのだとか。確かに服や手にまで染み付いてしまったようで、今晩はどうやって電車で帰ろうかと悩んでいるところです。手を何度も洗ったのですが、まだ腐った魚の匂いがします。

確かに Q レジンの先には (N+)(CH3)3 がありました。負に帯電した蛋白質などが、このレジンの正電荷と静電的相互作用でくっ付くのです。これが外れるとトリメチルアミンそのものです。「Hofmann 脱離」と引くと、その脱離反応の詳細が出てきました。が、それよりも今は頭痛のため、読んで理解するどころではありません。

そういえば 20 年以上前、誰かが SDS-PAGE 用の TEMED(テトラメチルエチレンジアミン)を冷凍庫から出した時に手を滑らせ落として割ってしまった時のことを思い出しました。建物中の人が集まる程の魚の腐敗臭が翌日も続きました。

さて、どうやって帰ろうか。1時間歩いて帰るしかなさそうです。

2018年9月30日日曜日

コアセルベート化による過飽和

タウ蛋白質は微小管に結合してその安定性を調節している蛋白質ですが、同時に神経変性疾患であるアルツハイマー病の原因とも考えられています。悪さをするタウは重合してアミロイドを形成しています。そのようなタウは、微小管に結合して本来の機能を発揮することはもはやありません。今回の論文はどのようにしてアミロイドにまで育っていくのかの分子機構を NMR 解析も含めて調べたという内容です。

Ambadipudi, S., Biernat, J., Riedel, D., Mandelkow, E., & Zweckstetter, M. (2017) Liquid-liquid phase separation of the microtubule-binding repeats of the Alzheimer-related protein Tau. Nat Commun. 8 (1), 275. doi: 10.1038/s41467-017-00480-0.

ヒトの神経系では選択的スプライシングにより6つのタウのアイソフォームができます。ここで鍵となるのは、微小管に結合する部位でもある繰り返し配列の箇所です。この繰り返し配列だけになるように分解されると、これは全長のタウ(441 a.a.)よりもはるかにアミロイド化し易いのです。繰り返し配列のそれぞれは 31~32 アミノ酸から成りますが、これが3つの場合(3R-Tau)と4つの場合(4R-Tau)が知られています。ちなみに二番目の R が欠けた 3R-Tau は 4R-Tau よりも液滴を作る傾向が低いようです。

もともとタウはよく水に溶け、必ずしも凝集や沈殿を起こし易いというわけではないようです。ただし、ちゃんとした特定の立体構造はとっておらず、いわゆる天然変性蛋白質(IDP)です。これがどのようなきっかけで、そしてどのようにしてアミロイドにまで変化していくのでしょうか?その経路に液-液相分離があると、この論文は唱えています。FUS 蛋白質でも同じように、液-液相分離を経由して不溶性の凝集体になるのではと言われています。また、タウでもそうですが、負電荷をたくさん持った分子(例えば RNA など)と接触すると、このコアセルベーションが促進されて液滴になるようです。

この問題となる繰り返し配列は、疎水性残基をほとんど含んでおらず、とにかく Lys+ がたくさん含まれています。各リピート(31~32 a.a.)のうち Lys は5個ぐらいでしょうか?まず著者らはこの 4R-Tau がどれだけ液-液相分離を起こし易いかを 350 nm の濁度で3日後に調べました。なお、内部の Cys が酸化しないように常に還元剤を入れています。細胞内の環境が還元的であるためですが、もし何かの拍子で分子間ジスルフィド結合が起こると、さらに凝集が進むのかもしれません。まず、pH が等電点である 9.8 に近づくほど液-液相分離しやすいようです。濁度が本当に液-液相分離を反映しているのかを確かめるため、微分干渉顕微鏡で 15 μm ほどの液滴ができることも観ています。また、細胞内の crowd 効果に似せて PEG を加えると液-液相分離が促進されました。なお、アミロイドの特徴であるクロス β 構造ができているかどうかは、しばしばチオフラビン T の蛍光で調べられますが、この蛍光はありませんでした。よって、まだアミロイドは出来ていない段階だということになります。また、このタウ蛋白質は5℃といった低温では液-液相分離を見せず、42℃で液-液相分離を最も起こし易くなるようです。一方 65℃という高温では液-液相分離はできないことから、必ずしも温度による運動性の変化が液-液相分離のできやすさと関係しているとは言い切れません。FUS の場合はある温度(<~20℃)以下にすると液相分離を見せますが、これは FUS には Arg+ が多いのに対して、タウでは Lys+ が多かったり、リピートの N-末端側に P-Xn-G モチーフなどがあるためか?と書かれています。

やっと NMR の登場です。5℃での 2D 1H-15N HSQC スペクトルは典型的な単分散分子の IDP を示しています。ハムの壁(8.6 ppm)がきっちりと見えます。また、37℃ で液滴になってもスペクトルはそれほど変化していません。ここの解釈はかなり難しいところです。実は、CD の変化も観測されており、それによると温度を上げた時に「少しだけ」 β 構造が増えました。しかし、NMR スペクトルからは、新たに β-ストランド構造が増えたようにはとても見えません。もしかすると、液滴の中ではアミロイド構造への変化に向けて β-ストランドのような構造を一瞬はとるが、すぐに崩壊したり他の分子と不安定な超弱い水素結合を組み直したりの構造交換をフレキシブルに続けているような感じに見えます。著者らはさらに MTSL ラジカルをタウの Cys に付けています。まず5℃の単分散状態では、MTSL の周りだけが常磁性緩和しました。これは相互作用が分子内に留まっていることを示しています。一方、37℃ではほとんどのピークが広幅化しました。これは相互作用が分子間にも及んでいるためです。ただし、まだこの時点ではアミロイド化していませんので、相互作用は弱く遷移的で、動的に入れ替わっているでしょう。その様子が β 構造がわずかに増えたという CD の結果に反映されているのでしょう(あるいは、単分散でも液滴でもない、オリゴマーが生じているのかもしれません)。化学シフトが大きく違わないという点から、おそらくは液滴の内外で分子が交換し合っているという描像が当てはまるような気もします。この辺りの描像は次に書く予定の Ddx4 などと似ています(単分散と液滴の間を行き来する分子交換の現象が CPMG 実験で調べられています)。

他の例でもよく知られるように、タウ蛋白質もポリアニオン(多価の陰イオン)物質を加えると、アミロイド化に進みます。代表的なポリアニオン物質は RNA やグリコサミノグリカンであるヘパリンなどです。タウの液滴はポリアニオンが無いとそのままなのですが、これにヘパリンを 1/4 モル等量ほど加えると、もう5分後には重合を始め、2日後にはアミロイド線維になることが観察されています。ここで興味深いことは、液滴ができないような低温や高温では、たとえヘパリンを加えてもアミロイド線維にならなかったことです。しかし、必ずしも5℃でタウとヘパリンが相互作用しなくなるというわけではありません。NMR スペクトルによると、5℃でもちゃんと相互作用しているようです。ヘパリンによるタウの電荷の相殺は、ちょうど pH が pI に近づくのと似ています。この時に疎水性効果が浮き出て来るのでしょうか?しかし、塩濃度を上げると(静電的相互作用が弱まり、疎水性が強調されるはずですが)逆に液滴ができにくくなることから、やはり液-液相分離に至る物理的なメカニズムは複雑そうです。液-液相分離によってまずはタウ蛋白質が集まり、さらに電荷の相殺により、その局所濃度がさらに上がってアミロイド化するといったシナリオが考えられるでしょうか?予想通り 200mM の NaCl 存在下では液滴はできませんが、もちろんヘパリンを加えてもアミロイドはできませんでした。

MARK kinase はタウ蛋白質の Ser をリン酸化します。著者らは実際に 4R-Tau をリン酸化させました。すると、2 μM という低濃度であるにもかかわらず液滴を作りました。この濃度は実際に神経細胞の中のタウの濃度に匹敵します。さらに、この液滴はリン酸化されていないタウをも巻き込んでいくようです。

液滴内部の分子とその外側の単分散状態の分子との間の交換についてですが、この論文では NMR 信号の様子から速い交換と推測しています。この時の速い遅いは化学シフトの時間スケールに対してです。つまり、化学シフトが平均化してしまうほどに速いということで、だいたいマイクロ秒よりも速い場合を指します。一方、オリゴマーと単分散との間の交換もきっと起こっており、これは信号がかなり広幅化することから中間的な速さ(μs ~ ms)と思われます。オリゴマーでは分子間の相互作用がもう少し強いのかもしれません。

一般的に蛋白質の濃度をどんどん上げて行くと過飽和状態になります。ちょうど氷点下以下に冷やした水が何かの振動で急に氷に変わるように、過飽和状態の蛋白質も何か(別分子との接触など)により急に凝集を始めます。蛋白質の結晶ができる時もそうですが、アミロイドが出来ていく時もそうでしょう。タウ蛋白質が単分散している時には濃度は 2 μM 程度ですので、とても過飽和とは言えません。しかし、液滴の中では局所的に過飽和状態になっています。何も刺激がなければこれはこれで準安定状態ですが、ここに何かの刺激(温度変化、pH 変化、塩濃度の変化、ポリアニオンとの接触、リン酸化など)が入ると、急にアミロイドに変わるのかもしれません。

2018年9月25日火曜日

NOE と exchange を分ける in CEST

化学交換を NMR で検出する方法の一つとして relaxation disperson(緩和分散)法が有名ですが、最近は CEST 法(chemical exchange saturation transfer)もどんどん使われるようになってきました。緩和分散法は CPMG パルス系列を使うことからも分かるように、横磁化を対象とします。一方 CEST 法は縦磁化を扱いますので、Tex を 500ms など長い時間に設定することができ、緩和分散法よりも遅い交換(2〜20 ms のτex)を扱うことができます。また、緩和分散法では励起状態の化学シフト値を直接的には求めることができません。化学シフト値は、その励起状態での構造を推測するのに使えますので大変重要です。フィッティングで |Δω| を出した後、その符号を調べるための実験がまた別途必要です。一方 CEST では励起状態の化学シフト値が目に見えるような形で得ることができます。さらに CEST は 13C 均一標識の蛋白質でも可能なようです。緩和分散法では 1J(CC)-coupling は大きな問題ですので、芳香環の 13C の CPMG 実験では 12C-13C-12C のような標識法(alternate labelling)が必要になってきます。

最近は 15N, 13C だけでなく 1H の CEST も出てきました。ここで問題となってくるのは、プロファイルに現れた dip(オフセットを横軸にピーク強度を縦軸にとったプロファイルで、ピーク強度が落ちている箇所)が、果たして本当の構造交換によるものなのか?それとも NOE によるものなのかの区別です。これは高分子の NOESY における NOE 交差ピークが、交換によるピークと区別がつかないことと似ています。しかし、これには良い対策がすでに出ています。一つの 1H 核スピンを2つに分けて区別するのです。つまり、1H-15Nαと 1H-15Nβです。15N 核スピンの T1 が長く、Tex の間は α状態とβ状態が維持されるのであれば、この方法が使えます。構造交換では、1H-15Nαどうしで交換します。同じように1H-15Nβどうしでも交換します。まさか、基底状態の時は 15Nαであったのに、励起状態に移った時には 15Nβになってしまうということはないでしょう(15N T1 が十分に長ければ)。そこで基底状態の 1H/15N を 15N のそれぞれのスピン状態 α or βに応じて別々に測定します(spin-state selectively)。1H/15Nα の CEST における dip と1H/15Nβ の CEST における dip は別々のところ(ちょうど 1J だけ離れた位置)に現れるはずです。それに対して NOE の方は、近くの 1H が saturate されれば、双極子間相互作用を通して対象となる1H に NOE が移ります。その際、donor と acceptor の 1H に付いている 15N が α 状態であろうとβ状態であろうと全く関係ありません。よって、1H-15Nαも 1H-15Nβも同じ dip を持っているはずです。以上より、15N 核スピン状態に選択的に測定して得た CEST プロフィールをお互いに引き算すると、NOE からの寄与はキャンセルされ、本当に構造交換によって生じた dip のみが残ることになります。

Yuwen, T., and Kay, L.E. (2018) A new class of CEST experiment based on selecting different magnetization components at the start and end of the CEST relaxation element: an application to 1H CEST. J. Biomol. NMR. 70(2), 93-102. doi: 10.1007/s10858-017-0161-2.

この論文は更にそれを発展させたものです。15N スピン状態選択的に測定するのは面倒であるので、いっそのこと 2IzSz を測定してしまうという方法です。確かに、HzNa - HzNb = 2HzNz となります。それに伴うアーティファクトについて詳しく書かれています。一つは TROSY 効果により二つのダブレット HzNa, HzNb に強度差が起きることです。その強度差は新旧どちらの方法でも起こるのですが、上記のスピン状態選択法の場合、HzNa, HzNb それぞれで reference(saturation 無し)を測り、引き算をする前にこの reference により規格化してしまいます。そのため、TROSY 効果による強度差がキャンセルされます。それに対して新しい方法では、引き算を自動的にしてしまってから(つまり、2HzNz を検出してから)reference で規格化します。そのため、引き算による完全なキャンセルが出来なくなるのです。しかし、論文によると、それは大したアーティファクトにはならないとのことです。むしろ、two-spin order ではなく in-phase である 15Nz が検出に入ってくることの方が大きいそうです。一応、それを防ぐために 15N に 180 度パルスを偶数発打つ方法も紹介されています。これにより TROSY 効果(1H CSA/1H-15N DD)もキャンセルされ、15N in-phase もかなりキャンセルされます。ただし、Tex の実質的効果は半分になってしまいます。おそらくそこまでしなくても問題はないでしょう。

新旧の方法を比べると、特に 1H/13C HMQC-TROSY の場合は新しい two-spin order を検出する方が感度が高くなります。

2018年8月28日火曜日

大腸菌培養の最少培地 M9 その4

そろそろ終盤に差し掛かってきました。

(3) 安定同位体 (フィルターにて滅菌処理)

15NH4Cl(1.0 g/L と書かれている場合も多いのですが、価格もそれほど高くはありませんので、2.0 g/L 入れるのをお勧めします。)

[13C]-葡萄糖 2.0-4.0 g/L(15N のみ単一標識する場合は、普通の葡萄糖を 4.0 g/L 入れます。良かろうと思ってあまり多量に入れ過ぎると、異化代謝産物抑制(catabolite repression)という現象により発現がストップしてしまうことがあります。Glucose が多過ぎると cyclic-AMP が減ります。すると、cAMP が CAP 蛋白質から外れます。その結果、CAP が promotor から外れて RNA-polymerase をリクルートしなくなります。特にアラビノースオペロンを使っている時にはこれが顕著に起こります。

[2H, 13C]-葡萄糖 2.0 g/L(2H, 13Cでも標識する場合、もちろんこれも 3.0 g/L 入れた方がよいのは確かです。しかし、高くつきます。)

上記を混ぜ合わせて 0.22-0.45 μm フィルターを通して滅菌します。オートクレーブは厳禁です。なお、pre-culture 100 mL と main-culture 900 mL に分けて培養する場合、main-culture に 13C, 15N 安定同位体をすぐに入れてはいけません。pre-culture の育ち具合をみて、もし何かおかしいという場合にはここで実験をストップします。高価な安定同位体を1割しか無駄にせずに済みます。

培地に何かを入れ忘れている場合も多く、その場合 pre-culture と同じように main-culture でも「やっぱり」大腸菌が育たない場合が多いです。このような場合、main-culture をどうすればよいか迷うところですが、1つは、念の為ビタミンと金属類をもう一度いれてあげて、そこから 100 mL を抜き取って培養するのがよいでしょう。ビタミンや金属類は2倍量はいっていても問題ありません。それでも育たない場合は、塩溶液とビタミン核酸溶液を熱いうちに混ぜてしまったのかもしれません。

(4) 50mM CaCl2 2.0 mL

(5) グリセロール 1.0 g (15N のみで標識する場合)

(6) アンピシリン 50-100 ug/mL

(7) 微量金属(Trace-metal)

ZnCl2 20 μM (zinc-finger 蛋白質の場合)
   2 μM (zinc-finger 蛋白質でない場合)
CoCl2 0.4 μM
CuCl2 0.4 μM
NiCl2 0.4 μM
Na2MoO4 0.4 μM
Na2SeO3 0.4 μM
H3BO3 0.4 μM
EDTA 25 μM

論文によっては、これの 10 倍ほど濃い仕様も書かれているのですが、上記でおよそ足ります。金属蛋白質の場合は、その配位するはずの金属をもう少し加えてやらないといけないかもしれません。あまり多量に入れ過ぎるとかえって毒になってしまいます。また Se はちょっと手に入らないかもしれません。

少し探してみると、1000X ストック溶液が販売されているようでした(Sigma 92949)。これを重水に溶かした製品があればよいのですが(凍結乾燥するには面倒です)。

問題は重水培養する時です。その時のために、このストックは重水に溶かしておくとよいでしょう。

また、これら trace-metal の代わりに FeCl3 (35 mg/mL = 215.8 mM) を 500 µL ほど入れても構いません。その場合、最終濃度は 100 μM 程になります。この FeCl3 試薬の中にはちょっとの微量金属が含まれています。そのためあえて微量金属を入れなくても、このコンタミ分で足りてしまうというわけです。できるだけ安い粗雑な精製試薬を買いましょう。

(14) 下のようなビタミン原液(フィルターにて滅菌処理)を加えてもよいでしょう。5mL の水(重水)に下記の 10 倍量を溶かし、フィルター処理します。10 本のエッペンドルフに分注し冷凍しておきます。そのうち1本分を培地 1L に入れます。

葉酸 (ビタミンM) 1 mg
塩化コリン (ビタミンB) 1 mg
ニコチンアミド (ビタミンB) 1 mg
D-パントテン酸 (ビタミンB) 1 mg
ピリドキサール (ビタミンB6) 1 mg
リボフラビン (ビタミンB2, G)0.1 mg
イノシトール 2 mg

10 mg は耳かき半分ぐらいの量です。一つ一つを秤で測らなくても、適当に入れて 5mL の水(重水)で溶かすことで問題ないでしょう。もちろん、上記の 100 倍量を測り取り、50mL の水(重水)に溶かして 100 本に分注しても構いませんが。。。

2018年7月12日木曜日

寒くても元気に

Hilser さんの論文がまた Nature に載りました。たいへん面白い内容です。

Saavedra, H.G., Wrabl, J.O., Anderson, J.A., Li, J., Hilser, V.J. (2018) Dynamic allostery can drive cold adaptation in enzymes. Nature. 558(7709), 324-328. doi: 10.1038/s41586-018-0183-2.

極限生物の中には高温と低温というお互いに逆の条件にそれぞれ適応して進化してきた生物がいます。化学反応の点でみると、普通は高温ほど反応速度が速くなりますので、高温に住んでいる菌ほど酵素反応が速くなりそうです。一般的に温度が 10℃ 上がるごとに反応速度が2倍になります(温度と速度は比例関係ではなくて「鰻登り」の指数関数の関係になります)。しかし、温泉に住んでいる菌も南極に住んでいる菌も酵素反応の速度はあまり変わらないはずです。もし住んでいる所の温度に従っていたら、温泉菌は超短命になっていたことでしょう。そこでどのように高温あるいは低温に適応したかですが、酵素の表面にある残基が変異したのに対して、基質が入るような重要な活性部位はあまり進化の上で変わっていないようです。活性部位は側鎖の微妙な位置関係によって成り立っており、進化上での try & error を通して作り上げられた精工品です。活性部位を触ってしまって活性がガタ落ちになった酵素はすぐに淘汰されてしまったのでしょう。すると、どうやって酵素の表面だけに起こった変異を遠く離れた中心の方の活性部位にまで影響させるのか(つまり、アロステリー)が問題になってきます。さもないと、表面は高温、低温に強いかもしれませんが、酵素反応はやはり高温で速く、低温で遅くといった状況になってしまいます。

著者らは大腸菌のアデニル酸キナーゼでこの謎を調べました。この酵素には3つのドメインがあります。LID-domain と AMP-結合 domain、そして両者に挟まれた CORE-domain です。当初は LID-domain と AMP-結合 domain の「基本的な立体構造」が進化の過程で変化して、回転数(turnorver:基質が入り生成物になって出て来る速度)を調整しているものと考えられていました。しかし、「基本的な立体構造」ではなく「ダイナミクス」が温度の変化を補償しているようです。

どうも LID-domain のフラフラ具合が酵素の基質に対する親和性を調整し、AMP-結合 domain のフラフラ具合が回転数を調整しているようです。ここで「やはり構造が変化しているではないか」と言われそうですが、あくまで「基底状態での構造 ground-state conformation」は変わっていません。ある瞬間にそれが励起状態の構造 excited-state conformation にパッと交換するのです。もちろん、その excited-state の構造は複数あり、その間でも行き来(交換)しているかもしれません。その意味ではこの構造交換もフラフラ具合と同じようなダイナミクスと考えてよいでしょう。

このような例は他の酵素でもしばしば見られます。基質が付いていない apo 状態では、2つのドメインが CORE ドメインに対してフラフラと動いています(open 状態)。基質が付くと、それらがひと塊になって rigid になります(closed 状態)。apo 状態のアデニル酸キナーゼの LID-domain も当初はこのひと塊のドメインとして「ドメインとしての構造を保ったまま」ヒンジを中心にして折れ曲がり向きが変化しているだけだと思われていました(rigid-body motion)。しかし、そうではなくて、どうも LID-domain だけがいわば局所的に unfolding するようです。

LID-domain は基質の結合部位を含んでいますので、このドメインが unfold すると基質との親和性が落ちます。そこで、Val を Gly に変異させました。Gly の方が自由に動けますので、unfold した状態でのエントロピー(位置のデタラメ度)が上がります。すなわち、自由度の高い unfold した状態に構造の平衡が移ります。実際に LID-domain が unfold した中間状態(I-state)のモル比が増えました。37℃ という室温では、野生体でこの I-state は 5% 程しか存在しませんが、Val→Gly 変異体では 40% ぐらいにモル比が増えました。そして、基質アナログとの親和性もやはり落ちました。一方、AMP-結合 domain の変異体については、基質の親和性に何らの影響も与えませんでした。

さらに NMR の CPMG 緩和分散法でも同じような結果が出ました。LID-domain は野生体でも apo 状態で構造交換しており、ほどけた構造(I-state)が 5% ほど存在するという結果です。LID-domain に変異がある場合は、このほどけた I-state のモル比が 40% ぐらいにまで増え、基質との親和性が落ちてしまいますが、温度を 10℃ ほど下げると野生体と同じようなモル比 5% にまで下がります。この仕組みを通して、住む場所の温度が変わっても Km 値がそれほど変わらないように進化の過程で変異しているようです。やはり、LID-domain は構造を保ったまま向きを変えるのではなく、unfold 状態になることによって基質との親和性を下げているようです。2004 年の Kern さんの論文(Nat. Struct. Mol. Biol. 11, 945)では、リガンドの結合に伴って LID-domain と AMP-結合 domain の両方が同時に扉を閉めて closed 構造になるようなイメージでした。由来する菌の種類が違うので、はっきりとした事は言えませんが、概念としては似ていると思います。しかし、異なる点は、それぞれのドメインが形を保ったまま動くのか、それとも unfold してしまうのかということです。

興味深いことに LID-domain の変異体は、活性(kcat)には影響を与えませんでした。kcat は基質が飽和状態にある時の反応速度、つまり全ての酵素分子に基質が付いている時の最大反応速度から見積もります。ですので、変異体が基質に対して低い親和性を持つようになったとしても(飽和するぐらい基質を大量に加えれば、全ての酵素が複合体になりますので)kcat の値は変わらないはずです。一方、AMP-結合 domain の変異体は野生体よりも活性が上がってしまいました。これは AMP-結合 domain がフレキシブルになることによって生成物を速く放出するためです。そして、これも温度を 10℃ ほど下げると野生体と同じような状態になりました。先程の繰り返しになりますが、この仕組みを通して、住む場所の温度が変わっても kcat 値がそれほど変わらないように進化の過程で変異しているようです。このことから LID-domain は親和性(Km)を、AMP-結合 domain は活性(kcat)を制御しており、両者はお互いに独立していることになります。しいては、kcat/Km 比もかなり似た値に保たれますので、基質で飽和していない時でも酵素の性能は温度につられてそれほど激変しない仕組みになっているのでしょう。別々の制御の方が相乗効果が生じますので、ちょっとの進化上の変異で、適応できる温度の幅を広げられるのかもしれません。

温度を変えながら反応速度を測定し、アイリングプロットというグラフを作ります。すると、活性化エンタルピーと活性化エントロピーの値を得ることができます。その結果、活性化エンタルピーは野生体と変異体とでほとんど同じでした。エンタルピー値は水素結合やファンデルワールス相互作用などさまざまな相互作用の変化を反映します(水素結合などを組むと熱が発生します。その熱は定圧条件下ではエンタルピーと同じになります)。したがって、遷移状態になる時の構造変化の度合いが変異の有る無しにかかわらず同じであることを意味しています。それに対して活性化エントロピーの方は、AMP-結合 domain の変異体が野生体よりも小さな値となりました。エントロピーは自由度の変化を反映します。生成物を放出するには AMP-結合 domain がフレキシブルになる必要があります。これがなかなか起こらないので、この AMP-結合 domain の柔軟性が酵素反応の律速となっています。しかし、AMP-結合 domain の変異体はすでに unfold 状態が多くなっているので(といっても動きが遅過ぎて CPMG では検出されていないようです)生成物の放出が容易になるのです。変異体ではすでに少し unfold しているため、完全に unfold した状態との自由度の差がそれほど大きくはありません。この差が自由度の差(つまりエントロピー差)ですので、AMP-結合 domain の変異体の活性化エントロピーは野生体よりも小さな値となるのです。

ここでちょっと不思議に思ったのですが、 LID-domain あるいは AMP-結合 domain がフレキシブルになった時に、それが酵素全体に与える影響が両者で逆になっています。例えば、高温になると AMP-結合 domain がよりフレキシブルになり、生成物の放出がより盛んになって活性が上がります。一方 LID-domain も高温でフレキシブルになりますが、今度は逆に基質への親和性を落とします。両者の影響がまるでお互いに相殺し合っているように見えます。ちょうど温度の変化を補償しているようです。シアノバクテリアの KaiA, KaiB, KaiC による体内時計にも温度補償性があるのですが、もしかすると、このように2箇所のダイナミクスの変化が蛋白質に与える影響がお互いに逆になるように組み合わせられているのかもしれません。

南極に住んでいるある魚類の乳酸脱水素酵素でも似たような特徴があるらしいです。その低温に適応した種の酵素を見ても活性部位の残基は変異しておらず、むしろ表面残基が Gly に変異しているそうです。低温にすると原子の動きが抑えられますので、一般的に fold した状態が安定化します(不安定な蛋白質の精製の時に冷やすのはそのためです)。しかし、この Gly への変異によってそのドメイン全体がフレキシブルになり、低温ではより rigid になってしまうことを相殺しているようです。この戦略により進化は大切な活性部位を危険を冒してまで変異させる必要はなく、活性部位から遠く離れたどこか表面の残基を Gly など小さく空間的にスカスカの残基に換えればよいわけです(ただし、その変異によってドメイン全体がフレキシブルになるような残基でないとだめですが)。要は、温度が変わっても動き(ダイナミクス)がおよそ同じ程度に落ち着くように、進化における変異が原子の充填具合を調整しているわけです。

また、著者らは最後に興味深いことを書いています。シャペロンはちゃんと fold しきれていないフレキシブルな領域を見つけてトラップします。今回のようにダイナミクスを変化させて酵素活性を調整しているような酵素では、温度が上がるとフレキシブルな箇所が増えてシャペロンに捕まってしまう確率が上がります。しかし、それによって細胞内全体でみると酵素活性が上がり過ぎるのを防いでいるのかもしれません。