* 例えば同種二量体(homo-dimer)では、ある軸の周りに 180 度回転させると、基本的には元と同じ形になります。そのようにならないパターンも考えられなくもないですが、その場合は鎖のように永遠に伸びていくパターンになります(....BBBBBB....)。なお、鏡像関係とは異なりますので、ご注意ください。もし、左のサブユニットが L-体アミノ酸からなり、右のサブユニットが D-体アミノ酸からなると、鏡像関係にある二量体となりますが。
ここに、同種多量体として働いている酵素蛋白質があったとします。ひとたびその多量体の表面に変な変異が起こると大変なことになります。その対称性ゆえに変異の位置も対称的に配置されます。たとえば変異により同種二量体 homodimer の表面に Cys が生じたとします。すると、その Cys はちょうど両端に1こずつ存在して、まるで手をつなぐように次々と二量体が連結していくことになるかもしれません。
鎌状赤血球は、たった一箇所のグルタミン酸(Glu-6)がバリンに換わるだけの変異(E6V)によるものですが、そのためにヘモグロビンが重合してしまいます。ヘモグロビンは、完全ではないのですが四量体です。四量体になっている大きな理由は、4つのサブユニットに酸素が次々とより強く吸着するようにするためです(1つ目の酸素より2つめ、2つ目より3つ目というように、だんだんと親和性が高くなります。これを正の協同性とよび、そのお陰でヘモグロビンが肺で一気に酸素を掴めるのです。逆に毛細血管では一気に酸素を放出できるのです)。鎌状赤血球をもった人はマラリアに罹りにくいので、この変異が人の進化の歴史の中で長く保存される結果となりました。しかし、たった一箇所の変異により、このような超分子重合体ができてしまうのは、ヘモグロビンにたまたま限ったことなのでしょうか?それとも対称性をもった同種多量体ひろく全般にも言えることなのでしょうか?
H. Garcia-Seisdedos, C. Empereur-Mot, N. Elad, and E. D. Levy (2017) Proteins evolve on the edge of supramolecular self-assembly. Nature 548, 244–247.
最初に同種多量体について少し触れておこうと思います。よく C5, D5 という書き方をします。前者は環状対称 cyclic 5, 後者は二面体対称 dihedral 5 という意味です。論文の図を見て頂くと分かりやすいのですが、まずはヒトデを連想するとよいかもしれません。ヒトデは手を5本もっています。星のど真ん中を縦軸として 360/5 度ずつ回しても常に同じ形に見える C5 です。しかし、裏返すとヒトデのお腹が見えてしまい、元の背中が見えた状態とは違ってしまいます。放っておくと、足をくねらせて再び背中が上になるように戻ってしまいますが。しかし、ヒトデ二匹を捕まえてきて、お腹どうしをぴたりと合わせたとします。ヒトデのサンドウィッチです(実は硬くて食べられない)。すると、裏返したとしても、もう一匹の背中が出てきて元と(見かけ上)同じ形になります。これが D5 です。この論文では、dihedral の方を扱っています。もし、すべてのヒトデのお腹にアロンアルファを付け、二匹ずつお腹どうしをくっつけたとします。100 匹が最初にいたとすると、これで 50 組の D5 ヒトデが出来上がります。次にこの D5 ヒトデの背中にアロンアルファをつけると、おそらくこれら 50 匹はつながっていって、ヒトデの 50 層の塔が出来上がってしまうでしょう。そうはならないように、ヒトデの背中は仲間の背中とくっつきにくいように進化しているのかもしれません?また、同種多量体の構造にはその他にウィルスのキャプシド正二十面体のような立方対称 cyclic があります。さらに具体的に何個という数値では表せない、つまり永久に伸び続ける細胞骨格チューブリンなどもあります。
表面の電荷をもった残基(Arg+, Lys+, Glu-, Asp- など)を Leu, Tyr に換えると、たとえ普通の細胞内の濃度であっても(濃くなくても)次々に重合して線維になってしまったとのことです。さて、ここでの疑問は、個々の同種多量体の立体構造は変わってしまったのか?それともブロックの形は変わらずに繋がっていってしまったのかどうかです。例えば、脳内でアミロイドを作るような蛋白質は、全くもととは異なる立体構造に変身して重合していきます。また、一般的に凝集、沈殿と呼ばれる現象では、その蛋白質の立体構造が解けてしまって、毛玉のようにランダムに絡みあっていることも多いです。このようなアミロイドや毛玉状の凝集は、それ自体がかなり安定であるため、なかなか元の個々の姿に戻ることがありません。今回の実験では、ひとたび超分子重合体になってしまうと、なかなかその構造を詳しく調べることができないため(ただし、電子顕微鏡による観測は除く)、CD で二次構造の量を調べる時には、界面活性剤 DDM やアルギニンを入れて重合を抑えたようです(アルギニン Arg+ とグルタミン酸 Glu- の混合物はしばしば重合や凝集を防ぐことが昔から知られています。NMR のスペクトルがきれいになることも多いです)。その結果、個々の立体構造そのものは全く変わっておらず、それらがそのままの形で重合していることが分かりました。
ここで見つかったことは、その超分子重合体での接着面になりそうな箇所は、あまり疎水的ではない(つまり親水的である)ということです。もっと詳しく調べてみると、蛋白-蛋白相互作用にはあまり使われていないような残基になっていたそうです。まあ考えてみれば全くその通りで、もし Leu, Tyr のような残基がひとつの同種多量体の表面に対称的に配置していれば、瞬く間にそこを糊代としてベチャベチャと重合していってしまいます。これが起こらないように進化の過程でそれらは「ベチャベチャ "sticky" ではない残基」に留め置いているのでしょう。つまり、重合してしまうことをぎりぎり必死で?防いでいるので、たった1個を置換しただけで重合に負けてしまったと言えます。なお、このことが言えるのは dihedral 同種多量体であって、cyclic の方には当てはまらなかったとのことです。どんどん長くなっていくのは dihedral であって、cyclic の方は、ヒトデに例えるならば、お腹どうしがくっついてサンドウィッチ二量体になって終わりです。そのため、わざわざ sticky でない残基に置き換えるほど進化の圧力がかからなかったのでしょう。
本文の中に「疎水性残基が溶媒に露出していれば、水のエントロピーに利得がある」といったちょっと難しい表現が使われていますが、これは要は(餃子の油がお酢の中ではひとりでに集まってくるように)疎水的な相互作用が起こるよという意味です。実際にはその後にファンデルワールス相互作用も効いてきますので、水のエントロピーだけが疎水的相互作用の全てではありませんが、少なくとも二つの分子が近づいてきてファンデルワールス 力が効き始めるまでは、水のエントロピーが疎水的相互作用を生み出しています。
ここで重要な点は、たとえ重合していっても同種多量体の個々の単位は、UNFOLD していないということです。しばしば重合・凝集というと、蛋白質が毛玉のようなぐちゃぐちゃになった状態を連想し勝ちです。しかし、実際にはこのように規則正しく重合していくことも多く、両者はきっちりと区別して考える必要があります。規則正しく重合した究極の現象は「結晶化」だと書かれています。それにアミロイドなどもですね。また、大腸菌の中の封入体(inclusion body)、硫安沈殿、等電点沈殿などはどちらに入るのでしょう?ケースバイケースかもしれませんが。後者ふたつについては、立体構造は壊れていないことが多いです(水を加えたり、pH をかえると再び溶ける)。ただし、いつも同じ面で対称的に連なっているのかどうか?そして、細胞内やオルガネラ内の条件、たとえば pH が変わることにより、単量体と重合体の間を行き来して制御がなされているような例も知られています。
NMR で蛋白質を観測すると、二次元 1H/15N HSQC のピークがぐしゃっとしていることが多いのですが、その場合にこの蛋白質は unfold して凝集していると即断するのは必ずしも正しくありません。実は構造を保ったまま規則正しく並んでいるだけというケースの方がこれまでに多かったようです。CD の結果では二次構造がちゃんと保たれているのに、ゲル濾過では早めに溶出してくるというような場合がそれに相当します。しかも、ゲル濾過の溶出位置から分子量を換算すると 1.2 量体ぐらいなのです(ほんの少しだけ早めに溶出してくる)。つまり、8割は OK なのだが、2割ぐらいが二量体を組んでいるといった状態です。もちろん単量体の8割を再びリクロマトすると、また 8:2 に平衡状態が戻ります。このような蛋白質はむしろ結晶になりやすい場合があり、これが NMR で最もきれいなスペクトルを出す蛋白質が、必ずしも結晶に最もなりやすい蛋白質と一致するわけではない理由です。この微かな凝集を防いできれいな NMR スペクトルを出す方法については(この単分散性を高めることが難題なのですが)紙面が足りませんので、またの機会にしたいと思います。