2018年4月27日金曜日

ファンデルワールス相互作用を観る

今までも水素結合 (1999 年), CH/π 相互作用, 静電的相互作用に J-coupling が見つかり NMR で、その相互作用による交差ピークが検出されてきましたが、とうとう蛋白質 GB3 でも van-der-Waals 相互作用が検出されたようです(低分子ではすでに見つかっていた)。

Li J, Wang Y, An L, Chen J, and Yao L. (2018) Direct observation of CH/CH van der Waals interactions in proteins by NMR. J. Am. Chem. Soc. 140, 3194-3197. doi: 10.1021/jacs.7b13345.

NMR 測定では 2D 1H-13C HMQC を利用しています。メチル基の 1H から 13C1 に磁化を移動させて 2C1yHx を作った後 125ms (2T) かけて J(CC)-coupling を展開させます。すると、2C2zC1x が少しできます(Hx がずっと付いてくるのですが、ややこしいので以下では省略します)。そこに位相 y で 90 度パルスを 13C にかけると 2C2xC1z となります。最初の 13C1 から J-coupling した 13C2 へと磁化が移動したわけです。いわゆる 13C-13C の COSY です。その2個目の 13C2 の化学シフトを t1 で検出した後、もと来た道を戻ります。そして1個目の 13C1 に付いた 1H の FID を検出します。試料はメチル基のみが 1H 化、それ以外は 2H 化されています。

水素結合での J-coupling の検出(3D HNCO)においてもそうですが、ピークを少しでも観ようとすると、とにかく J による展開時間 2T を長くとならないといけません。そのため大きめの蛋白質になると、今回の場合は 13C の横緩和のために急に信号が観えなくなってしまいます。今回、横磁化になるのはメチル基の 13C ですので、交差相関緩和(methyl-TROSY 効果)によって横緩和時間がかなり長くなっています。

行きの磁化移動を三角関数を使って表現すると以下のようになります。

交差ピーク:C1y → 2C2zC1x * sin(pi*J*2T)
対角ピーク:C1y → C1y * cos(pi*J*2T)

交差ピークと対角ピークの比をとると tan^2(pi*J*2T) となります。tan が2乗になっているのは行きと帰りの磁化移動が二重にかかってくるためです。そして、実際のピークの強度比をこの式に当てはめると J-coupling の値は 0.1-0.5 Hz ぐらいの大きさになったそうです。2T = 150 ms ほど取ったとしても tan^2(pi*J*2T) =0.06 ぐらいの小ささです。

どうもこのような測定を見ていると、もしかして 13C と 13C の間の NOE がアーティファクトとして入って来てはいないだろうかと勘ぐってしまいます。もちろん NOE が起こるためには 13C 磁化が縦 z 方向にないといけないのですが、いずれのパルスも完全とは言えませんので、どうしても縦磁化が少し混じってきてしまいます。それらは位相回しやグラジエントできっちりと消してやらないと、13C-13C NOE が観えてしまいます。また、1H-1H NOE は重水素化している蛋白質では起こらないはずですが、これもパルスの不完全性と重水素化の不完全性から生じてしまうこともあります。上記のように 2T を変えた時にピークの強度比が tan^2 の曲線に載ったので、おそらく J-coupling によるものと思われます。

J-coupling は隣り合う原子間でそれらの電子雲が重なっていると生じます。量子力学計算によると、CH3-CH3 の方が CH-CH に比べて炭素間の距離は短くなるようです。CH-CH の場合は C-H-H-C と一直線になるのに対して(直線配置)、CH3-CH3 では両者からの水素原子が組み合わさったような構造(交差配置)をとるためのようです。DFT 計算によると、この J-coupling の大きさは C-C 間距離が狭くなるほど大きくなるようです。蛋白質はできるだけパッキングした構造をとろうとするので、CH3-CH3 の交差配置の構造の方を採りやすく、そのため J(CC)-coupling も大きく出そうな気がします。しかし、同じ距離ならば、C-H---H-C と直線に並ぶほど J は大きくなるのだそうです。その方が電子雲の重なりが大きくなるためですが、重なりが大きいほどお互いに反発し合って蛋白質の構造の点では不安定になります(交換反発エネルギーが大きくなる)。これらの特徴のために、今回の感度では全体の 40% ほどしか J が観えなかったのかもしれないと著者らは分析しています(蛋白質は電子軌道の重なりを避けて反発力が小さい最密充填構造をできるだけ採ろうとするが、その結果、小さな J-coupling となってしまう)。このように距離や角度に依存する点は水素結合での J-coupling の特徴と似ています。