2014年7月21日月曜日

タコうみうしイカ変化

この前「タコいか変化」のところでアロステリック効果のモデルの一例として Hilser-Thompson モデルをご紹介しました。その総説のような形で下記の記事が出ていました。

Hilser, V.J., Wrabl, J.O., and Motlagh, H.N. (2012) Structural and energetic basis of allostery. Annu. Rev. Biophys. 41, 585-609.

ほとんどの内容はこの前の「タコいか変化」でご紹介した PNAS と同じなのですが、後半に3つのドメイン(サブユニット)が関連した例が挙げられていました。さすがに3つが相互作用するとなると複雑でして、数式の上ではボルツマンの式に当て嵌めるだけなので簡単なのですが、これを直感的に理解するのは大変です。この3つのサブユニットはそれぞれ I, II, II と名付けられ、I にはリガンド A が II にはリガンド B が III にはリガンド C が相互作用します。

リガンド A を入れると LigA が I と相互作用し、その結果 III に LigC が付き易くなります。これは agonist 的現象です。ところが興味深いことに、LigB を最初に入れておくと、上記と逆の antagonist 的な結果になることがあるのです。つまり、その後で LigA を入れて、その LigA が I と相互作用すると、なんと III に LigC が付きにくくなるのです。

もちろんこれをシミュレートするためには、I, II, III それぞれの安定性や、お互いの相互作用について、それらの各エネルギー値をうまく設定してやる必要があります(しかし、筆者曰く、それほど特異な値ではなく、生理的によくあり得る値であるとのことです)。では、Fig. 7 での例を見てみることにしましょう。なお、T は unfold してリガンドが付かず、R は fold していてリガンドが付くものとします。しかし、この unfold/fold の制限を必ずしも T/R にむりやり当て嵌める必要はなく、いわゆる MWC モデルで出てくる T, R 状態(両者ともに unfold しているわけではない)を連想しても同じ結果となります。

最初は TTT が 97% を占め多く存在します。ここに LigA がサブユニット I に付くと RRR が 51% に増えます。この RRR の サブユニット III は LigC を好んで付けるため、LigA は LigC の相互作用に関して agonist 的に働いたことになります。

一方、同じようなサブユニット構成において、LigB がサブユニット II にすでに付いているような状況を考えてみます。すると、TRR が 90% を占めるような状況が初期状態となってしまいます。LigB が無い上記の条件では TRR はたったの 2% であったのに対して、LigB の結合によりサブユニット II の R 状態が安定化して TTT よりもはるかに多くなってしまったのです。すると、ここに上と同じように LigA が来ると、何と変な事が起こるのです。LigA により RRT が 42% まで増えますが、これに LigC は付くことができません。残りの 58% が LigC の付くことができる RRR です。しがたって、LigC の付くことができる分子種が TRR の 90% から RRR の 58% に減ってしまったのです。これより、LigA は LigC の相互作用に関して antagonist 的に働いたことになります。

何だか複雑ですが、実は agonist 的条件、antagonist 的条件のいずれにおいても終わりの状態はほとんど同じなのです。つまり、RRR と RRT が 6:4 ぐらいに比率で終わります。違いはむしろ最初の状態にあるのです。Agonist 的条件では TTT が優勢です。これに LigC は付きませんので、TTT → RRR の変化が見掛け上めだち agonist 的に見えます。もう一方の条件では最初は TRR が優勢です。これは LigB の結合により起こるのです。そして、これには LigC が付きますので、TRR → RRT の変化が見掛け上めだつのです。

このように LigB があるかないかの違いだけによって、LigA が LigC に対してまるで全く逆の作用を起こしているかのように見掛け上みえるのは何とも興味深い現象です。このような現象を KNF モデルで説明できなくもないのですが、それを構造の面から証明するのは大変かもしれません。しかし、HT モデルですと、同じ熱力学的平衡状態の式を使ってこの現象をむしろ簡単に?説明できるのです。

この例ではサブユニット1と2の間の親和性Δg12 は吸着、Δg23 も吸着、Δg31 だけが反発という設定になっています。しかし、もしいずれもが吸着だとすると、antagonist 的条件での TRR は 90% よりも低くなり、かつ RRT も減り、その分 RRR が増えるので antagonist 的な現象は見られなかったことでしょう。このようにサブユニット間の相互作用が吸着側か反発側かで agonist/antagonist, positive/negative cooperativity が起こる可能性が出てきました。

Δg については吸着・反発と表現しましたが、そのように限定する必要はありません。この HT モデルでは、intrinsically disordered proteins を想定し、fold した R 状態どうしで相互作用をし、どちらか一方が unfold した T 状態では相互作用しないと仮定しているために、少し極端な表現になってしまうのです。むしろ、あるサブユニットにリガンドが付いて R 状態になった場合、隣のサブユニットも同じ R 状態にシフトさせるように働くのが上記でいう「吸着」positive-coupling、逆にリガンドの付いた R 状態が隣のサブユニットを T 状態にシフトさせるのを上記でいう「反発」negative-coupling と置き換えれば、もう少し一般性をもたすことができ問題ありません。

すると、agonist 的な現象は I(R) → II(R) → III(R) を通した間接的な伝播で起こり、antagonist 的な現象は I(R) → III(T) という直接的な伝播で起こると見ることができます。このような agonist/antagonist のスィッチイングはΔg12, Δg23, Δg31 の3つともが negative-coupling の時にも起こります。つまり、agonist 的な現象は I(R) → II(T) → III(R) を通した間接的な伝播で起こり、antagonist 的な現象は I(R) → III(T) という直接的な伝播で起こるためです。

2014年7月18日金曜日

見掛けと本質の親和性は違う

アロステリックモデルの MWC モデルを NMR で鮮やかに示した論文として、やはり下記の Kay さんの論文がお見事に一言に尽きます。この数年間に何度も何度も読み、他の人にいろいろと紹介していながら、同時に理解と忘却をこうも繰り返した論文も珍しいかもしれません。

Velyvis, A., Yang, Y.R., Schachman, H.K., and Kay, L.E. (2007) A solution NMR study showing that active site ligands and nucleotides directly perturb the allosteric equilibrium in aspartate transcarbamoylase. Proc Natl Acad Sci USA 104 (21), 8815-8820.

題材はかの有名な Aspartate transcarbamoylase です。この ATCase は Stryer をはじめいろいろな生化学の教科書に紹介されていますので、詳細は是非そちらをご覧ください。反応機構は下記のようになります。


ATCase は触媒サブユニットと制御サブユニットそれぞれ6個ずつから成っています。総分子量は 306 kDa 程にもなりますので、普通の 2D 1H-15N HSQC では歯が立ちません。しかし、メチル基(ここでは Ile の δ1)を 13C-1H3 に、その他の箇所を全て 12C, 2H にて標識します。そして、メチル基の 13C-1H dipole-dipole 相互作用どうしの打ち消し合いを狙うと、このような高分子でもきっちりと二次元スペクトルが見えてくるのです。この手法を交差相関緩和を利用した Methyl-TROSY と呼びますが、その原理はかなり複雑ですのでまた今度に。

もし、リガンドと蛋白質との相互作用が fast-exchange で R と T 型構造の間の交換が slow-exchange ならば、リガンドの滴定に沿って R と T 由来の二つのピークが別々に移動していきます。この ATCase の二次元 1H-13C TROSY-HMQC NMR スペクトルはまさにそのようでした。この場合、それぞれの titration curve は双曲線型となりますので、T, R それぞれでのミクロな Kd 値を得ることができます。この Kd (micro, T) と Kd (micro, R) に加えて、リガンドが全く付いていない時の R と T のモル比(L0=T0/R0)、あるいは、リガンドで満たされた時の R と T のモル比(L6=T6/R6)が分かると、全ての過程におけるモル比(Ln=c^n * L0, c=Kd (micro, R) / Kd (micro, T))を計算することができます。一方、他の分光法では T と R がごちゃ混ぜで検出されてしまいますので、二つの R 型と T 型での双曲線をミックスしたシグモイド型の曲線を解析しないといけません。双曲線(hyperbolic)型ですと、ごく普通の Michaelis-Menten 式の chemical shift perturbation に従いますので、解析は極めて簡単です。したがって、R と T 状態が NMR で別々のピークとして現れるということは、非常に嬉しい事なのです。

Kd (micro...) は Kd (macro) とは異なります。前者はよく intrinsic な(固有の)解離定数(Kd)とも書かれますが、リガンド結合部位とリガンドとの間の解離定数です。一方、Kd (macro) は蛋白質全体とリガンドとの間の解離定数です。例えば、ATCase は6個の基質結合部位を持っています。今そこにすでに2つのリガンドが付いているとしましょう(P.L2)。ここに3つめのリガンド(L)が付く場合の解離定数は次のようになります。

Kd (macro) = [P.L2] * [L] / [P.L3]

これが macro な(apparent な、みかけの)解離定数となります。しかし、リガンド結合部位の個数を数えると少し違ってきます。[P.L2] で空いているリガンド結合部位の個数は4個です。ですので、[空席のリガンド結合部位] = 4* [P.L2] となります。さらに [P.L3] で占められたリガンド結合部位の個数は3個です。ですので、[着席のリガンド結合部位] = 3* [P.L3] となります。したがって、

Kd (micro) = [空席のリガンド結合部位] * [遊離のリガンド] / [着席のリガンド結合部位] = 4 * [P.L2] * [L] / (3 * [P.L3]) = 4/3 * Kd (macro)

これがよく教科書に出てくる

Kd (apparent) = j / (n-j+1) Kd (micro)

の式の意味です(上の例では、n=6, j=3)。

この Methyl-TROSY の実験から、ATCase は間違いなく MWC モデルであると分かりました。もちろん MWC と KNF は果たして言われている程に差のあるものなのか?両者ともに極端な条件での例であって、両者の間の折衷モデルもあり得るのではないか?という事を今後は議論していくことにしましょう。

最後にこの論文に興味深いことが書かれていました。ATP は制御サブユニットの方にくっ付きます。そして、ATCase 全体の平衡を R 状態へと傾けていきます。これは良いのですが、ATP が次の ATP の親和性に与える影響は、どうも KNF モデルのように見えるらしいのです。Mg-ATP の滴定曲線の結果がわずかな positive cooperativity を示しています。確かに制御サブユニットはホモ二量体の形を作っています。そのため、相互作用した方の制御サブユニットがまだ相互作用していない方の(隣の)制御サブユニットに何らかの影響を与え、Kd (micro) そのものを変えてしまった可能性が考えられます。