2017年9月17日日曜日

永遠に鎖のように

生体内の蛋白質には「対称性をもった同種多量体 homo-multimer の蛋白質」がたくさんあります。例えば、ある軸周りに 180 度回した時に(見かけ上)元と同じ形になれば、2回回転対称と呼びます *。そのような多量体はしばしば更に重合していって巨大な超分子重合体 supramolecular assembly を作りやすいとのことです。これには遺伝子を節約できるという利点があるのかもしれませんが、実際に進化の過程でこの対称性のある多量体が超分子重合体のユニットとして優先的に選ばれてきたのかどうかについては不明のようです。

* 例えば同種二量体(homo-dimer)では、ある軸の周りに 180 度回転させると、基本的には元と同じ形になります。そのようにならないパターンも考えられなくもないですが、その場合は鎖のように永遠に伸びていくパターンになります(....BBBBBB....)。なお、鏡像関係とは異なりますので、ご注意ください。もし、左のサブユニットが L-体アミノ酸からなり、右のサブユニットが D-体アミノ酸からなると、鏡像関係にある二量体となりますが。

ここに、同種多量体として働いている酵素蛋白質があったとします。ひとたびその多量体の表面に変な変異が起こると大変なことになります。その対称性ゆえに変異の位置も対称的に配置されます。たとえば変異により同種二量体 homodimer の表面に Cys が生じたとします。すると、その Cys はちょうど両端に1こずつ存在して、まるで手をつなぐように次々と二量体が連結していくことになるかもしれません。

鎌状赤血球は、たった一箇所のグルタミン酸(Glu-6)がバリンに換わるだけの変異(E6V)によるものですが、そのためにヘモグロビンが重合してしまいます。ヘモグロビンは、完全ではないのですが四量体です。四量体になっている大きな理由は、4つのサブユニットに酸素が次々とより強く吸着するようにするためです(1つ目の酸素より2つめ、2つ目より3つ目というように、だんだんと親和性が高くなります。これを正の協同性とよび、そのお陰でヘモグロビンが肺で一気に酸素を掴めるのです。逆に毛細血管では一気に酸素を放出できるのです)。鎌状赤血球をもった人はマラリアに罹りにくいので、この変異が人の進化の歴史の中で長く保存される結果となりました。しかし、たった一箇所の変異により、このような超分子重合体ができてしまうのは、ヘモグロビンにたまたま限ったことなのでしょうか?それとも対称性をもった同種多量体ひろく全般にも言えることなのでしょうか?

H. Garcia-Seisdedos, C. Empereur-Mot, N. Elad, and E. D. Levy (2017) Proteins evolve on the edge of supramolecular self-assembly. Nature 548, 244–247.

最初に同種多量体について少し触れておこうと思います。よく C5, D5 という書き方をします。前者は環状対称 cyclic 5, 後者は二面体対称 dihedral 5 という意味です。論文の図を見て頂くと分かりやすいのですが、まずはヒトデを連想するとよいかもしれません。ヒトデは手を5本もっています。星のど真ん中を縦軸として 360/5 度ずつ回しても常に同じ形に見える C5 です。しかし、裏返すとヒトデのお腹が見えてしまい、元の背中が見えた状態とは違ってしまいます。放っておくと、足をくねらせて再び背中が上になるように戻ってしまいますが。しかし、ヒトデ二匹を捕まえてきて、お腹どうしをぴたりと合わせたとします。ヒトデのサンドウィッチです(実は硬くて食べられない)。すると、裏返したとしても、もう一匹の背中が出てきて元と(見かけ上)同じ形になります。これが D5 です。この論文では、dihedral の方を扱っています。もし、すべてのヒトデのお腹にアロンアルファを付け、二匹ずつお腹どうしをくっつけたとします。100 匹が最初にいたとすると、これで 50 組の D5 ヒトデが出来上がります。次にこの D5 ヒトデの背中にアロンアルファをつけると、おそらくこれら 50 匹はつながっていって、ヒトデの 50 層の塔が出来上がってしまうでしょう。そうはならないように、ヒトデの背中は仲間の背中とくっつきにくいように進化しているのかもしれません?また、同種多量体の構造にはその他にウィルスのキャプシド正二十面体のような立方対称 cyclic があります。さらに具体的に何個という数値では表せない、つまり永久に伸び続ける細胞骨格チューブリンなどもあります。

表面の電荷をもった残基(Arg+, Lys+, Glu-, Asp- など)を Leu, Tyr に換えると、たとえ普通の細胞内の濃度であっても(濃くなくても)次々に重合して線維になってしまったとのことです。さて、ここでの疑問は、個々の同種多量体の立体構造は変わってしまったのか?それともブロックの形は変わらずに繋がっていってしまったのかどうかです。例えば、脳内でアミロイドを作るような蛋白質は、全くもととは異なる立体構造に変身して重合していきます。また、一般的に凝集、沈殿と呼ばれる現象では、その蛋白質の立体構造が解けてしまって、毛玉のようにランダムに絡みあっていることも多いです。このようなアミロイドや毛玉状の凝集は、それ自体がかなり安定であるため、なかなか元の個々の姿に戻ることがありません。今回の実験では、ひとたび超分子重合体になってしまうと、なかなかその構造を詳しく調べることができないため(ただし、電子顕微鏡による観測は除く)、CD で二次構造の量を調べる時には、界面活性剤 DDM やアルギニンを入れて重合を抑えたようです(アルギニン Arg+ とグルタミン酸 Glu- の混合物はしばしば重合や凝集を防ぐことが昔から知られています。NMR のスペクトルがきれいになることも多いです)。その結果、個々の立体構造そのものは全く変わっておらず、それらがそのままの形で重合していることが分かりました。

ここで見つかったことは、その超分子重合体での接着面になりそうな箇所は、あまり疎水的ではない(つまり親水的である)ということです。もっと詳しく調べてみると、蛋白-蛋白相互作用にはあまり使われていないような残基になっていたそうです。まあ考えてみれば全くその通りで、もし Leu, Tyr のような残基がひとつの同種多量体の表面に対称的に配置していれば、瞬く間にそこを糊代としてベチャベチャと重合していってしまいます。これが起こらないように進化の過程でそれらは「ベチャベチャ "sticky" ではない残基」に留め置いているのでしょう。つまり、重合してしまうことをぎりぎり必死で?防いでいるので、たった1個を置換しただけで重合に負けてしまったと言えます。なお、このことが言えるのは dihedral 同種多量体であって、cyclic の方には当てはまらなかったとのことです。どんどん長くなっていくのは dihedral であって、cyclic の方は、ヒトデに例えるならば、お腹どうしがくっついてサンドウィッチ二量体になって終わりです。そのため、わざわざ sticky でない残基に置き換えるほど進化の圧力がかからなかったのでしょう。

本文の中に「疎水性残基が溶媒に露出していれば、水のエントロピーに利得がある」といったちょっと難しい表現が使われていますが、これは要は(餃子の油がお酢の中ではひとりでに集まってくるように)疎水的な相互作用が起こるよという意味です。実際にはその後にファンデルワールス相互作用も効いてきますので、水のエントロピーだけが疎水的相互作用の全てではありませんが、少なくとも二つの分子が近づいてきてファンデルワールス 力が効き始めるまでは、水のエントロピーが疎水的相互作用を生み出しています。

ここで重要な点は、たとえ重合していっても同種多量体の個々の単位は、UNFOLD していないということです。しばしば重合・凝集というと、蛋白質が毛玉のようなぐちゃぐちゃになった状態を連想し勝ちです。しかし、実際にはこのように規則正しく重合していくことも多く、両者はきっちりと区別して考える必要があります。規則正しく重合した究極の現象は「結晶化」だと書かれています。それにアミロイドなどもですね。また、大腸菌の中の封入体(inclusion body)、硫安沈殿、等電点沈殿などはどちらに入るのでしょう?ケースバイケースかもしれませんが。後者ふたつについては、立体構造は壊れていないことが多いです(水を加えたり、pH をかえると再び溶ける)。ただし、いつも同じ面で対称的に連なっているのかどうか?そして、細胞内やオルガネラ内の条件、たとえば pH が変わることにより、単量体と重合体の間を行き来して制御がなされているような例も知られています。

NMR で蛋白質を観測すると、二次元 1H/15N HSQC のピークがぐしゃっとしていることが多いのですが、その場合にこの蛋白質は unfold して凝集していると即断するのは必ずしも正しくありません。実は構造を保ったまま規則正しく並んでいるだけというケースの方がこれまでに多かったようです。CD の結果では二次構造がちゃんと保たれているのに、ゲル濾過では早めに溶出してくるというような場合がそれに相当します。しかも、ゲル濾過の溶出位置から分子量を換算すると 1.2 量体ぐらいなのです(ほんの少しだけ早めに溶出してくる)。つまり、8割は OK なのだが、2割ぐらいが二量体を組んでいるといった状態です。もちろん単量体の8割を再びリクロマトすると、また 8:2 に平衡状態が戻ります。このような蛋白質はむしろ結晶になりやすい場合があり、これが NMR で最もきれいなスペクトルを出す蛋白質が、必ずしも結晶に最もなりやすい蛋白質と一致するわけではない理由です。この微かな凝集を防いできれいな NMR スペクトルを出す方法については(この単分散性を高めることが難題なのですが)紙面が足りませんので、またの機会にしたいと思います。

2017年9月16日土曜日

大腸菌培養の最少培地 M9 その3

このブログではアクセス回数を見ることができるのですが(誰がアクセスしたかまでは不明)、もっとも多いのがこの「大腸菌培養の最少培地 M9」のようです。ところが、前回からかなりの時間が経ってしまいました。慌ててもう少し進めたいと思います。

「その1」では「10☓ 塩溶液 A」を作りました。「その2」では少し話題が変わり、培地の量を減らす代わりに入れるグルコースの量を増やして、結果として発現量を増やすという方法でした。ですので、今回は「その1」の続きのようになります。

(2) ビタミンと核酸溶液 B (重水でなければ、オートクレーブにて滅菌処理)
核酸
 チミジン(T) 20 mg
 アデノシン(A) 20 mg
 グアノシン(G) 20 mg
 シチジン(C) 20 mg
ビタミン
 チアミン(ビタミン B1)20 mg
 ビオチン(ビタミン H) 20 mg
ミネラル
 10 mM FeCl3 1 mL(10 倍まで可)
 1M MgSO4 2 mL
 50 mM MnCl2 1.0 mL

上記を水道水 880 mL ぐらいに溶かしてオートクレーブ処理する。イオン交換水は使わない。

鉄、マグネシウム、マンガンなどのミネラルが含まれています。なお「その4」に書くように、さまざまなミネラルを含んだストック溶液を作るのであれば、そこにまとめて入れておくこともできます。ミネラルストック溶液などはオートクレーブをできるだけしない方がよいのですが、上記の少なくとも3種類は核酸成分といっしょにオートクレーブしても問題ないようです。

ここでの注意点です。試薬棚に MgCl2 はあるが MgSO4 が無いという時があります。この時、同じマグネシウムだからといって MgCl2 を使ってしまうと、ちょっと厄介なことになります。培地の中に「硫黄源 S」がほとんどなくなってしまうのです。すると、OD-600nm が 0.6 ぐらいまでは大腸菌は何とか育ちます(水道水の中の不純物によるのか?)。しかし、それ以上には育たず悩むことになります。むしろ全く育たないのであれば、それなりに理由を追求するのですが、まずまずの濁度まで育つと「今回はエアレーションが足りなかったのかな?」などと別の原因を考えてしまうものです。

上記の核酸成分は、アデノシンなどリン酸の付いていないヌクレオシドで構いません。ATP, CTP など高級品を入れる必要はありません。またすぐに加水分解されてしまうでしょう。それぞれ 20 mg ずつなどと書いていますが、あくまで目安です。およそ耳かき1杯ぐらいをポイッと入れるだけで OK です。心配な方は2杯ほど。後で書きますが、重水培養の場合はオートクレーブをしないことが多いです(1H の水蒸気が入ってしまうため)。そこでフィルターで滅菌処理をするのですが、核酸やビタミン類がうまく溶けておらず、フィルターで濾し取られてしまいます。そこで、滅菌という観点ではあまりよくないのですが、フィルター処理した後の培地溶液に(できればビタミンだけでも)を追加で耳かき一杯いれましょう。これがなかなか効きます。スパチュラはアルコールで拭いておくとよいでしょう。

また些細な事ですが、かつて念を入れて大きなメスシリンダーで作り、それをリンゴ型フラスコに移してオートクレーブしました。生えが悪いのです。何故でしょう?実は同じようにビタミン、核酸がうまく溶けておらず、リンゴ型フラスコに注いだ時に粉がメスシリンダーの壁にくっ付いたままになっていたのです。初心者の場合、このような些細なことが積み重なり、不思議なほどに菌が育ちません(特に重水培養)。数年間なんども経験を重ねると(その間、かなりの額の重水を浪費しますが)、自然にちゃんと生えるようになります。しかし、どの操作が実質的に改善に効いたのかを後で考えてみても思いつかない場合が多いものです。ここに書いた失敗談はもちろん私個人だけのものではなく、黙々と実験する人があまりいなかった当時の環境での 15 hr/day(もちろん、アルコール浸りも含めて)の情報交換(おしゃべり?)によるものです。

鉄 FeCl3 の溶液ですが、昔に比べて入れる量が増えてきています。増やすほどよく生えるので、もっと増やせるかもしれません。ところが本来は鉄をあまり入れ過ぎると良くはないのです。実はその理由が意外にも別のところにあります。鉄試薬の中には微量の変な金属が混じっています。それを trace-metal と呼ぶのですが、どうもそれが効いているらしいのです。そのため、high-grade, high-puritiy Fe などの高級な試薬を選ばずに、いっぱい不純物の入った安い鉄試薬を使いましょう。上記では最終濃度は 10 uM となります。ところが 100 uM 程度までは可能なようです。いろいろな trace-metal の組み合わせ(その4で紹介)を作ってもよいのですが、面倒な場合は代わりに 100 uM 分入れることで対応できるかもしれません。

同じようにイオン交換水や RO 水は時にはダメです。水道水がよいです。特に誰もそのまま飲みたがらないような古い建物の水道水そのままがよいです。さすがに以前の私の建物の水道水のように出てきたはなから明らかに茶色というのはダメかもしれません。その場合は、簡単なフィルターを通せばよいでしょう(イオン交換ではなく、ただの糸巻きフィルター)。これは冗談ではなく本当の話ですが、発現が悪くて何ヶ月も悩んでいたことがあり、ある時、断水の後の汚い水道水をそのまま使ってみると、SDS-PAGE に 5mm はあろうかというバンドが現れたことがありました。嬉しかったのですが、なんてちっぽけな事で何ヶ月も浪費してしまったことかとかなり悲しい気分でした。ちょっと過去のデータを探してみたのですが、差がはっきり出た時のデータが見つかりませんでした。


さて上記の溶液が出来上がれば、オートクレーブです(重水培地ではオートクレーブせず、フィルター処理)。その時にマグネットスタラーを入れておくと良いかもしれません。そして、よーく冷やしてから、先の「10☓ 塩溶液 A」を加えます。したがって、このビタミンと核酸溶液 B の方を、実際に使う予定の培養フラスコに作っておくとよいでしょう。エアレーションをよくするためにできるだけ大きなフラスコ、さらにバッフル付きを選びます。ここでよく混ぜておきましょう。そうでないと、次にカルシウムなどを入れた際に、リン酸カルシウムなどの沈殿が生じてしまいます。混ぜるのは必ず冷やしてからです。急ぎの場合は、マグネットスタラーでかき混ぜると早く冷めます。低温室に静かに置いておいても、表面だけが冷えて中の方はまだ熱いなんてことが起こります。熱いまま混ぜてしまうと、ここ勉強不足で申し訳ないのですが、大腸菌にとっての毒素ができてしまいます。そこで、両者を先に混ぜてオートクレーブしてもいけません。

さて、ここまで読んですでにオートクレーブを始めてしまっていたら、どうもすみません。プレカルチャーのことを忘れていました。上記は培地 1L での仕様です。その場合、プレカルチャーとして 100-200mL ぐらいが適当です。そこで、出来上がった B 溶液のうち 88mL を小さめのリンゴ型フラスコにとっておき、オートクレーブするとよいでしょう。あるいは、小さめの「空の」リンゴ型フラスコの底に水を 100cc ほど入れておいてオートクレーブするとよいでしょう(後でその水は捨てます)。そして「その4」で書くように、A + B 以外のさまざまな試薬を混ぜておいてから 100cc だけをその小さめのリンゴ型フラスコに移すとよいでしょう。どちらか好きな方を選んでください。注意点は pre-culture 培地に [13C]-glucose などを入れても、main-culture 培地にはまだ入れてはいけないということです。ちゃんと pre-culture で大腸菌が育っているのを確かめてから、植え継ぐ直前に [13C]-glucose, [15N]-NH4Cl, 抗生物質などを加えます。

付録:

上記の金属ストック溶液の濃度を間違えてしまうと駄目ですので、ちょっと参考までに学生に計算してもらいました。

FeCl3 を 0.81 g 秤量し、水を加えて 50 mL にすると 100 mM となる。
MgSO4・7H2O を 12.31 g 秤量し、水を加えて 50 mL にすると 1,000 mM となる。
MnCl2・4H2O を 0.49 g 秤量し、水を加えて 50 mL にすると 50 mM となる。
CaCl2・2H2O を 0.37 g 秤量し、水を加えて 50 mL にすると 50 mM となる。
ZnCl2 を 0.14 g 秤量し、水を加えて 50 mL にすると 20 mM となる。

もちろん、水和水の数が異なる試薬しか試薬棚にはないかもしれません。その場合は、モル濃度が同じになるように、ちょっと計算しなおしてください。上記はいずれも最終 50 mL になりますので、フィルター処理して 50 mL ファルコンチューブ(in 冷蔵庫)に入れておくと、何年でも大丈夫でしょう。なお、重水培養の時のために、重水で溶かしたストックもあってもよいかもしれません(水和水から 1H が少し混入してしまいますが)。遮光の意味でアルミホイルに包んでおくとよいでしょう。なお、FeCl3 の濃度が 100 mM と上記の 10 倍濃いですが、これを 1 mL/(L medium) 加えても大丈夫なようです。水が赤茶けて心配になりますが、今のところ大腸菌の育ちはむしろすごく良いです!

2017年9月4日月曜日

6量体といえど大きい

ちょっと書きかけの状態で長らく置いてしまっていた文章を見つけてしまいました。本当はもっと全部をしっかりと読んでからアップロードすべきなのですが、時機を逃してしまいましたので、未完成ですがアップしてみます。ここ4年程の間に連続して出ている巨大蛋白質の NMR 解析についてです。第一著者の女性は、ICMRBS-Kyoto をはじめ、さまざまな学会賞を受けておられます。

Rosenzweig R, Moradi S, Zarrine-Afsar A, Glover JR, and Kay LE. (2013) Unraveling the mechanism of protein disaggregation through a ClpB-DnaK interaction. Science 339, 1080-1083.

Rosenzweig R, Farber P, Velyvis A, Rennella E, Latham MP, and Kay LE. (2015) ClpB N-terminal domain plays a regulatory role in protein disaggregation. Proc. Natl. Acad. Sci. U S A. 112, E6872-6881.

Rina Rosenzweig and Lewis E. Kay (2016) Solution NMR spectroscopy provides an avenue for the study of functionally dynamic molecular machines: the example of protein disaggregation. J. Am. Chem. Soc. 138, 1466–1477.

Unfold した蛋白質は ClpB の N-末端ドメイン(NTD)に捕まります。その際、構造の壊れている蛋白質のどこが掴まれてしまうのかですが、どうも一連の 3~6 残基からなる疎水性領域のようです。つまり、何かしらの目印となるようなタグが付けられているわけではないということです。この疎水性領域はちゃんと fold した蛋白質の表面にはあってはならないわけですが、ただ一連の疎水性領域というだけで特異性が出ている(ClpB がちゃんと fold した蛋白質については間違えて摂り込まない)のは驚きです。また、いろいろな unfold した蛋白質を加えた場合に観られる ClpB 側の化学シフト値の変化は、加えた蛋白質の種類によらずいずれも同じような傾向を示すそうで、これは両者の複合体がダイナミックに動き続け、化学シフト値の変化が平均化されていることを示しています。そのようなダイナミックな状況でも特異性が出せるのも驚きです。

一方、NTD のどの箇所で unfold した蛋白質を捕まえるのかも NMR で検出できており、それらのうち少なくとも4残基は(Trp6, Leu14, Leu91, Leu111)のようです。いずれも疎水的な残基です。そして、これらを Ala に置換すると、予想された通り unfold した蛋白質との相互作用はなくなり、そのため NTD 側の化学シフト値は滴定で変化しませんでした。また、NTD は通常は ClpB の真ん中の穴を塞いでおり(ClpB は6量体で六角形をとる)、unfold した蛋白質と相互作用した場合に穴の入り口を開けるそうです。すると、unfold した蛋白質の鎖がその穴に引きこまれ、穴の中にある6個の Tyr243 からなる Tyr-pore と相互作用します。すると、ATP の加水分解が促進されるとのことです。このように、まず最初に NTD が unfold した蛋白質を捕まえ、それで蓋が開いて、次に Tyr-pore が捕まえるという流れが ATP の加水分解に必要なようで、もし、NTD をすっかり取り去ってしまうと、中心の穴の入り口を塞いでいた蓋はなくなるので、一応はペプチド鎖は穴の中に入っていくことも条件によってはありますが、その効率は下がり、ひいては ATP 加水分解の速度も落ちてしまうのです(しかし、蓋が閉まったままの NTD の変異体よりかはまし)。

高度好熱菌が由来の蛋白質で 55 ℃で測定しています。NTD ドメインだけでも NMR 測定ができたり、97 kDa の単量体(intact では6量体)にして測定もできています。さらに refolding を通してインテインによる segmental-labeling まで行っています。いつかご紹介する ATCase(Aspartate Trans Carbamoylase) もそうですが、このような激しい処理をしても沈殿や凝集を起こさないような蛋白質は非常に稀ではないかと思います。

確かに 97*6 kDa の分子量でも Ile, Leu, Val のメチル基だけを 13C/1H で、残りを 2H で標識し、methyl-TROSY(パルス系列としては普通の 2D 1H-13C HMQC と同じ)を使えば、なんとか測定できます。このように分子量の限界はかなり大幅に克服されつつありますが、さすがに対象が大きいだけに、今度はメチル基といえどもピークどうしが重なってくるようになってきます。そこで、立体特異的に標識された Leu, Val の前駆体を使う必要が出てきます。これまでの前駆体はラセミ体であり、二つのメチル基の内どちらか一方だけが 1H/13C にはなるものの、どちらになるかは五分五分の確率でした。したがって、大量の(10 の 20 乗レベルの分子数)の信号を足し合わせると、geminal な(双子の)メチル基は両方ともピークとして二次元スペクトル上に現れてしまうのです。大きな分子量に対処するためのもう一つの方法は segmental-labeling でしょう。ここでも NTD だけをメチル基標識し、それ以外の6量体の部分は重水素化しています。これによって、分子量の合計値は 580 kDa と巨大なのですが、観えてくるピークは NTD 由来だけとなります。もちろん、インテインや Sortase を使って部分標識できるような蛋白質に限定されてしまいますが。

つい最近、次のような総説が出ました。

Jiang, Y., and Kalodimos, C.G. (2017) NMR studies of large proteins. J. Mol. Biol. 429(17), 2667-2676. doi: 10.1016/j.jmb.2017.07.007.

もちろん Kalodimos さんの総説ですので、例として齋尾先生の Triger-Factor chaperone のダイナミクス構造解析も紹介されています。今後 MDa 級の大きさの蛋白質を解析していくには、1)メチル TROSY(今は Met, Ile, Leu, Val, Ala, Thr の5種類の標識が可能)が必須であること、2)それで感度の問題が克服されたとしてもピークのオーバーラップや帰属の問題が出てくるので、安定同位体標識のさまざまな手法を駆使して、区分的に標識していくこと、3)構造や相互作用の解析では(重水素化のために)NOE がとりにくくなるので常磁性効果の導入が必要であることなどが書かれています。例えば、上記の segmental labeling、それから Leu, Val の二つのメチル基のどちらかだけを立体特異的に標識すること、LEGO-NMR なども重要です。また、大腸菌の発現系ではうまく fold しない蛋白質も増えてくるので、酵母系や昆虫細胞系でのメチル基の標識技術も発展させる必要があります。

このような高分子量蛋白質の NMR 解析の論文をみると「divide-and-conquer approach をとった」としばしば書かれています。「分割統治法」と訳され、要は大きい対象は小さく分割して、それぞれを解決してから後でそれらを組み立てて元の大きさにまで発展させる一般手法のことです。上記の ClpB のようにドメインやサブユニットに分けても大丈夫な場合には、その小さいセグメントから解析した方が結果的には早いでしょう。しかし、ばらばらにすると崩壊してしまう蛋白質も多いので、いつもこの方法が使えるというわけではないと思います。また、最近の電子顕微鏡のように大きいままで観てしまえるような手法も出てきています。したがって、これらの手法に対抗しようとするのではなく、むしろ複数の手法を組み合わせることによって、構造生物学としての情報量を増やすことがますます重要になってくるのでしょう。いずれにしても、MDa レベルにまで NMR が達したというこの進展は快挙だと思います。