2015年8月27日木曜日

NMR_学会誌のアーカイブ

ネットで NMR のある語をサーチしていると、下記のようなサイトを見つけました。

「日本核磁気共鳴学会誌」のアーカイブ

だそうです。

https://drive.google.com/open?id=1Kx46HOqLO4Fk9Xpii8lXfg7XctFmDHZfk5bSJEdAe9o

学会誌の PDF(高分解能版?)がダウンロードできました。1冊 50 MB ぐらいですので、SIM スマートフォーンの通信量制限にひっかかるような事はないでしょう。

新しい Vol. 6 が追加されています。

(長らくブログを更新していないと、コマーシャルが文章の上に表示されるようになってしまいました。月に一度は何かを書かないといけません 。。。。

それにしても忙し過ぎて体がめちゃめちゃな状態になっていますが、せめてこのブログ書きでも自らに課さないとますます勉強しなくなってしまいます。ちなみについこの前、ある学会誌に「残余双極子相互作用 RDC について」の総説のような短い記事を書きました。まだ電子版はダウンロードできないようなのですが、なんと別冊(リプリント)を山のように頂きました。拙著で恐縮ですが、ご要望いただければ郵送いたします。

この総説には査読制度があったのですが、その査読者はたいへんこの分野に詳しい方のようで、大量のチェックポイントが返ってきました(まだ、どなたか予想がつかない ...)。別の総説書きと重なってあの時は悲惨な状況だったのですが、おかげ様で誤解していた点などを出版する前に直すことができました(危なかった)。どうもありがとうございました。この revise でページ数が一気に増えてしまったのですが、編集では大丈夫だったのでしょうか?

2015年8月10日月曜日

乾かしてもミルクは牛乳

前回「クマムシも絶賛」の続きです。

いつもコーヒーには牛乳を入れるのですが、先週のように牛乳がヨーグルト化してしまった場合などには、代わりにクリープを入れます。他にもこのようなパウダー粉末の製品はいろいろとあるのですが、どうもクリープとは味が違います。森永乳業の肩をもつわけではありませんが、この森永の HP を見てみると「牛乳から作っているのはこの Creap だけ」とのメッセージが強く書かれています(http://www.creap.jp/)。そこまで自信たっぷりと主張されるのであれば、これも高校生実習の中に組み込んでみるかということになり、ちょっと調べてみることになりました。

下がその NMR 1次元と2次元 1H-13C HSQC スペクトルです。たいへん驚きです。牛乳のスペクトルとまったく区別がつきません。脱帽です。



もちろん、各種成分の配合比率などは変わってきますので、Creap そのものを単純に水に溶かしたからといって、それが牛乳そのものに生まれかわるわけではないと思いますが、まあ主要成分についてはほぼ同じと見てよいかもしれません。しかし、やはりコーヒーには牛乳を入れる方が美味しいんですよね。まあ、これは本当のコーヒー好きなのではなく、単に「コーヒー牛乳」が好きなだけなのかもしれません。むかし給食によく出た「ミルメーク」なんて今でも大好物ですし。 缶コーヒーでも BOSS カフェオレが最高だと思っているぐらいですから。

ところで、NMR スペクトルの帰属では BioMagResBank にたいへんお世話になりました。このようなデータベースがちゃんと管理されていると本当に有難いです。これで何ヶ月分を得したことか。それから、意外にも牛乳の NMR に関する論文がちゃんと出ており、それをかなり参考にさせていただきましたので、ここに紹介させていただきます。

Hu, F., Furihata, K., Ito-Ishida, M., Kaminogawa, S., and Tanokura, M. (2004) Nondestructive observation of bovine milk by NMR spectroscopy: analysis of existing states of compounds and detection of new compounds. J. Agric. Food Chem. 52, 4969-4974.

なんと東大の田之倉先生の論文でした。

そういえば、別の実習(市民対象の NMR 講習会)で、日本酒のスペクトルをいろいろと調べたことがありました。今回の牛乳よりももっと複雑なスペクトルになります。とても1次元ではダメで、1H-13C HSQC スペクトルがないと解析が不可です。これが日本酒の味を決めているわけですが、この時も田之倉研の博士論文を参考にさせていただきました。簡単ながらここにお礼申し上げます。

実はお酒の NMR は非常に難しいのです。それはお酒には大量のエタノールが含まれているためです。このエタノールの量に対して微妙な味を決める代謝産物はほんのちょっとしか含まれておりません。この芸術作品に昇華させている原因をスペクトルで観るためには、エタノールの巨大なピークを抑えないといけないのです。ところが、二次元を測ってみて初めて分かるのですが、ここに1次元の落とし穴があります。なんとエタノールの -CH3, -CH2 ピークと同じ 1H 化学シフトの位置に、いっぱい代謝産物のピークが存在するのです。したがって、エタノールのピークを抑えるということは、それら微量の代謝産物のピークを見逃してしまうことになるのです。さらに、ロックの問題もあります。このように、いろいろと注意すべき点がたくさんあるエタノール飲料の NMR ですが、これについてはまた別の機会で触れることにしましょう。まずは、高校生実習を成功させなければ。

クマムシも絶賛

ヒョンな事から高校生に NMR を教えることになりました。ここに限らず数年前よりこのような公開行事が年に何回か行われるようになってきています。昔は何処でも応募が少なかったのですが、だんだんとこのような行事が知れ渡るようになりました。今回は定員 40 名のところにすでに応募数が 60 名を超えてしまい、急いで締め切らないといけないような人気です。

いちおう半年ほど前からいろいろと対策は組んではいたものの、だんだんと期日が近づくにつれて具体的な分刻みのスケジュールを検討しはじめました。最初は「見かけは同じ「コカ・コーラ」と「コカ・コーラ ゼロ」を NMR で区別してみよう!」などというテーマを考えていました(これで実習全体の 1/9 量に相当)。前者には蔗糖(いわゆるお砂糖)が大量に入っているのに対して、後者では人工甘味料「アルパルテーム」が入っているはずだと考えたのです。アスパルテームは、Asp-Phe-methyl という構造ですので、いわゆるお得意のペプチドです。一方、蔗糖は糖類ですので、両者の NMR スペクトルは大きく違うはずで「見かけは似ていても NMR スペクトルではこんなにも違う!」というところを自慢したかったわけです。

ところが、「コカ・コーラ ゼロ」の HP を見てみますと、アスパルテームは入っておらず、代わりに「スクラロース」という物質が入っています(スクロースに「ラ」が入っただけ?)。これは蔗糖のある -OH 基3つを -Cl に換えただけなのです。しかし、砂糖の 600 倍も甘く、体内に吸収されない(なので、カロリー0)なのだとか。また機会と機械があれば測ってみたいところなのですが、とりあえず「これでは区別があまり付かないだろう」とのことで、せっかく土日を潰してまで立てた計画は却下に。

コーヒーでも飲みながら、これは困ったものだといろいろ考えていたところ、ふと「コーヒーに入れる牛乳と「コーヒーフレッシュ」は同じなのだろうか?それともかなり違うのだろうか?見かけは同じだけど」という事になりました。

さっそく、それぞれにロック用の D2O を少し加え、1次元スペクトルを測定。結果「ん?パッとスペクトルを見た感じでは、さほど変わらない?これでは高校生対象の実習に使えないではないか」と焦りが出始めました。他の3人はもう3週間も前から仕事そっちのけで実習の予行を夜中まで試しており、光る大腸菌まで出来上がってもうカリキュラムもかなり充実してきています。それに比べて私の方はまだ試料選定の段階でもたついている ... 。仕方がないので、1H-13C 二次元 HSQC スペクトルを測ってみました。濃度が濃いだけあって 13C natural abundance であっても結構みえます。

1次元スペクトルではあまり区別がつかなかったのですが、さすがに2次元に展開すると、ちょっと差が見えてきました。「これなら使えるかも」とちょっと胸をなでおろす ... 。嬉しいことに BMRB にはさまざまな糖の化学シフト値も登録されています(蛋白質だけかと思っていました。スペクトルまで載っていてまことに感謝)。これと見比べていくと、牛乳には当然のことながら「乳糖(ラクトース)」が含まれていることが分かりました(下痢の原因ですね)。ラクトースは「ガラクトース」と「グルコース」がくっついた2糖ですので、2次元スペクトルにピークがたくさん(2種類の糖分)出てきます。一方、職場内のコンビニで急いで買ってきた「コーヒーフレッシュ」のスペクトルではピークの数がちょっと少なめです。BMRB で調べていくと、これは「トレハロース」のピークとぴったり一致しました。ためしに某社の HP をみてみると、確かにトレハロースが載っていました。トレハロースって、もしかしてあの「クマムシ」も持っている糖?浄水場でも大活躍しているのだとか。このトレハロースを体内に蓄えて、乾いた地でも(いつか水がやってくるまで)睡眠するのだそうです。



トレハロースはグルコース2つが対称的にくっついて出来ていますので、NMR ではピークがぴったりと重なり単純になります(1種類の糖分)。この後で1次元スペクトルに戻ってよく見てみると、1次元でもある程度は区別がつくことが分かりました。しかし、2次元は文句なしに強力です。

一方、乳脂肪のピークを見てみますと、ここはほとんど同じでした。非常に乱暴な言い方をしますと「コーヒーフレッシュ」は牛乳から作られているわけではなく、サラダ油に洗剤を加えて攪拌した製品なのです。ですので、冷蔵庫に入れなくてもすぐには腐りません(先週、コーヒーに牛乳を入れようと、1L パックを傾けると、中からヨーグルトがドサッと出てきて、コーヒーがバシャッと全部こぼれてしまいました。もちろん、悪玉菌が作成したヨーグルトです)。しかし、その割にはよく似たスペクトルだと感心してしまいました。また、面白いことに「コーヒーフレッシュ」のスペクトルの敷居値を下げていくと、乳糖のピークが少し見えてくるのです(ここの図ではあまり見えませんが)。つまり、ほんの微量ですが乳糖が含まれています。工場でちょっとだけ牛乳成分を加えた時に、いっしょに混入してしまったのでしょうか?もちろん、超微量ですので、これで下痢をすることはあり得ません。