Ivanir H1, and Goldbourt A. (2014) Solid state NMR chemical shift assignment and conformational analysis of a cellulose binding protein facilitated by optimized glycerol enrichment. J. Biomol. NMR. 59, 185-197.
実はセルロースやキチンといった固体が基質となるような酵素では、その相互作用部位を溶液 NMR で解析するのが非常に難しいのです。なぜならば、基質は固体であり水に溶けないためです。そこで、セルロースやキチンをオリゴ糖(3〜6つ単位)に小さくして何とか溶けるようにした基質を使います。溶液 NMR により酵素のどこの領域がこのオリゴ糖に付くのかを調べるのです。ところが、このようなオリゴ糖には全く見向きもしない酵素もあるのです。どうすればよいのでしょう?
そうか!固体 NMR という手がありましたね。と楽しみにしながらこの論文を読み始めました。
微結晶はふつうの X-線結晶構造解析の時と同じように作り(Hampton 社の Crystal screen kit #48)、できた針状結晶を 4mm ZrO2 ローターに詰めたとのことです。詳細に計算してみますと、約 150 ug の蛋白質が1ドロップにあることになりますので、150 個ほどの井戸から微結晶を集めてきてローターに詰めたことになります(合計 20 mg の蛋白質)。培地 1L あたり 40~50 mg!ほど調製できたと書かれていますので、やはりそのぐらい超大量の収量がないと、この固体 NMR の微結晶の実験は難しいのかもしれません。なお、このセルロース吸着ドメインは 146 a.a. の大きさです。
二次元の 13C-13C DARR (mixing time, 15ms) では、Thr, Ala, Ser の 13Cα-13Cβ 相関ピークが他から孤立していて見つけやすいそうです。これらの残基は 13Cβの化学シフト値が特徴的なので、溶液 NMR の HNCACB-CBCACONH ペアでもアミノ酸配列情報に照らし合わせやすいですね。
また Trp の Cγ も 111 ppm 付近にあるので見つけやすいとのことです。しかし、同じ Trp の Cζ2(114 ppm, ツェータでゼット z のこと)もその辺りにありますので注意したいところです。
主鎖は最初は 3D NCACX と NCOCX を組み合わせて連鎖的に帰属しています。ちょうど前者が溶液 NMR での残基内 CCANH(HNCACB), 後者が残基間 CCONH(CBCACONH)に相当するといったところでしょうか?スピニングは 11~13.5 kHz です。
Pro の 15N は(そこに 1HN が付いていないため)140 ppm ぐらいにピークが出ます。さらに Gly の 15N は100~105 ppm ぐらいに出ます。そのため、15N-13C 間の磁化移動のための cross-polarization ではちょっと強めのパワーで打った方が良いそうです(その代わり selectivity は落ちますが、それほど問題にはならないでしょう)。
また、蛋白質の調製については、著者らがそのセルラーゼで最適化させた結果、次のような培養法がもっとも良かったとのことです。
BL21(DE3) 大腸菌を目的蛋白質のプラスミドで形質転換
↓
OD (600nm) が 0.8 に達するまで LB-rich 培地 1 L で培養
↓
遠心して集菌、洗浄
↓
167 mL のグリセロール最少培地 * に植菌(よって 1,000/167=6倍濃縮)
↓
1時間の培養のあとに IPTG を 1 mM 分いれて発現誘導
↓
翌朝まで培養
↓
40 mg ものセルラーゼを get
(注)グリセロール最少培地 * の組成(培地の量は 167 mL であるため、実際に使った試薬の量は下記の 1/6 ずつ)
8 g/L [2-13C]-glycerol
8 g/L NaH13CO3(いわゆるベーキングパウダー、重曹)
1 g/L 15NH4Cl
このようにして適度に 13C 標識を減らしてやることにより、13C-13C J-coupling や 13C-13C dipolar-coupling を減らすことができ、結果としてスペクトルがきれいになったとのことです。帰属率は主鎖が 80%、側鎖が 43% とのことです(固体ですので、13C, 15N)。
一般的に結晶構造解析で B-factor の値が大きかった箇所のピークが観えにくかったとのことです。 これはその箇所が flexible あるいは構造に多形があるためでしょう。確かに 14 a.a. ほど連続した領域の帰属ができていません。また、グリシンの続いている領域は B-factor が大きいのにもかかわらず、NMR ピークはよく観えていたそうです。Flexible といってもその時間領域もピークの見え方に関連してくるのでしょう。さらに、周りをどれだけ同種核に囲まれているのかも。
13Cαと13Cβの化学シフト値がランダムコイルの化学シフト値からどれだけずれているかをもとに Talos+ にかけたところ、87.5% が結晶構造と一致したそうです。(な〜んだ、結晶構造がすでに分かっていたんだ。もちろんこの固体 NMR 用に微結晶を作っているぐらいですからね。しかし、目的は相互作用解析ですから、これからこれから)。
と読んでいるうちに終わってしまいました。ちょっと待った、まさか、これだけ!?これだと 20~30 年前の溶液 NMR の論文と同じレベルではないですか。
やはり、いったん微結晶を作ってしまうと、相互作用を見るのは難しいのでしょうか?溶液 NMR のように基質を少しずつ滴定していっても微結晶の中にキチンと入っていくかどうかは分かりません。X 線結晶構造解析ではよくリガンド溶液に結晶をソーキングさせて... などと聞きますが。しかし、この場合もリガンド(基質)が水に溶ける低分子でないと駄目ですね。頑丈な板状の大きな固体では、ちょっと .... 。
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