扱う蛋白質の分子量が < 30 kDa ぐらいであれば、主鎖の 1H/15N を中心に帰属と解析を進めていくことができますが、もっと大きくなると、そもそも主鎖の帰属が困難になり、高分子量でも感度の高いメチル基に頼らざるを得なくなります。今回は、そのメチル基帰属に関する総説を読んでみました。
Gorman, S.D., Sahu, D., O'Rourke, K.F., and
Boehr, D.D. (2018) Assigning methyl resonances for protein solution-state NMR
studies. Methods 148, 88-99. doi: 10.1016/j.ymeth.2018.06.010.
(1)もし主鎖がすでに帰属されているのであれば
これはあまり大きくない蛋白質でのみ可能です。メチル基から同残基の主鎖の 1HN,
15N へ磁化を移動させる3次元あるいは4次元スペクトルをとってメチル基を帰属します。2H, 15, 13C で標識すると、より感度が上がります。筆者らは 30 kDa の蛋白質をこれで解析しました。大腸菌発現系では 15N, 13C, 2H
の培地に、Ile, Leu, Val の前駆体(メチル基は
13C/1H, それ以外の側鎖部分は 13C/2H)を入れています。磁化は側鎖の 13C に沿って TOCSY で片道移動させています。つまり 3D CCONH, 3D HCCONH のメチル基版です。それぞれを3次元で別々にとっていますが、もし感度が高ければ4次元に拡張してしまって、メチル基の 1H, 13C とアミド基の 1H, 15N を同時に相関させてしまってもよいかもしれません。その方が Val, Leu のように2つのメチル基が見える場合に、1H と 13C の化学シフトの組み合わせを間違えてしまうことを防げるでしょう。
一方、Tugarinov さんの論文(J.Am.Chem.Soc.
125, 13868 (2013))に紹介されているように、メチル基の磁化から 13Ca, 13Cb,
13Co などを経由して、またメチル基に戻ってくるパルス系列もあります。TOCSY ではなく COSY を使いますので Val と
Leu とでパルス系列がちょっと違ってきますが、とにかく長いパルス系列です。本当にこれで観えるのかな?とちょっと疑ってしまいますが、723 残基の MSG で観えていますので、そうなのでしょう。この蛋白質には 1H がメチル基にしかありません(アミド水素も 2H)。したがって 13C の横緩和が遅いことは確かです。
(2)主鎖の帰属がない時
分子量が 50 kDa を超えると主鎖の帰属が難しくなってきますので、上記の方法が使えません。この段落に何が書かれているのかに期待して今から読んでみます。NOE を使った methyl-walk や point-mutation の方法しか書かれていないのであれば、やはり駄目か。。。と失望の色を隠せませんが。
(3)まずは NOE 法
メチル基を含むアミノ酸(I, L, V, M, A, T)のうちの何種類かを組み合わせて試料を調製します。著者らは IT-, VL-(ラセミ体), VL-(ジェミナル両方とも), V-, MILVT- 標識など5種類を調製しました。それぞれの前駆体が
Table-1 にまとめられています(これは良い)。アミノ酸のスクランブルにはちょっと注意が必要です。特に
Ala は Ile(γ2)などに流れていきますので、それを防ぐ方法が Table-1 に書かれています。Thr も Ile などに流れやすいので、それを防ぐ方法が載っています。α-keto-isovalerate
を入れると Leu と Val の両方が観えますが、両者を区別するには 10% [2H]-Bioexpress や Isogro などを入れて Leu ピークを薄めてしまう方法はよく知られています。Leu, Val にはジェミナルな2個のメチル基があります。その状態で NOE をとると(mixing time は 40 ms と短く)、両者の間の交差ピークを見ることができます。しかし、残基間の
NOE は小さくなってしまいますので、今度はラセミ体(どちらかだけが 13C/1H)か、あるいは立体特異的に pro-R か pro-S のどちらかが 13C/1H(12C/2H)で標識された前駆体を使います。2-aceto-lactate を入れる方法も有名です。しかし、それぞれを重水培養しないといけないので高くつきますし、分子量によっては果たして何年かかることやら。
ちょっと興味深かったことは、最初にメチル基の線幅を測っておくべきとのことです。13C
(100 ms), 1H (400 ms) ぐらいに設定して二次元 HMQC をとります。もちろん、これは最高分解能を得るための acquisition time ですので、実際の 3D や 4D での時間はこれより短いです。そして、線幅を測り、そこからそれぞれの適切な
acquisition time を計算した方がよいとのこと。著者の蛋白質 60 kDa(30 degC)では 13C の T2 は 11 ms 程度であったので、 3D, 4D 測定における acquisition time を 11 ms に設定したとのことです(線幅 1/(πT2) = 28 Hz)(ちなみに間接測定 1H の acquisition time は 20 ms)。この acquisition time=T2 は LP をかける時には良いと思います。NUS の場合は、これの 1.5 倍ぐらいとっても良いのではないかと思います。
3D NOESY をとるか、それとも
4D をとるかの議論は、帰属での測定法での議論と同じです。3次元ですと、1H と 13C の組み合わせを間違える可能性があります。最近は NUS がありますので、分解能を落とさずに 4D をとることが可能となりました。しかし、よく間違えられることは、NUS でとると感度が上がるという考え方ではないかと思います。実際に感度が上がって見えることが多いのですが、それは FT とは違った非線形的なプロセスの仕方が寄与しています(感度を上げる分だけ、いろいろな仮定を置いています。例えばベースラインはできるだけ滑らかにしようなど)。試しに普通のサンプリングでとったデータを zero-fill NUS でプロセスして感度を比べてみるとよく理解できます。感度は単純にマシンタイムで決まります。厳密には、感度は減衰していく時間データの中でどの部分をサンプリングするかにも依存してきますので、普通のサンプリングで zero-fill NUS でプロセスするのがもっとも高感度になることが多いです(分解能はだめですが)。
著者らは NUS データのプロセスに
SMILE を使っているようです。サンプリングはランダムか exp-weighted が良いらしく、Poisson-gap は S/N は良いがアーティファクトが多いとのことです。
本文では今後の対応として NUS, SOFAST, methyl-TROSY が勧められています。NUS はともかくとして、SOFAST と methyl-TROSY は、お互いに相反する条件になってしまうのではないかと思います。Methyl-TROSY の効果を発揮するには 2H 化(メチル基以外)が必要です。そうでないと、メチル基の 1H のスピン状態 α, β が簡単に入れ替わってしまい、せっかくの methyl-TROSY 効果が台無しです。一方 SOFAST はメチル基の周りに 1H が多数あることによって作用します。周りが重水素化されていれば効果なしです。これらの中間の条件として、軽水に溶かしアミド水素を 1H に交換すれば良いのかもしれませんが、メチル基どうしで NOE をとる場合は重水に溶かした方がかなり感度が上がります(重水素化 70% などでは methyl-walk が混乱しますし)。そのような訳で、いろいろな論文に SOFAST と methyl-TROSY の併用が書かれていますが、どうもよく分かりません。
Mixing-time の調整も必要です。蛋白質の大きさや温度、1H 密度によって変わってきます。そのため、3D, 4D の 13C increment を止め、2D 1H/1H を測定し、もっとも交差ピークが多くなる mixing time を選ぶように勧められています。もちろん、残基内 NOE をとりたいか、残基間 NOE をとりたいかによっても変わってきますが。あまり長くし過ぎると、spin-diffusion
を通して次の次の NOE が観えてしまうこともありますので、注意が必要でしょう。
(4)ソフトの活用
いよいよソフトによる帰属が出てきました。MAGIC と MAGMA のうち、後者が紹介されています。他にも FLAMEnGO,
Cyana(Methyl-FLYA), MAP-XSII などがありますが、どれが有効なのでしょう?まあ全て使ってみて最大公約数的に結果を採用するのが良いのかもしれませんが。ただし、それでも対象が大きくなってくるとソフトも苦しいようで、できるかぎり、アミノ酸の種類、Val, Leu のジェミナルなメチル基の組み合わせ(できれば、pro-R か pro-S の特定)、変異によって決定した帰属などがあると良いようです。
著者らは二量体で 60 kDa という大きさの蛋白質を扱っていますが、濃度が単量体換算で 1.8 mM という濃さです。これで 3D 測定は 2-3 日、4D 測定は 5-7 日という長さで測定しています。しかし実際には多量体で 100 kDa、最高濃度も単量体換算で 0.1 mM程度といった状況も多く、困難は大きいでしょう。結局、そこで何年もかかるのであれば、Ile, Leu, Val, Metを一つずつ変異していく方が確実で速いのかもしれません。