数ヶ月前に起こった奇妙な?(というより、それまで知らなかった)出来事です。
いつものように、標準蔗糖溶液を NMR 磁石の中に入れ、チューニング、マッチングを “きっちり” と合わせ、グラジエントシムを 1D, 3D, 1D とかけました。時々、このようにしてベストなシム値を保存しています。ついでに p1(1H の 90 度パルス幅)でも調べておこうかと思い、まず最初はハードパルス1本を 1 μs で打ちました。フーリエ変換して位相を合わせ、それを保存しておき、次に 40 μs で打ちました。これがちょうど 360 度パルスに相当することはすでに分かっていましたので、これをフーリエ変換すると、分散波形のような残差ピークが現れました。ここまでは全て順調です。そこで何を思ったのか、両者を overlay してみたのです。それがまずかった。ピークトップがかなりずれているのです … 。「何これ?マシンが壊れたか?」
最初に思ったことは、中心周波数 o1p はやはりデフォルトの 4.7 ppm では駄目なのかなということでした。もっと精密に決めないといけないのかな?この時、水のピークトップが 4.55 ppm ぐらいに見えたので、試しに o1p を 4.55 ppm に設定し、先ほどと同じように測定しましたが状況は変わらずです。ということは、中心周波数の問題ではありません。Bruker マシンでは D2O のロック信号を 4.7 ppm とみなすように設定してありますので、測定温度を変えたとしても、軽水 1H の共鳴値も同じく 4.7 ppm になるはずです。少しずれていたとしても、それは 1H, 2H の磁気回転比の登録値が少しずれているだけの話です。それではということで、presaturation の入っている zgpr でもっとも水がきれいに消える中心周波数を探してみたところ、やはり予想どおり 4.7 ppm ドンピシャでした。そりゃーそうです。
「もしかして radiation damping か?」が頭によぎったので、今度は 0.1 μs で打ってみました。いくら何でもこれだけ短ければ radiation damping も起こらないだろうと。しかし、この結果は 1 μs で打ったのと同じ。どうも 360 度で打った時だけ、きっちりと 4.7 ppm にピークが生じ、それ以外のきれいな吸収波形を生み出すような測定では 4.55 ppm ぐらいにピークが出るのです。
そこで、Krta さんと相談し、de-tune することにしました。故意にチューニング、マッチングをずらすのです。すると、奇妙なことに、今度は 1 μs でのピークが左(低磁場側)にぐーんと移動しました。これで決まりです。Radiation damping が原因なのでしょう。確かに論文には見かけの縦緩和が速くなるだけでなく、共鳴値もずれると書かれています。しかし、こんなに目立ってずれるとは。
資料を探していると、昔のスライドが出てきました。これは某所の 800 MHz でとったデータです(たぶん)。クライオは付いていましたが、初期バージョンでしたので、あまり Q 値は高くなかったのでしょう。これですと、あまりピークトップは動いていません。
それにしても 25 年間、p1 を何回測ったことでしょう?単純計算で zg が 1 万回です。これまで気付かなかったなんて。昔から「まずは 1 μs でスペクトルを測って、そのピークトップを 1H 中心周波数 o1p にセットして」などと教わり、また教えてきましたが、それだと presaturation が効いたり効かなかったりまちまちになりそうです。それに、水ピークの下の 1Hα などの帰属はどうなるのでしょう?水で起こる radiation damping では、水ピークとほぼ同じ共鳴値をもつ蛋白 1Ha ピークにも影響が出るはずです。
後で「Topspin のバグでした!」なんて言われないことを祈っています。