2016年1月27日水曜日

水とアミド基水素の交換4

前回はあまりに文章ばかりで自分でも何を書いているのか分からなくなってしまいましたので、今回は図をたくさん載せてみました。

下の表は二次元の 15N-edited NOESY (ROESY) のような測定法でのピークの符号を想定しています。これは、もし、t1 次元(1H 間接測定軸)で化学シフトを展開させ、w1 次元の 4.7ppm に沿った交差ピークを解析するならば、三次元 15N-edited NOESY (ROESY) スペクトルとなります。別名 NOESY (ROESY)-15N-HSQC などといってもよいでしょうか?ただし、[15N]-蛋白質の 1H と水和水や溶媒の 1H との交換現象を観ようとしていますので、mixing-time の前は(前回に書きましたように)水の磁化 ~4.7ppm 付近を選択的に saturate させるか、あるいは 180 度パルスの有無により水の磁化を +-z の向きに揃えます。そして、その水の 1H 磁化から例えば 1H-15N アミド基の水素に磁化が移動してくることを想定しています。交換のしくみは、双極子間相互作用による(NOE, ROE, saturation-transfer)か、あるいは直接的な化学交換です。しかし、ここに後述の exchange-relayed NOE が混じってきて結果に混乱を招きます。なお、このとき蛋白質は十分に高分子量であるとします。

Mixing-time の間をただ待つだけの NOE にするか、あるいは ROE パルス系列にするかで結果がすこし違ってきます。下の表はその時の交差ピークの観え方を示してみたのですが、その見方にはちょっと注意が必要です。

表で positive と書かれている場合、これは「正の NOE」を意味します。一般的に低分子で観られる NOE 現象でして、もし、対角ピークを正になるように位相補正したならば、交差ピークは負になります。逆に negative と書かれている場合、これは「負の NOE」を意味します。一般的に高分子で観られる NOE 現象でして、対角ピークと同じ符号の交差ピークとなります。このとき、水の磁化と同じ向きに蛋白質側の 1H 磁化が増減します。
TOCSY の箇所にも「negative」と書かれており、これは物理的には正しくなく変な説明になってはしまうのですが(TOCSY 現象は双極子間相互作用による交差緩和ではないので)対角ピークと交差ピークとが同じ符号になる(つまり、高分子での NOE と同じ観え方になる)のだと解釈することでご容赦ください。しかし、同種核間での ROE の測定では、どうしても少しの TOCSY 効果が混じってきてしまいますので、両者の符合が逆であることは知っておくと便利です。

こうして表を眺めてみますと、
 ・高分子での NOE
 ・化学交換
 ・TOCSY
の3つは negative です。つまり、対角ピークと交差ピークが同じ符号になると覚えておくと便利でしょう。

上記の図で 1Hα からの連続的な ROE(spin-diffusion)が記されていますが、これは ROE 現象が偶数回おこった場合を描いています(ROE が 1, 3, ... 回と奇数回連続で起こった場合は、対角ピークと交差ピークが逆の符号となる)。このような厄介な現象は、蛋白質を重水素化することによってかなり防ぐことができます。さらに、13C でも標識していると filter-out のパルス系列も使えます。

ROE 測定の場合、水和水との直接的な ROE は、その水分子の蛋白質表面における滞在時間によらず一定の符号をもちます。しかし、正の対角ピークに対して、負の交差ピークが得られたからといって喜んでばかりはいられません。Exchange-relayed ROE も同じ符号になるためです。下記の NOE でもそうですが、どうも exchange-relayed NOE (ROE) が、どこでも登場してきて邪魔をし誤った解析結果に引きずり込んでしまうようです。

Cleanex-PM は、蛋白質分子内における NOE と ROE を打ち消し合わせますので、かなり exchange-relayed NOE を防いでくれるかもしれません。ただし、spin-diffusion の対象となる 1H が、蛋白質にきっちりと固定されていることを前提としています。Cleanex-PM の後半は 1H-15N HSQC パルス系列ですので、結果として大勢を占める chemical (solvent) exchange が「比較的」信頼性たかく測定できます。

この NOE 測定で厄介なことは、高分子の蛋白質側を測定する限り、水和水との真の NOE も、exchange-relayed NOE も、水との直接的な化学交換もすべて同じ符号になってしまうことです。唯一、交差ピークと対角ピークが逆符号になってくれるのは、水和水の滞在時間がだいたい 0.3 ns @600MHz より短時間である場合のみです。ですので、この場合には、かなりの確率で水和水との NOE を観ている可能性があります。しかし、これは長いあいだ滞在している(機能と関連していそうな)水和水ではありませんので、ちょっと面白味が欠けてしまいますね。

ROE は交差緩和をおこす二つの双極子の運動性によらず同じ符号のままですが、NOE は双極子が実験室座標系に対して止まってくると(大きな蛋白質上の二つの 1H など)符号が ROE とは逆になります。Transferred-NOE などはその性質を利用しています。もし、低分子リガンドがフリーのままだと ROE と同じ符号になりますが、高分子量の蛋白質と相互作用していると、符合が逆転して対角ピークと同じ符号の交差ピークが現れます。

WaterLOGSY も同じです。低分子リガンドと高分子が相互作用していると、その間に挟まれた水と低分子リガンドとの間に、まるでともに高分子の中にある時のような NOE 現象が起きます。しかし、注意点はやはりこの場合も exchange-relayed NOE でしょうか?もし、低分子リガンドの中に交換性の 1H が含まれている場合は、水との直接的な NOE ピークを過小評価してしまいます。この場合は蛋白質なしでも同じ実験を行い(できれば、観測側の低分子リガンドの濃度を変えながら)、この reference の結果も考慮しないといけないでしょう。

2015年12月30日水曜日

水とアミド基水素の交換3

最近の 2D 1H-15N HSQC には、water-flip-back 機能や watergate 機能などが付いていて、いわゆる pre-saturation などによる水消しはめっきり見かけなくなってしまいました。そのため、pre-saturation パルスを入れるとどのぐらいアミド基 1HN の感度が落ちてしまうのかの感覚が鈍ってしまっていましたが、先日「pH 3 の溶液であれば大したことはなかろう」と思いながら、ちょっと測定をかけてみたところ、意外にも信号のダウンが大きく驚いてしまいました。

水と蛋白質のアミド基水素との交換は(pH 3 ぐらいならば)それほど速くはないにしても、蛋白質の Ser や Thr などの側鎖の交換性 1H-O が水と高速に交換してしまっているとなかなか考えものです。この高速の交換を調べるには CEST 法が向いているようですので、これは後日また紹介することにしまして、まずは水とアミド基水素との交換から調べ始めました。すると、昔かいた Cleanex-PM が出てきて「こんな記事を書いていたんだ ... 。」と驚き!しかし、自分で書いていたという事実すらも忘れるなんて。

とりあえずは測定法を探ってみました。いろいろと出てきてしまい、頭が混乱しそうですが、基本はほぼ同じようです。

まずは、水 → アミド水素(1H-15N)の向きに交換の情報を伝える実験法だけを挙げてみます。この場合、水の磁化だけを選択的に +z か -z 向きにもっていくか、あるいは saturate させます。

Cleanex-PM の実験では、水に選択的 180 度パルスを、その両側に同じグラジエントをかけることによって、水以外の磁化をできるだけ消してしまいます(水だけが gradient-echo を受けて refocus する)。したがって、もし交換が起こらなければ、その後の 2D 1H-15N HSQC ではアミド基の信号は観えないことになります。さらに、位相回しの中で、水磁化が +y と -y になるように両方を測定し、その FID の差をとることによっても蛋白質側の磁化を打ち消しています。そして、mixing-time では高分子である蛋白質分子内の NOE と ROE をお互いに打ち消し合わせます(Hwang, T.L., et al. (1998) J. Biomol. NMR 11, 221)。ただし、mixing-time の間に蛋白質側の 1HN も横磁化を経ますので、高分子の場合は感度が悪いという問題がでてきます。

Grzesiek, S., et al. (1993) J. Biomol. NMR 3, 627 の方法では水の磁化だけを選択的に -z に反転(あるいは、+z そのままに)させ、それ以外の磁化はできるだけそのままにしています。しかし、水の磁化が +z の場合と -z の場合の両方を測定した後で両者の差をとるので、Cleanex-PM のように、もし交換が起こらなければ、かつ、水との NOE も起こらなければ、その後の 1H-15N HSQC でアミド基の信号は観えないことになります(ただし、位相回しの中で実現させないで、後で両者の和で差を規格化し、NOE の値を得ている)。Cleanex-PM とは異なり、mixing-time の間、蛋白質側の 1HN は縦磁化ですので、高分子の場合でも測定できそうです。ただし、蛋白質分子内での spin-diffusion による exchange-relayed NOE は防ぐことができません。せいぜい、重水素化によって小さくする?あるいは、pH を変えて測定してみることぐらいでしょうか?

もっとも親しみ深い測定法は、いわゆる water-pre-saturation になります。これも上記の水磁化を +z, -z にもっていく方法と本質的に同じ、つまり、ともに双極子双極子相互作用の交差緩和(NOE or ROE)あるいは、化学交換で水から観測対象である交換性の水素に磁化が伝わります(酸性 pH の溶液では、水から Ser, Thr などの側鎖の交換性 1H に化学交換で saturation が伝わり、そのまま spin-diffusion で近くのアミド基 1HN に伝わってしまう exchange-relayed NOE の寄与分が大きい )。

以上の例では、水に選択的な反転、あるいは選択的な saturation の後に mixing-time そして 2D 1H-15N HSQC が続きます。

一方、WaterLOGSY の検出は低分子側ですので、原則的に 1H 1次元となります。もし、この低分子リガンドが高分子の蛋白質と相互作用していると、その瞬間だけ複合体は高分子になりますので、接触面の間に挟まれ動きの止まった水分子から低分子リガンドへ高分子で観られるような NOE 現象が起きます(負の NOE)。もし、低分子リガンドが蛋白質と相互作用せずフリー状態のままですと、水からの NOE は低分子-like になります(正の NOE)。

PO-WaterLOGSY という方法では、Watergate の両端に正負逆向きのグラジエントを置きます。(Gossert, et al. (2009) J. Biomol. NMR 43, 211)。その結果、水以外の磁化は試料管の中で gradient によりランダムな方向に向き saturate された状態になります。さらに、水磁化が +z と -z の両方の向きにむけた場合を測定し、その結果の差をとることによって水以外のもともとの磁化(この場合は、観測対象の低分子リガンドの磁化)をお互いに打ち消し合わせます。

上記にいくつかの例を挙げましたが、磁化移動の向きが逆、つまり、何か交換性の水素 → 水の向きに交換の情報を伝える方法もあります。例えば CEST 法ですが、今のところプロトン1次元での応用に限られているようです。

文章ばかりで内容が複雑になり過ぎましたので、次回に図を載せたいと思います。

2015年12月8日火曜日

採取するなら南極より温泉がいい

大腸菌発現系において目的の蛋白質を in vivo でうまく fold させる方法としては、低温培養がよく知られています。しかし、低温では大腸菌の成長は遅くなってしまいます。その遅くなる原因は、大腸菌の代謝を触媒している酵素の反応速度が単純に低温では遅くなるためだと思っていたのですが、実は他にも理由がある(どころか、否ちがう)と主張する論文がありました。

Manuel Ferrer, Tatyana N Chernikova, Michail M Yakimov, Peter N Golyshin & Kenneth N Timmis (2003) Chaperonins govern growth of Escherichia coli at low temperatures. Nature Biotechnology 21, 1266 - 1267. doi:10.1038/nbt1103-1266

この論文によると、大腸菌のシャペロニン蛋白質 GroEL, GroES の活性が低温では落ちてしまい、大腸菌で翻訳される細胞内蛋白質の多く(30% 程度)がうまく fold しないためだというのです。本当かな?

そこで著者たちは、南極海に泳いでいる好冷菌からとってきたシャペロニンの遺伝子(cpn60, cpn10)で普通の大腸菌を形質転換しました。すると、低温 15 ℃での生育速度が(形質転換なしの時に比べて)3倍も上がったそうです。では試しに大腸菌に普通の GroES-GroEL を大量発現させてみました。しかし、低温での成長速度は低いままで変わらなかったそうです。これは、南極海のシャペロニンが低温でよく働き、大腸菌の蛋白質をよく fold させ成長速度を上げたことを示しています。

本文には次のように書かれています。

"This, in turn, demonstrates that the chaperones of E. coli are the rate-limiting cellular determinant of growth at lower temperatures."

ここで the が使われていることから「大腸菌のこの2つのシャペロニン GroES-GroEL が低温でうまく働かない(15 ℃以下では活性が急に落ちる)ことが、大腸菌が低温で速く成長できない「唯一の!」要因である」と言い切っているようにも読めます。「a ... determinant」ですと、数ある律速要因のうちの一つであるというニュアンスになるのですが。the にしていいのかな?

まあ、このような論文を思わず引いてしまったということは、何を隠そう今まさにそれで悩んでいるということでして。。。しかし、これなら低温での目的蛋白質の大量発現もうまくいくだろうと思った時点で初めて思い出しました。そうだ以前に使ったことがあったっけ? ArcticExpress です。宣伝するつもりはなかったのですが、ここでブログを削除するのも変ですので、このまま submit することにしましょう。

しかし、この菌を採取するには南極に行かないといけないということですね。トロピカルな無人島の温泉へ好熱菌を採取しに行くのと、ペンギンが見守っている中で凍えながら南極海の水を採取するのとではどちらいいでしょう?

2015年8月27日木曜日

NMR_学会誌のアーカイブ

ネットで NMR のある語をサーチしていると、下記のようなサイトを見つけました。

「日本核磁気共鳴学会誌」のアーカイブ

だそうです。

https://drive.google.com/open?id=1Kx46HOqLO4Fk9Xpii8lXfg7XctFmDHZfk5bSJEdAe9o

学会誌の PDF(高分解能版?)がダウンロードできました。1冊 50 MB ぐらいですので、SIM スマートフォーンの通信量制限にひっかかるような事はないでしょう。

新しい Vol. 6 が追加されています。

(長らくブログを更新していないと、コマーシャルが文章の上に表示されるようになってしまいました。月に一度は何かを書かないといけません 。。。。

それにしても忙し過ぎて体がめちゃめちゃな状態になっていますが、せめてこのブログ書きでも自らに課さないとますます勉強しなくなってしまいます。ちなみについこの前、ある学会誌に「残余双極子相互作用 RDC について」の総説のような短い記事を書きました。まだ電子版はダウンロードできないようなのですが、なんと別冊(リプリント)を山のように頂きました。拙著で恐縮ですが、ご要望いただければ郵送いたします。

この総説には査読制度があったのですが、その査読者はたいへんこの分野に詳しい方のようで、大量のチェックポイントが返ってきました(まだ、どなたか予想がつかない ...)。別の総説書きと重なってあの時は悲惨な状況だったのですが、おかげ様で誤解していた点などを出版する前に直すことができました(危なかった)。どうもありがとうございました。この revise でページ数が一気に増えてしまったのですが、編集では大丈夫だったのでしょうか?

2015年8月10日月曜日

乾かしてもミルクは牛乳

前回「クマムシも絶賛」の続きです。

いつもコーヒーには牛乳を入れるのですが、先週のように牛乳がヨーグルト化してしまった場合などには、代わりにクリープを入れます。他にもこのようなパウダー粉末の製品はいろいろとあるのですが、どうもクリープとは味が違います。森永乳業の肩をもつわけではありませんが、この森永の HP を見てみると「牛乳から作っているのはこの Creap だけ」とのメッセージが強く書かれています(http://www.creap.jp/)。そこまで自信たっぷりと主張されるのであれば、これも高校生実習の中に組み込んでみるかということになり、ちょっと調べてみることになりました。

下がその NMR 1次元と2次元 1H-13C HSQC スペクトルです。たいへん驚きです。牛乳のスペクトルとまったく区別がつきません。脱帽です。



もちろん、各種成分の配合比率などは変わってきますので、Creap そのものを単純に水に溶かしたからといって、それが牛乳そのものに生まれかわるわけではないと思いますが、まあ主要成分についてはほぼ同じと見てよいかもしれません。しかし、やはりコーヒーには牛乳を入れる方が美味しいんですよね。まあ、これは本当のコーヒー好きなのではなく、単に「コーヒー牛乳」が好きなだけなのかもしれません。むかし給食によく出た「ミルメーク」なんて今でも大好物ですし。 缶コーヒーでも BOSS カフェオレが最高だと思っているぐらいですから。

ところで、NMR スペクトルの帰属では BioMagResBank にたいへんお世話になりました。このようなデータベースがちゃんと管理されていると本当に有難いです。これで何ヶ月分を得したことか。それから、意外にも牛乳の NMR に関する論文がちゃんと出ており、それをかなり参考にさせていただきましたので、ここに紹介させていただきます。

Hu, F., Furihata, K., Ito-Ishida, M., Kaminogawa, S., and Tanokura, M. (2004) Nondestructive observation of bovine milk by NMR spectroscopy: analysis of existing states of compounds and detection of new compounds. J. Agric. Food Chem. 52, 4969-4974.

なんと東大の田之倉先生の論文でした。

そういえば、別の実習(市民対象の NMR 講習会)で、日本酒のスペクトルをいろいろと調べたことがありました。今回の牛乳よりももっと複雑なスペクトルになります。とても1次元ではダメで、1H-13C HSQC スペクトルがないと解析が不可です。これが日本酒の味を決めているわけですが、この時も田之倉研の博士論文を参考にさせていただきました。簡単ながらここにお礼申し上げます。

実はお酒の NMR は非常に難しいのです。それはお酒には大量のエタノールが含まれているためです。このエタノールの量に対して微妙な味を決める代謝産物はほんのちょっとしか含まれておりません。この芸術作品に昇華させている原因をスペクトルで観るためには、エタノールの巨大なピークを抑えないといけないのです。ところが、二次元を測ってみて初めて分かるのですが、ここに1次元の落とし穴があります。なんとエタノールの -CH3, -CH2 ピークと同じ 1H 化学シフトの位置に、いっぱい代謝産物のピークが存在するのです。したがって、エタノールのピークを抑えるということは、それら微量の代謝産物のピークを見逃してしまうことになるのです。さらに、ロックの問題もあります。このように、いろいろと注意すべき点がたくさんあるエタノール飲料の NMR ですが、これについてはまた別の機会で触れることにしましょう。まずは、高校生実習を成功させなければ。

クマムシも絶賛

ヒョンな事から高校生に NMR を教えることになりました。ここに限らず数年前よりこのような公開行事が年に何回か行われるようになってきています。昔は何処でも応募が少なかったのですが、だんだんとこのような行事が知れ渡るようになりました。今回は定員 40 名のところにすでに応募数が 60 名を超えてしまい、急いで締め切らないといけないような人気です。

いちおう半年ほど前からいろいろと対策は組んではいたものの、だんだんと期日が近づくにつれて具体的な分刻みのスケジュールを検討しはじめました。最初は「見かけは同じ「コカ・コーラ」と「コカ・コーラ ゼロ」を NMR で区別してみよう!」などというテーマを考えていました(これで実習全体の 1/9 量に相当)。前者には蔗糖(いわゆるお砂糖)が大量に入っているのに対して、後者では人工甘味料「アルパルテーム」が入っているはずだと考えたのです。アスパルテームは、Asp-Phe-methyl という構造ですので、いわゆるお得意のペプチドです。一方、蔗糖は糖類ですので、両者の NMR スペクトルは大きく違うはずで「見かけは似ていても NMR スペクトルではこんなにも違う!」というところを自慢したかったわけです。

ところが、「コカ・コーラ ゼロ」の HP を見てみますと、アスパルテームは入っておらず、代わりに「スクラロース」という物質が入っています(スクロースに「ラ」が入っただけ?)。これは蔗糖のある -OH 基3つを -Cl に換えただけなのです。しかし、砂糖の 600 倍も甘く、体内に吸収されない(なので、カロリー0)なのだとか。また機会と機械があれば測ってみたいところなのですが、とりあえず「これでは区別があまり付かないだろう」とのことで、せっかく土日を潰してまで立てた計画は却下に。

コーヒーでも飲みながら、これは困ったものだといろいろ考えていたところ、ふと「コーヒーに入れる牛乳と「コーヒーフレッシュ」は同じなのだろうか?それともかなり違うのだろうか?見かけは同じだけど」という事になりました。

さっそく、それぞれにロック用の D2O を少し加え、1次元スペクトルを測定。結果「ん?パッとスペクトルを見た感じでは、さほど変わらない?これでは高校生対象の実習に使えないではないか」と焦りが出始めました。他の3人はもう3週間も前から仕事そっちのけで実習の予行を夜中まで試しており、光る大腸菌まで出来上がってもうカリキュラムもかなり充実してきています。それに比べて私の方はまだ試料選定の段階でもたついている ... 。仕方がないので、1H-13C 二次元 HSQC スペクトルを測ってみました。濃度が濃いだけあって 13C natural abundance であっても結構みえます。

1次元スペクトルではあまり区別がつかなかったのですが、さすがに2次元に展開すると、ちょっと差が見えてきました。「これなら使えるかも」とちょっと胸をなでおろす ... 。嬉しいことに BMRB にはさまざまな糖の化学シフト値も登録されています(蛋白質だけかと思っていました。スペクトルまで載っていてまことに感謝)。これと見比べていくと、牛乳には当然のことながら「乳糖(ラクトース)」が含まれていることが分かりました(下痢の原因ですね)。ラクトースは「ガラクトース」と「グルコース」がくっついた2糖ですので、2次元スペクトルにピークがたくさん(2種類の糖分)出てきます。一方、職場内のコンビニで急いで買ってきた「コーヒーフレッシュ」のスペクトルではピークの数がちょっと少なめです。BMRB で調べていくと、これは「トレハロース」のピークとぴったり一致しました。ためしに某社の HP をみてみると、確かにトレハロースが載っていました。トレハロースって、もしかしてあの「クマムシ」も持っている糖?浄水場でも大活躍しているのだとか。このトレハロースを体内に蓄えて、乾いた地でも(いつか水がやってくるまで)睡眠するのだそうです。



トレハロースはグルコース2つが対称的にくっついて出来ていますので、NMR ではピークがぴったりと重なり単純になります(1種類の糖分)。この後で1次元スペクトルに戻ってよく見てみると、1次元でもある程度は区別がつくことが分かりました。しかし、2次元は文句なしに強力です。

一方、乳脂肪のピークを見てみますと、ここはほとんど同じでした。非常に乱暴な言い方をしますと「コーヒーフレッシュ」は牛乳から作られているわけではなく、サラダ油に洗剤を加えて攪拌した製品なのです。ですので、冷蔵庫に入れなくてもすぐには腐りません(先週、コーヒーに牛乳を入れようと、1L パックを傾けると、中からヨーグルトがドサッと出てきて、コーヒーがバシャッと全部こぼれてしまいました。もちろん、悪玉菌が作成したヨーグルトです)。しかし、その割にはよく似たスペクトルだと感心してしまいました。また、面白いことに「コーヒーフレッシュ」のスペクトルの敷居値を下げていくと、乳糖のピークが少し見えてくるのです(ここの図ではあまり見えませんが)。つまり、ほんの微量ですが乳糖が含まれています。工場でちょっとだけ牛乳成分を加えた時に、いっしょに混入してしまったのでしょうか?もちろん、超微量ですので、これで下痢をすることはあり得ません。

2015年7月12日日曜日

なぜわざわざ鈍らせるのか_その1

代謝過程を制御するのに「フィードバック阻害」という機構があり、これが教科書などによく紹介されています。これは、ある酵素反応の生産物 P が、その酵素反応そのものを阻害することによって制御するような仕組みです(P の作り過ぎや足りなさ過ぎを防ぐ)。この酵素がしばしば同種多量体(homomultimer)になっている場合があります。そして、このそれぞれのサブユニットに阻害剤 inhibitor が付いていく時、1個目、2個目、3個目と阻害剤が順に付いていくにつれてその親和性がどんどん高くなっていくような現象があり、これを正の協同性(homotropic positive cooperativity)と呼びます。代謝過程は一連の酵素反応からなりますので、しばしば最終生産物 end-product が最初の方の酵素反応を阻害するといった例が見られます。なぜ、正の協同性が良いのか?これは教科書に詳しく説明されていますが、一言で言いますと、阻害剤の濃度がちょっと変わっただけで、その阻害効果(レスポンス)をすばやく変えることができる、まるでスイッチを on/off したかのように切り替えることができるためと言えるでしょう(このどれだけすばやく反応できるかを示す数値が Hill 係数ともいえます)。この仕組みは協奏的モデル(MWC-model)できれいに説明できます。また、このモデルでは同種多量体は常に対称形をとりますので、構造の点からも美しいと言えます。実は、2014 年 1 月 15 日「皆で一斉に移ろう」で紹介しておりました。

ところが自然界には負の協同性(homotropic negative cooperativity)も存在します。これを説明するのに協奏的モデルは使えず、別の逐次モデル(KNF-model)が使われます。MWCモデルですと、どうしても正の協同性になってしまうのです。これもどこかで書いたような気がするのですが ... 。どのような物性的な仕組みで負の協同性が引き起こされるのかは置いておくとして、問題は生物にとって何の意味があるのか?です。下記の論文と次のブログでの論文に面白い推測?が書かれていますので、それを紹介したいと思います。

Bush, E.C., Clark, A.E., DeBoever, C.M., Haynes, L.E., Hussain, S., Ma, S., McDermott, M.B., Novak, A.M., and Wentworth, J.S. (2012) Modeling the role of negative cooperativity in metabolic regulation and homeostasis. PLoS One 7 (11), e48920.

上記のように、生産物 P が前方の最初の酵素反応を阻害するとします。すると、その阻害剤が酵素につく形式は Hill 係数が大きいほど(つまり、正の協同性であればあるほど)生産物 P は定常状態におさまります。フィードバック阻害がうまく働いている例ですね。そこで、この反応に枝分かれがある場合を想定します。例えば A → B → P の他に B → C も存在するとします。B 地点で枝分かれが起きているわけです。シミュレーションによると、生産物 P が酵素反応「B → P」を阻害する時は Hill 係数が大きいほど効率が高くなります。これは最初の単純な一直線だけの連鎖反応の場合と同じです。ところが、生産物 P が酵素反応「A → B」を阻害する時には、必ずしも大きい Hill 係数がよいとは限らないようです。確かにこの反応を阻害しすぎると、その影響は及んでほしくない C にも行ってしまいます。C にあまり影響を与えずに P を定常状態に保とうとすると、酵素反応「A → B」はやんわりと(あまり即効性をださずに)阻害しないといけないのです。

では、枝分かれはなく、A → B → C → D → P のように一直線ではあるが長い連鎖反応の場合はどうなるのでしょうか?生産物 P がかなり前方の酵素反応「A → B」を阻害する時を想定しましょう。単に生産物 P だけが恒常性 homeostasis を保つようにするためには Hill 係数は高い方がよいそうです。一方、P だけではなく A, B, C, D 全ての量に恒常性を保たせるにはちょっと低めの Hill 係数がよいのだそうです。

どうしてそうなるのかは、なんとか想像できそうです。例えば P が余り始めたとしましょう。すると、この P は酵素反応「A → B」を阻害し始めます。ところが、C と D はまったく阻害されてはいませんので、まだ P が C と D から多めにでき続けてしまうのです。そして、余った P はさらに酵素反応「A → B」を阻害しますので、少し遅れて中間体である C と D が(質量作用の法則により)定常状態になった頃には、今度は逆に「A → B」を阻害し過ぎてしまっており、その結果 P が少なくなり過ぎてしまうのです。このような遅延が起こってしまうために、P はあまり高い Hill 係数で酵素反応「A → B」を阻害しない方がよいのです。

では、この長い連鎖反応と枝分かれを組み合わせるとどうなるのでしょう。つまり、最終生産物 P が最初の酵素反応を阻害する。途中には中間体が複数個あり、そして枝分かれしていく反応もある。このような系は、生物の代謝経路の制御で実際によくみられます。面白いことに、そのような中では P が最初の反応(これは枝分かれの前にある)にくっつく親和性で負の協同性 negative cooperativity になるのがよいのです。そのとき、全ての物質が恒常性をもっともよく保つことができるのだそうです。