2018年9月30日日曜日

コアセルベート化による過飽和

タウ蛋白質は微小管に結合してその安定性を調節している蛋白質ですが、同時に神経変性疾患であるアルツハイマー病の原因とも考えられています。悪さをするタウは重合してアミロイドを形成しています。そのようなタウは、微小管に結合して本来の機能を発揮することはもはやありません。今回の論文はどのようにしてアミロイドにまで育っていくのかの分子機構を NMR 解析も含めて調べたという内容です。

Ambadipudi, S., Biernat, J., Riedel, D., Mandelkow, E., & Zweckstetter, M. (2017) Liquid-liquid phase separation of the microtubule-binding repeats of the Alzheimer-related protein Tau. Nat Commun. 8 (1), 275. doi: 10.1038/s41467-017-00480-0.

ヒトの神経系では選択的スプライシングにより6つのタウのアイソフォームができます。ここで鍵となるのは、微小管に結合する部位でもある繰り返し配列の箇所です。この繰り返し配列だけになるように分解されると、これは全長のタウ(441 a.a.)よりもはるかにアミロイド化し易いのです。繰り返し配列のそれぞれは 31~32 アミノ酸から成りますが、これが3つの場合(3R-Tau)と4つの場合(4R-Tau)が知られています。ちなみに二番目の R が欠けた 3R-Tau は 4R-Tau よりも液滴を作る傾向が低いようです。

もともとタウはよく水に溶け、必ずしも凝集や沈殿を起こし易いというわけではないようです。ただし、ちゃんとした特定の立体構造はとっておらず、いわゆる天然変性蛋白質(IDP)です。これがどのようなきっかけで、そしてどのようにしてアミロイドにまで変化していくのでしょうか?その経路に液-液相分離があると、この論文は唱えています。FUS 蛋白質でも同じように、液-液相分離を経由して不溶性の凝集体になるのではと言われています。また、タウでもそうですが、負電荷をたくさん持った分子(例えば RNA など)と接触すると、このコアセルベーションが促進されて液滴になるようです。

この問題となる繰り返し配列は、疎水性残基をほとんど含んでおらず、とにかく Lys+ がたくさん含まれています。各リピート(31~32 a.a.)のうち Lys は5個ぐらいでしょうか?まず著者らはこの 4R-Tau がどれだけ液-液相分離を起こし易いかを 350 nm の濁度で3日後に調べました。なお、内部の Cys が酸化しないように常に還元剤を入れています。細胞内の環境が還元的であるためですが、もし何かの拍子で分子間ジスルフィド結合が起こると、さらに凝集が進むのかもしれません。まず、pH が等電点である 9.8 に近づくほど液-液相分離しやすいようです。濁度が本当に液-液相分離を反映しているのかを確かめるため、微分干渉顕微鏡で 15 μm ほどの液滴ができることも観ています。また、細胞内の crowd 効果に似せて PEG を加えると液-液相分離が促進されました。なお、アミロイドの特徴であるクロス β 構造ができているかどうかは、しばしばチオフラビン T の蛍光で調べられますが、この蛍光はありませんでした。よって、まだアミロイドは出来ていない段階だということになります。また、このタウ蛋白質は5℃といった低温では液-液相分離を見せず、42℃で液-液相分離を最も起こし易くなるようです。一方 65℃という高温では液-液相分離はできないことから、必ずしも温度による運動性の変化が液-液相分離のできやすさと関係しているとは言い切れません。FUS の場合はある温度(<~20℃)以下にすると液相分離を見せますが、これは FUS には Arg+ が多いのに対して、タウでは Lys+ が多かったり、リピートの N-末端側に P-Xn-G モチーフなどがあるためか?と書かれています。

やっと NMR の登場です。5℃での 2D 1H-15N HSQC スペクトルは典型的な単分散分子の IDP を示しています。ハムの壁(8.6 ppm)がきっちりと見えます。また、37℃ で液滴になってもスペクトルはそれほど変化していません。ここの解釈はかなり難しいところです。実は、CD の変化も観測されており、それによると温度を上げた時に「少しだけ」 β 構造が増えました。しかし、NMR スペクトルからは、新たに β-ストランド構造が増えたようにはとても見えません。もしかすると、液滴の中ではアミロイド構造への変化に向けて β-ストランドのような構造を一瞬はとるが、すぐに崩壊したり他の分子と不安定な超弱い水素結合を組み直したりの構造交換をフレキシブルに続けているような感じに見えます。著者らはさらに MTSL ラジカルをタウの Cys に付けています。まず5℃の単分散状態では、MTSL の周りだけが常磁性緩和しました。これは相互作用が分子内に留まっていることを示しています。一方、37℃ではほとんどのピークが広幅化しました。これは相互作用が分子間にも及んでいるためです。ただし、まだこの時点ではアミロイド化していませんので、相互作用は弱く遷移的で、動的に入れ替わっているでしょう。その様子が β 構造がわずかに増えたという CD の結果に反映されているのでしょう(あるいは、単分散でも液滴でもない、オリゴマーが生じているのかもしれません)。化学シフトが大きく違わないという点から、おそらくは液滴の内外で分子が交換し合っているという描像が当てはまるような気もします。この辺りの描像は次に書く予定の Ddx4 などと似ています(単分散と液滴の間を行き来する分子交換の現象が CPMG 実験で調べられています)。

他の例でもよく知られるように、タウ蛋白質もポリアニオン(多価の陰イオン)物質を加えると、アミロイド化に進みます。代表的なポリアニオン物質は RNA やグリコサミノグリカンであるヘパリンなどです。タウの液滴はポリアニオンが無いとそのままなのですが、これにヘパリンを 1/4 モル等量ほど加えると、もう5分後には重合を始め、2日後にはアミロイド線維になることが観察されています。ここで興味深いことは、液滴ができないような低温や高温では、たとえヘパリンを加えてもアミロイド線維にならなかったことです。しかし、必ずしも5℃でタウとヘパリンが相互作用しなくなるというわけではありません。NMR スペクトルによると、5℃でもちゃんと相互作用しているようです。ヘパリンによるタウの電荷の相殺は、ちょうど pH が pI に近づくのと似ています。この時に疎水性効果が浮き出て来るのでしょうか?しかし、塩濃度を上げると(静電的相互作用が弱まり、疎水性が強調されるはずですが)逆に液滴ができにくくなることから、やはり液-液相分離に至る物理的なメカニズムは複雑そうです。液-液相分離によってまずはタウ蛋白質が集まり、さらに電荷の相殺により、その局所濃度がさらに上がってアミロイド化するといったシナリオが考えられるでしょうか?予想通り 200mM の NaCl 存在下では液滴はできませんが、もちろんヘパリンを加えてもアミロイドはできませんでした。

MARK kinase はタウ蛋白質の Ser をリン酸化します。著者らは実際に 4R-Tau をリン酸化させました。すると、2 μM という低濃度であるにもかかわらず液滴を作りました。この濃度は実際に神経細胞の中のタウの濃度に匹敵します。さらに、この液滴はリン酸化されていないタウをも巻き込んでいくようです。

液滴内部の分子とその外側の単分散状態の分子との間の交換についてですが、この論文では NMR 信号の様子から速い交換と推測しています。この時の速い遅いは化学シフトの時間スケールに対してです。つまり、化学シフトが平均化してしまうほどに速いということで、だいたいマイクロ秒よりも速い場合を指します。一方、オリゴマーと単分散との間の交換もきっと起こっており、これは信号がかなり広幅化することから中間的な速さ(μs ~ ms)と思われます。オリゴマーでは分子間の相互作用がもう少し強いのかもしれません。

一般的に蛋白質の濃度をどんどん上げて行くと過飽和状態になります。ちょうど氷点下以下に冷やした水が何かの振動で急に氷に変わるように、過飽和状態の蛋白質も何か(別分子との接触など)により急に凝集を始めます。蛋白質の結晶ができる時もそうですが、アミロイドが出来ていく時もそうでしょう。タウ蛋白質が単分散している時には濃度は 2 μM 程度ですので、とても過飽和とは言えません。しかし、液滴の中では局所的に過飽和状態になっています。何も刺激がなければこれはこれで準安定状態ですが、ここに何かの刺激(温度変化、pH 変化、塩濃度の変化、ポリアニオンとの接触、リン酸化など)が入ると、急にアミロイドに変わるのかもしれません。

2018年9月25日火曜日

NOE と exchange を分ける in CEST

化学交換を NMR で検出する方法の一つとして relaxation disperson(緩和分散)法が有名ですが、最近は CEST 法(chemical exchange saturation transfer)もどんどん使われるようになってきました。緩和分散法は CPMG パルス系列を使うことからも分かるように、横磁化を対象とします。一方 CEST 法は縦磁化を扱いますので、Tex を 500ms など長い時間に設定することができ、緩和分散法よりも遅い交換(2〜20 ms のτex)を扱うことができます。また、緩和分散法では励起状態の化学シフト値を直接的には求めることができません。化学シフト値は、その励起状態での構造を推測するのに使えますので大変重要です。フィッティングで |Δω| を出した後、その符号を調べるための実験がまた別途必要です。一方 CEST では励起状態の化学シフト値が目に見えるような形で得ることができます。さらに CEST は 13C 均一標識の蛋白質でも可能なようです。緩和分散法では 1J(CC)-coupling は大きな問題ですので、芳香環の 13C の CPMG 実験では 12C-13C-12C のような標識法(alternate labelling)が必要になってきます。

最近は 15N, 13C だけでなく 1H の CEST も出てきました。ここで問題となってくるのは、プロファイルに現れた dip(オフセットを横軸にピーク強度を縦軸にとったプロファイルで、ピーク強度が落ちている箇所)が、果たして本当の構造交換によるものなのか?それとも NOE によるものなのかの区別です。これは高分子の NOESY における NOE 交差ピークが、交換によるピークと区別がつかないことと似ています。しかし、これには良い対策がすでに出ています。一つの 1H 核スピンを2つに分けて区別するのです。つまり、1H-15Nαと 1H-15Nβです。15N 核スピンの T1 が長く、Tex の間は α状態とβ状態が維持されるのであれば、この方法が使えます。構造交換では、1H-15Nαどうしで交換します。同じように1H-15Nβどうしでも交換します。まさか、基底状態の時は 15Nαであったのに、励起状態に移った時には 15Nβになってしまうということはないでしょう(15N T1 が十分に長ければ)。そこで基底状態の 1H/15N を 15N のそれぞれのスピン状態 α or βに応じて別々に測定します(spin-state selectively)。1H/15Nα の CEST における dip と1H/15Nβ の CEST における dip は別々のところ(ちょうど 1J だけ離れた位置)に現れるはずです。それに対して NOE の方は、近くの 1H が saturate されれば、双極子間相互作用を通して対象となる1H に NOE が移ります。その際、donor と acceptor の 1H に付いている 15N が α 状態であろうとβ状態であろうと全く関係ありません。よって、1H-15Nαも 1H-15Nβも同じ dip を持っているはずです。以上より、15N 核スピン状態に選択的に測定して得た CEST プロフィールをお互いに引き算すると、NOE からの寄与はキャンセルされ、本当に構造交換によって生じた dip のみが残ることになります。

Yuwen, T., and Kay, L.E. (2018) A new class of CEST experiment based on selecting different magnetization components at the start and end of the CEST relaxation element: an application to 1H CEST. J. Biomol. NMR. 70(2), 93-102. doi: 10.1007/s10858-017-0161-2.

この論文は更にそれを発展させたものです。15N スピン状態選択的に測定するのは面倒であるので、いっそのこと 2IzSz を測定してしまうという方法です。確かに、HzNa - HzNb = 2HzNz となります。それに伴うアーティファクトについて詳しく書かれています。一つは TROSY 効果により二つのダブレット HzNa, HzNb に強度差が起きることです。その強度差は新旧どちらの方法でも起こるのですが、上記のスピン状態選択法の場合、HzNa, HzNb それぞれで reference(saturation 無し)を測り、引き算をする前にこの reference により規格化してしまいます。そのため、TROSY 効果による強度差がキャンセルされます。それに対して新しい方法では、引き算を自動的にしてしまってから(つまり、2HzNz を検出してから)reference で規格化します。そのため、引き算による完全なキャンセルが出来なくなるのです。しかし、論文によると、それは大したアーティファクトにはならないとのことです。むしろ、two-spin order ではなく in-phase である 15Nz が検出に入ってくることの方が大きいそうです。一応、それを防ぐために 15N に 180 度パルスを偶数発打つ方法も紹介されています。これにより TROSY 効果(1H CSA/1H-15N DD)もキャンセルされ、15N in-phase もかなりキャンセルされます。ただし、Tex の実質的効果は半分になってしまいます。おそらくそこまでしなくても問題はないでしょう。

新旧の方法を比べると、特に 1H/13C HMQC-TROSY の場合は新しい two-spin order を検出する方が感度が高くなります。