(1)Epasto, L.M., et al. (2022) Toward protein NMR at physiological concentrations by hyperpolarized water—Finding and mapping uncharted conformational spaces. Science Advances 8(31):eabq5179.
DOI: 10.1126/sciadv.abq5179
https://www.science.org/doi/10.1126/sciadv.abq5179
https://www.science.org/doi/10.1126/sciadv.abq5179
(2)Hilty, C., et al. (2022) Hyperpolarized water as universal sensitivity booster in biomolecular NMR. Nature Protocols 17, 1621–1657.
DOI: 10.1038/s41596-022-00693-8
https://www.nature.com/articles/s41596-022-00693-8
https://www.nature.com/articles/s41596-022-00693-8
DNP 装置(1H に換算すると 285 MHz の磁石)を 1.3 K に冷やし、そこにラジカルである TEMPOL 15 mM を入れる。具体的には 150 μL(50% 重水素化グリセロール, 40% D2O, 10% H2O)とのこと。グリセロールは一種の凍結防止剤で、これを入れるのは、水が凍る時に一様にするためである。そこに電子の共鳴周波数に相当するマイクロ波 50 mW を 1~2 hr 当てると、オーバーハウザー効果が生じて超偏極した水を作ることができる(1H/1H の距離を測るための NOE, 13C の感度を上げるための 1H/13C NOE, アミド基のフレキシビリティーを測るための 1H/15N NOE なども、磁化移動としての基本は同じ。ただし、超偏極を移す方法は何種類かあるので、筆者のここの理解は間違えているかもしれない)。
数時間たって、この超偏極が 90% 程に蓄積したら、5 mL の室温 D2O(二番目の参照文献では 180℃ に熱した D2O)を 15 気圧で加えて、この溶液を一気に溶かし、500 MHz の溶液 NMR 装置に 7 気圧の He ガス圧で送る。この「溶かす」という操作から “dissolved DNP” と呼ばれる。溶かす時は軽水ではなく重水を使う。軽水を入れると、超偏極されていない 1H が増えてしまうし、せっかく超偏極された 1H の磁化が、されていない 1H に交差緩和で分散してしまう。一方 NMR 装置側ではサンプル管の中で 300 μM の蛋白質 MAX が 25℃ で待っている。これを超偏極水で 1/300 に一気に薄めるので、最終的な濃度は 1 μM となる。この溶解から混合までのプロセスを 2 秒で終わらせる。計算してみると、最終的な測定サンプルの中はほとんどが D2O で占められ、超偏極水はたったの 0.3% である(1H 濃度に換算すると 330 μM であり、これは蛋白質の 1 μM より圧倒的に多いからいいのかな?)。この論文では 1 μM にまで薄めるのが一種の目的となっているが、実際には超偏極水で数倍に薄めるのでよい。
超偏極した水の 1H は、蛋白質の -OH, -NH, -SH, -NH2 などと化学交換する。特に Gln, Asn の側鎖の NH2 との交換が速い。15N のパルスが届けば、Lys, Arg など速く交換している基も観測できるだろう。そして、そこから他の 1H へ NOE を通して磁化移動が起こる。これら交換によって、蛋白質の他の 1H の一部もちょっと超偏極になり感度が上がる。著者らは SOFAST-HMQC の一次元版(15N の t1 をほぼ 0 のままに固定しておく)を測定した。スキャン回数 ns は原則 1 回である(しかし、後述のように 2~4 回は可能)。10 秒ぐらいで感度向上の効果はなくなってしまうので、早く観測を始めないといけない。感度上昇率はおそらく 120 倍ぐらいではないかと著者らは見ている。二番目の参照文献には 50 秒ほど保てられると書かれており、それならば、超偏極された水の 1H は、生体高分子の交換性 1H と次々と入れ替わるので、ns > 1 の積算が可能になってくる。もちろん、水にパルスがかからないようにしないといけない。しいては 2, 3 次元の測定も可能だろう。そして、感度は 1,000 倍ぐらいに達するので、それの二乗つまり 100 万回の積算に相当するとのこと(10 日分?この推定はちょっと行き過ぎているような気もしますが。)
超偏極の準備に 2 hr かかったので、もし、超偏極をせずに普通に測定したらどうなるのであろうか?熱平衡状態では偏極率は数万分の1程度である。2 hr あれば、14,400 回スキャンはできる(ns)。よって感度 S/N はその平方根であるので 120 となる。今回の超偏極では 120 倍の感度上昇が得られたとのことなので、偶然の一致かどうかは分からないが、今回の論文では超偏極有無の勝負は引き分けということになった。
超偏極は低温で維持されやすい。よって、むしろ固体 NMR に向いている。一方、これを溶液 NMR に適用するには、室温にまで温度を上げないといけない。すると、90% あった超偏極は T1 緩和によってどんどん消えていき、室温での分極率(数万分の 1)にまで戻ってしまう。ここが難しいところ。
MAX は 25 度ではちゃんと fold して二量体をとっている。37 度に温度を上げると unfold してサブユニットは分離してしまう。ここまでが論文に載っている内容であるが、いずれも 300 μM ぐらいという構造生物学に必要な濃度での解析結果である。しかし、薄めるとサブユニットが解離して単量体になるらしい。実際の生理的条件に近い 1 μM ぐらいに薄めると、上記2つの濃い時とは全く異なるスペクトルが現れた。
と言っても、この一次元スペクトルの比較図では、なかなか判断が難しい。Fig. S3 の拡大図を見た方がよいだろう。ここでも差は微妙なのであるが、0.1 mM・25℃ で見えている 8.3 ppm 辺りのピークが、1 μM, DDNP では消えているのが特徴か?きっと単量体に分離した時、MAX は少し unfold するのではないだろうか?MD では単量体はコンパクトに fold することになってはいるが、クライオプローブで測定された 1 μM のスペクトル(Fig. S4 c)を見ると、側鎖 Asn, Gln のピークもまずまずブロード化しており、コンパクトに fold しているようには見えない。0.1~0.3 mM で 37度にした時と様子が似ているような気もするのだが。このような α-helix ばかりの構造は、アミドの 1HN 化学シフトだけでは判断が難しい。知り合いからも、Sparta でそこまで精密に予測できるかな?と疑問が出た。何とか BEST-HNCA, BEST-HNCO などをとって、TALOS のようなソフトで二次構造を予測したいところである。
DNP 装置の中でラジカルと蛋白質をすでに混ぜておき、電子の超偏極を蛋白質に移してから、観測用の NMR 装置に移すという方法もとられる。しかし、移している最中は磁場がないために T1 緩和が速くなり、せっかくの分極が失われてしまう。そこで、今回の DNP 装置では水を超偏極させ、それを素速く溶かして NMR 装置に送りこみ、そこにある蛋白質や核酸と速攻で混ぜる。そして、これら生体高分子には交換性の水素があるので、それと超偏極した 1H とを交換させるという方法が有効である。この方法 HyperW では、超偏極水を DNP 装置から NMR 装置に転送している間の損失が少ない。
溶液のままで、蛋白質の表面につけたスピンラベルから近くの核へ Overhauser 効果で偏極を移す方法もあるらしい。低磁場に向いているとか(Overhauser effect DNP, ODNP)。しかし、常磁性緩和促進(PRE)の場合と同じく、あちこちに一つずつスピンラベルを付けて実験を繰り返さないといけないので面倒という欠点がある。
DNP 装置は 7(+- 2)千万円ぐらいと載っていた。日本での今の障壁は He 代だろうか?すでに 1 万円 /L に達してしまった。再凝縮装置も可能だけれども、今度は電気代を勘定に入れないといけない .... 。
理論的には 5,000-10,000 倍の感度上昇が見込まれるはずであるが、実際にはその 1/100 程度に留まっている。その理由として次のような事情が挙げられている。(1)低温で固体状態の超偏極剤を溶かすために D2O などで薄めないといけない (2)NMR 側でサンプルと混ぜる時にも薄まってしまう (3)DNP 装置から NMR 装置に転送する時に超偏極が緩和してしまう (4)NMR 側でも超偏極が緩和してしまう(5) 対象とする生体高分子の 1H と超偏極した 1H とが速く交換するに越したことはないが、一方でマージした化学シフト値は圧倒的に大量の水の共鳴値に同化してしまう(濃度比が極端に偏っている時の fast-exchange)。また、水の 1H の T1 緩和を延ばすことができれば、超偏極をそれだけ長く保つことができるわけであるが、これを >10 秒にするには、重水溶媒に溶かす、ラジカルを除く、温度を上げるなどの方法が考えられる。すると、数回はスキャン ns を繰り返すことができるので、位相回しも少なくとも 2 回は可能になるだろう。
HyperW のもう一つの欠点は、蛋白質の表面、あるいは核酸で水素結合を組んでいないようなイミノ基しか高い感度の観測ができないことである。いわゆる Protection factor の高い、疎水性コア領域は観れない、あるいは感度が低い場合が多い。天然変性蛋白質 IDP, IDR の場合は、あまり問題にならないだろう。
最近は、偏極させたラジカルを凍らせたまま溶液 NMR に持ってきて、そこで溶解させたり、導管にも磁場をかけて、超偏極を長持ちさせたり、1H に超偏極を伝えた後 CP で 13C に移すことによって蛋白質のコアにまで偏極を伝えたりなど、さまざまな工夫がなされているらしい。先日の NMR 討論会(高知)では、DNP の話題が一杯あり、今ホットなんだと痛感した。そう、NMR はあと感度の問題させ克服できれば、泣く子も黙る超スーパー分光器なのです。感度を数千倍に上げることができれば、固体 NMR で蛋白質の多次元スペクトルがとれ、大腸菌培養 1L から 100 回分のサンプルがとれ、海の底のナマコ1匹から構造決定に十分量の創薬候補物質がとれ、ほうれん草一束から光合成膜蛋白質がとれ、そして、測定も1分で終わる。磁場が低くても結構いけるかもしれない。クライオプローブも要らない。400 MHz 室温プローブだと、維持費も 1/100 以下だろうか?それから量子コンピュータにして、数十桁の素因数分解もできるかもしれない。そのような情景を思い浮かべながら、DNP のポスター会場に佇んだ。