2016年3月11日金曜日

コーヒーに大腸菌ヨーグルトを入れずに済む方法

来たる夏にこの県が主催するあるサイエンスフェアに科学的な出し物(ブース)を披露しないといけなくなってしまいました。対象は小・中・高校生となんとも幅広い層です。さらにご父兄も。そこで、いろいろと考えていたのですが、その一つとして NMR 機械を展示・実演することを計画しました。といくら何でもそれは冗談でして、実際には NMR を究極にまで小さくした装置を某企業からお借りすることになりそうなのです。

それは「mq-Profiler」と呼ばれる装置ですが、磁石をつかって 1H の核スピンを静磁場の方向に揃え、それに電磁波パルスを当てて核スピンを励起させ、その核スピンの集まりが回転運動する時に検出コイルに誘導された電圧を測定するというものです。この説明、NMR や病院の MRI とまったく同じですよね。

科学的な詳細は下記に載っております。

Todt, H., et al. (2006) Water/moisture and fat analysis by time-domain NMR. Food Chemistry 96, 436.

別のメーカーから「卓上 NMR」なるものも出ているのですが、それとはちょっと異なります。「mq-Profiler」は検出された信号をフーリエ変換せずに、時間軸のままで観るのです。そう、まるで NMR の FID をそのまま観るような感じなのです。実際には FID そのものではなくて(業界用語でいうところの)「スッピン猫法」によってエコーされた信号を次々に観ていきます。ちょうど、蛋白質の 15N-T2 緩和を CPMG で測定するのと同じです。長年 NMR を触っているとフーリエ変換などせずとも FID を観るだけでおよその信号の特徴は分かるものです。FID の減衰の度合いから分子量や粘度などが分かり、FID の振動の細かさからおよその化学シフトが分かります。

「mq-Profiler」の永久磁石は小さいですので、さすがに化学シフトで個々のピークを分離することはできません。ちょっと計算してみますと、1H の共鳴周波数が 17 MHz 程度でした。しかし、測定対象物の中の水や油(脂質分)はしっかりと観ることができます。欲しい情報はこれらの含有量や運動状態です。たとえば、水か油脂がたっぷりと含まれていて、それらがさらさらとしているのか、それとも、かなりドロドロしているのか、あるいは、しっかりとどこか支持層に固定されているのかなどの情報が数秒で得られるのです。しかも、表面から 5mm ほど中に入った箇所の情報だけを取り出すこともできますので、たとえば次のような測定ができるのです。

・この「虹マス」は丸々と太っているけれど、値札に書かれているように本当に卵を抱えているの?切らずに調べろと言われた。

・この古い牛乳をコーヒーに入れたいのだけれど、先日はヨーグルトの塊 500cc 分がどさりとコーヒーに落ちてしまって、せっかくたてたコーヒーが全部コップからこぼれてしまった。乳酸菌ではなく大腸菌による発酵ヨーグルトができてしまっていたので、あまり飲むのはお勧めできないし。

・このチョコは「口の中で溶けるまろやかさ」などと謳っているけれど、実はサラダ油をじゃぶじゃぶと加えてあるだけじゃないの?

・このマーガリンは冷やしても固まらないけれど、実はそれは健康にまずいんじゃないの?本当のバターはちゃんと固まるけど、両者の油脂はどのような流動性の違いがあるのか?

・この袋の中には硬いビスケットが入っているの?それとも「カン◯リーマ◯ム」のような湿ったビスケットが入っているの?

・レオナルド・ダ・ビンチの壁画を修復するように言われたけど、この色素の含水度はどうなっているのかな?表面を削るなと言われてしまったし。

・生卵とニヌキを、手を触れずに殻も割らずに判別しろと言われた。

・この車のタイヤは新品そうに見えるけれど、本当は乗り古した中古タイヤじゃないの?

・ビールを飲ませて健康な牛に育ったけれど、果たしてお肉には霜降りがちゃんと含まれているのかな?でも、屠殺しないで霜降り度合いを数値できっちりと出したい(これについては、牛を測るためのもっと大きな検出器が必要だそうで、下記に詳細が載っております。しかし、原理は同じです)。

http://www.aist.go.jp/aist_j/new_research/nr20150518/nr20150518.html

上記のサイトにも載っていますが、データの質がよい場合には2種類が混じっていても別々に分けることもできます。3種類以上が混じっていると、分けるのはちょっと難しいかもしれません。

また、横 T2 緩和だけをこのブログで紹介しましたが、もちろん、inversion-recovery 法をつかって縦 T1 緩和も測ることができます。両者を組み合わせれば、もっと物理的な事も言えるのですが、そこの原理は複雑になってきます。

上記のサイトにマグロの質も識別できると書かれていました。そういえば、近大マグロで今まさに研究に携わっている(テレビや科学雑誌にも出演されている)先生のお一人は、実は核磁気共鳴の専門家でもありますので、これを採り入れるとよいのではと思ってしまいました。