2017年11月11日土曜日

足場?ベルト?

膜蛋白質は脂質二重膜に埋め込まれています。脂質(アルキル鎖)部分と接している蛋白質の表面は疎水的であるため、蛋白質を(脂質の成分を混ぜずに)水溶液のままで解析しようとすると、その疎水性部分どうしで引っ付いて凝集、沈殿してしまいます。この現象は、餃子油が酢醤油の中でひとりでに集まるのと同じ物理原理によります。そこでよく使われる試薬が界面活性剤(detergent)です。界面活性剤が蛋白質の疎水性の表面にうぶ毛のように生えて?疎水性の部分を覆ってしまいます。そして界面活性剤の頭の親水性の部分が表面に露出するような形となり、全体として水に溶けます。

界面活性剤はアルキル鎖の尻尾の部分が短く、しかも一本だけですので、リン脂質二重膜の成分と比べると低分子量です。そして、界面活性剤だけですと、くるんと湾曲して球状ミセルになってしまいます。逆に尻尾が長く2本あると、これは界面活性剤とは呼びませんが、湾曲せずに二重膜の形をとりつつ広く拡がっていきます。このようにミセルは脂質二重膜の環境とはちょっと違ってしまうのですが、その低分子量さゆえに NMR や X 線結晶構造解析を含む構造解析でよく使われます。ちなみに電気泳動でよく使う SDS(Sodium Dodecyl Sulfate)も界面活性剤です。洗剤もです。今回の論文に出てくる、DPC(Dodecyl Phospho Choline), DDM(Dodecyl-D-Maltoside)も界面活性剤に入ります。SDS は蛋白質を変性させてしまう傾向が強く、しかも負電荷を持っているので、SDS-PAGE 電気泳動に使われます(変性して長く伸びたポリペプチド鎖に SDS が万遍なくまぶされ、プラス電極の方に引っ張られていきます。この均等にまぶされているということが重要です。もしある蛋白質だけ特別に SDS がたくさんくっ付いていると、高分子であるにもかかわらず SDS-PAGE で他よりもよく流れるといった現象が起きてしまいます)。一方、DDM は電荷をもっておらず、蛋白質に対してちょっと温和です。

しかし、別の問題も生じてきます。界面活性剤がリガンドをも覆ってしまい、観たい受容体との相互作用が消えてしまうかもしれません。また、相手方蛋白質が水溶性であれば、界面活性剤はこれを unfold してしまうかもしれません。そのようなわけで、もう少し脂質二重膜の環境に近い状況を作ろうというわけでミニバイセル(small bicelle)が使われます。しかし、大きさが小さい場合は NMR できれいなスペクトルを見せますが、縁の界面活性剤成分と両面のリン脂質成分が速く交換してしまい、純粋な脂質二重膜を模倣しているとも言い切れないそうです。

Chih-Ta Henry Chien, Lukas R. Helfinger, Mark J. Bostock, Andras Solt, Yi Lei Tan, and Daniel Nietlispach (2017) An adaptable phospholipid membrane mimetic system for solution NMR studies of membrane proteins. J. Am. Chem. Soc. 139 (42), 14829–14832. DOI: 10.1021/jacs.7b06730

そこで注目を浴びているのがナノディスク(nano-disc)です。成分はリン脂質でできており、円盤の周りにベルトの働きをする蛋白質が紐のように取り巻いています(apolipoprotein A1 など)。そのため、円盤の淵を囲むための界面活性剤が要りません。この周りの蛋白質は論文ではよく scaffold 蛋白質と書かれています。しかし、この scaffold という単語は、どちらかといえば「工事現場のビルの周りに建てられている足場(よく台風で飛んでいってしまってニュースに出る板と金属パイプ)」です。この単語がナノディスクにおける足場をうまく表していないこともないのですが、むしろ「ベルト」と表現した方がニュアンスに合っているような気がします。

早速、次のキーワードをグーグル画像検索に入れてみましょう。それぞれの構成がよく分かります。

画像検索「nanodisc bicelle micelle membrane protein nmr」
画像検索「scaffold」

ナノディスクでも問題となるのは、やはりその大きさです。NMR での観測のためには、できるだけ小さな分子量にしたいので、短めの scaffold 蛋白質を選びます。しかし、短くし過ぎて膜蛋白質がちゃんとディスクの脂質二重層部分に埋め込まれていないという事態も起こり得ます。いずれにしても、1つの系を成功させるためには、さまざまな条件をスクリーニングして、その蛋白質にもっとも向いたナノディスクを探すことになります。

今回のこの論文では、saposin-A(スフィンゴ脂質活性化蛋白質)を使っていろいろな大きさにできるナノディスクを紹介しています。Saposin-A はこれまでにもいろいろな論文に登場してはいるのですが、ちょっと勉強不足のため、今回の論文との差異をよく理解しておりません。何個かの saposin-A 蛋白質が、それぞれの頭と尻尾でつながってベルトを形作ります。個数を多くすると長くなり、大きな円周のナノディスクを作ることができます。このようにサイズを自由自在に?変えられる点がアピールポイントとなっているようです。

画像検索「saposin-A LDAO」

Saposin-A 蛋白質ですが、pH 4.8 ですと不安定で水に溶けません。しかし、逆にリン脂質である DMPC とはかえって相性がよく、そのままでナノディスクを作ってしまいます。一方、中性付近の pH ですと、saposin-A 蛋白質は閉じた状態で安定化してしまうため、そのままでは DMPC と相互作用しません。そこで界面活性剤である DDM を先に混ぜておきます。DMPC も DDM と混じることにより溶けやすくなります。DDM は saposin-A 蛋白質を開いた状態に、つまり、DMPC を囲みやすい状態にします。そして、界面活性剤をトラップするビーズに通して DDM だけを取り除いてやると、DMPC の周りに saposin-A 蛋白質がベルトのように巻きついたナノディスクが出来上がるのだそうです。2種類できあがり、小さい方のディスクは Sap-A : DMPC = 3 : 42、大きい方のディスクは Sap-A : DMPC = 4 : 180 のモル比だったそうで、なにげなく論文の図のような円盤を想像することができます。

実際の膜蛋白質との複合体についてですが、DPC-ミセルで可溶化させた膜蛋白質 OmpX といっしょに混ぜてナノディスクを作ると、上記の小さい方のナノディスクに OmpX が埋まった形になったそうです。ロドプシン(26.4 kDa)で調べたところでは、ミセルの方がきれいに観えています。しかし、実はミセル型は単量体で、今回の salipro 型は二量体になっているそうです(saposin-A 4本から成るナノディスク1個にロドプシンが2量体で埋まっている)。そのため、後者の分子量は 200 kDa に及び、さすがにこの高分子量で重水素化していないのであれば、それほどきれいには観えないでしょう。

また、GPCR であるアドレナリン β1 受容体も試しています。そして、アゴニストであるイソプレナリンとの相互作用を観ています。受容体はメチオニンのメチル基のみを 13C で標識しています([13Ce]-Met を Sf9 細胞の培養培地に入れている)。一般的にメチル基は NMR で非常に感度が高いですので、高分子量の蛋白質でしばしば観測の対象とされます。中でも Met はいろいろな意味で観測しやすいです。

ナノディスクに埋め込みたい蛋白質は、事前に界面活性剤(0.5-1.0% DPC や DDM)でまぶして可溶化しておきます。そして、ナノディスクを作っていく過程でいっしょに混ぜておくと、80% 以上の蛋白質が出来上がりつつあるナノディスクに埋め込まれていくように読めます。次回は、界面活性剤で事前に蛋白質をまぶさないで、ナノディスクに埋め込む技法を紹介したいと思います。

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