2015年7月12日日曜日

なぜわざわざ鈍らせるのか_その1

代謝過程を制御するのに「フィードバック阻害」という機構があり、これが教科書などによく紹介されています。これは、ある酵素反応の生産物 P が、その酵素反応そのものを阻害することによって制御するような仕組みです(P の作り過ぎや足りなさ過ぎを防ぐ)。この酵素がしばしば同種多量体(homomultimer)になっている場合があります。そして、このそれぞれのサブユニットに阻害剤 inhibitor が付いていく時、1個目、2個目、3個目と阻害剤が順に付いていくにつれてその親和性がどんどん高くなっていくような現象があり、これを正の協同性(homotropic positive cooperativity)と呼びます。代謝過程は一連の酵素反応からなりますので、しばしば最終生産物 end-product が最初の方の酵素反応を阻害するといった例が見られます。なぜ、正の協同性が良いのか?これは教科書に詳しく説明されていますが、一言で言いますと、阻害剤の濃度がちょっと変わっただけで、その阻害効果(レスポンス)をすばやく変えることができる、まるでスイッチを on/off したかのように切り替えることができるためと言えるでしょう(このどれだけすばやく反応できるかを示す数値が Hill 係数ともいえます)。この仕組みは協奏的モデル(MWC-model)できれいに説明できます。また、このモデルでは同種多量体は常に対称形をとりますので、構造の点からも美しいと言えます。実は、2014 年 1 月 15 日「皆で一斉に移ろう」で紹介しておりました。

ところが自然界には負の協同性(homotropic negative cooperativity)も存在します。これを説明するのに協奏的モデルは使えず、別の逐次モデル(KNF-model)が使われます。MWCモデルですと、どうしても正の協同性になってしまうのです。これもどこかで書いたような気がするのですが ... 。どのような物性的な仕組みで負の協同性が引き起こされるのかは置いておくとして、問題は生物にとって何の意味があるのか?です。下記の論文と次のブログでの論文に面白い推測?が書かれていますので、それを紹介したいと思います。

Bush, E.C., Clark, A.E., DeBoever, C.M., Haynes, L.E., Hussain, S., Ma, S., McDermott, M.B., Novak, A.M., and Wentworth, J.S. (2012) Modeling the role of negative cooperativity in metabolic regulation and homeostasis. PLoS One 7 (11), e48920.

上記のように、生産物 P が前方の最初の酵素反応を阻害するとします。すると、その阻害剤が酵素につく形式は Hill 係数が大きいほど(つまり、正の協同性であればあるほど)生産物 P は定常状態におさまります。フィードバック阻害がうまく働いている例ですね。そこで、この反応に枝分かれがある場合を想定します。例えば A → B → P の他に B → C も存在するとします。B 地点で枝分かれが起きているわけです。シミュレーションによると、生産物 P が酵素反応「B → P」を阻害する時は Hill 係数が大きいほど効率が高くなります。これは最初の単純な一直線だけの連鎖反応の場合と同じです。ところが、生産物 P が酵素反応「A → B」を阻害する時には、必ずしも大きい Hill 係数がよいとは限らないようです。確かにこの反応を阻害しすぎると、その影響は及んでほしくない C にも行ってしまいます。C にあまり影響を与えずに P を定常状態に保とうとすると、酵素反応「A → B」はやんわりと(あまり即効性をださずに)阻害しないといけないのです。

では、枝分かれはなく、A → B → C → D → P のように一直線ではあるが長い連鎖反応の場合はどうなるのでしょうか?生産物 P がかなり前方の酵素反応「A → B」を阻害する時を想定しましょう。単に生産物 P だけが恒常性 homeostasis を保つようにするためには Hill 係数は高い方がよいそうです。一方、P だけではなく A, B, C, D 全ての量に恒常性を保たせるにはちょっと低めの Hill 係数がよいのだそうです。

どうしてそうなるのかは、なんとか想像できそうです。例えば P が余り始めたとしましょう。すると、この P は酵素反応「A → B」を阻害し始めます。ところが、C と D はまったく阻害されてはいませんので、まだ P が C と D から多めにでき続けてしまうのです。そして、余った P はさらに酵素反応「A → B」を阻害しますので、少し遅れて中間体である C と D が(質量作用の法則により)定常状態になった頃には、今度は逆に「A → B」を阻害し過ぎてしまっており、その結果 P が少なくなり過ぎてしまうのです。このような遅延が起こってしまうために、P はあまり高い Hill 係数で酵素反応「A → B」を阻害しない方がよいのです。

では、この長い連鎖反応と枝分かれを組み合わせるとどうなるのでしょう。つまり、最終生産物 P が最初の酵素反応を阻害する。途中には中間体が複数個あり、そして枝分かれしていく反応もある。このような系は、生物の代謝経路の制御で実際によくみられます。面白いことに、そのような中では P が最初の反応(これは枝分かれの前にある)にくっつく親和性で負の協同性 negative cooperativity になるのがよいのです。そのとき、全ての物質が恒常性をもっともよく保つことができるのだそうです。