Long D, Sekhar A, and Kay LE (2014) Triple resonance-based 13Cα and 13Cβ CEST experiments for studies of ms timescale dynamics in proteins. J. Biomol. NMR 60, 203-208.
ここの所すこぶる忙しく、長らく L.E.Kay さんの論文を読んでいませんでした。久しぶりの Kay さんの論文ですが、この流れるような文章にはいつも感心してしまいます。
英語の文章というと、最近 Essential Cell Biology 4th を買いました。画像や動画をサイトからダウンロードでき、その出来の良さに感動してしまいました。さらに英文が非常に分かり易い!同じ事を表現するのにも、ここまで文章表現を改善できるとは!おそらく、イラストや文章のプロが著者ら研究者の書いた初稿を校正しているのではないかと予想しています。動画は米語発音ですが、生物学英語の listening の練習にもうってつけです。しばらく経ったところで、なんと Molecular Biology of the Cell 6th が出てしまいました。ただ、文字フォントが Essential よりもちょっと小さいような気がします(だんだんと読みにくい年齢に)。ストライヤーの生化学と合わせて読んでいますが、お互いの特徴がそれぞれ出ており、両者を並べて読んだ時の面白さは格別です。例えば「転写」「翻訳」などの章を並べて読んでみてください。お勧めです。
ところで、CEST と DEST の違いは何でしょう?どちらも 1H, 15N, 13C などに B1 パルスを当てます。それをいろいろな resonance-offset から照射します。それぞれの offset において一次元 1H スペクトル、あるいは、二次元 HSQC などを測定し、各ピーク強度と offset の関係のグラフを作ります。DEST は Dark-state Exchange Saturation Transfer の略であり、CEST は Chemical Exchange Saturation Transfer の略です。Dest はアミロイド β-モノマーがプロトフィブリルと交換する系に適用され、DARK で観ることのできないプロトフィブリル状態との交換を観測しました。一方、CEST は ground-state と excited-state の間で交換している系に適用され、観ることのできない後者を観測しています(この論文ではそれぞれ fold した状態 95% と unfold した状態 5% に対応します)。ということは、DEST は高分子量ゆえに普通では観えない状態を観測する方法で、CEST は量少なしゆえに普通では観えない状態を観測する方法なのでしょうか?後でやっと理解したことですが、DEST は高分子では横緩和が速くなることを利用しています。ですので、ground-state と excited-state のそれぞれの R2 の違いを利用しています。一方、CEST では excited-state と ground-state のそれぞれの化学シフトの違いを利用しています。ちなみに、TCS (Transfered Cross Saturation), STD (Saturation Transfer Difference) では、高分子から低分子へ saturation を伝えていますが、これも複合体と単量体の間の交換の系に適用されます。なお、CEST は CPMG よりももっと遅い交換に適用できるらしいです(kex=500 /sec ぐらいの系でもっとも感度が高いですが、この論文では 140 /sec の試料を使っています)。
話をもとの論文に戻しましょう。この実験のパルス系列は基本的には (HACACO)NH に似ています。観測軸は 15N と 1HN で二次元となりますが、13Ca を CEST として観測しますので、これに次元を与えると疑似三次元のようになります。13Ca へは offset をずらしながらスピンロックをかけます。90° パルス幅に換算して 10 ms 程度という非常に弱いスピンロックです(@600MHz NMR, あてる時間は論文では 125 ms, あまりスピンロックが弱過ぎると C-C カップリングで分かれた multiplet を見てしまいます)。これの offset を 30Hz 間隔でずらしながら、それぞれの offset で二次元 1H-15N スペクトルを測ります。
(HACACO)NH では 13Ca(i) - 15N(i+1) - 1HN(i+1) のスピンを通してコヒーレンスを伝えていきます。ですので、あるアミド基のピーク強度は、一個前のアミノ酸の 13Ca の CEST によって変わります。
(HBCBCACO)NH パルス系列を使うと Cb の CEST もとることができます。しかし、ここで注意が必要です。このパルス系列では、Hb → Cb を通して入ってきたコヒーレンスと Ha → Ca を通して入ってきたコヒーレンスとが合流しているのです。そのため、帰属用の CBCACONH では Ca と Cb の両方のピークが見えるのです。しかし、今回のように Cb の CEST だけを見たい場合にはこれはまずいです。そこで偶数回目に 13Ca にだけ選択反転パルスをあてて、13Ca スピンを反転させています。そうすると、偶数回だけ積算した後には 13Ca を通ってきたコヒーレンスはキャンセルし合うことになります。
他にも Kay さんらしい工夫があちこちにありますが、詳細は論文をご覧ください。いずれにしても、励起状態(ここでは unfold した蛋白質)の 13Ca の化学シフトの位置に offset が来ると、saturation の状態になります。この saturation が基底状態(ここでは fold した蛋白質)に交換現象を通して伝わりますので、15N-1H のピーク強度が下がります。スピンロックをあてる時間が長ければ長いほどピーク強度はどんどん下がります。この時の T1rho に相当する緩和時間についてですが、今回の論文のように、本来は 13Ca だけの z-スピンにした方がゆっくりと緩和します。しかし、Fig.S1 に載っているように HNCOCA をもとに CEST を行うと 15N, 13Co と 13Ca の zzz-3 スピン秩序に 13Ca スピンロックをあてることになります。15N と 13Co の緩和が加わる分だけ普通は T1rho が速まってしまいます。ところが、分子量が大きくなってくると、この zzz-3 スピン秩序では 13Co-13Ca の同種核双極子相互作用の J(0) 成分が関与しないので、HNCOCA での T1rho の方が遅くなってくるそうです。なるほど、そこまでは考えませんでした。それにしてもこの Fig.S1 の φ1 位相のパルスについてですが、これは2本の 90 度パルスで、φ1 は前の 90 度パルスのための位相でした。小さい画面で見ていると、合わせて 180 度パルスに見えてしまい、どうも legend に載っている位相回しではおかしいおかしいと悩んでしまいました。
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