2017年11月11日土曜日

すぐにナノディスクへ

先日はナノディスクについてご紹介しました。もし、無細胞でのタンパク質合成系(cell-free protein synthesis system)が使えれば、リボソームでペプチド新生鎖が翻訳されて出てくると同時にナノディスクに入れて同時にフォールドさせるという方法も採れます。前回も含めこれまでの方法では、対象とする膜蛋白質はナノディスクに入れる前に一旦は界面活性剤(detergent)にまぶしておく必要があります。しかし、もしその膜蛋白質が detergent に弱ければ、その時点でアウトになってしまいます。今回の方法では、detergent でまぶす過程を無くしています。生体内では膜蛋白質が膜に組み込まれる際には translocon のような複合体の助けがあります。しかし、この実験では translocon を使っておらず、どのようにして膜に組み込まれるのかについては、まだよく分かっていないのだそうです。

O. Peetz, E. Henrich, A. Laguerre, F. Löhr, C. Hein, V. Dötsch, F. Bernhard, and N. Morgner (2017) Insights into cotranslational membrane protein insertion by combined LILBID-mass spectrometry and NMR spectroscopy. Anal. Chem., DOI: 10.1021/acs.analchem.7b03309.

これも出来立てのホヤホヤで、まだページ数が割り当てられていません。

結果として、これはホモ多量体の膜蛋白質の場合ですが、最初の単量体サブユニットが膜内に入った後それがフォールドして、あるいはフォールドしながら2個目のサブユニットを引き寄せるといった協同性(cooperativity)が見られたそうです。つまり、まずは膜の外で複数のサブユニットが寄り集まって、事前に多量体としてちゃんとフォールドしてから一斉に膜に入っていくのでは*ない*ということです(日本語は結論である not が文末に来るのでややこしい)。また、それぞれのサブユニットが独立に同じ確率で膜に入っていくのでもない。むしろ二個目、三個目と進むほど、すでに入ったサブユニットに引き寄せられるかのように、次のサブユニットが膜に入っていくということだそうです。

ナノディスクは、下記の Wagner さんの論文を参考にしています。足場蛋白質の長さをいろいろと変えて、ナノディスクの直径を変えられます。

Franz H., et al. (2013) J. Am. Chem. Soc. 135 (5), 1919–1925. DOI: 10.1021/ja310901f

まず、5,6量体であるプロテオロドプシンを解析しています。ナノディスクのモル比を下げるほど(例えば 1/6 モル比)、一つのナノディスクに含まれるサブユニットの数が増えたそうです。このことから、プロテオロドプシンは事前に5,6量体を形成してからナノディスクに一緒に入るのではないだろうと推測しています。もし一緒に入るのならば、いつでも条件に関わらず5,6量体となるはずです。さらに、ナノディスクのモル比の方が 1.2 倍ほど多くなるように混ぜても、結果として二量体の形で組み込まれており、多くのナノディスクが空として残るという偏りが観られたそうです。もし、均等に同じ確率で入るのであれば、むしろ単量体が入ったナノディスクがもっと増え、空のナノディスクはもっと少ないでしょう。これは、最初にナノディスクに入ったサブユニットが二個目を誘き寄せるという協同性があることを示しています。

Polysome と呼ばれるように mRNA にはリボソームが数珠つなぎに並んで、ちょっとした渋滞?を引き起こしています。例えば Essential Cell Biology 4th ed. の Fig. 7-39 にその様子が載っています。mRNA の 3' 末端に行く程リボソームが古く、そこには長いポリペプチド新生鎖が繋がっていて、それはすでにナノディスクの中に入り込んで fold を終えるところかもしれません。そのリボソームのすぐ後ろには次のリボソームがほとんど追いついていて、そこから伸びたポリペプチド鎖は、今やナノディスクの中に引き込まれようとしています。それは、最初のサブユニットが次のサブユニットに対して相互作用部位をチラつかせるためでしょう。もし、二個目のサブユニットが逆さまにナノディスクに入ってしまったら、中で 180 度回転して正しい向きに直っているかもしれません。また、次のリボソームが遠く引き離されてしまっていれば、そこから伸びたポリペプチド鎖は独立に新しいナノディスクに入ってしまうかもしれません。もし、ナノディスクがモル比でいっぱい有り過ぎると、どうしても独立に単量体としてナノディスクに配置してしまう確率が増えてしまうでしょう。

Scaffold 蛋白質を 13C で標識しておき、13C-NMR を測るとナノディスクの濃度が得られます(13Co で測定)。さらに 31P-NMR を測ると脂質の濃度が得られます。後者を前者で割り算すると、一つのナノディスクに入っている脂質の個数が分かります。その結果によると、蛋白質がナノディスクに組み込まれる際に、その体積(面積?)分の脂質は跳ね除けられて飛んで行ってしまうようです。まあ、満杯の風呂桶に浸かると、水が溢れてしまうようなものです。

ところで、LILBID-MS という質量分析法が出てきて困ってしまいました。フランクフルト大学(別名:ゲーテ大学)(Morgner 研)で猛威を奮っているのですが、国内では関連する HP が見つからないのです。どうも、今回のような膜蛋白質などを壊さないでイオン化して TOF-MS などで測る一種の native-MS 法のようです。そのような意味では、MALDI と似ているのかもしれません。

混乱した原因の一つに訳語があります。Laser-Induced Liquid Bead Ionization Desorption mass spectrometry と載っていることが多いのですが、bead が beam になっている説明も時々出てきます。最初は beam だったそうです。つまり、蛋白質試料を HPLC ポンプなどを使って溶液ビームの形で真空中に細く噴出させ(径 10 μm)、そこに水の O-H 振動周波数の赤外レーザーを当てると水滴が爆発膨張して?(事前に作られている?or その時に作られる?)イオンを脱離させる。溶媒のかなりがこの時に蒸発するのでしょうか?イオンは、ちょっとだけ水和した状態で溶媒から脱離するようです。溶液ビームでサーチすると、X 線自由電子レーザーでの試料の噴射の説明などが出てきますので、そのようなイメージなのでしょうか?ビームという言葉がレーザに関するものと勘違いしてしまい、かなり混乱してしまいました。実は水鉄砲のことでした。

ところが、今は droplet(水滴)にしてレーザ光線に当てるそうで、そのために bead という単語に置き換えられつつあるのだとか。。。水滴にした方が量が少なくて済むのでしょう。イオンはあまり荷電されていないそうです。それにアニオン(負電荷)が多そうです。弱いレーザを使うと非共有結合が保たれたまま飛んでいきます。もちろん、レーザのパワーを強くすると、対象分子の疎水的相互作用、水素結合、静電的相互作用などは壊されてバラバラになってしまいます。それはそれで、構成サブユニットが分かって良いのですが。例えば、今回のようにナノディスクの中に何量体が組まれているのか?などを探るのに向いています。また、塩や界面活性剤に対しても強いそうです。とは言え、今回の実験では、50mM 酢酸アンモニウム pH 6.8 を使い、脱塩スピンカラムで溶媒交換したようです。Blue-native PAGE と組み合わせると面白いとも書かれていました。ゲルのバンドから切り出して LILBID-MS にかける場合、1 MDa の蛋白質でも 30 pmol = 30 μg ほどで検出できるそうで、これは NMR の必要量の 1/100~1/1,000 ぐらいに相当します。話があやふやで、どうもすみませんでした。

足場?ベルト?

膜蛋白質は脂質二重膜に埋め込まれています。脂質(アルキル鎖)部分と接している蛋白質の表面は疎水的であるため、蛋白質を(脂質の成分を混ぜずに)水溶液のままで解析しようとすると、その疎水性部分どうしで引っ付いて凝集、沈殿してしまいます。この現象は、餃子油が酢醤油の中でひとりでに集まるのと同じ物理原理によります。そこでよく使われる試薬が界面活性剤(detergent)です。界面活性剤が蛋白質の疎水性の表面にうぶ毛のように生えて?疎水性の部分を覆ってしまいます。そして界面活性剤の頭の親水性の部分が表面に露出するような形となり、全体として水に溶けます。

界面活性剤はアルキル鎖の尻尾の部分が短く、しかも一本だけですので、リン脂質二重膜の成分と比べると低分子量です。そして、界面活性剤だけですと、くるんと湾曲して球状ミセルになってしまいます。逆に尻尾が長く2本あると、これは界面活性剤とは呼びませんが、湾曲せずに二重膜の形をとりつつ広く拡がっていきます。このようにミセルは脂質二重膜の環境とはちょっと違ってしまうのですが、その低分子量さゆえに NMR や X 線結晶構造解析を含む構造解析でよく使われます。ちなみに電気泳動でよく使う SDS(Sodium Dodecyl Sulfate)も界面活性剤です。洗剤もです。今回の論文に出てくる、DPC(Dodecyl Phospho Choline), DDM(Dodecyl-D-Maltoside)も界面活性剤に入ります。SDS は蛋白質を変性させてしまう傾向が強く、しかも負電荷を持っているので、SDS-PAGE 電気泳動に使われます(変性して長く伸びたポリペプチド鎖に SDS が万遍なくまぶされ、プラス電極の方に引っ張られていきます。この均等にまぶされているということが重要です。もしある蛋白質だけ特別に SDS がたくさんくっ付いていると、高分子であるにもかかわらず SDS-PAGE で他よりもよく流れるといった現象が起きてしまいます)。一方、DDM は電荷をもっておらず、蛋白質に対してちょっと温和です。

しかし、別の問題も生じてきます。界面活性剤がリガンドをも覆ってしまい、観たい受容体との相互作用が消えてしまうかもしれません。また、相手方蛋白質が水溶性であれば、界面活性剤はこれを unfold してしまうかもしれません。そのようなわけで、もう少し脂質二重膜の環境に近い状況を作ろうというわけでミニバイセル(small bicelle)が使われます。しかし、大きさが小さい場合は NMR できれいなスペクトルを見せますが、縁の界面活性剤成分と両面のリン脂質成分が速く交換してしまい、純粋な脂質二重膜を模倣しているとも言い切れないそうです。

Chih-Ta Henry Chien, Lukas R. Helfinger, Mark J. Bostock, Andras Solt, Yi Lei Tan, and Daniel Nietlispach (2017) An adaptable phospholipid membrane mimetic system for solution NMR studies of membrane proteins. J. Am. Chem. Soc. 139 (42), 14829–14832. DOI: 10.1021/jacs.7b06730

そこで注目を浴びているのがナノディスク(nano-disc)です。成分はリン脂質でできており、円盤の周りにベルトの働きをする蛋白質が紐のように取り巻いています(apolipoprotein A1 など)。そのため、円盤の淵を囲むための界面活性剤が要りません。この周りの蛋白質は論文ではよく scaffold 蛋白質と書かれています。しかし、この scaffold という単語は、どちらかといえば「工事現場のビルの周りに建てられている足場(よく台風で飛んでいってしまってニュースに出る板と金属パイプ)」です。この単語がナノディスクにおける足場をうまく表していないこともないのですが、むしろ「ベルト」と表現した方がニュアンスに合っているような気がします。

早速、次のキーワードをグーグル画像検索に入れてみましょう。それぞれの構成がよく分かります。

画像検索「nanodisc bicelle micelle membrane protein nmr」
画像検索「scaffold」

ナノディスクでも問題となるのは、やはりその大きさです。NMR での観測のためには、できるだけ小さな分子量にしたいので、短めの scaffold 蛋白質を選びます。しかし、短くし過ぎて膜蛋白質がちゃんとディスクの脂質二重層部分に埋め込まれていないという事態も起こり得ます。いずれにしても、1つの系を成功させるためには、さまざまな条件をスクリーニングして、その蛋白質にもっとも向いたナノディスクを探すことになります。

今回のこの論文では、saposin-A(スフィンゴ脂質活性化蛋白質)を使っていろいろな大きさにできるナノディスクを紹介しています。Saposin-A はこれまでにもいろいろな論文に登場してはいるのですが、ちょっと勉強不足のため、今回の論文との差異をよく理解しておりません。何個かの saposin-A 蛋白質が、それぞれの頭と尻尾でつながってベルトを形作ります。個数を多くすると長くなり、大きな円周のナノディスクを作ることができます。このようにサイズを自由自在に?変えられる点がアピールポイントとなっているようです。

画像検索「saposin-A LDAO」

Saposin-A 蛋白質ですが、pH 4.8 ですと不安定で水に溶けません。しかし、逆にリン脂質である DMPC とはかえって相性がよく、そのままでナノディスクを作ってしまいます。一方、中性付近の pH ですと、saposin-A 蛋白質は閉じた状態で安定化してしまうため、そのままでは DMPC と相互作用しません。そこで界面活性剤である DDM を先に混ぜておきます。DMPC も DDM と混じることにより溶けやすくなります。DDM は saposin-A 蛋白質を開いた状態に、つまり、DMPC を囲みやすい状態にします。そして、界面活性剤をトラップするビーズに通して DDM だけを取り除いてやると、DMPC の周りに saposin-A 蛋白質がベルトのように巻きついたナノディスクが出来上がるのだそうです。2種類できあがり、小さい方のディスクは Sap-A : DMPC = 3 : 42、大きい方のディスクは Sap-A : DMPC = 4 : 180 のモル比だったそうで、なにげなく論文の図のような円盤を想像することができます。

実際の膜蛋白質との複合体についてですが、DPC-ミセルで可溶化させた膜蛋白質 OmpX といっしょに混ぜてナノディスクを作ると、上記の小さい方のナノディスクに OmpX が埋まった形になったそうです。ロドプシン(26.4 kDa)で調べたところでは、ミセルの方がきれいに観えています。しかし、実はミセル型は単量体で、今回の salipro 型は二量体になっているそうです(saposin-A 4本から成るナノディスク1個にロドプシンが2量体で埋まっている)。そのため、後者の分子量は 200 kDa に及び、さすがにこの高分子量で重水素化していないのであれば、それほどきれいには観えないでしょう。

また、GPCR であるアドレナリン β1 受容体も試しています。そして、アゴニストであるイソプレナリンとの相互作用を観ています。受容体はメチオニンのメチル基のみを 13C で標識しています([13Ce]-Met を Sf9 細胞の培養培地に入れている)。一般的にメチル基は NMR で非常に感度が高いですので、高分子量の蛋白質でしばしば観測の対象とされます。中でも Met はいろいろな意味で観測しやすいです。

ナノディスクに埋め込みたい蛋白質は、事前に界面活性剤(0.5-1.0% DPC や DDM)でまぶして可溶化しておきます。そして、ナノディスクを作っていく過程でいっしょに混ぜておくと、80% 以上の蛋白質が出来上がりつつあるナノディスクに埋め込まれていくように読めます。次回は、界面活性剤で事前に蛋白質をまぶさないで、ナノディスクに埋め込む技法を紹介したいと思います。