2013年5月20日月曜日

水とアミド基水素の交換 1

蛋白質のアミド基 -N-1H の水素は、溶媒である水などの 1H と交換してしまいます。この交換では、H2O および -N-1H のそれぞれの化学結合が切れて、お互いの 1H が化学的に交換してしまうのです(スワップ)。その結果、蛋白質の 2D 1H-15N HSQC 測定や、それを基にした 3D HNCA 測定などでは、感度が落ちてしまいます(特に pre-saturation と呼ばれる CW パルスを水の磁化に照射した場合など)。しかし、この交換から逆にある種の情報を得ることも可能です。

交換現象は、水により多く露出した箇所ほど頻繁に起こります。そこで、交換頻度がどの程度であるのかをそれぞれの -15N-1H で調べることができれば、その箇所がどれほど溶媒に露出しているか、あるいは、蛋白質内部に埋もれて(さらに、水素結合を組んで水の攻撃から守られているか)などを推測することができるわけです。

この交換速度を調べるのによく用いられる方法が、水素/重水素交換(hydrogen-exchange, H/D-exchange, proton/deuteron exchange)実験です。一般的には、凍結乾燥した蛋白質(このアミド基には 1H が付いている)に重水をさっと加え、急いで NMR にセットして測定を始めます。しかし、数秒程度で交換してしまうようなアミド基では、いくら急いで実際の測定を始めようとしても、シム合わせやチューニング-マッチング合わせなどの操作の間に数分は経ってしまっていますので、いざ測定を始めた時には「時すでに遅し」になってしまうのです。

そのような場合に役立つ実験法が、Cleanex-PM です。なんだかティッシュペーパのような名前ですが、参考論文を二報挙げておきましょう。昔、Cleanex-AM という名前があったそうです。

Hwang, T.L., Mori, S., Shaka, A.J., and van Zijl, P.C.M. (1997) Application of phase-modulated clean chemical exchange spectroscopy (CLEANEX-PM) to detect intermolecular NOEs. J. Am. Chem. Soc. 119, 6203-6204.

これは一次元版です。下の論文が二次元 1H-15N HSQC 版です。

Hwang, T.L., van Zijl, P.C.M., and Mori, S. (1998) Accurate quantitation of water-amide proton exchange rates using the phase-modulated clean chemical exchange (CLEANEX-PM) approach with a fast-HSQC (FHSQC) detection scheme. J. Biomol. NMR 11, 221-226.

さて、この 2D 1H-15N HSQC 版のパルス系列を見ますと、これは何気なく TOCSY 1H-15N HSQC あるいは、ROESY 1H-15N HSQC のパルス系列に似ています。異なる点は、パルスが始まってすぐの 1H-180 度パルスが、ハードパルスではなくガウシアン 7.5ms (@500MHz) の水選択的パルスになっている点でしょうか?この選択的パルスの両側にグラジエントパルスがサンドイッチしていますので、結果として水は y 方向に残りますが、それ以外の(蛋白質などの)1H はグラジエントや化学シフトで xy 平面上でばらばらになって全磁化を足し合わせると事実上消えてしまうのです。ということは、これは生き残った水の 1H から、壊滅してしまったアミド基の 1H へと化学交換の形で磁化移動させるための仕組みということになります。そして、もしその磁化移動が実際に起これば、本来は消えてしまった -15N-1H の 1H 磁化が復活し、後半の 2D 1H-15N HSQC でピークが観れるというわけです。

では、化学交換によって水の 1H がアミド基 1HN に直接移動するわけですが、この時間(mixing-time)の間に良からぬことも起こってしまいます。例えば、水の 1H が Ser-OH, Tyr-OH, Glu-COOH などの 1H と交換してしまい、その後にそれら交換性の 1H と観たいアミド基 1HN との間で NOE 現象が起きるかもしれません。これを exchange-relayed-NOE と呼びます。あるいは、1Ha の化学シフト値は水の化学シフト値(〜4.7ppm)と似ているために、1Ha の磁化が水の磁化といっしょに生き残ってしまい、これと観たいアミド基 1HN との間で NOE 現象が起きるかもしれません。これを分子内 NOE と呼びます(これは、蛋白質を重水素化したり、あるいは、13C 標識してフィルター法を使えば除けるでしょう)。これら exchange-relayed-NOE と分子内 NOE があると、観たいはずの水からアミド基 1HN への交換現象が誤魔化されてしまいます。そこで、τm の間打たれる CLEANEX-PM パルスは、これらの現象をできるだけ排除し、exchange だけを残すように設計されています。

詳細は次回以降に譲ることにしまして、まずは、NOE と ROE を除く仕組みについて考えてみましょう。蛋白質などの高分子で NOESY を測定すると、対角ピークと交差ピークは同じ符号になります(下図左)。これを負の NOE と呼びます。フーリエ変換した後は普通はできるだけ正の対角ピークになるように位相を補正しますので、見かけとは逆の呼び名となってしまい、たいへん紛らわしいです。一方、ROESY を測定すると、対角ピークと交差ピークの符号は逆になります(下図右)。これを正の NOE と呼びます。もし、対角ピークが正になるように位相を補正すると、交差ピークは負になります。このように NOESY と ROESY では(対角ピークの符号を両者で合わせようとすると)交差ピークの符号がお互いに逆になりますので、これをうまく調整してお互いを打消し合うように組んだ mixing 方法が CLEANEX-PM です。


では、どのようにして NOESY と ROESY を同時に起こさせるかについてです。NOESY は磁化が z 方向にある時に双極子双極子相互作用(dipole/dipole interaction)によって起こります。一方、ROESY は磁化が x, y 方向にある時に dipole/dipole interaction によって起こります(ただし、スピンロックなどによって2つの磁化ベクトルが同じ向きに揃っていなければならない)。したがって、z と xy 方向に磁化が存在する時間をうまく調整できると、NOESY と ROESY の交差ピークがお互いにキャンセルできます。

CLEANEX-PM のパルス系列は、以下のようになります。{135x, -120x, 110x, -110x, 120x, -135x}N 単位の N 回繰り返し。最初に水の磁化が y にありますので、この水の磁化は上記の CLEANEX-PM パルス系列によって、yz 平面上を回ります。しかし、y 方向と z 方向のどちらに偏っているかという点でみると、z 方向の方が2倍多く滞在するように設計されています。これは、ROE 効果の方が NOE 効果よりも2倍強いためです(ただし、高分子の条件下)。このようにして、高分子内の NOE と ROE の dipole/dipole interaction は、うまく打消し合って消すことができました。

また、TOCSY 効果が消せているかどうかについてですが、完璧ではありませんが、かなり消せているようです。そもそもどのようにすると TOCSY になってしまうかと言いますと、二つの異なる化学シフト値をもつ磁化ベクトルがありまして、両者をできるだけ離さずにくるくると同時に回す(具体的には、その分離差が、両者の間の J-coupling 値より小さくする)と良いわけです。たとえば、90x-180y-90x などと打つと、化学シフト値が少しぐらい違っていても、二つの磁化ベクトルはかなり揃って +z から -z に移動します。これを連続的に打ったのが MLEV 形式ですが、もっと工夫された WALTZ や DIPSI なども知られています。CLEANEX-PM はそこまで化学シフト値の差を縮めるようには設計されていません(80% 程度に縮める)。したがって、TOCSY 効果は(化学シフト値が偶然にも水の 4.7ppm に近い場合を除いて)それほど無いわけです。

2013年5月9日木曜日

蛋白質どうしの切り貼りが簡単に -続き-

先日、小橋川先生の INSET(isotopically invisible solubility/stability enhancement tag)法をご紹介したところ、読者の方より次の方法もあるよとのご紹介がありました。どうもありがとうございました。

Durst, F.G., Ou, H.D., Loehr, F., Doetsch, V., and Straub, W.E. (2008) The better tag remains unseen. J.Am.Chem.Soc. 130, 14932-14933.

小橋川先生の INSET 法では、目的の蛋白質と別のよく溶けるモデル蛋白質をソルターゼと呼ばれる酵素で繋げていました。一方、上記の論文では、酵素とそのリガンドとの相互作用を利用しています。もちろん、この親和性が弱ければすぐに離れてしまいますが、ここで使われているようなカルモジュリン(hCaM)とあるペプチド(CBP)でしたら、なかなか外れません。

この繋げ方は共有結合を利用しているわけではありませんので、題名の「切り貼り」はちょっと該当しないですね。

まず、目的の蛋白質の後ろに CBP(26 残基)が繋がった状態の遺伝子を作ります。目的の蛋白質はもともと不安定な性質を持っているでしょうから、頭に GST などの溶けやすい蛋白質を融合させておき、後で好きな時に切り離せるようにしておくと良いでしょう。そして、この CBP-fusion 蛋白質を 15N/13C 標識体として大腸菌に発現させます。一方、hCAM は非標識体として rich 培地で別途発現させます。後で精製し易いように、hCAM の後ろに His-tag などを付けておくと良いでしょう。そして、両者を混ぜ合わせると、CBP 部分が hCAM にがっちりと(鍵と鍵穴のように)くっ付くことにより、二つの蛋白質を繋げることができるという仕組みです。一旦つながってしまえば、先ほどの GST を FactorXa などのプロテアーゼで切り話しても大丈夫かもしれません。

この方法で少し問題となるのは、この CBP が hCaM に捕らえられると、CBP がしっかりとした構造をとるようになり(鍵穴の構造に沿った鍵の構造を採ります)、1H-15N HSQC などで信号が観えてしまう事です。論文では 23 残基分の信号が余計に観えてしまったと書かれていますので、そこだけは文字通り目をつむって見ないことにしましょう。

また、CaM には4つの Ca++ を配位させてありますので、目的の蛋白質を Ca++ で滴定したいなどの場合にはこの方法を使うことができません。その場合は、別の親和性の高い組み合わせ(例えば、PDZ ドメインとリガンドペプチドの組み合わせが勧められています)を試すと良いでしょう。解離定数が < 1 μM の親和性が必要ですので、複合体の形でゲル濾過に1時間ほど流しても、まだしっかりとくっ付いて溶出してくるような系を使うと良いでしょう。

そう言われてみれば、この方法は蛋白質を磁場中で配向させて、残余双極子相互作用値(RDC)を観る場合にも使われていました。CaM の Ca++ の代わりにランタノイド金属などを配位させると、CaM は NMR の磁場中で配向します。そこで、目的の蛋白質に CBP を付けておくと、その CBP にくっ付いた CaM につられて目的の蛋白質も配向してしまうという仕組みです。もちろん、CBP と目的の蛋白質の間のリンカー部分が柔軟過ぎて、目的の蛋白質だけがふらふらと揺れてしまうと台無しになってしまうのですが。