2017年9月16日土曜日

大腸菌培養の最少培地 M9 その3

このブログではアクセス回数を見ることができるのですが(誰がアクセスしたかまでは不明)、もっとも多いのがこの「大腸菌培養の最少培地 M9」のようです。ところが、前回からかなりの時間が経ってしまいました。慌ててもう少し進めたいと思います。

「その1」では「10☓ 塩溶液 A」を作りました。「その2」では少し話題が変わり、培地の量を減らす代わりに入れるグルコースの量を増やして、結果として発現量を増やすという方法でした。ですので、今回は「その1」の続きのようになります。

(2) ビタミンと核酸溶液 B (重水でなければ、オートクレーブにて滅菌処理)
核酸
 チミジン(T) 20 mg
 アデノシン(A) 20 mg
 グアノシン(G) 20 mg
 シチジン(C) 20 mg
ビタミン
 チアミン(ビタミン B1)20 mg
 ビオチン(ビタミン H) 20 mg
ミネラル
 10 mM FeCl3 1 mL(10 倍まで可)
 1M MgSO4 2 mL
 50 mM MnCl2 1.0 mL

上記を水道水 880 mL ぐらいに溶かしてオートクレーブ処理する。イオン交換水は使わない。

鉄、マグネシウム、マンガンなどのミネラルが含まれています。なお「その4」に書くように、さまざまなミネラルを含んだストック溶液を作るのであれば、そこにまとめて入れておくこともできます。ミネラルストック溶液などはオートクレーブをできるだけしない方がよいのですが、上記の少なくとも3種類は核酸成分といっしょにオートクレーブしても問題ないようです。

ここでの注意点です。試薬棚に MgCl2 はあるが MgSO4 が無いという時があります。この時、同じマグネシウムだからといって MgCl2 を使ってしまうと、ちょっと厄介なことになります。培地の中に「硫黄源 S」がほとんどなくなってしまうのです。すると、OD-600nm が 0.6 ぐらいまでは大腸菌は何とか育ちます(水道水の中の不純物によるのか?)。しかし、それ以上には育たず悩むことになります。むしろ全く育たないのであれば、それなりに理由を追求するのですが、まずまずの濁度まで育つと「今回はエアレーションが足りなかったのかな?」などと別の原因を考えてしまうものです。

上記の核酸成分は、アデノシンなどリン酸の付いていないヌクレオシドで構いません。ATP, CTP など高級品を入れる必要はありません。またすぐに加水分解されてしまうでしょう。それぞれ 20 mg ずつなどと書いていますが、あくまで目安です。およそ耳かき1杯ぐらいをポイッと入れるだけで OK です。心配な方は2杯ほど。後で書きますが、重水培養の場合はオートクレーブをしないことが多いです(1H の水蒸気が入ってしまうため)。そこでフィルターで滅菌処理をするのですが、核酸やビタミン類がうまく溶けておらず、フィルターで濾し取られてしまいます。そこで、滅菌という観点ではあまりよくないのですが、フィルター処理した後の培地溶液に(できればビタミンだけでも)を追加で耳かき一杯いれましょう。これがなかなか効きます。スパチュラはアルコールで拭いておくとよいでしょう。

また些細な事ですが、かつて念を入れて大きなメスシリンダーで作り、それをリンゴ型フラスコに移してオートクレーブしました。生えが悪いのです。何故でしょう?実は同じようにビタミン、核酸がうまく溶けておらず、リンゴ型フラスコに注いだ時に粉がメスシリンダーの壁にくっ付いたままになっていたのです。初心者の場合、このような些細なことが積み重なり、不思議なほどに菌が育ちません(特に重水培養)。数年間なんども経験を重ねると(その間、かなりの額の重水を浪費しますが)、自然にちゃんと生えるようになります。しかし、どの操作が実質的に改善に効いたのかを後で考えてみても思いつかない場合が多いものです。ここに書いた失敗談はもちろん私個人だけのものではなく、黙々と実験する人があまりいなかった当時の環境での 15 hr/day(もちろん、アルコール浸りも含めて)の情報交換(おしゃべり?)によるものです。

鉄 FeCl3 の溶液ですが、昔に比べて入れる量が増えてきています。増やすほどよく生えるので、もっと増やせるかもしれません。ところが本来は鉄をあまり入れ過ぎると良くはないのです。実はその理由が意外にも別のところにあります。鉄試薬の中には微量の変な金属が混じっています。それを trace-metal と呼ぶのですが、どうもそれが効いているらしいのです。そのため、high-grade, high-puritiy Fe などの高級な試薬を選ばずに、いっぱい不純物の入った安い鉄試薬を使いましょう。上記では最終濃度は 10 uM となります。ところが 100 uM 程度までは可能なようです。いろいろな trace-metal の組み合わせ(その4で紹介)を作ってもよいのですが、面倒な場合は代わりに 100 uM 分入れることで対応できるかもしれません。

同じようにイオン交換水や RO 水は時にはダメです。水道水がよいです。特に誰もそのまま飲みたがらないような古い建物の水道水そのままがよいです。さすがに以前の私の建物の水道水のように出てきたはなから明らかに茶色というのはダメかもしれません。その場合は、簡単なフィルターを通せばよいでしょう(イオン交換ではなく、ただの糸巻きフィルター)。これは冗談ではなく本当の話ですが、発現が悪くて何ヶ月も悩んでいたことがあり、ある時、断水の後の汚い水道水をそのまま使ってみると、SDS-PAGE に 5mm はあろうかというバンドが現れたことがありました。嬉しかったのですが、なんてちっぽけな事で何ヶ月も浪費してしまったことかとかなり悲しい気分でした。ちょっと過去のデータを探してみたのですが、差がはっきり出た時のデータが見つかりませんでした。


さて上記の溶液が出来上がれば、オートクレーブです(重水培地ではオートクレーブせず、フィルター処理)。その時にマグネットスタラーを入れておくと良いかもしれません。そして、よーく冷やしてから、先の「10☓ 塩溶液 A」を加えます。したがって、このビタミンと核酸溶液 B の方を、実際に使う予定の培養フラスコに作っておくとよいでしょう。エアレーションをよくするためにできるだけ大きなフラスコ、さらにバッフル付きを選びます。ここでよく混ぜておきましょう。そうでないと、次にカルシウムなどを入れた際に、リン酸カルシウムなどの沈殿が生じてしまいます。混ぜるのは必ず冷やしてからです。急ぎの場合は、マグネットスタラーでかき混ぜると早く冷めます。低温室に静かに置いておいても、表面だけが冷えて中の方はまだ熱いなんてことが起こります。熱いまま混ぜてしまうと、ここ勉強不足で申し訳ないのですが、大腸菌にとっての毒素ができてしまいます。そこで、両者を先に混ぜてオートクレーブしてもいけません。

さて、ここまで読んですでにオートクレーブを始めてしまっていたら、どうもすみません。プレカルチャーのことを忘れていました。上記は培地 1L での仕様です。その場合、プレカルチャーとして 100-200mL ぐらいが適当です。そこで、出来上がった B 溶液のうち 88mL を小さめのリンゴ型フラスコにとっておき、オートクレーブするとよいでしょう。あるいは、小さめの「空の」リンゴ型フラスコの底に水を 100cc ほど入れておいてオートクレーブするとよいでしょう(後でその水は捨てます)。そして「その4」で書くように、A + B 以外のさまざまな試薬を混ぜておいてから 100cc だけをその小さめのリンゴ型フラスコに移すとよいでしょう。どちらか好きな方を選んでください。注意点は pre-culture 培地に [13C]-glucose などを入れても、main-culture 培地にはまだ入れてはいけないということです。ちゃんと pre-culture で大腸菌が育っているのを確かめてから、植え継ぐ直前に [13C]-glucose, [15N]-NH4Cl, 抗生物質などを加えます。

付録:

上記の金属ストック溶液の濃度を間違えてしまうと駄目ですので、ちょっと参考までに学生に計算してもらいました。

FeCl3 を 0.81 g 秤量し、水を加えて 50 mL にすると 100 mM となる。
MgSO4・7H2O を 12.31 g 秤量し、水を加えて 50 mL にすると 1,000 mM となる。
MnCl2・4H2O を 0.49 g 秤量し、水を加えて 50 mL にすると 50 mM となる。
CaCl2・2H2O を 0.37 g 秤量し、水を加えて 50 mL にすると 50 mM となる。
ZnCl2 を 0.14 g 秤量し、水を加えて 50 mL にすると 20 mM となる。

もちろん、水和水の数が異なる試薬しか試薬棚にはないかもしれません。その場合は、モル濃度が同じになるように、ちょっと計算しなおしてください。上記はいずれも最終 50 mL になりますので、フィルター処理して 50 mL ファルコンチューブ(in 冷蔵庫)に入れておくと、何年でも大丈夫でしょう。なお、重水培養の時のために、重水で溶かしたストックもあってもよいかもしれません(水和水から 1H が少し混入してしまいますが)。遮光の意味でアルミホイルに包んでおくとよいでしょう。なお、FeCl3 の濃度が 100 mM と上記の 10 倍濃いですが、これを 1 mL/(L medium) 加えても大丈夫なようです。水が赤茶けて心配になりますが、今のところ大腸菌の育ちはむしろすごく良いです!

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