2016年1月27日水曜日

水とアミド基水素の交換4

前回はあまりに文章ばかりで自分でも何を書いているのか分からなくなってしまいましたので、今回は図をたくさん載せてみました。

下の表は二次元の 15N-edited NOESY (ROESY) のような測定法でのピークの符号を想定しています。これは、もし、t1 次元(1H 間接測定軸)で化学シフトを展開させ、w1 次元の 4.7ppm に沿った交差ピークを解析するならば、三次元 15N-edited NOESY (ROESY) スペクトルとなります。別名 NOESY (ROESY)-15N-HSQC などといってもよいでしょうか?ただし、[15N]-蛋白質の 1H と水和水や溶媒の 1H との交換現象を観ようとしていますので、mixing-time の前は(前回に書きましたように)水の磁化 ~4.7ppm 付近を選択的に saturate させるか、あるいは 180 度パルスの有無により水の磁化を +-z の向きに揃えます。そして、その水の 1H 磁化から例えば 1H-15N アミド基の水素に磁化が移動してくることを想定しています。交換のしくみは、双極子間相互作用による(NOE, ROE, saturation-transfer)か、あるいは直接的な化学交換です。しかし、ここに後述の exchange-relayed NOE が混じってきて結果に混乱を招きます。なお、このとき蛋白質は十分に高分子量であるとします。

Mixing-time の間をただ待つだけの NOE にするか、あるいは ROE パルス系列にするかで結果がすこし違ってきます。下の表はその時の交差ピークの観え方を示してみたのですが、その見方にはちょっと注意が必要です。

表で positive と書かれている場合、これは「正の NOE」を意味します。一般的に低分子で観られる NOE 現象でして、もし、対角ピークを正になるように位相補正したならば、交差ピークは負になります。逆に negative と書かれている場合、これは「負の NOE」を意味します。一般的に高分子で観られる NOE 現象でして、対角ピークと同じ符号の交差ピークとなります。このとき、水の磁化と同じ向きに蛋白質側の 1H 磁化が増減します。
TOCSY の箇所にも「negative」と書かれており、これは物理的には正しくなく変な説明になってはしまうのですが(TOCSY 現象は双極子間相互作用による交差緩和ではないので)対角ピークと交差ピークとが同じ符号になる(つまり、高分子での NOE と同じ観え方になる)のだと解釈することでご容赦ください。しかし、同種核間での ROE の測定では、どうしても少しの TOCSY 効果が混じってきてしまいますので、両者の符合が逆であることは知っておくと便利です。

こうして表を眺めてみますと、
 ・高分子での NOE
 ・化学交換
 ・TOCSY
の3つは negative です。つまり、対角ピークと交差ピークが同じ符号になると覚えておくと便利でしょう。

上記の図で 1Hα からの連続的な ROE(spin-diffusion)が記されていますが、これは ROE 現象が偶数回おこった場合を描いています(ROE が 1, 3, ... 回と奇数回連続で起こった場合は、対角ピークと交差ピークが逆の符号となる)。このような厄介な現象は、蛋白質を重水素化することによってかなり防ぐことができます。さらに、13C でも標識していると filter-out のパルス系列も使えます。

ROE 測定の場合、水和水との直接的な ROE は、その水分子の蛋白質表面における滞在時間によらず一定の符号をもちます。しかし、正の対角ピークに対して、負の交差ピークが得られたからといって喜んでばかりはいられません。Exchange-relayed ROE も同じ符号になるためです。下記の NOE でもそうですが、どうも exchange-relayed NOE (ROE) が、どこでも登場してきて邪魔をし誤った解析結果に引きずり込んでしまうようです。

Cleanex-PM は、蛋白質分子内における NOE と ROE を打ち消し合わせますので、かなり exchange-relayed NOE を防いでくれるかもしれません。ただし、spin-diffusion の対象となる 1H が、蛋白質にきっちりと固定されていることを前提としています。Cleanex-PM の後半は 1H-15N HSQC パルス系列ですので、結果として大勢を占める chemical (solvent) exchange が「比較的」信頼性たかく測定できます。

この NOE 測定で厄介なことは、高分子の蛋白質側を測定する限り、水和水との真の NOE も、exchange-relayed NOE も、水との直接的な化学交換もすべて同じ符号になってしまうことです。唯一、交差ピークと対角ピークが逆符号になってくれるのは、水和水の滞在時間がだいたい 0.3 ns @600MHz より短時間である場合のみです。ですので、この場合には、かなりの確率で水和水との NOE を観ている可能性があります。しかし、これは長いあいだ滞在している(機能と関連していそうな)水和水ではありませんので、ちょっと面白味が欠けてしまいますね。

ROE は交差緩和をおこす二つの双極子の運動性によらず同じ符号のままですが、NOE は双極子が実験室座標系に対して止まってくると(大きな蛋白質上の二つの 1H など)符号が ROE とは逆になります。Transferred-NOE などはその性質を利用しています。もし、低分子リガンドがフリーのままだと ROE と同じ符号になりますが、高分子量の蛋白質と相互作用していると、符合が逆転して対角ピークと同じ符号の交差ピークが現れます。

WaterLOGSY も同じです。低分子リガンドと高分子が相互作用していると、その間に挟まれた水と低分子リガンドとの間に、まるでともに高分子の中にある時のような NOE 現象が起きます。しかし、注意点はやはりこの場合も exchange-relayed NOE でしょうか?もし、低分子リガンドの中に交換性の 1H が含まれている場合は、水との直接的な NOE ピークを過小評価してしまいます。この場合は蛋白質なしでも同じ実験を行い(できれば、観測側の低分子リガンドの濃度を変えながら)、この reference の結果も考慮しないといけないでしょう。