Velyvis, A., Yang, Y.R., Schachman, H.K., and Kay, L.E. (2007) A solution NMR study showing that active site ligands and nucleotides directly perturb the allosteric equilibrium in aspartate transcarbamoylase. Proc Natl Acad Sci USA 104 (21), 8815-8820.
題材はかの有名な Aspartate transcarbamoylase です。この ATCase は Stryer をはじめいろいろな生化学の教科書に紹介されていますので、詳細は是非そちらをご覧ください。反応機構は下記のようになります。
ATCase は触媒サブユニットと制御サブユニットそれぞれ6個ずつから成っています。総分子量は 306 kDa 程にもなりますので、普通の 2D 1H-15N HSQC では歯が立ちません。しかし、メチル基(ここでは Ile の δ1)を 13C-1H3 に、その他の箇所を全て 12C, 2H にて標識します。そして、メチル基の 13C-1H dipole-dipole 相互作用どうしの打ち消し合いを狙うと、このような高分子でもきっちりと二次元スペクトルが見えてくるのです。この手法を交差相関緩和を利用した Methyl-TROSY と呼びますが、その原理はかなり複雑ですのでまた今度に。
もし、リガンドと蛋白質との相互作用が fast-exchange で R と T 型構造の間の交換が slow-exchange ならば、リガンドの滴定に沿って R と T 由来の二つのピークが別々に移動していきます。この ATCase の二次元 1H-13C TROSY-HMQC NMR スペクトルはまさにそのようでした。この場合、それぞれの titration curve は双曲線型となりますので、T, R それぞれでのミクロな Kd 値を得ることができます。この Kd (micro, T) と Kd (micro, R) に加えて、リガンドが全く付いていない時の R と T のモル比(L0=T0/R0)、あるいは、リガンドで満たされた時の R と T のモル比(L6=T6/R6)が分かると、全ての過程におけるモル比(Ln=c^n * L0, c=Kd (micro, R) / Kd (micro, T))を計算することができます。一方、他の分光法では T と R がごちゃ混ぜで検出されてしまいますので、二つの R 型と T 型での双曲線をミックスしたシグモイド型の曲線を解析しないといけません。双曲線(hyperbolic)型ですと、ごく普通の Michaelis-Menten 式の chemical shift perturbation に従いますので、解析は極めて簡単です。したがって、R と T 状態が NMR で別々のピークとして現れるということは、非常に嬉しい事なのです。
Kd (micro...) は Kd (macro) とは異なります。前者はよく intrinsic な(固有の)解離定数(Kd)とも書かれますが、リガンド結合部位とリガンドとの間の解離定数です。一方、Kd (macro) は蛋白質全体とリガンドとの間の解離定数です。例えば、ATCase は6個の基質結合部位を持っています。今そこにすでに2つのリガンドが付いているとしましょう(P.L2)。ここに3つめのリガンド(L)が付く場合の解離定数は次のようになります。
Kd (macro) = [P.L2] * [L] / [P.L3]
これが macro な(apparent な、みかけの)解離定数となります。しかし、リガンド結合部位の個数を数えると少し違ってきます。[P.L2] で空いているリガンド結合部位の個数は4個です。ですので、[空席のリガンド結合部位] = 4* [P.L2] となります。さらに [P.L3] で占められたリガンド結合部位の個数は3個です。ですので、[着席のリガンド結合部位] = 3* [P.L3] となります。したがって、
Kd (micro) = [空席のリガンド結合部位] * [遊離のリガンド] / [着席のリガンド結合部位] = 4 * [P.L2] * [L] / (3 * [P.L3]) = 4/3 * Kd (macro)
これがよく教科書に出てくる
Kd (apparent) = j / (n-j+1) Kd (micro)
の式の意味です(上の例では、n=6, j=3)。
この Methyl-TROSY の実験から、ATCase は間違いなく MWC モデルであると分かりました。もちろん MWC と KNF は果たして言われている程に差のあるものなのか?両者ともに極端な条件での例であって、両者の間の折衷モデルもあり得るのではないか?という事を今後は議論していくことにしましょう。
最後にこの論文に興味深いことが書かれていました。ATP は制御サブユニットの方にくっ付きます。そして、ATCase 全体の平衡を R 状態へと傾けていきます。これは良いのですが、ATP が次の ATP の親和性に与える影響は、どうも KNF モデルのように見えるらしいのです。Mg-ATP の滴定曲線の結果がわずかな positive cooperativity を示しています。確かに制御サブユニットはホモ二量体の形を作っています。そのため、相互作用した方の制御サブユニットがまだ相互作用していない方の(隣の)制御サブユニットに何らかの影響を与え、Kd (micro) そのものを変えてしまった可能性が考えられます。
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