-------
NMR で蛋白質を解析したい時には大抵の場合 15N, (13C, 2H) などの安定同位体 stable isotope で標識 label します。このように標識するには、蛋白質を大腸菌か酵母で発現 express させる必要が出てきます。もちろん、昆虫細胞や哺乳類細胞での発現でも標識はできるのですが、標識された培地の価格が高いのでなかなか手を出せません(一説によると、それほど高価でもないとも言われるのですが .... )。
ただし、大腸菌培養でも最少培地では発現量はがくんと減りますので、できるだけ高発現の培地組成を工夫したいものです。いろいろと改良を重ねてはあちこちにメモっておくのですが、今そのようなメモファイルが一杯できてしまい、いったいどれが最新版なのかが分からなくなってしまいました(別に M9 仕様に限ったことではないのですが)。そこで、更新した都度、ここに書いていくことにします。
M9 の作り方にはちょっとしたコツが要るのですが、そのほとんどは「蛋白質科学会アーカイブ」に書かれています。ここではこの内容とあまり重複しないようにしたいと思いますので、ここの文章と「蛋白質科学会アーカイブ」の文章を合わせて1つと考えてください(どちらか片方だけでは足りない?)。本当は「蛋白質科学会アーカイブ」が簡単に更新できるようになっていればよいのですが、あれは査読を経て掲載される仕組みになっていますので、更新がかなり面倒なのです。もし M9 のコツだけをしゃべったとしても、それだけで数日間は要するかもしれませんので、ここにちょっとずつ書いていこうと思います。それではお料理番組の開始です。
以下の「塩溶液 A」と「ビタミン・ミネラル溶液 B」を別々にオートクレーブにかけて滅菌します。ついつい一緒にして作りたいと思われるかもしれませんが駄目です。
------------
10☓ 塩溶液 A
KH2PO4 3g
塩 0.5g
------------
ここで Na2HPO4 を探してみたけれど見つからず、ふと試薬棚の横にあった K2HPO4 を使いましたが宜しいでしょうか?駄目です。そのようなことをするとナトリウムの量が減ってカリウムの量が増えてしまいます。
それでは、KH2PO4 が見つからず、ふと上にあった K2HPO4 を使いましたが宜しいでしょうか?これも駄目です。そのようなことをすると溶液の pH がずれてしまいます。
それでは、KH2PO4 が見つからず、ふと上にあった K2HPO4 を使いましたが宜しいでしょうか?これも駄目です。そのようなことをすると溶液の pH がずれてしまいます。
では、Na2HPO4・12H2O が無かったので、ふと下にあった Na2HPO4 を使いましたが宜しいでしょうか?これは OK です。しかし、その時の秤量値は 17.66 g ではありません。Na2HPO4 の分子量は 141.96 g/mol、それに対して Na2HPO4・12H2O の分子量は 358.14 g/mol です。したがって、Na2HPO4 を使う時には 17.66*141.96/358.14 = 7 g 測りとらないといけないことになります。たいへん大きな違いですね。
同じように KH2PO4(136.086 g/mol)が見つからず代わりに水和水型があったとしましょう。何 g 測り取ればよいかは良い練習問題となりますので、間違えないように頑張りましょう。当然 3g よりかは多くなります。要は同じモル数になるように比例の計算をすることになります。
水和水型を使う方がよいかどうかについてです。これらの塩は吸湿性がありますので、試薬瓶の蓋を開けるとどんどん外気中の水分を吸い取って重くなってきます。そのため、もともとの水和水型を使う方がモル数はむしろ正しくなるでしょう。しかし、できるだけ培地に軽水(1H2O)を入れたくない時(perdeuteration)、この水和水の軽水も気になるところです。そこで、Na2HPO4・12H2O を 17.66 g/L 入れると、いったいどの程度の 1H2O が 1L 培地に混じってしまうのか計算してみましょう。12*17.66/358.14 = 0.59 ですので、水分子は約 0.6 M に相当します。一方、水の濃度は 1,000/18 = 55.6 M です。したがって、約 1% の軽水のコンタミになります。TROSY を使うのが目的であれば、あまり問題にはなりませんが、Transfer-cross-saturation(TCS)を使う場合にはこれは大きな障害となります。その試料で何を測定するかによって、水和水型の塩を使うかどうかに気を付けましょう。
水和水型を使う方がよいかどうかについてです。これらの塩は吸湿性がありますので、試薬瓶の蓋を開けるとどんどん外気中の水分を吸い取って重くなってきます。そのため、もともとの水和水型を使う方がモル数はむしろ正しくなるでしょう。しかし、できるだけ培地に軽水(1H2O)を入れたくない時(perdeuteration)、この水和水の軽水も気になるところです。そこで、Na2HPO4・12H2O を 17.66 g/L 入れると、いったいどの程度の 1H2O が 1L 培地に混じってしまうのか計算してみましょう。12*17.66/358.14 = 0.59 ですので、水分子は約 0.6 M に相当します。一方、水の濃度は 1,000/18 = 55.6 M です。したがって、約 1% の軽水のコンタミになります。TROSY を使うのが目的であれば、あまり問題にはなりませんが、Transfer-cross-saturation(TCS)を使う場合にはこれは大きな障害となります。その試料で何を測定するかによって、水和水型の塩を使うかどうかに気を付けましょう。
2*17.66/358.14 + 3/136.086 + 0.5/58.44 = 129 mM これは何を計算したかといいますと、Na+, K+, Cl- などの合計濃度です。生理的食塩水が 140 mM ですので、これに近い浸透圧になるようになっています。そうでないと、大腸菌が破裂してしまいます。
また第一リン酸と第二リン酸の比率から、pH が 7.15 ぐらいになるのでしょうか?(pH の調整は不要です。)大腸菌は育てていると乳酸などを外に出しますので、培地が少し酸性に傾きます。しかし、M9 培地にはこのリン酸緩衝液が入っていますので、かなり pH が保たれます。それに少しだけアルカリ性からスタートしますので、落ちたとしても7を極端に下回ることはないでしょう。一方、普通の LB 培地ですと、酸性雨の影響などにより pH 5 ぐらいになることがあります。この場合、菌の成長はすごく悪いです。
ここまで来るのに非常に長かったですね。最後にこれを水道水 100mL に溶かしてオートクレーブします。溶けにくいかもしれませんが、オートクレーブすると溶けますので気にしないでください。なお重水素化する場合、重水で溶かした溶液をオートクレーブしてしまうと大量の軽水が蒸し器の中で混じってしまいます。したがって、フィルターで濾すことになります。その場合はしっかりと溶かしておかないといけません。コツは軽水(重水)をスタラーで回しながら少しずつ塩を加えていくことです。大量の塩の上に水をドサッと入れると塩が底で固まってしまい、溶かすのに一苦労です(重水を温めて溶かしたこともある)。
なお、軽水に限った話ですが「水道水」でなければなりません。ここでわざわざイオン交換水などを使うと、後ほど述べる微量金属 trace metal をあえて入れた場合を除いて、非常に大腸菌の成長が遅くなります。特に古〜い建物の錆びた水道管の水が良いです(笑)。もし、ミリ Q 水などを入れて菌の生えが悪かった場合には、皮肉にもそのイオン交換水製造装置が健全だということ示しています。RO 水などが飲料水としても売られていますが、本当の RO 水は無味のため美味しくないのだそうです。そこで、あえてそこに何らかの添加物(イオン?)を加えて売るのだそうです。大腸菌にとってもイオン交換水はまずくて飲めないのでしょう。
しかし、重水で溶かす場合には水道管の錆などが入りませんので、問題が生じてきます。よく重水で培養すると菌の生えが悪いと聞きます。もちろん、pH (pD), 粘性などさまざまな違いが原因なのですが、ひとつ見落としやすいミスがこの trace metal を入れ忘れることなのです。これはまた次回に述べることにしましょう。
ところで、最終的には 1L の培地にこれらの塩が入ることになりますので、100mL に溶かした時点では 10 倍濃い(10×塩溶液)ということになります。かなりしょっぱいです。
次回は「ビタミン・ミネラル溶液 B」の作成法です。
次回は「ビタミン・ミネラル溶液 B」の作成法です。