ところが自然界には負の協同性(homotropic negative cooperativity)も存在します。これを説明するのに協奏的モデルは使えず、別の逐次モデル(KNF-model)が使われます。MWCモデルですと、どうしても正の協同性になってしまうのです。これもどこかで書いたような気がするのですが ... 。どのような物性的な仕組みで負の協同性が引き起こされるのかは置いておくとして、問題は生物にとって何の意味があるのか?です。下記の論文と次のブログでの論文に面白い推測?が書かれていますので、それを紹介したいと思います。
Bush, E.C., Clark, A.E., DeBoever, C.M., Haynes, L.E., Hussain, S., Ma, S., McDermott, M.B., Novak, A.M., and Wentworth, J.S. (2012) Modeling the role of negative cooperativity in metabolic regulation and homeostasis. PLoS One 7 (11), e48920.
上記のように、生産物 P が前方の最初の酵素反応を阻害するとします。すると、その阻害剤が酵素につく形式は Hill 係数が大きいほど(つまり、正の協同性であればあるほど)生産物 P は定常状態におさまります。フィードバック阻害がうまく働いている例ですね。そこで、この反応に枝分かれがある場合を想定します。例えば A → B → P の他に B → C も存在するとします。B 地点で枝分かれが起きているわけです。シミュレーションによると、生産物 P が酵素反応「B → P」を阻害する時は Hill 係数が大きいほど効率が高くなります。これは最初の単純な一直線だけの連鎖反応の場合と同じです。ところが、生産物 P が酵素反応「A → B」を阻害する時には、必ずしも大きい Hill 係数がよいとは限らないようです。確かにこの反応を阻害しすぎると、その影響は及んでほしくない C にも行ってしまいます。C にあまり影響を与えずに P を定常状態に保とうとすると、酵素反応「A → B」はやんわりと(あまり即効性をださずに)阻害しないといけないのです。
では、枝分かれはなく、A → B → C → D → P のように一直線ではあるが長い連鎖反応の場合はどうなるのでしょうか?生産物 P がかなり前方の酵素反応「A → B」を阻害する時を想定しましょう。単に生産物 P だけが恒常性 homeostasis を保つようにするためには Hill 係数は高い方がよいそうです。一方、P だけではなく A, B, C, D 全ての量に恒常性を保たせるにはちょっと低めの Hill 係数がよいのだそうです。
どうしてそうなるのかは、なんとか想像できそうです。例えば P が余り始めたとしましょう。すると、この P は酵素反応「A → B」を阻害し始めます。ところが、C と D はまったく阻害されてはいませんので、まだ P が C と D から多めにでき続けてしまうのです。そして、余った P はさらに酵素反応「A → B」を阻害しますので、少し遅れて中間体である C と D が(質量作用の法則により)定常状態になった頃には、今度は逆に「A → B」を阻害し過ぎてしまっており、その結果 P が少なくなり過ぎてしまうのです。このような遅延が起こってしまうために、P はあまり高い Hill 係数で酵素反応「A → B」を阻害しない方がよいのです。
では、この長い連鎖反応と枝分かれを組み合わせるとどうなるのでしょう。つまり、最終生産物 P が最初の酵素反応を阻害する。途中には中間体が複数個あり、そして枝分かれしていく反応もある。このような系は、生物の代謝経路の制御で実際によくみられます。面白いことに、そのような中では P が最初の反応(これは枝分かれの前にある)にくっつく親和性で負の協同性 negative cooperativity になるのがよいのです。そのとき、全ての物質が恒常性をもっともよく保つことができるのだそうです。