2014年12月27日土曜日

かのセスト

下記の論文 communication と書かれてありましたので、ちょっとお茶の間にでも読もうかなと思いダウンロードしてみると、なんと 150 ページもありました。大半は supplement なのですが。。。

Long D, Sekhar A, and Kay LE (2014) Triple resonance-based 13Cα and 13Cβ CEST experiments for studies of ms timescale dynamics in proteins. J. Biomol. NMR 60, 203-208.

ここの所すこぶる忙しく、長らく L.E.Kay さんの論文を読んでいませんでした。久しぶりの Kay さんの論文ですが、この流れるような文章にはいつも感心してしまいます。

英語の文章というと、最近 Essential Cell Biology 4th を買いました。画像や動画をサイトからダウンロードでき、その出来の良さに感動してしまいました。さらに英文が非常に分かり易い!同じ事を表現するのにも、ここまで文章表現を改善できるとは!おそらく、イラストや文章のプロが著者ら研究者の書いた初稿を校正しているのではないかと予想しています。動画は米語発音ですが、生物学英語の listening の練習にもうってつけです。しばらく経ったところで、なんと Molecular Biology of the Cell 6th が出てしまいました。ただ、文字フォントが Essential よりもちょっと小さいような気がします(だんだんと読みにくい年齢に)。ストライヤーの生化学と合わせて読んでいますが、お互いの特徴がそれぞれ出ており、両者を並べて読んだ時の面白さは格別です。例えば「転写」「翻訳」などの章を並べて読んでみてください。お勧めです。

ところで、CEST と DEST の違いは何でしょう?どちらも 1H, 15N, 13C などに B1 パルスを当てます。それをいろいろな resonance-offset から照射します。それぞれの offset において一次元 1H スペクトル、あるいは、二次元 HSQC などを測定し、各ピーク強度と offset の関係のグラフを作ります。DEST は Dark-state Exchange Saturation Transfer の略であり、CEST は Chemical Exchange Saturation Transfer の略です。Dest はアミロイド β-モノマーがプロトフィブリルと交換する系に適用され、DARK で観ることのできないプロトフィブリル状態との交換を観測しました。一方、CEST は ground-state と excited-state の間で交換している系に適用され、観ることのできない後者を観測しています(この論文ではそれぞれ fold した状態 95% と unfold した状態 5% に対応します)。ということは、DEST は高分子量ゆえに普通では観えない状態を観測する方法で、CEST は量少なしゆえに普通では観えない状態を観測する方法なのでしょうか?後でやっと理解したことですが、DEST は高分子では横緩和が速くなることを利用しています。ですので、ground-state と excited-state のそれぞれの R2 の違いを利用しています。一方、CEST では excited-state と ground-state のそれぞれの化学シフトの違いを利用しています。ちなみに、TCS (Transfered Cross Saturation), STD (Saturation Transfer Difference) では、高分子から低分子へ saturation を伝えていますが、これも複合体と単量体の間の交換の系に適用されます。なお、CEST は CPMG よりももっと遅い交換に適用できるらしいです(kex=500 /sec ぐらいの系でもっとも感度が高いですが、この論文では 140 /sec の試料を使っています)。

話をもとの論文に戻しましょう。この実験のパルス系列は基本的には (HACACO)NH に似ています。観測軸は 15N と 1HN で二次元となりますが、13Ca を CEST として観測しますので、これに次元を与えると疑似三次元のようになります。13Ca へは offset をずらしながらスピンロックをかけます。90° パルス幅に換算して 10 ms 程度という非常に弱いスピンロックです(@600MHz NMR, あてる時間は論文では 125 ms, あまりスピンロックが弱過ぎると C-C カップリングで分かれた multiplet を見てしまいます)。これの offset を 30Hz 間隔でずらしながら、それぞれの offset で二次元 1H-15N スペクトルを測ります。

(HACACO)NH では 13Ca(i) - 15N(i+1) - 1HN(i+1) のスピンを通してコヒーレンスを伝えていきます。ですので、あるアミド基のピーク強度は、一個前のアミノ酸の 13Ca の CEST によって変わります。

(HBCBCACO)NH パルス系列を使うと Cb の CEST もとることができます。しかし、ここで注意が必要です。このパルス系列では、Hb → Cb を通して入ってきたコヒーレンスと Ha → Ca を通して入ってきたコヒーレンスとが合流しているのです。そのため、帰属用の CBCACONH では Ca と Cb の両方のピークが見えるのです。しかし、今回のように Cb の CEST だけを見たい場合にはこれはまずいです。そこで偶数回目に 13Ca にだけ選択反転パルスをあてて、13Ca スピンを反転させています。そうすると、偶数回だけ積算した後には 13Ca を通ってきたコヒーレンスはキャンセルし合うことになります。

他にも Kay さんらしい工夫があちこちにありますが、詳細は論文をご覧ください。いずれにしても、励起状態(ここでは unfold した蛋白質)の 13Ca の化学シフトの位置に offset が来ると、saturation の状態になります。この saturation が基底状態(ここでは fold した蛋白質)に交換現象を通して伝わりますので、15N-1H のピーク強度が下がります。スピンロックをあてる時間が長ければ長いほどピーク強度はどんどん下がります。この時の T1rho に相当する緩和時間についてですが、今回の論文のように、本来は 13Ca だけの z-スピンにした方がゆっくりと緩和します。しかし、Fig.S1 に載っているように HNCOCA をもとに CEST を行うと 15N, 13Co と 13Ca の zzz-3 スピン秩序に 13Ca スピンロックをあてることになります。15N と 13Co の緩和が加わる分だけ普通は T1rho が速まってしまいます。ところが、分子量が大きくなってくると、この zzz-3 スピン秩序では 13Co-13Ca の同種核双極子相互作用の J(0) 成分が関与しないので、HNCOCA での T1rho の方が遅くなってくるそうです。なるほど、そこまでは考えませんでした。それにしてもこの Fig.S1 の φ1 位相のパルスについてですが、これは2本の 90 度パルスで、φ1 は前の 90 度パルスのための位相でした。小さい画面で見ていると、合わせて 180 度パルスに見えてしまい、どうも legend に載っている位相回しではおかしいおかしいと悩んでしまいました。

2014年10月29日水曜日

ZZ-交換3

転写因子が DNA 上の特異的な認識配列をどのようにして探すのかについて調べた論文です。

Ryu KS, Tugarinov V & Clore GM. (2014) Probing the rate-limiting step for intramolecular transfer of a transcription factor between specific sites on the same DNA molecule by 15Nz-exchange NMR spectroscopy. J. Am. Chem. Soc. 136, 14369-14372.

NMR の 15Nz-exchange 法を使うと、転写因子が DNA 上の認識配列である A-サイトから B-サイトへどの程度の速度定数で動いたか、あるいはその逆(B-サイトから A-サイトへ)も調べることができます。この論文で著者らが工夫した点は、少なくとも以下の3点です。

1)A-サイトと B-サイトの DNA 配列を微妙に違わせた。両者ともに認識配列であり、異なる箇所は 5' 側の数塩基対だけである。したがって、親和性に差はほとんどない。すると、蛋白質がそれぞれのサイトに相互作用した時の蛋白質側の 1H/15N ピークも微妙に異なってくるので、この転写因子がどちらに付いたかがすぐに分かる。

2)A-サイトと B-サイトの両方をいっしょに組み込んだ DNA 分子と、どちらか片一方だけを組み込んだ DNA 分子の両方を作った。

3)上記の2を作る時に、B-サイトを逆さまに配置した DNA 分子も作った。あるいは、A-サイトと B-サイトの位置関係を入れ替えた DNA 分子も作った。

この(2)の工夫が非常に面白いのです。A-サイトから B-サイトへ移ったことは 15Nz-exchange スペクトルで、A-サイト結合時のピークと B-サイト結合時のピークの間に交差ピークが出ることで簡単に分かります。しかし、同じ DNA 分子内の B-サイトに移ったのか、それとも別の DNA 分子の B-サイトに移ったのかが分かりません。

そこで、著者らは一つの DNA 分子内に A-サイトあるいは B-サイトのどちらか一方しか含んでいない状況で、この DNA 分子の濃度を変えながら交換速度を測りました。そして、この DNA 分子の濃度が0になる地点までグラフを外挿すると、何と交換速度が0だったのです。これが意味することは、DNA 分子から転写因子 HoxD9 が離れてしまって、どこにも付かずに溶媒に漂うことはないということです。確かに、この HoxD9 の親和性は解離定数にして 1nM 以下と非常に強く、HoxD9 がどこにも付かずに単独で泳いでいるような状況は想定外としてよいのでしょう(koff が極めて小さい)。よって、ある程度の量の DNA を入れてあげた状況では、HoxD9 と DNA の複合体に別の DNA 分子がやって来てぶつかった時に HoxD9 がそのぶつかって来た DNA 分子に「乗り移る」と考えることができます。そして、この乗り移りの交換速度 k-inter は、このグラフの傾きから求めることができます。

では、一つの DNA 分子内に A-サイトと B-サイトの両方を含んだ状況で、この DNA 分子の濃度を変えながら交換速度を測るとどのような結果になったのでしょう。この DNA 分子の濃度が0になる地点までグラフを外挿すると、交換速度が 1 /sec 程度の値をとりました。つまり、分子内での A-サイトから B-サイトへの交換速度 k-intra がこれに当たります(なぜならば、上記の結果で HoxD9 が DNA から離れる交換速度 koff は0であることが分かっているので)。 B-サイトから A-サイトへの交換速度も同じ程度でした。

一つ面白いことは B-サイトを逆向きに入れた DNA も作ってあったことです。ところが、B-サイトを A-サイトと同じ向きに入れた DNA を使った場合と交換速度はあまり変わらなかったのです。これは、HoxD9 が A-サイトと B-サイトの間にある時(つまり、非特異的に DNA に付いている時)、それこそ DNA の上で「くるん!」と HoxD9 が瞬間に向きを逆転させたためでしょう(HoxD9 が一度 DNA から離れて遥か彼方に去ってしまってから今度は向きを逆転させた状態で衝突してくるのではない)。

ただし、塩濃度をどんどん減らしていくと、様子が異なってきます。この場合も塩濃度を振りながら k-intra を測定し、そのグラフを塩濃度が0になる地点まで外挿します。すると、HoxD9 が逆転しないといけないような状況では、速度定数が6割ぐらいに小さくなりました。これは DNA にくっ付き過ぎて、うまく「くるん!」ができなかったためでしょう。

分子内の転移(k-intra)の値を比べた結果、HoxD9 が特異的配列から3プライム方向へ1塩基対だけ移動した時にそこで引っ掛かってしまい、律速になっているのではないかという事が分かりました。逆に特異的配列から5プライム方向に1塩基対だけ移動する時は引っ掛かりが少なく、k-intra も 1.6 倍大きいそうです(1.6 ×という値は小さ過ぎてそれほど意味がないかもしれませんが)。

また、分子間でHoxD9 が A-サイトから B-サイトに移る際、どうも DNA 分子の5プライム側の末端から入っていくのではないかと示唆しています。それは B-サイトの5プライム側の境界と DNA 分子の末端との間の距離が短いほど k-inter(A→B) が大きいためです。しかし、これも上記と同じように推測の域を出ません。

実はこの実験法 ZZ-exchange は 2013/4 頃に紹介したことがありました(もうそれから1年半も経ってしまいました)。その時の式では I_AB(tau) と書くと、それは B → A の変化を示すと書きました。しかし、今回の論文では素直に前から後ろの添字の向きに変化すると読んでください。Supplement にこの ZZ-exchange の McConnell の式が書かれています。最近は数値計算ソフトを使えば、この程度の対数行列は瞬時に計算してくれますので、フィッティングには前回の書き下し式を使うよりかは、この McConnell 式を直接つかった方が楽かもしれません。CPMG 法や DEST, CEST 法のフィッティングでもそのようです。しかし、データの S/N 比があまりよくないような場合には、前回紹介しましたように、あるピークとあるピークを足した強度に簡略化した理論式をフィッティングさせ、まずは簡単な変数から fix していく方が信頼性が高くなるでしょう。

2014年9月22日月曜日

同種核のデカップル

同種核の間にある J-coupling を decouple するのはなかなか難しいです(しかも直接測定軸 FID の上では)。ただ方法がないわけではなく、最近も幾つか紹介されてはいます(1H homo-decoupling の方法については近々ご紹介いたします)。今回は蛋白質の 13Co の FID を検出している最中に 13Ca をデカップルするというお話しです。そのような事できるのかな?と思っていたら、なんと 13Co の FID の最中に大胆にも 13Ca-選択的パルスを打つという驚きの方法でした。

Ying J., Li F., Lee J.H., and Bax A. (2014) 13Cα decoupling during direct observation of carbonyl resonances in solution NMR of isotopically enriched proteins. J. Biomol. NMR 60, 15-21.

そういえば昔もう 20 年ほど前に、1HN の FID 検出の最中に 1Ha を decouple するという方法がありました(つい最近も発表されているようです)。3J (HN-Ha) が decouple されるため、確かに 1HN のピークがシャープになるのです(蛋白質を重水素化した場合には、この 3J カップリング 3J (HN-Da) が小さくなって線形がシャープになるという効果もあります)。しかし、Bloch-Siegert 効果やノイズなどの問題があり、今は頻繁に使われているようには思いません。今 13C 直接測定でもっともよく使われている(仮想的な)デカップリング法は IPAP 法でしょうか?In-phase と anti-phase の二つのスペクトルをとっておいて、足したり引いたりして doublet の一方をキャンセルさせるのです。Sofast-HMQC でも 15N-decoupling パルスを使わない方法として、この IPAP 法が使われていますね。デカップリングパルスによる熱は発生しないし、機械にも優しいので、個人的にはこの IPAP 法を採用しています。

この論文では 13Co の FID 5 ms ごとに 13Ca 選択的パルスを打っています。ということは、pi-パルスを打つ直前ではどうしても 1J(Co-Ca)=53 Hz のカップリングのために信号強度が 91% に減じています(cos(pi*53*0.0025) = 0.91)。pi-パルスが打たれた後はこれが回復していき、また 2.5 ms 経ったところで峠を超えて強度が減っていくことになります。5 ms ごとに pi-パルスを打っていますので、200Hz ごとにサイドバンドが生じることになります。このようにある種の周期性は FT の後にサイドバンドという形で偽ピークを生み出します。800MHz NMR ですと、各信号の両横にだいたい 1ppm ごとに出るのでしょうか?しかし、図を見る限り、それほど大したサイドバンドではなさそうです。

選択的 180° パルスについてですが、これは sinc パルスを使っています。13Co(177 ppm)に carrier を置いていますので、13Ca を off-resonance で叩きます。しかし、13Co には影響ができるだけ小さくなるように設計します。一つは sinc パルスが影響を与えない点 null-point が 13Co の周波数の位置になるように(113 us @800MHz NMR)、もう一つは off-resonance(118 ppm)を周波数変調ではなく、cos 強度変調にすることです。これにより 13Ca 領域(59 ppm)だけにではなく、295 ppm(177+118)にも対称的にパルスが打たれてしまうことになりますが、両側から対称的に Bloch-Siegert 効果がやってくるので、それら二つでお互いに打ち消し合うことになります。13Co はスペクトル幅が狭い(蛋白質で 16 ppm 程度)ので、このような手が使えるのですね。スペクトル幅が広いと、中点の周波数位置(177 ppm)から離れるにしたがって(二種の)Bloch-Siegert 効果(の一次の項)のキャンセルがうまくいかなくなります。そして、このような pi-パルスを MLEV16 で位相回しをしてアーティファクトをさらに小さくしています。また、295 ppm 付近になりますと、13C のチューニングもずれてきます。したがって、295 と 59 ppm の両方に平等に打っているというわけではなくなってしまいます。しかし、上記のような要因による 13Co ピークのずれは、せいぜい数 Hz 程度とのことですので、心配する必要はなさそうです。

ちなみに、3D HNCA などで 13Ca の展開時間に 13Co に Seduce 連続デカップリングパルスを打つ場合などには十分に気を付けてください。かなり 13Ca のピークがずれます。もう一つの 3D HN(CO)CA のパルスプログラムを全く同じ形式で作り、全く同じパラメータを使っていれば、3D HNCA と HN(CO)CA では同じようにピークがずれますが(したがって、連鎖帰属を繋げる分には問題ない)、異なるパラメータを使うと悲惨です。いくら両者を見比べても 13Co のピークは一致しませんので、主鎖の連鎖帰属が失敗するのです(昔はこのような些細なことで数ヶ月を棒に振ったものです)。この失敗がよく起こるのは、3D HNCACB と 3D CBCA(CO)NH をセットでとった時です。両者は磁化移動の向きが異なりますので、ついうっかり 13Co デカップリングのパルスプログラムも別々に書いてしまうのです。このようなミスを防ぐために最近の Br 社の標準パルスプログラムでは、13Co に shaped の単発パルスが使われています。これなら、Bloch-Siegert 効果は 13Ca のピークの位相を少し変える程度で済みます(ピークの位置を大きくずらしたりはしません)。

Supplement に Br 社のパルスプログラムが載っていました。なるほど、FID の最中にパルスやグラジエントを打つ際にはこのように書けばよいのですね。このループカウンターにはちゃんと整数値が入ってくれるのかな?間違えて浮動小数点が入力されてしまい、それが誤って integer で読まれてすごい数のループになってしまい、実質的な FID の長さが数秒に。。。。無用な心配はやめておきましょう。

2014年8月11日月曜日

煮沸磁気共鳴

ひょんな事から、蛋白質の NMR はいったい最高何度で測られたことがあるのだろうという事実を調べることになりました。

Varnay I, Truffault V, Djuranovic S, Ursinus A, Coles M, and Kessler H. (2010) Optimized measurement temperature gives access to the solution structure of a 49 kDa homohexameric β-propeller. J. Am. Chem. Soc. 132, 15692-15698.

超好熱性古細菌(「高熱」ではなく「好熱」)由来の Ph1500 と呼ばれる蛋白質の C-末端ドメインです。この C-末端ドメインは単量体では 71 a.a. ですが、溶液中では6量体を作りますので、合計 49 kDa となります。もちろん6回回転対称性です。

温度を 80℃ にまで上げると、回転相関時間(蛋白質が1ラジアン = 57.3° 回るのに要する時間と、正確ではない定義ですが、考えることができます)が室温での 1/3 程度となり、NMR の線幅が細くなるとのことです。もちろん、高温では蛋白質分子のブラウン運動が速くなることもその一因ですが、水の粘性が下がることもおおいに影響しています。

この蛋白質は 95℃ では凝集してしまったそうです(原著では 268 K と書かれていますが、368 K の間違いでしょう。著者もいつもとは違う異常な温度に接して頭の中が混乱しているのかも)。しかし、85℃ では一週間でも大丈夫だったとのことです。

溶媒条件は以下のとおりです。
 リン酸ナトリウム緩衝液(pH 7.4)意外に高いですね。
 NaCl 250 mM(600 or 750 MHz の室温プローブを使っています。クライオプローブですと、よほどの勇気がない限り難しいでしょう。)

主鎖の帰属には [2H, 13C, 15N]-Ph1500C(単量体換算で 0.6 mM)を使いました。測定法は一連の TROSY-HNCO などです。温度は 45℃ で、帰属率は 99% です。本当は 55℃ の方が良さそうと感じたそうですが、どうもこの三重標識試料は精製が不十分であったため 50℃ で沈殿してしまったそうです。それで仕方なしに 45℃ で測定したそうです。三重標識試料は培地が高価で、さらに大腸菌での発現量が少ないので、どうしてもクロマトグラフィーではケチってサンプリングしてしまいます(溶出ピークの裾野もがばっと取り込んでしまうという意味)。そのため、非特異的に他の蛋白質などがくっ付いてきてしまい、それらが凝集を促す場合がよくあるのです。

一方、側鎖の帰属には [13C, 15N]-Ph1500C(単量体換算で 1.2 mM)を使いました。測定法は HCCH-TOCSY, HCCH-COSY などです。温度は 80℃ で、帰属率は 97% です。このようにアミド 1H が関与しない測定法では高温が効いてきます。この温度で 2D 1H-15N HSQC を測ると、少なくとも Asn, Gln の -NH2 のペアピークは全滅したそうです(溶媒によく露出しているので)。

なお、側鎖を 80℃ で帰属したので、13C-edited NOESY などもその温度で測らないといけません。そうでないと、側鎖 1H の化学シフト値がずれてしまいます。ところが、一般的に NOE の感度は高温にするとよくありません。しかし、著者らは「高温にすることによってメチル基がより完全に観えることの方が構造決定には有利である」と書いています。

一応 Xplor-NIH を使って構造を計算しています。各サブユニットは8本のβストランドからなり、4本ずつ2枚のβシート(2枚の羽根)を形成しています。6量体ですので合計 12 枚の羽根がプロペラのように並んでいます。構造計算でややこしかったのは、8本のβストランドのうち一番端の一つ(β1)だけが次の羽根に属していることです。つまり、6量体の輪のなかで循環的にドメインスワップが起こっているのです。

温度が高ければ何でもよいというわけでもありません。高温がよく効くのは、側鎖の帰属の時です。側鎖のほとんどの 1H は溶媒と交換しないためです。一方、主鎖を帰属する時には 15N-1H の TROSY を多用しますが、このアミド 1H は、高温では水の 1H と簡単に化学交換してしまいます。ここが泣き所です。この交換速度は、溶液の pH や、そのアミド基がどのぐらい溶媒に露出しているか、また隣に電荷をもった残基があるかどうかなどで変わってきますので、その中庸をとると 50℃ ぐらいがよいということになるのでしょうか?また、主鎖と側鎖の帰属用の測定でそれぞれ温度が 50, 80℃ と異なるので、両者の帰属を一致させるためには途中の温度でもいくつか測定をして、ピークの移動をたどってあげる必要もあります。

また、論文にも記載されていましたが、高温で初めて観えてくるアミド基もあります。これは室温ではちょうど intermediate-exchange mode で broad になり過ぎて観えなかったピークが、高温にすると fast-exchange mode に入って観えてきたためでしょう。

大きな蛋白質を NMR で観測するためには側鎖の 1H を 2H に重水素化することが必須の手段になってきます。ところが、そうすると 1H 間の距離情報である NOE がとれなくなります(1H はアミド基と少しの側鎖に残っているのみ)。その意味では高温でも安定でホモロジーの高い蛋白質を好熱性の種からとってきて、それを NMR で構造解析するのが一案なのかもしれません。そういえば「好熱菌まるごと一匹プロジェクト」があったように(明確な理由はいまだ不明なのですが)好熱性生物の蛋白質は安定で立体構造解析に向いている場合が多いのです。哺乳類でも超好熱性マウス(地獄温泉で泳ぐのが好きなマウス)の蛋白質がとれれば良いのですが。

2014年8月9日土曜日

結晶に板をさしこむ

セルラーゼの固体 NMR の論文が出ました。

Ivanir H1, and Goldbourt A. (2014) Solid state NMR chemical shift assignment and conformational analysis of a cellulose binding protein facilitated by optimized glycerol enrichment. J. Biomol. NMR. 59, 185-197.

実はセルロースやキチンといった固体が基質となるような酵素では、その相互作用部位を溶液 NMR で解析するのが非常に難しいのです。なぜならば、基質は固体であり水に溶けないためです。そこで、セルロースやキチンをオリゴ糖(3〜6つ単位)に小さくして何とか溶けるようにした基質を使います。溶液 NMR により酵素のどこの領域がこのオリゴ糖に付くのかを調べるのです。ところが、このようなオリゴ糖には全く見向きもしない酵素もあるのです。どうすればよいのでしょう?

そうか!固体 NMR という手がありましたね。と楽しみにしながらこの論文を読み始めました。

微結晶はふつうの X-線結晶構造解析の時と同じように作り(Hampton 社の Crystal screen kit #48)、できた針状結晶を 4mm ZrO2 ローターに詰めたとのことです。詳細に計算してみますと、約 150 ug の蛋白質が1ドロップにあることになりますので、150 個ほどの井戸から微結晶を集めてきてローターに詰めたことになります(合計 20 mg の蛋白質)。培地 1L あたり 40~50 mg!ほど調製できたと書かれていますので、やはりそのぐらい超大量の収量がないと、この固体 NMR の微結晶の実験は難しいのかもしれません。なお、このセルロース吸着ドメインは 146 a.a. の大きさです。

二次元の 13C-13C DARR (mixing time, 15ms) では、Thr, Ala, Ser の 13Cα-13Cβ 相関ピークが他から孤立していて見つけやすいそうです。これらの残基は 13Cβの化学シフト値が特徴的なので、溶液 NMR の HNCACB-CBCACONH ペアでもアミノ酸配列情報に照らし合わせやすいですね。

また Trp の Cγ も 111 ppm 付近にあるので見つけやすいとのことです。しかし、同じ Trp の Cζ2(114 ppm, ツェータでゼット z のこと)もその辺りにありますので注意したいところです。

主鎖は最初は 3D NCACX と NCOCX を組み合わせて連鎖的に帰属しています。ちょうど前者が溶液 NMR での残基内 CCANH(HNCACB), 後者が残基間 CCONH(CBCACONH)に相当するといったところでしょうか?スピニングは 11~13.5 kHz です。

Pro の 15N は(そこに 1HN が付いていないため)140 ppm ぐらいにピークが出ます。さらに Gly の 15N は100~105 ppm ぐらいに出ます。そのため、15N-13C 間の磁化移動のための cross-polarization ではちょっと強めのパワーで打った方が良いそうです(その代わり selectivity は落ちますが、それほど問題にはならないでしょう)。

また、蛋白質の調製については、著者らがそのセルラーゼで最適化させた結果、次のような培養法がもっとも良かったとのことです。

BL21(DE3) 大腸菌を目的蛋白質のプラスミドで形質転換

OD (600nm) が 0.8 に達するまで LB-rich 培地 1 L で培養

遠心して集菌、洗浄

167 mL のグリセロール最少培地 * に植菌(よって 1,000/167=6倍濃縮)

1時間の培養のあとに IPTG を 1 mM 分いれて発現誘導

翌朝まで培養

40 mg ものセルラーゼを get

(注)グリセロール最少培地 * の組成(培地の量は 167 mL であるため、実際に使った試薬の量は下記の 1/6 ずつ)

8 g/L [2-13C]-glycerol
8 g/L NaH13CO3(いわゆるベーキングパウダー、重曹)
1 g/L 15NH4Cl

このようにして適度に 13C 標識を減らしてやることにより、13C-13C J-coupling や 13C-13C dipolar-coupling を減らすことができ、結果としてスペクトルがきれいになったとのことです。帰属率は主鎖が 80%、側鎖が 43% とのことです(固体ですので、13C, 15N)。

一般的に結晶構造解析で B-factor の値が大きかった箇所のピークが観えにくかったとのことです。 これはその箇所が flexible あるいは構造に多形があるためでしょう。確かに 14 a.a. ほど連続した領域の帰属ができていません。また、グリシンの続いている領域は B-factor が大きいのにもかかわらず、NMR ピークはよく観えていたそうです。Flexible といってもその時間領域もピークの見え方に関連してくるのでしょう。さらに、周りをどれだけ同種核に囲まれているのかも。

13Cαと13Cβの化学シフト値がランダムコイルの化学シフト値からどれだけずれているかをもとに Talos+ にかけたところ、87.5% が結晶構造と一致したそうです。(な〜んだ、結晶構造がすでに分かっていたんだ。もちろんこの固体 NMR 用に微結晶を作っているぐらいですからね。しかし、目的は相互作用解析ですから、これからこれから)。

と読んでいるうちに終わってしまいました。ちょっと待った、まさか、これだけ!?これだと 20~30 年前の溶液 NMR の論文と同じレベルではないですか。

やはり、いったん微結晶を作ってしまうと、相互作用を見るのは難しいのでしょうか?溶液 NMR のように基質を少しずつ滴定していっても微結晶の中にキチンと入っていくかどうかは分かりません。X 線結晶構造解析ではよくリガンド溶液に結晶をソーキングさせて... などと聞きますが。しかし、この場合もリガンド(基質)が水に溶ける低分子でないと駄目ですね。頑丈な板状の大きな固体では、ちょっと .... 。

2014年7月21日月曜日

タコうみうしイカ変化

この前「タコいか変化」のところでアロステリック効果のモデルの一例として Hilser-Thompson モデルをご紹介しました。その総説のような形で下記の記事が出ていました。

Hilser, V.J., Wrabl, J.O., and Motlagh, H.N. (2012) Structural and energetic basis of allostery. Annu. Rev. Biophys. 41, 585-609.

ほとんどの内容はこの前の「タコいか変化」でご紹介した PNAS と同じなのですが、後半に3つのドメイン(サブユニット)が関連した例が挙げられていました。さすがに3つが相互作用するとなると複雑でして、数式の上ではボルツマンの式に当て嵌めるだけなので簡単なのですが、これを直感的に理解するのは大変です。この3つのサブユニットはそれぞれ I, II, II と名付けられ、I にはリガンド A が II にはリガンド B が III にはリガンド C が相互作用します。

リガンド A を入れると LigA が I と相互作用し、その結果 III に LigC が付き易くなります。これは agonist 的現象です。ところが興味深いことに、LigB を最初に入れておくと、上記と逆の antagonist 的な結果になることがあるのです。つまり、その後で LigA を入れて、その LigA が I と相互作用すると、なんと III に LigC が付きにくくなるのです。

もちろんこれをシミュレートするためには、I, II, III それぞれの安定性や、お互いの相互作用について、それらの各エネルギー値をうまく設定してやる必要があります(しかし、筆者曰く、それほど特異な値ではなく、生理的によくあり得る値であるとのことです)。では、Fig. 7 での例を見てみることにしましょう。なお、T は unfold してリガンドが付かず、R は fold していてリガンドが付くものとします。しかし、この unfold/fold の制限を必ずしも T/R にむりやり当て嵌める必要はなく、いわゆる MWC モデルで出てくる T, R 状態(両者ともに unfold しているわけではない)を連想しても同じ結果となります。

最初は TTT が 97% を占め多く存在します。ここに LigA がサブユニット I に付くと RRR が 51% に増えます。この RRR の サブユニット III は LigC を好んで付けるため、LigA は LigC の相互作用に関して agonist 的に働いたことになります。

一方、同じようなサブユニット構成において、LigB がサブユニット II にすでに付いているような状況を考えてみます。すると、TRR が 90% を占めるような状況が初期状態となってしまいます。LigB が無い上記の条件では TRR はたったの 2% であったのに対して、LigB の結合によりサブユニット II の R 状態が安定化して TTT よりもはるかに多くなってしまったのです。すると、ここに上と同じように LigA が来ると、何と変な事が起こるのです。LigA により RRT が 42% まで増えますが、これに LigC は付くことができません。残りの 58% が LigC の付くことができる RRR です。しがたって、LigC の付くことができる分子種が TRR の 90% から RRR の 58% に減ってしまったのです。これより、LigA は LigC の相互作用に関して antagonist 的に働いたことになります。

何だか複雑ですが、実は agonist 的条件、antagonist 的条件のいずれにおいても終わりの状態はほとんど同じなのです。つまり、RRR と RRT が 6:4 ぐらいに比率で終わります。違いはむしろ最初の状態にあるのです。Agonist 的条件では TTT が優勢です。これに LigC は付きませんので、TTT → RRR の変化が見掛け上めだち agonist 的に見えます。もう一方の条件では最初は TRR が優勢です。これは LigB の結合により起こるのです。そして、これには LigC が付きますので、TRR → RRT の変化が見掛け上めだつのです。

このように LigB があるかないかの違いだけによって、LigA が LigC に対してまるで全く逆の作用を起こしているかのように見掛け上みえるのは何とも興味深い現象です。このような現象を KNF モデルで説明できなくもないのですが、それを構造の面から証明するのは大変かもしれません。しかし、HT モデルですと、同じ熱力学的平衡状態の式を使ってこの現象をむしろ簡単に?説明できるのです。

この例ではサブユニット1と2の間の親和性Δg12 は吸着、Δg23 も吸着、Δg31 だけが反発という設定になっています。しかし、もしいずれもが吸着だとすると、antagonist 的条件での TRR は 90% よりも低くなり、かつ RRT も減り、その分 RRR が増えるので antagonist 的な現象は見られなかったことでしょう。このようにサブユニット間の相互作用が吸着側か反発側かで agonist/antagonist, positive/negative cooperativity が起こる可能性が出てきました。

Δg については吸着・反発と表現しましたが、そのように限定する必要はありません。この HT モデルでは、intrinsically disordered proteins を想定し、fold した R 状態どうしで相互作用をし、どちらか一方が unfold した T 状態では相互作用しないと仮定しているために、少し極端な表現になってしまうのです。むしろ、あるサブユニットにリガンドが付いて R 状態になった場合、隣のサブユニットも同じ R 状態にシフトさせるように働くのが上記でいう「吸着」positive-coupling、逆にリガンドの付いた R 状態が隣のサブユニットを T 状態にシフトさせるのを上記でいう「反発」negative-coupling と置き換えれば、もう少し一般性をもたすことができ問題ありません。

すると、agonist 的な現象は I(R) → II(R) → III(R) を通した間接的な伝播で起こり、antagonist 的な現象は I(R) → III(T) という直接的な伝播で起こると見ることができます。このような agonist/antagonist のスィッチイングはΔg12, Δg23, Δg31 の3つともが negative-coupling の時にも起こります。つまり、agonist 的な現象は I(R) → II(T) → III(R) を通した間接的な伝播で起こり、antagonist 的な現象は I(R) → III(T) という直接的な伝播で起こるためです。

2014年7月18日金曜日

見掛けと本質の親和性は違う

アロステリックモデルの MWC モデルを NMR で鮮やかに示した論文として、やはり下記の Kay さんの論文がお見事に一言に尽きます。この数年間に何度も何度も読み、他の人にいろいろと紹介していながら、同時に理解と忘却をこうも繰り返した論文も珍しいかもしれません。

Velyvis, A., Yang, Y.R., Schachman, H.K., and Kay, L.E. (2007) A solution NMR study showing that active site ligands and nucleotides directly perturb the allosteric equilibrium in aspartate transcarbamoylase. Proc Natl Acad Sci USA 104 (21), 8815-8820.

題材はかの有名な Aspartate transcarbamoylase です。この ATCase は Stryer をはじめいろいろな生化学の教科書に紹介されていますので、詳細は是非そちらをご覧ください。反応機構は下記のようになります。


ATCase は触媒サブユニットと制御サブユニットそれぞれ6個ずつから成っています。総分子量は 306 kDa 程にもなりますので、普通の 2D 1H-15N HSQC では歯が立ちません。しかし、メチル基(ここでは Ile の δ1)を 13C-1H3 に、その他の箇所を全て 12C, 2H にて標識します。そして、メチル基の 13C-1H dipole-dipole 相互作用どうしの打ち消し合いを狙うと、このような高分子でもきっちりと二次元スペクトルが見えてくるのです。この手法を交差相関緩和を利用した Methyl-TROSY と呼びますが、その原理はかなり複雑ですのでまた今度に。

もし、リガンドと蛋白質との相互作用が fast-exchange で R と T 型構造の間の交換が slow-exchange ならば、リガンドの滴定に沿って R と T 由来の二つのピークが別々に移動していきます。この ATCase の二次元 1H-13C TROSY-HMQC NMR スペクトルはまさにそのようでした。この場合、それぞれの titration curve は双曲線型となりますので、T, R それぞれでのミクロな Kd 値を得ることができます。この Kd (micro, T) と Kd (micro, R) に加えて、リガンドが全く付いていない時の R と T のモル比(L0=T0/R0)、あるいは、リガンドで満たされた時の R と T のモル比(L6=T6/R6)が分かると、全ての過程におけるモル比(Ln=c^n * L0, c=Kd (micro, R) / Kd (micro, T))を計算することができます。一方、他の分光法では T と R がごちゃ混ぜで検出されてしまいますので、二つの R 型と T 型での双曲線をミックスしたシグモイド型の曲線を解析しないといけません。双曲線(hyperbolic)型ですと、ごく普通の Michaelis-Menten 式の chemical shift perturbation に従いますので、解析は極めて簡単です。したがって、R と T 状態が NMR で別々のピークとして現れるということは、非常に嬉しい事なのです。

Kd (micro...) は Kd (macro) とは異なります。前者はよく intrinsic な(固有の)解離定数(Kd)とも書かれますが、リガンド結合部位とリガンドとの間の解離定数です。一方、Kd (macro) は蛋白質全体とリガンドとの間の解離定数です。例えば、ATCase は6個の基質結合部位を持っています。今そこにすでに2つのリガンドが付いているとしましょう(P.L2)。ここに3つめのリガンド(L)が付く場合の解離定数は次のようになります。

Kd (macro) = [P.L2] * [L] / [P.L3]

これが macro な(apparent な、みかけの)解離定数となります。しかし、リガンド結合部位の個数を数えると少し違ってきます。[P.L2] で空いているリガンド結合部位の個数は4個です。ですので、[空席のリガンド結合部位] = 4* [P.L2] となります。さらに [P.L3] で占められたリガンド結合部位の個数は3個です。ですので、[着席のリガンド結合部位] = 3* [P.L3] となります。したがって、

Kd (micro) = [空席のリガンド結合部位] * [遊離のリガンド] / [着席のリガンド結合部位] = 4 * [P.L2] * [L] / (3 * [P.L3]) = 4/3 * Kd (macro)

これがよく教科書に出てくる

Kd (apparent) = j / (n-j+1) Kd (micro)

の式の意味です(上の例では、n=6, j=3)。

この Methyl-TROSY の実験から、ATCase は間違いなく MWC モデルであると分かりました。もちろん MWC と KNF は果たして言われている程に差のあるものなのか?両者ともに極端な条件での例であって、両者の間の折衷モデルもあり得るのではないか?という事を今後は議論していくことにしましょう。

最後にこの論文に興味深いことが書かれていました。ATP は制御サブユニットの方にくっ付きます。そして、ATCase 全体の平衡を R 状態へと傾けていきます。これは良いのですが、ATP が次の ATP の親和性に与える影響は、どうも KNF モデルのように見えるらしいのです。Mg-ATP の滴定曲線の結果がわずかな positive cooperativity を示しています。確かに制御サブユニットはホモ二量体の形を作っています。そのため、相互作用した方の制御サブユニットがまだ相互作用していない方の(隣の)制御サブユニットに何らかの影響を与え、Kd (micro) そのものを変えてしまった可能性が考えられます。

2014年5月25日日曜日

サブヘルツのジェー

固体 NMR での磁化移動は双極子双極子相互作用で、溶液 NMR の磁化移動は J-カップリングでというのが普通です。一般的には固体 NMR のパルス系列では前者を交差分極(CP, cross-polarization)にて、溶液 NMR のパルス系列では後者を INEPT にて実装します。溶液でも TOCSY と呼ばれるまるで CP そっくりな方法が使われますが、これでも実際の磁化移動の物理原理は J-カップリングに因っており、双極子相互作用ではありません。以上より、溶液 NMR では磁化移動というより、どちらかと言うとコヒーレンス移動と称する方が実情に合っているのでしょうか?

ところが、下記の論文

Schanda P, Huber M, Verel R, Ernst M, and Meier B.H. (2009) Direct detection of 3h-J(NC') hydrogen-bond scalar couplings in proteins by solid-state NMR spectroscopy. Angew. Chem. 121, 9486-9489.

溶液 NMR で普通に使う HNCO がそのまま固体 NMR に使われています。そう言われてみれば、先日の RRR-workshop でも Schanda さんは「溶液 NMR のパルスプログラムをそのまま使った」などと言っていましたっけ?Schanda さんは、もとは SOFAST-HMQC を発表した論文の第一著者でした。その後、固体 NMR に転向してしまったようです。しかし、上記のような論文を見ると、もはや「転向」などと言っている方が時代遅れなのかもしれません。溶液の技術を固体に「応用」した、否、そのまま「適用」したと言うべきなのでしょうか?

残余双極子相互作用(residual dipolar coupling, RDC)でもそうですが、溶液だ固体だとあまり区別をせずに、お互い使えるアイデアは積極的にマージさせるという考え方に頭を切り替えていかねばと痛感する日々です。そう言われてみれば、あの cross-correlated relaxation を蛋白質の主鎖の二面角を決めるのに使えるということを発表した Reif さんですが、彼は大学院生の時に固体 NMR のセッションに迷い込んでしまい、そこで聞いた講演がヒントになったそうです(Griesinger 研所属なので、溶液 NMR を研究していました)。

Reif B, Hennig M, and Griesinger C. (1997) Direct measurement of angles between bond vectors in high-resolution NMR. Science 276, 1230-1233.

さて、Schanda さんの論文の内容に戻ります。

[2H, 13C, 15N]-ユビキチンの微結晶(microcrystalline)を使います。ただし、1HN(溶媒と交換してしまう水素)については 20% だけ 1H を入れています。溶液 NMR ではもちろん結晶は使いませんが、大きな蛋白質はしばしば [2H, 13C, 15N] で標識されます。これは TROSY 効果を高めるためです。そして、1HN はできれば 100% 1H に近い形にしています。この固体 NMR ではアミド基の水素でさえ 100% 1HN だと双極子相互作用による(見かけの)緩和が響いてしまうのでしょう。そこで、結晶化の際に 80% D2O を使って、アミド水素をも 1/5 に減らしてしまいます。

15N から 13Co への INEPT の時間(1/(2J))は 66.6 ms です。帰りの磁化移動にも同じ時間が必要です。この 66.6 ms はちょうど 1/15 に相当します。この 15Hz は 1J(15N-13Co) ですので、普通の HNCO ピークはこの時間設定でかなり消えてしまいます(sin(pi * 15Hz * 66.6ms) = sin(pi) = 0)。溶液 NMR では少しでも水素結合由来の小さい J-coupling(-0.5 Hz 程度)からの寄与を高めるため、片道だけでこの 66.6 ms の倍にすることが多いです。2/15 sec ではなく、1/15 sec に設定するのは、やはり固体 NMR の方が(見かけの)横緩和が速いことを考慮しているためです。

1H のデカップリングは 3.1 kHz(90° パルス幅に換算して 81 us)(@850MHz)を WALTZ-16 でたたいています。これはぎりぎりの弱さですね。溶液の場合は TROSY を利用していますので、この 1H-decoupling はありません。

15N の FID 中のデカップリングは 3.5 kHz(90° パルス幅に換算して 71 us)(@850MHz)を WALTZ-16 でたたいています。これは 1J-coupling だけを消すことが目的の溶液の場合に比べてかなり強いですね。FID の長さはどのぐらいなのでしょう?と気になりましたが、この論文の数値からは割り出せませんでした。溶液の場合は TROSY を利用していますので、この 15N-decoupling もありません。

90°, 180° ハードパルスは両者ともに 100 kHz。溶液では見たこともないパワーです。計算すると 90° パルス幅に換算して 2.5 us!一方で 13C は選択的になってしまうので、80 us(90°)100 us(180°)の sinc パルスに。

測定時間は 112 hr .... えーとこれは5日弱に相当します。溶液でもちょっと大きめの蛋白質になってくると、水素結合を観るには一週間近く測定しないと駄目でした。ユビキチンの場合は「観えないピークは無い」と言われるぐらいですので(これは本当に蛋白質なのでしょうか?)、あまり他の蛋白質の測定パラメータの参考にはなりません。

リサイクル時間(D1)は 1.0~1.5 sec ... 溶液と同じぐらいです。試料の温度は 27℃で、これも溶液 NMR と同じです。

試料は結晶化させる時に 20% H2O / 80% D2O の溶媒を使っています。同時に沈殿剤兼抗凍結剤として [2H]-2-methyl-2,4-pentanediol (MPD) を使っているようです。ロータは 1.3 mm で、超遠心を使って詰めているようです。4 mg 分です。お楽しみの MAS ですが、57 kHz です。うーん速いです。

やはり、感度はあまり良くなかったようです。特に観えなかったのは、ループや二次構造の端など flexible な所でした。7個しか水素結合が観得なかったようでして、なぜ観えなかったのか、感度を上げるにはどうすればよいかなどが後半の文章を占めています。一案は、1.3 mm ロータではなく 3.2 mm を使って試料の量を5倍に増やす事ですが、そうすると MAS のスピードも落ちてしまいますので、現状では quite challenging だと著者は締めくくっています。また、隣の分子との水素結合も観えてしまったそうです。結晶ですねえ。

Supplement の1ページ目の T=... δ=... は間違えていますね。2T=..., 2δ=... にしないと。CPMG の π パルスの幅など、NMR パルスの論文ではこのような誤植がしょっちゅうです。信じてパルスプログラムを作ると、信号が見事に0になってくれます。

書いているうちにすごい砂嵐がやってきました。キーボードも論文も細かい砂でじゃりじゃりです。マウスをドラッグする度にじゃりじゃりと音が。。。まずい、明日の授業の準備が全く進んでいなかった。。。

2014年5月20日火曜日

アロステリックのチューニング

また、Hilser さんの論文に行きたいと思います。つい数週間前の Nature に載った総説です。

Motlagh HN, Wrabl JO, Li J, and Hilser VJ. (2014) The ensemble nature of allostery. Nature 508, 331-339.

これまでの MWC, KNF モデルによると、とにかく高分解能の立体構造をよく見てその構造変化を突き止めることができれば、アロステリック効果は説明できるとされていました。つまり、これらの古典的モデルでは、リガンドが付く部位と活性部位との間には、まるで将棋倒しのような相互作用のネットワークの仕組みが存在しており、リガンドが付くとその変化がエネルギー的に順々に活性部位にまで「伝播」されていくとしています。そのため、リガンド有る無しでの X 線結晶構造解析を比べることが必須でした。

上記の古典的モデルでは、R/S 状態を問わず立体構造は安定であり、二つの部位を繋ぐ「将棋倒しの経路」はこの安定構造という前提条件の下で伝播の機能を果たします。しかし、必ずしも構造が安定でなければならないとは言い切れないような例が続出しています。それどころか、実際には intrinsically disordered proteins がアロステリック効果の主役にもなっています。最近の彼らの論文によると、アロステリーは古典モデルのようにそう単純ではなく、もっと多くの微視的状態が関与していて、お互いの population が変動することによって生じるとしています。我々は、いろいろな状態の集合(アンサンブル)を結果として観ているのです。その場合、どうしても優勢の分子種に観測結果が引っ張られますので、その状態が 100% の比率で存在すると仮定して極限まで引き延ばしてしまうと MWC モデルのようになってしまうのかもしれません。

このいろいろな微視的状態はそれぞれ多かったり少なかったり、いわゆる人口(population)をもちます。リガンドが付くということは、この各種の状態の population を変えることを意味します。この population のシフトを見るには、もちろん前提として高分解能の結晶構造も必要なのですが、NMR によるダイナミクスを含んだ構造情報が必要になってきます。この Hilser さんは最近の NMR によるデータを絶賛しており、読んでいると何だか気分が良くなる総説なのです。Favorable な論文ばかりを好んで読むあたり、relax 状態に favorable なリガンドが付いてどんどん R 状態へとシフトしていくのとよく似ています(苦しい)。

ただ、その総説の中でよく理解できない箇所(Box 1)があり、数日間考え込んでしまいましたが、やっと朧げに見えてきました。分かってしまうと当たり前の事なのですが、1H-NMR の感度はチューニングできるという内容ではなく「アロステリック効果の感度はチューニングできる」という内容です(ますます苦しい)。

ある酵素が不活性状態 I と活性状態 A にあるとします。両者は交換しながら平衡状態にあり、その平衡時の自由エネルギーはΔGpre (= G[I] - G[A]) で表されます。ここにある effector 分子が付くと、これは活性状態 A を安定化させます(複合体を A' とします)。その結果、平衡が A, A' の方に傾き、自由エネルギーがΔGpost (= G[I] - G[A']) になるとします。この例では、ΔGpost - ΔGpre (= G[A] - G[A']) が +3 kcal/mol と設定されています。この effector 分子はこの酵素の別の場所にある活性部位の活性を引き上げるので、これはまさにアロステリック効果と言えます。

さて、興味深いことは、この時のアロステリック効果の感度は、effector 分子が付く前の平衡状態に依存してしまうという事です。結論だけを先に書きますと、I と A が 50/50 の状態を通った時にもっとも効果が高いということです。初めて読んだ時は「うん、そうなの?」と大変不思議でした。

例えば(よくあるパターンですが)不活性状態 I が圧倒的に優勢(大量)の時、effector 分子がくっ付いても実は allosteric 効果はそれ程は高くはありません。ΔGpre = -6 kcal/mol である A が effector 分子により ΔGpost = -3 kcal/mol に安定化したところで、A' の数はそれ程は増えないのです。ここでΔGpost - ΔGpre = +3 kcal/mol という前提に注意してください。I がなにより安定過ぎて effector 分子といえども力及ばずといったところでしょうか?

では、次に逆のパターンを見てみましょう。A が圧倒的に優勢の時、effector 分子がくっ付いても、これもまた allosteric 効果はそれ程は高くはないのです。例えば、ΔGpre = +3 kcal/mol である A が effector 分子により ΔGpost = +6 kcal/mol に安定化したところで、A' の数はそれ程は増えないのです。effector 分子の力を借りるまでもないといったところでしょうか?

ちょうどシーソーに子供と相撲取りが座っていて、子供に鉄アレイを渡したり、逆に相撲取りに鉄アレイを渡してもシーソーは大して動かないのと同じ?なのでしょうか。この例え、ちょっと自信ない .... 。

そして、活性状態へのシフトがもっとも多くなるのは、つまり、アロステリック効果がもっとも高くなるのは、effector 分子が付いた時に I と A が同数ある 50/50 状態を通過する時なのです(シーソーの高さが逆転する瞬間を含むような場合)。

一応その総説にはグラフが載っているのですが、本当?との思いで、また Octave を使って計算してみました。久しぶりでしたので、コーディングをすっかり忘れてしまっていました。まず、probability の曲線ですが、これは単なる Boltzmann 分布の曲線です。exp(-ΔG/(kt)) を計算して、そこから割合を出すだけ(図の赤線)。ここでは ΔG = G[I] - G[A] と定義していますので、A の存在確率を計算するために実際には exp の中のマイナスは取ってあります。


アロステリック効果の感度を見るために、この微分式を見てみました。数値で直接計算しても良いのですが、高校数学の商の微分を思い出す意味もあって一応は数式で計算してみます。-βexp(-βΔG)/ [1 + exp(-βΔG)]^2 で宜しいでしょうか?βは 1/kT の事です。すると、50/50 の時に微分値が極大となりました。そうです、計算するまでもなく probability の変化率がもっとも大きくなるのは、この 50/50 の時であると、probability のグラフを見た時点ですぐに分かるのです。最初も最後の方もそれぞれ 0% と 100% の存在確率に漸近線のようにゆっくりと近づいて行きますので、effector 分子によって同じように A が安定化するだけならば、アロステリックの感度としてはそれほど高くはならないのです。

ついでにエントロピー(conformational entropy = Sconf)も見てみました。Sconf = -k * (p*ln(p) + (1-p)*ln(1-p)) です。これも 50/50 で極大を迎えます。

表示した probability の変化のグラフ(緑色)は少し左にずれており、ΔGpre = -1.5 kcal/mol で頂点を示しています。これは、effector 分子が付くことによってΔGpost - ΔGpre (= G[A] - G[A']) が +3 kcal/mol 安定化するためです。つまり、ΔGpre = -1.5 kcal/mol から ΔGpost = +1.5 kcal/mol に変化する時に 50/50 の箇所を通過します。微分式は、effector 分子による安定化が無限に小さい時を示すことになります(dy/dx の dx は無限に小)。

同じような理由でエントロピーの変化のグラフ(青色)が ΔGpre = -3.0 kcal/mol で頂点を示しています。これも effector 分子の付く前と後との差をとっているためです。50/50 の前後でエントロピーは変化しないのですね。

実は、このシミュレーションはすでに Hilser さんの前の論文に出ていまいた。「タコいか変化」の所で紹介しています(PNAS 104 (2007), 8311 論文の Fig. 4)。その論文には unfold した domain-I に ligand-A がくっ付いて fold する場合、もし ligand-A の親和性が小さければ domain-I が最初 fold/unfold = 50/50 の状態になっている時だけ何とか allostery が生じると書かれています。親和性が小さいということは、上記の例ではΔGpost - ΔGpre が小さいことに相当します。したがって当然のことながら、allostery が生じるためには effector 分子の相互作用によるエネルギー安定化(親和性)はある程度大きくなくてはなりません。

ちなみに、-1.5 kcal/mol とは I が 8% に、そして、-3.0 kcal/mol とは I が 0.7% に相当します。もちろん、この場合のエントロピーは宇宙のエントロピーを示しています(熱力学では大げさな語を使うものですが、ここでは蛋白質、effector 分子、溶媒の全エントロピーと考えてもよいでしょう)。したがって単純に蛋白質だけの構造エントロピーがどの程度この変化に寄与しているのかはここでは考えてはいませんが、もしかすると、effector 分子が付いた時に増えた宇宙のエントロピーのかなりの部分が、側鎖が flexible になることへ使われた(つまり、蛋白質と effector 分子のエンタルピー変化にではなく、構造エントロピーの増加に使われた)可能性もあり得ます。そうすると、I が最初 2~3 % ぐらいでも良いことになります。この割合、ちょうど NMR の relaxation dispersion で検出するのに向いている数値なのです。あるいは、そうなるようにこの例でエネルギー値を人為的に操作した?

こうして見ると、自然は何ともうまく作られているものだと感心してしまいます。

2014年4月23日水曜日

くっ付いてから変身しよう

もう幾分も前の話になってしまいますが「皆で一斉に移ろう」の箇所で協奏的 MWC(Monod-Wyman-Changeux)モデルをご紹介しました。この MWC モデルとセットで必ず教科書に出て来るモデルに KNF モデルがあります。

まずは、MWC モデルを復習してみましょう。あるプロトマーにリガンドが付いて構造が変わると、他の全てのプロトマーの構造も一斉に変わります。あるいは、プロトマーの三次構造はそれほどは変わらずに、相対配置(四次構造)だけが変わる場合も多いです。この場合、全てのプロトマーは全体として対称的に配置されていなければなりません(極端ですね)。この「対称 symmetry」が重要な点です。さらに、T と R の二状態だけを仮定すると、リガンド(effector 分子)が付く前からすでにプロトマーの構造は T と R 状態の間を行き来しています(交換しながら平衡に達しています)。そして、リガンドが安定な方(R 状態)を選びます。そのため、このメカニズムは population selection (shift) などとも呼ばれているのでした。

それでは、逐次 sequential モデル(Koshland-Nemethy-Filmer)に行きましょう。KNF モデルでは、あるプロトマーにリガンドが付くと induced-fit を通してそのプロトマーの構造が T から R 状態に変わります。そして、その構造変化が隣のプロトマーに何らかの影響を与えます。つまり、リガンドが付いた時に採るであろう R 構造に変わり易い状況を作ります。


しかし、ここで注意しないといけない点は、リガンドが付いていない段階では T 構造が維持され続けるという事です。リガンドが無くとも一瞬だけ R 状態にトライするなどという MWC モデルで見られる現象は起こりません(極端ですね)。したがって、リガンドが何個か付いてはいるが、まだ満たされていない時には、一つの複合体の中に R と T が共存することになり、協奏的 MWC モデルのように、全体として対称形になる必要はありません。図では、リガンドが付いていないのにプロトマーの形が変わったかのように描かれていますが、そうではなくて、そのリガンド無しの T 状態のプロトマーが、リガンドが付いた R 状態の隣のプロトマーからサブユニット間の相互作用を通して何らかの影響を受けていることを示しています。

また、逐次 KNF モデルでは、induced-fit の名の通り、リガンドが付いて初めて構造が変わります。したがって、リガンドの付いた R 状態のプロトマーが存在した場合、その隣のプロトマーが上とは逆の影響を受けて induced-fit が起こり難いようになれば(T 状態になるべくいさせるような、R 状態に移りにくくさせるようなサブユニット間相互作用が作られれば)、むしろ次の同種のリガンドが付きにくくなるわけです。これは、R と T が共存できるという仮定があるので成り立つのです。

実は、協奏的 MWC モデルだけでは、negative な(負の)homotropic effect が説明できません。Homotropic negative cooperativity とは、あるリガンドが結合すると、同じ種類の次のリガンドの親和性が落ちる現象です。

協奏的モデルにおいて、リガンドが R 状態の方に付き易いとします。これはつまり、R 状態での親和性が大で、R 状態での複合体が安定だということです。T 状態にリガンドは付き難いので、どんどんリガンドの付いた R 状態の数が増えていきます。そして、全てのプロトマーが一斉に R 状態に変わるので、2個目、3個目のリガンドは、どんどん増えていく R 状態にますますくっ付いていくことになります。そのため、必然的に homotropic な positive cooperativity(正の協同性)が起こり、homotropic な negative cooperativity(負の協同性)が起こる条件が有りません。この話は同種のリガンドの場合に限ります。

また「タコいか変化」でご紹介した HT モデル(HT: Hilser-Thompson)では、各プロトマーの構造変化のきっかけを、逐次モデルのような induced-fit に限定していません。つまり、R と T 状態の間の交換は、リガンドが付く前からすでに平衡状態の中に存在します(R 状態 : fold, T 状態 : unfold)。したがって、population-selection のような事が起こっています。そして、もし、リガンドが親和性の高い R 状態に結合した場合に、そのプロトマーの構造変化が隣のプロトマーを、親和性の低い T 状態に抑え込むこともできます。そのため HT モデルでも homotropic negative cooperativity が説明できます。

2014年4月18日金曜日

陽子は霞や雲のように薄く

最近は固体 NMR でも蛋白質の 1H 核スピンを FID として直接観測するようになってきました。ただし、微結晶のように、立体構造がかなり均一な状態で固まっている場合に限ります。凍結乾燥後の粉末などでは、少しずつ違った構造が入り交じってしまっているので駄目です。

1H はやはり感度が高い、これに尽きます。しかし、1H どうしの双極子相互作用が邪魔をしてしまい、やはり蛋白質の全ての水素を 1H の状態で計るのはまだちょっと難しい(報告は出ているようですが)。そこで重水素化の登場です。

Sinnige T, Daniëls M, Baldus M, and Weingarth M. (2014) Proton clouds to measure long-range contacts between nonexchangeable side chain protons in solid-state NMR. J. Am. Chem. Soc. 136 (12), 4452-4455.

過去 25 年間に溶液 NMR による立体構造決定で対象となる蛋白質がどんどん大きくなってきたのですが、今回のような論文を読んでいると、つくづくこれはその溶液 NMR の方法論の発展の過程と同じだなあと思ってしまいます。

今回紹介された方法(1H-cloud, 陽子雲?法)では、D2O の M9 最少培地に 2g/L の [2H]-glucose を入れておきます。そして、[13C, 15N] で標識された目的のアミノ酸(例えば、Leu, Val)を 200 mg/L ずつ加えて大腸菌に蛋白質を発現させます。あれ?これは溶液 NMR では選択的標識の際に普通に使ってきた方法ではなかったでしょうか?

一方、1H の数を減らすのに RAP 法と呼ばれる方法も発表されています(Asami, et al. (2010) J. Am. Chem. Soc. 132, 15133 )。この RAP 法では、[2H, 13C]-glucose を培地に入れますが、培地は例えば 10% H2O / 90% D2O のような組成にしておきます(あれ?これも 20 年前によくなされた方法では?)。この方法の方が RAP 法の名前(Reduced Adjoining Protonation)が示す通り、隣り合った水素が 1H どうしとなる確率を減らすことができます。それに対して、陽子雲法では Leu, Val のアミノ酸内で 1H が隣り合ってしまいますし、疎水性コア領域でも Leu, Val がひしめき合っています。そのため、RAP 法の方が 1H の線幅を狭くすることができます。もっとも、陽子雲法でも 1GHz 以上の静磁場で MAS を 90 kHz 以上に回すと大丈夫だそうですので興味のある方はちょっと試してみてください(今回の論文では 60 kHz(@700MHz)程度で回しています。速いですね)。

このように 1H-cloud 法では、1H が特定の希望したアミノ酸のみに偏ってはいるものの、磁化移動は 1H-1H spin-diffusion(溶液 NMR での NOE に相当)などで可能なようです。

一応、代謝過程におけるアミノ酸のスクランブルには注意しないといけません。例えば、Ser, Cys, Gly などは、どれか一つの [1H, 13C, 15N] 標識アミノ酸を入れたつもりでも、3つ同時に混ざってしまうでしょう。どのようなアミノ酸がスクランブルを起こし易いかは Fig. S4 にまとめられています。

ところで、固体 NMR で 1H を FID 検出するとなると水消しはどうするのだろう?と思ってしまいます。溶液 NMR ですと WATERGATE が有名ですが、固体では何と MISSISSIPI という方法があるようです。また、パワーの弱い decoupling には PISSARRO という方法を使うそうです。なんとも面白い命名に笑ってしまいます。

2014年4月16日水曜日

少量の活性化状態をつぶす

2012 年 1 月の RRR-workshop にお呼びした Kalodimos さんですが、今回も非常に面白い論文を出しています。ちなみにギリシャ人とのことです。

Tzeng, S.R., and Kalodimos, C.G. (2013) Allosteric inhibition through suppression of transient conformational states. Nat. Chem. Biol. 9, 462-465.

対象となる蛋白質は教科書の lac-operon に必ず出てくる CAP 蛋白質です。大腸菌内で glucose の量が少なくなってくると、cAMP が増えてきます。すると、これが CAP 蛋白質に結合し、この複合体は lac-operon DNA の制御部位を認識して結合します。すると、RNA polymerase が引き寄せられて lac-operon の転写が on になり、lactose を栄養として利用できるようになるという仕組みです。

野生体 WT の CAP は cAMP 存在下でのみ DNA に付くことができます。一方、CAP*(T127L, S128I) 変異体は、このような effector-分子が無い状態では WT-CAP と同じように DNA に結合できない形を採っているように見えます。ところが、DNA を混ぜてやると cAMP が無いのにもかかわらず DNA に結合します。この謎を明らかにしたのがこの論文です。

実は、CAP*(T127L, S128I) 変異体は、effector-分子が無い状態では DNA に結合できない形(93%)と結合できる形(7%)の間を行き来していることが NMR R2 relaxation displersion の実験から分かりました。この 7% という比率が小さいために、普通に NMR を測定すると、前者の結合できない形ばかりが目立って観えてしまいます。これが上で「WT-CAP と同じように DNA に結合できない形を採っているように見える」と書いた故です。また、この緩和分散法から算出された CAP* の化学シフト値の差は、WT-CAP でのフリー状態と cAMP 結合状態での化学シフト値の差とよく似ています。つまり、CAP* の 7% の構造は、(DNA と結合できる)WT-CAP-cAMP2 の構造と似ていることになります。

この 7% の active 構造が DNA と特異的に相互作用します。DNA をどんどん加えると、平衡により active な構造が常に 7% になるように inactive な構造から補給されますので、cAMP が無い状態でも CAP* 変異体と DNA はどんどん複合体を形成していきます。

しかし、cGMP がつくと DNA に結合できない形だけに固定されてしまうようです。実際、R2 relaxation dispersion が消えてしまいます。すると、DNA を加えても何も起こりません。この仕組みが構造の面から説明されています。

変異により疎水性残基(Leu127, Ile128)が増え、これが他の近くの疎水性残基とともに疎水性クラスターを形成して C-ヘリックスが一巻き長くなるようです。もちろん、長くなった C-ヘリックスをもつ構造は全体の 7% に過ぎません。しかし、これが DNA と結合できる active 構造なのです。

ここに cGMP を入れると、これはこの疎水性クラスターを壊してしまうため、ヘリックスが WT-CAP と同じ長さに戻ってしまいます。そのため、もはや DNA に結合できなくなってしまうのです。

cAMP (cGMP) が付く場所と DNA が付く場所は立体構造の上では離れており、cGMP による DNA への結合の阻害は(付く場所が同じ時の競合阻害ではなく、付く場所が異なる)アロステリック阻害(allosteric inihibition)です。そして、基底状態の構造は何も変えずに(相互作用するという)反応の途中にある一瞬だけ存在するほんの少量の活性状態を不安定化させて無くしてしまうことにより、反応そのものを阻害することができます。

今までの構造生物学的手法では、基底状態の構造がどのように変化するかをおもに観てきました。しかし、ほんの少しの遷移構造をターゲットとすることにより、このようなアロステリック阻害が可能となってくるという事実はたいへん衝撃的です。

2014年4月7日月曜日

上下に揃えて待たせておく

メチル基だけを 13C/1H で標識すると、Methyl-TROSY を使うことができ、高分子でも NMR でそのメチル基の信号を観ることができるようになります。問題は、どのようにしてメチル基を帰属するかです。もちろん、ピークが観えるだけでも、リガンドが付いたかどうか、構造が変わったかどうかなどは分かるのですが。

一つの案は、一つ一つのメチル基を別のアミノ酸に置換していき、2D 1H-13C HSQC での信号の変化を観る方法です。しかし、大きな蛋白質になると、変異体を何十個も作らないといけないことになり、それなりに大変でしょう。

もう一つの方法は、メチル基と 13Ca, 13Cb あるいは、メチル基と 13Co との相関スペクトルをとる方法です。今回の下記の論文は後者の方法を少し改良した内容です。

Tugarinov V, Venditti V, Marius Clore G.A (2014) NMR experiment for simultaneous correlations of valine and leucine/isoleucine methyls with carbonyl chemical shifts in proteins. J Biomol NMR Jan; 58(1), 1-8.

今までは、Val 用のパルス系列と Ile/Leu 用のパルス系列は別々でした。それは、Val は γ の位置がメチル基であるのに対して、Ile/Leu では δ の位置がメチル基だからです。つまり、後者の方が主鎖から対象となるメチル基に至るまでの側鎖の炭素の数が一つ多いのです。

すると、13C から 13C へと同種核の間で磁化(コヒーレンス)移動させていった場合に、もし、Ile/Leu 用パルス系列を Val に適用すると、磁化移動が一結合分だけ行き過ぎてしまうことになります。今回の論文はこの問題を解決しています。

そのためにこのパルス系列(SIM-HMCM(CGCBCA)CO)では、選択的パルスを至るところに使っています。例えば、ある 90度パルスは Val の 13Cα には届かないように工夫がなされています。幸い Val の 13Ca の化学シフトは少し離れているためにこの方法が使えます。これによって、Val の磁化をパルス系列の途中で少し一時停止させておき、Ile/Leu の磁化移動を一段階進めさせるのです。すると、ゴール地点である 13Co にはほぼ同時に辿り着きます。

待たせている間に磁化が緩和するともったいないですので、待機の間は磁化を z 方向に揃えておきます。T2 よりも T1 緩和の方が一般的に遅いですので、これで磁気緩和による損失をかなり抑えられるのです。

そのようなパルス系列ですので、この選択的パルスの長さや強さを間違えてしまうと、うまくスペクトルが出ないことになります。やはり、Tugarinov さんならではのパルス系列なのかもしれません。

なお、メチル基と 13Ca, 13Cb の間の相関スペクトルだけでもかなり帰属が進みますが、やはり高分子になってくると、13Ca と 13Cb の化学シフトが両方とも重なってしまうことがあります。この時に 13Co も手掛かりにできると良いことは、主鎖の連鎖帰属の場合と同じです。

また、13Ca, 13Cb はメチル基の3つの水素(さらに、その他の側鎖の水素)が重水素化されているかどうかによって化学シフト値が微妙に違ってきます。いわゆる同位体シフトです(メチル基には水素が3つありますので、同位体シフトの大きさは3倍になります)。もちろん 13Co も同位体シフトの影響を受けるのですが、 メチル基からは遠いですので、メチル基の水素が 1H か 2H かの影響はほとんどありません。ただし、溶媒が軽水か重水かによって、アミド基の水素が 1H か 2H かの違いが生まれ、これが3結合以内の核(したがって 13Co も入る)の化学シフト値をずらせてしまいますので、溶媒による若干の影響は出てきます。

ところで、各アミノ酸の化学構造および各原子の呼び名はややこしいでしょう。NMR の論文では、下記の命名法に従おうということになっていますので、是非この PDF を PC の中に常駐させておいてください。

Markley JL, Bax A, Arata Y, Hilbers CW, Kaptein R, Sykes BD, Wright PE, Wüthrich K. (1998) Recommendations for the presentation of NMR structures of proteins and nucleic acids. IUPAC-IUBMB-IUPAB Inter-Union Task Group on the Standardization of Data Bases of Protein and Nucleic Acid Structures Determined by NMR Spectroscopy. J Biomol NMR Jul;12(1), 1-23. あるいは Eur J Biochem Aug 15; 256(1), 1-15.

書いたまま途中で放っておいたブログ原稿がいっぱいあります。数ヶ月経つと書いた本人ですらその内容を忘れてしまう有様ですので、なんとか早く日の目を見られるように急いでいるところです。ますます図から遠のいてしまいますが。

2014年4月6日日曜日

毒が溜まってきたら放り出す仕組み

非常にばたばたとした一週間でした。まるで一ヶ月ぐらいがすでに経ったような気分です。気が付くと、もう桜が散りかけており、いつ桜が満開だったのかを覚えていないような状況です。

さて、ダイナミクスが関連したアロステリック効果を解析した論文として、tetracycline repressor(TetR)を採り上げたいと思います。

Reichheld, S.E., Yu, Z., and Davidson, A.R. (2009) The induction of folding cooperativity by ligand binding drives the allosteric response of tetracycline repressor. Proc. Natl. Acad. Sci. U S A. Dec 29, 106(52), 22263-22268.

この同じ号の 22035 ページに、分かり易い解説と図が載っていますので、この図を見ながら論文を読まれると理解し易いでしょう。

リプレッサーは、DNA のオペレータ領域にくっ付く蛋白質で、mRNA への転写を抑えてしまいます。教科書に載っているように、さまざまなリプレッサーがありますが、今回はそのうちの一つです。

リガンド(抗生物質)であるテトラサイクリン(Tc)が無い状態ですと、この TetR の DNA 結合領域はフレキシブルで、DNA にちゃんと相互作用することができます。ここの箇所は感覚的に?と思われるところでしょう。というのは、オペレーターDNA 領域へは特異的に相互作用する必要があります。ところが、TetR のフレキシブルな領域がこの DNA の配列をちゃんと認識するという点が不思議なところです。

生物学的には、テトラサイクリンが菌体内に増えてくると、この TetR が DNA のあるオペレータ領域から外れてしまいます。すると、TetA と呼ばれる蛋白質がたくさん発現してきます。この TetA は膜蛋白質でテトラサイクリンを細胞外へ排出する役目を持っています。

Tc が TetR にくっ付くと、この Tc 結合部位と DNA 結合領域との間に立体構造における協同性が生じ、この DNA 結合領域が rigid(安定状態とも書かれています)になります。その時に DNA を掴む二つの手の幅が major-groove の幅よりも広くなって固定されてしまうため、DNA にもはやくっ付けなくなってしまうのだそうです。ちなみに TetR はホモ二量体で、それぞれに DNA を掴むための手が一本ずつありますが、両手でないとうまく掴めないようです。

Tc が付く場所と DNA 結合領域とはもちろん距離的に離れています。ただし、両者は疎水性残基のコアを通して結ばれています。もし、Tc が無いと、この疎水性コアのパッキングがゆるゆるになってしまい、ちょうど車のクラッチが外れたような状態になります(エンジンを回せど車輪は回らない)。一方、Tc が付くと、緩くなっている原因の隙間が埋まり(オイルサーディンがあの缶かんの中に隙間なくびっしりと詰まった状態に同じ)、クラッチが繋がったような状態となって、遠く離れた DNA 結合領域にまで構造的な(ダイナミクス的な)変化が伝わるのでしょう。缶の中から真ん中辺りに寝ているミニサンマを一匹取り去ってしまうと、もう右端のサンマを突っついても、左端のサンマは動かないのと同じですね。

少し前に MWC-モデルをご紹介しました。そこでは R 状態と T 状態の2状態の間で平衡があり、effector 分子が付くと、その平衡がどちらか(その effector 分子がくっ付きたい方)に偏るのでした。今回の TetR の例はこれとは全く異なるようにも見えますが、実際にはリガンドが無いフレキシブルな状態(多形状態)を T 状態に、リガンドが付いた静止状態を R 状態に置き換えると似た現象を示しているのかもしれません。ただし、リガンドが付いていないアポ状態が disordered(特定の構造を採らない、つまり、多形でフレキシブル)だと、この allosteric 効果が大きくなることは、少し前の HT-モデルで示しましたのでご覧ください。

2014年3月11日火曜日

タコいか変化

前回は MWC (Monod-Wyman-Changeux) のモデルを紹介しました。その次に KNF (Koshland-Nemethy-Filmer) モデルに行く予定でしたが、忙しさで予定が混乱してしまいました。先に少し変わった最近の説をご紹介したいと思います。

Hilser, V.J. and Thompson, E.B. (2007) Intrinsic disorder as a mechanism to optimize allosteric coupling in proteins. Proc.Natl. Acad. Sci. USA. 104 (20), 8311-8315.

これは、HT (Hilser-Thompson) モデルと呼ばれるものです。個々のプロトマー(ドメイン)の fold/unfold 交換現象が allosteric 効果を生み出す原因になり得ることを示した、どちらかと言うと難しめの理論的な論文です。

一般的にアロステリック効果を連想する時、次のようになるでしょうか?まず、あるサイト I にリガンド A がくっ付く。そして、それにより水素結合やイオン結合などが連鎖的に形成されていき、いわゆる「将棋倒し」のように別の遠くのサイト II までその「構造の変化」が伝播していく。すると、行き着いたサイト II の構造が変わり、リガンド B がくっ付き易くなる。しかし、今回の HT-モデルでは unfold/fold を考えていますので、もしプロトマーが大きければ、非常に遠くまでアロステリック効果が伝わることになるのです。

どのように fold/unfold がアロステリック効果に結び付くのかを見て行きましょう。(例1)最初はドメイン I と II が両方とも unfold している状態が優勢とします(もちろん、fold と unfold の間に平衡があるのですが、unfold している状態が圧倒的に多いとします)。この I にリガンド A がくっ付きます。すると、ドメイン I が fold し、A と複合体を形成して安定化します。つまり、 I(A) 複合体の数がどんどん増えていきます。ここで、fold した I と fold した II との間の相互作用が安定で好ましいとすると、ドメイン II も fold する方向に引きずられます。そして、I(A)-II 複合体が出来上がります。その結果、リガンド B が II にくっ付き易くなり、I(A)-II(B) 複合体がどんどん増えて行くのです。

これと逆の効果も考えられます。(例2)つまり、fold した I と fold した II との間の相互作用がむしろ不安定さを導く場合です(fold したもの同士では相互作用したくないと思っている)。最初にドメイン I が unfold し、II が fold している場合を考えます(両方とも fold した状態は不安定なので)。上記と同様に I に A がくっ付くと I が fold し、I(A) 複合体が安定化します。ところが、この状態は fold した II にとっては嫌でたまりません。なぜならば、fold した I と fold した II との間の相互作用は好ましくないためです(厳密には、fold した II は fold した I(A) と相互作用するぐらいなら周りの水と相互作用した方がましだと思っている)。そこで、ドメイン II は自滅して unfold した状態をむしろ好む結果となります。よって、リガンド B はドメイン II にくっ付き難くなるわけです。

このような HT モデルが実現するためには、I と II の間にある程度の好ましい、あるいは、好ましくない強さの相互作用が必要です。そうでないと、情報が A の結合サイトから B の結合サイトに伝達されません。また、上記2例ともにドメイン I は最初は unfold しています。したがって、ある程度 I と A の間に強い相互作用がないと、I は fold してまで A とはくっ付きません。この2つのパラメータの大きさが重要であることが著者らのシミュレーション実験で分かりました。

この HT モデルでは MWC モデルとは異なり多量体は対称形をとる必要はありません。つまり、一斉に全てのプロトマーが R 状態か T 状態のどちらかに変わる必要はありません。さらに KNF 逐次モデルとも異なり、各プロトマーの構造変化のきっかけを induced-fit に限定しなくともよいのです。KNF モデルでは、リガンドが付いて初めて構造が変わります。しかし、HT モデルでは R と T 状態の間の交換は、リガンドが付く前からすでに平衡状態として起こっています。この論文では、リガンドが付く状態はちゃんと fold した構造をとっており、リガンドが付けない状態は unfold 状態としています。そして、unfold と fold 状態の間でお互いに行ったり来たりの平衡交換をしています。したがって、population-selection のような事が起こっているという点では MWC モデルに、一方、対称形でなくともよいという点では KNF モデルに似ているのでしょう。

図は原著論文を参考にしてください。Fig.1 B がよく描かれていますが、これは(例1)を示しています。これの縦軸はエネルギーを表していますが、同時に個数にも変換できます。下の状態ほど安定で数が多いと考えれば簡単です。

2014年1月15日水曜日

皆で一斉に移ろう

前回 10/21 から長らく経ってしまいました。毎日目が回るほど忙しく、ここに何かを書くための勉強が全く疎かになってしまいました。しかし、このままではまずいと思い、時間の合間を縫って再開です。これからはあまり文章を長くなり過ぎないようにしないといけません。何より安心したのは、このサイトがまだアカウントを残していてくれていた事です。もしかして「長期間アクセス無しにつき削除」されたのでは?と心配でした。

今読んでいる論文が結構面白く、それの背景を少し書いてみることにします。同じ形をした蛋白質が寄り集まって複合体を作っている時、これをホモ多量体と呼びます。このホモ多量体に基質が相互作用すると、ちょっと面白い事が起こることがあります。

もし、ホモ四量体であれば、リガンド(以後では基質も含めてリガンドという語を使います)がそれぞれの単位に付きますので、複合体合計で4個のリガンドが付くことになります。この時、この単量体の単位をプロトマー(サブユニット)と呼びます。

面白い現象というのは、協同性(cooperativity)です。正の協同性を持つ場合、複合体にリガンドが付けば付くほど、より付き易くなります。逆に付いているリガンドが減れば減るほど、どんどん離れ易くなります。このように極端な変化を急に起こすように出来ているわけですが、この協同性があるお陰で、ある種のスイッチ的な働きを持つようになります。

さて、どのような仕組みでこのような協同性を生み出しているかですが、それには、プロトマー同士の寄り集まり方(四次構造)が大きく関係しています。その四次構造の変化を表す代表的なモデルとして協奏的モデルがあります。


協奏的モデルでは、あるプロトマーにリガンドが付いて構造が変わると、他の全てのプロトマーの構造も一斉に変わります。あるいは、プロトマー自身の構造はあまり変わらずに、相対配置(四次構造)だけが大きく変わる場合も多いです。この場合、全てのプロトマーは全体として対称的に配置されていなければなりません。

また、リガンドが付く前からすでに T と R 状態の間を行き来しています(交換しながら平衡に達しています)。そして、リガンドが安定な方を選びます。そのため、このメカニズムは population selection などとも呼ばれています。

協奏的モデルにおいて、リガンドが R 状態の方に付き易いとします。これはつまり、R 状態での親和性が大で、 R 状態での複合体が安定だということです。T 状態にリガンドは付き難いので、どんどんリガンドの付いた R 状態の数が増えていきます。そして、全てのプロトマーが一斉に R 状態に変わるので、2個目、3個目のリガンドは、どんどん増えていく R 状態にますますくっ付いていくことになります。

そのため、必然的にホモ(同種)の正の協同性が起こり、同種の負の協同性(homotropic な negative cooperativity)(リガンドが付くと、次は同種のリガンドが付き難くなる)が起こる条件がありません。

今日は短くこのぐらいにしましょう。さて、画像もアップするのはどうすれば良かったのでしょう?