2013年7月18日木曜日

開いて結んで 2

「明日に続きを書く」などと書いておきながら5日も経ってしまいました。その間にもいろいろと面白い話が生まれましたので、急いでこの「開いて結んで」を終わらせることにしましょう。

変な題名だと思われるかもしれません。「開いて」は最初の S 核への gradient, Gs により磁化ベクトルが z 軸に沿ってとぐろを巻くように開くことを意味します。その結果、d 時点でのコヒーレンスは、Ix cos(ωs t1 - γs Gs) のようになりました。ここにもう一つのグラジエントをかけます。この Gi の強さは、Gs * γs/γi の大きさです。もし、S=15N でしたら 1/10 程度、S=13C でしたら 1/4 程度の大きさです。もちろん、グラジエントの強度を γs/γi 倍に変える代わりに、グラジエントの時間を変えても構いません。

Gradient の効果を cos, sin の式に簡単に入れ込む場合には、Ix cos(A) + Iy sin(A) の形になっている必要がありました(「直交演算子 or 昇降演算子」をご参照)。そこで、先ほどの Ix cos(ωs t1 - γs Gs) を無理矢理に次の形に変えたのでした(τs z を付けてあります)。

Ix cos(ωs t1 - γs Gs τs z) = 1/2 { Ix cos(ωs t1 - γs Gs τs z) + Iy sin(ωs t1 - γs Gs τs z) } + 1/2 { Ix cos(-ωs t1 + γs Gs τs z) + Iy sin(-ωs t1 + γs Gs τs z) }

この式の変形は、どのようにイメージすれば良いのでしょうか?例えば、Ix cos(A) + Iy sin(A) は、x 軸から y 軸にかけて磁化ベクトルの向きが角度 A だけずれていることを意味します。すると、前半の式では、A = (ωs t1 - γs Gs τs z) ですので、+ωs t1 だけずれた磁化ベクトルが、γs Gs τs のねじれ具合で z 軸周りに時計回りの方向にとぐろを巻いていることになります。一方、後半の式では、A = (-ωs t1 + γs Gs τs z) ですので、-ωs t1 だけ向きがずれた磁化ベクトルが、先ほどとは逆の方向に z 軸に沿ってとぐろを巻いていることになります。

次の e 時点で I 核に gradient, Gi をかけます。この Gi の極性にもよりますが、たまたま半時計回りにとぐろを巻くとします。すると、先ほどの前半の式の時計回りのとぐろは上手い具合に解けていきます。一方、後半の式のとぐろは反時計回りにさらにきつくなってしまい、もはや FID で観ることができなくなってしまいます。式で表すと

1/2 { Ix cos(ωs t1 - γs Gs τs z + γi Gi τi z) + Iy sin(ωs t1 - γs Gs τs z + γi Gi τi z) } + 1/2 { Ix cos(-ωs t1 + γs Gs τs z + γi Gi τi z) + Iy sin(-ωs t1 + γs Gs τs z + γi Gi τi z) }

となり、γs Gs τs z = γi Gi τi z という関係がありますので、最終的には前半の

1/2 { Ix cos(ωs t1) + Iy sin(ωs t1) }

だけが FID として観測されます。もちろん、このようなトリックを使わずに、地道に計算をしても構いません。

Ix cos(ωs t1 - Gs)
→ Ix cos(ωs t1 - Gs)cos(Gi) + Iy cos(ωs t1 - Gs)sin(Gi)
= 1/2 Ix { cos(ωs t1 - Gs + Gi) + cos(ωs t1 - Gs - Gi) } + 1/2 Iy { sin(ωs t1 - Gs + Gi) - cos(ωs t1 - Gs - Gi) }
= 1/2 { Ix cos(ωs t1) + Iy sin(ωs t1) }

ここでは、高校の時に習った加法定理を使いました。

cosA cosB = 1/2 { cos(A+B) + cos(A-B) }
cosA sinB = 1/2 { sin(A+B) - cos(A-B) }

また、cos(ωs t1 - Gs - Gi) などの項は、z 軸に沿ってとぐろを巻き過ぎ、FID で観ることができませんので、上式では消しました。

この式は一瞬良いように見えますが、cos と sin を同時に検出し保存してしまっているため、t1 と t2 の位相がごちゃ混ぜになってしまい、最終的には絶対値 qf モードで表示しないといけなくなってしまうのです(「実と虚がごちゃ混ぜに QF モード」をご参照)。

もし、グラジエントをかけなかったとすると、Ix cos(ωs t1) の状態で FID に突入していたことでしょう。これならば、cos と sin が別々に保存されるので何の問題もないように思えますが、フーリエ変換してみると間接測定軸に沿って鏡像状態となり、スペクトルとしては役に立たないでしょう。

2013年7月11日木曜日

開いて結んで 1

ちょっと気を許すとすぐに月日が経ってしまい、あれを書こう、これを書こうと考えていてもすぐに忘れてしまいます。前回の qf 法から、いったいどのように繋げようかと困ってしまいました。この暑さも問題なのですが ... 。

某 Br 社の標準パルスプログラムの中に hsqcetgp という名の系列がありますので、今日はこれを題材に使うことにしましょう。添付の図はこれとは少し異なりますが、本質は同じです。ちなみに et は echo/antiecho の、gp は gradient program の略(のはず)です。

図の中で時点 a から S 核の化学シフトの展開が始まります。したがって、a 時点でのコヒーレンスは 2SxIz です。Δt1 の最中に化学シフトが展開しますので

2SxIz → 2SxIz cos(ωs t1) + 2SyIz sin(ωs t1)

のようになります。図では、2Iz の共通項は変化しませんので、括弧から括り出してあります。また、Δt1 のど真ん中に 1H の 180° パルスがありますので、本当は全体に − が付くはずですが、この辺りの符号は適当に無視することにしましょう。


さて、実際には、S 核の化学シフトだけではなく、グラジエントもかかってきます(二つで一つと考えてください)。上の式は、ちょうどグラジエントがそのまま書き込めるような便利な形になっていますので、b 時点のコヒーレンスとしては、

2SxIz → 2SxIz cos(ωs t1 -γs Gs) + 2SyIz sin(ωs t1 -γs Gs)

のように cos と sin の両方に -γs Gs を加えてやると良いでしょう。図の方では、もう少し正確に -γs Gs τs z などと書いていますが、ここでは本質だけに絞ることにします。

さて、ここで Δt1 が終わり S と I の両方に 90° パルスが打たれます。その結果

→ -2SzIy cos(ωs t1 - γs Gs) - 2SyIy sin(ωs t1 - γs Gs)

のように変化しますが、後ろの 2SyIy のコヒーレンスは、もう FID 期間で検出して観ることができませんので、この時点で消しておきます。したがって、sin の項は消え、cos の項だけが残ります。

もし、TPPI-States 法や States 法を採っていると、今度は S 核の 90° パルスを x から打ちます。その結果、今度は cos の項が消え、sin の項だけが生き残ります。このようにして、cos と sin を別々に取って「別々に」保存します。

さて、c 時点で残った -2SzIy cos(ωs t1 - γs Gs) は、今度は d 時点に向かって、1J カップリングにより収束します。

-2SzIy cos(ωs t1 - γs Gs) → Ix cos(ωs t1 - γs Gs)

もし、d-e 間の gradient が無ければ、このまま FID に突入です。ところが、gradient-echo により思いも寄らない事態が起こります。まさに数学のトリックとしか思えないのですが、図の d 式を整理すると、Ix cos(ωs t1 - γs Gs) に最終的にならないでしょうか?この時に使った公式は、

cos(A) = cos(-A)
sin(A) = -sin(A)

です。したがって、

Ix cos(A) = 1/2 { Ix cos(A) + Iy sin(A) } + 1/2 { Ix cos(-A) + Iy sin(-A) }
A = ωs t1 - γs Gs

となるようにしました。

もしかして、1日に書き込める量に達してしまうかもしれませんので、続きは明日?に。