書きかけのブログ文章がどんどん溜まってきました。面白い論文を見つけてはブログに紹介していたのですが、雑務に追われて停滞している間にすぐに次の論文に目移りしてしまいます。このままではブログのアカウントも消されかねないと危惧し、なんとかもう少し基礎的な分野で細々とでも続けていくことにしました。それでは、まずは核磁気共鳴の基礎の基礎から入ることにしましょう。本当は難しいのですが。
大半の原子核(nuclear)電子(electron)素粒子はスピン(spin)と呼ばれる物理的性質を持っています。このスピンの説明は量子力学的な知識を必要とし難しいものなのですが、簡単に「自転」のようなイメージで掴むことができます。
蛋白質は、例えば水素(1H)原子をもち、そして、この原子は陽子(proton)に相当する原子核を持っています(以降は説明を簡単にするため、スピン量子数(spin quantum number)が 1/2 の核種に話を絞ります)。この蛋白質を NMR の磁石の中に入れると、磁石の静磁場 B0 の向きに沿って、上向きの軸のスピン(α-spin)と下向きの軸のスピン(β-spin)とに分かれ、これをゼーマン(Zeeman)分裂と呼びます(図 核スピンのゼーマン分裂)。
最近の NMR の超伝導磁石では、上下方向に静磁場 B0 が向いているので、上向きと下向きのスピンが生じますが、もし、NMR 磁石の静磁場が、電子スピン共鳴装置(electron spin resonance, ESR)電子常磁性共鳴装置(electron paramagnetic resonance, EPR)の磁石に見られるように横向きであったならば、スピンの方向もその静磁場の方向に沿うため、上向き、下向きとは描像が異なってきます。
さて、ここで 500MHz の静磁場強度(11.7 テスラ)の NMR 磁石の中に蛋白質試料があり、その中のある 1H 原子核を想定します。この 1H 核スピンは自転しています(と考えることにします)。そして、その軸には上向きと下向きの二通りがありますが、実は上向きの α-スピンの方が若干多いのです。このように α-スピンの数が多いということをエネルギーが小さく安定であるといいます。
逆に β-スピンのエネルギーは大きく不安定ですので、その数も α-スピンの数よりかは少なくなります。この上向き α-スピンの数を Nα、下向き β-スピンの数を Nβ とすると、Nα/Nβ の比は、両者の間のエネルギー差 ∆E を使って(k はボルツマン定数)で表すことができます。このようにエネルギー差と population 比は、ボルツマンの式を使ってお互いに相互変換できます。ここで両者のエネルギー差 ∆E は hν に等しく(h はプランク定数)、この時の振動数 ν はちょうど 500MHz に相当します。そして、温度 T が 303K(30℃)とすると、実際には Nα/Nβ=1.0000789 となります。つまり、上のエネルギーの β-スピンが 10 万個あったとすると、下のエネルギーの α-スピンは 10万+8個程度となります。このように、500MHz-NMR の磁石は、水素核の α-スピンと β-スピンとのエネルギーの差 ∆E が、これを周波数で表した時に 500MHz に相当するような磁石のことです。このスピンにエネルギー差 ∆E に相当する電磁波、つまり、500MHz の周波数をもつ電磁波を照射すると、α-スピンは電磁波のエネルギーを吸収して β-スピンとなり、一方、β-スピンはエネルギーを電磁波の形で放出して α-スピンとなります。このような現象を核磁気の共鳴(nuclear magnetic resonance)と呼びます。そして、吸収(放出)された電磁波の量を検出してデータとします。