2019年6月21日金曜日

無冷媒磁石

NMR ハードウェア、特に磁石のことが勉強不足なので、ちょっと下記の論文を読んでみました。

Silva Elipe M.V., Donovan N., Krull R., Pooke D., Colson K.L. (2018) Performance of new 400-MHz HTS power-driven magnet NMR technology on typical pharmaceutical API, cinacalcet HCl. Magn. Reson. Chem. 56(9), 817-825. doi: 10.1002/mrc.4740

下記に磁石の写真が載っていました。
https://www.bruker.com/fileadmin/user_upload/5-Events/2018/BBIO/PANIC/3._Performance_of_New_400_MHz_HTS_Power-driven_Magnet_NMR_Technology_on_Cinacalcet_HCL__Typical_API_in_Pharma_.pdf

1951 年に 30 MHz NMR でエタノールの 1H スペクトルがとられました。翌年の 1952 年にパーセルとブロッホがノーベル賞をとり、同年 30 MHz NMR が早くも発売されました。その時の磁石は永久磁石でした。そして、40, 60 MHz と続きましたが、永久磁石ではそれ以上は磁場強度を上げることができませんでした。そして 1960 年には、今度は電磁石の 100 MHz が登場しました。電磁石は永久磁石よりも磁場強度を上げることができます。しかし、安定性の面ではむしろ劣っていました。さらに重量も重く、電気代もかさみ、水でひたすら冷やさないといけませんでした。そのような事情から 200 MHz から上は超伝導の時代となります。そして、今や 1.1 - 1.3 GHz の時代となりつつあります。

このように磁場強度が大きくなるにつれて、冷媒である He が問題になってきました。数年前から He 不足がアメリカでも大きく採り上げられており、とうとう日本にも 2019 年現在、価格上昇、供給困難という形で襲ってきました。そこで、無冷媒の磁石の開発に期待が寄せられているところです。

2013 年には 200 MHz で試作機が作られました。これには He コンプレッサとコールドヘッドが使われており、温度が 18 K の高温超電導(HTS)が利用されています。「あれ?無冷媒といいながら、やはり「ヘリウム」を使っているではないか」と言われそうですが、ちょっと仕組みが異なります。これまでの磁石は「液体 He」を使っており、その温度は 4 K でした。800 ~ 900 MHz 以上では、これをさらに冷やして超流動の起こる 2 K 以下にまで持って行っています(妖怪人間の世界です。若い人はこのアニメを知らないかな?)。しかし、上記の試作機では「気体 He」が使われています。18 K 4 K から見るとずっと高温になります。コンプレッサを使うと He を少し圧縮して貯めることができ、これでコールドヘッドに常に He ガスを供給することができます。ちょうど自転車屋さんの自動空気入れと全く?同じです(もっと高級ですが)。コールドヘッドはピストンとシリンジから成り、これで He ガスをもっと圧縮します。そして、圧縮された He ガスを冷やしたい箇所でパッと開放します。すると、He 分子は喜んで四方八方に飛び散っていきます。その際に温度が下がります。

なぜ温度が下がる?これ難しいのです。ジュール・トムソン効果という物理現象を利用しているのですが、断熱膨張とはちょっと違うようです。断熱膨張とは、気体分子が周りに飛び散る時に周りの壁を押し広げてしまうので仕事を一杯してしまい、この疲れ(エネルギー消費)により温度が下がるというものです。ジュール・トムソン効果では、広がろうとする分子が周りの壁を押す代わりに、分子同士が引き合う力に抵抗します。これに逆らうように分子同士が離れて行きますので、やはりエネルギーを消費して疲れてしまい、温度が下がってしまうのです。分子同士が思いっきりぎゅっと引き合っている状態は液体や固体です。凍結乾燥(フリーズドライ)などで氷である固体が真空中で気体に昇華すると、そのひっつき合っている分子間力に逆らって仕事をすることになり、結果として温度が下がります(だから溶けない)。そういう意味では気化熱とも言えなくもありません。しばしばNMR の見学者には、注射の前にアルコールを皮膚に塗るとヒヤッとするとか、炭酸コカ・コーラの栓を思いっきり外すと、瓶の口から冷えた白いモヤモヤ煙が見えるなどと言って説明しているのですが、全くの間違い?ではないのでしょうか?専門ではなくすみません ... (ここでは EMAN の物理学 https://eman-physics.net/thermo/jt_effect.html を参考にさせて頂きました。すばらしいサイトです。たいへん勉強になりました)。

話がそれてしまいましたので、元に戻ります。要は、コールドヘッドで圧縮した He ガスをパッと膨張させて冷やしているということです。これはちょうど、そう cryoprobe, coldprobe の仕組みと同じです(Cryoprobe は静磁場の大きな超電導コイルではなく、プローブの中のミニ検出コイルを 20K ぐらいに冷やしている)。このコールドヘッドは注射器のお化けのようなものですが、ピストンとシリンジとの間の気密性がすごく高く(そうでないと、小さい He 分子が抜けてしまう)、1年ぐらい経つとスカスカになります。それの交換代やその他もろもろの諸経費が車一台分ぐらいかかりますので、決してベストなチョイスではありません。しかし、液体 He の単価が上がってくると、選択肢の中に入ってくるわけです。ちなみに、He ガスは循環させることができます。だんだん汚くなってきますので、フィルターを通して油やゴミを取り除きますが、定期的に高純度(99.9999 % どうやって精製するの?)の He ガスと入れ替えることも必要です。しかし、超電導磁石に注入する「液体 He」の量に比べると少ないといえます。

著者らは 400 MHz の無冷媒磁石を作ったそうです。ちなみに電源を繋げ放しの通電モードです。評価用のサンプルとして 19F も含んだシナカルセト塩酸塩(重水素化 d4 メタノール溶媒)を使っています。普通の低温超電導磁石(4 K)でのスペクトルと比べると、やはり一次元では HTS に若干の分解能の低下が見られます。著者らは HTS は励磁してまだ数日しか経っていないためで、ドリフトが大きいからと推察していますが。2次元 NOESY, COSY でも少し感度が悪いように見えます。サンプル管をシゲミ管に換え、サンプル高さを 24 mm から 18 mm に縮めると(それに応じてプローブとシムスタックも交換)、感度は低下したが分解能は通常の磁石に匹敵するようになったとのことです。ということは、ドリフトの問題ではないのでは?という気もします。むしろ z-方向のシムが悪い(B0-inhomogeneity)ためではないでしょうか?B1-inhomogeneity(パルスがサンプルの上下限に届きにくくなること)かもしれませんが、1H 1D ですでに分解能に差が出ているので、そうではないような気がします。

2019年6月19日水曜日

やはり ATCase

書きかけの文章が山積みになっていますので、少しずつチェックしていこうと思います。下記もそうですが、これは 2014 7 18 日「見掛けと本質の親和性は違う」と関連しています。

Aspartate transcarbamoylase は、教科書に必ずと言って良い程出てくる allosteric-蛋白質の代表格です。教科書によると、ATP はこの蛋白質の平衡を T から R 状態に移動させ、逆に、CTP R から T 状態に平衡を移動させます。T R 状態では構成しているサブユニットの配置が異なるだけで、それぞれのサブユニットの構造が大きく変化しているわけではないようです。そして、基質であるアスパラギン酸は R 状態により強い親和性を持つ為、結果として ATP は促進材として、逆に CTP は阻害剤として働きます。これを({ATP, CTP} Asp という異なるリガンドでの相関であるので heterotropic な)MWC 協奏的モデルと呼びます。

しかし、過去の論文はよく調べるべきで、何とこの MWC モデルに反するデータも多く出ているようです。それによると、ATP CTP は活性サブユニットの立体構造そのものを変化させて、アスパラギン酸がより強く相互作用するようにしているのではないかという考えで、実際に証拠を示す実験のデータも出ていたようです(direct effect model)。そして、平衡が T から R 状態に移ったように見えるのは、Asp を加えた二次的結果であるとしています。なるほど、その可能性もあり得ます。また、これは一種の induced-fit モデルとしての KNF 逐次モデルに繋がります(ただし heterotropic な条件の下で)。MWC モデルとこの KNF モデルは、本来は連続的なモデルであってもよい中で、お互いに両極端の位置にあります。よって、これらの混合モデルがあっても不思議ではありません。R-T 平衡状態がずれることに加えて、更に R -> R' T -> T' のような構造変化も起きているのかどうかです。

Velyvis A., Yang, Y.R., Schachman, H.K., Kay L.E. (2007) A solution NMR study showing that active site ligands and nucleotides directly perturb the allosteric equilibrium in aspartate transcarbamoylase. PNAS 104, 8815-8820. https://doi.org/10.1073/pnas.0703347104

Velyvis A., Schachman H.K., Kay L.E. (2009) Application of methyl-TROSY NMR to test allosteric models describing effects of nucleotide binding to aspartate transcarbamoylase. J Mol. Biol. 387, 540-547. doi: 10.1016/j.jmb.2009.01.066

さて、彼らは 2007 年度にこの蛋白質を NMR で調べ(基質ではない)ATP CTP の添加によって、確かに R T 状態の間の平衡が移動することを発表しました。しかし、「この結果は MWC 協奏的モデルに従う」とは言えるが、この時点のデータだけでは、上記の direct effect model での構造変化が実際に起こっていないのかどうかの証明にはなっていませんでした。例えば、R -> R', T -> T' R' が基質である Asp のくっつきやすい構造)のような構造変化も考えられます。そこで、彼らは、今度は活性サブユニットのメチル基だけを標識し、確かに R -> R' のような構造変化は起こっていないことを証明しました。つまり、完璧に MWC 協奏的モデルに合致することを最終確認しました。同時にこれまでの「ATP, CTP の結合によって TR 間の平衡は変化しない」とするいかなるモデルをも却下することになりました。

構造変化が起こっていないことを証明するために、さらに RDC を測定しました(配向剤は PEG)。ATCase はきれいな3回回転対称の構造をとりますので、その回転中心がそのまま配向テンソルの主軸となります。さらに、活性サブユニットと制御サブユニットは別々に精製できるため、上記の化学シフト摂動実験の場合でも、活性サブユニットのみを 13C-1H メチル基選択標識し、制御サブユニットは非標識のままです。煮ても焼いても潰れないほど頑丈な蛋白質のようです。

また、この ATCase 300 kDa と特大ですが、サブユニットは対称的に配置されているため、測定試料の濃度は単量体換算で 0.3-1.0 mM 程度に相当します。メチル基の帰属が必要な気がしますが、実はこの蛋白質は、活性サブユニットと制御サブユニットを別々に調製し、後から混ぜ合わせて再構成させることができます。そのため、各ピークがどちらのサブユニットにあるかというサブユニット帰属ができるのです。さらに ATP, CTP などが存在している時と存在していない時とを比較するだけなので、残基ごとの細かい帰属はなくてもよいのです。

2009 年の論文によると、ATP, CTP が調節サブユニットに付いても活性サブユニットの立体構造は変わらなかった(ピークが動かなかった)ので、協奏的 MWC モデル以外は不可であるという結論になっています。しかし、たとえ三次構造は動かなくても、四次構造が変わればピークは動くはずです。そこで著者らは、平衡がずっと R 状態に固定されるような変異体を用いました。これならば ATP, CTP を加えても R-T の平衡はずれない(ずっと R 状態のまま)なので、四次構造に変化は起こらないはずです。単純に活性サブユニットの三次構造が変化するかしないかに集中できます。そして、この R 状態にある制御サブユニットに ATP が付くことによって初めて、さらなる R' 状態への構造変化が起こるのかどうかを調べました。その結果、R' に変化しませんでした(KNF モデルではリガンドが付いて初めて構造変化が起こる induced-fit の概念がもとになっています)。変異があるために R' に変化しなかっただけでは?とも勘ぐってしまいますが、きっと WT ATP をつけた時と同じ化学シフトであることを確認しているのでしょう。

なお、この構造変化は KNF モデルのことを言っているように聞こえるのですが(isotropic な)KNF モデルとは、同じリガンド同士の親和性についての話であり、ここでは ATP, CTP が付いた時の「基質」の親和性を論じているので、KNF モデルではなく direct-effect モデルと表しているのかもしれません。

2019年5月26日日曜日

メチル基の帰属に良い方法はあるのか?

扱う蛋白質の分子量が < 30 kDa ぐらいであれば、主鎖の 1H/15N を中心に帰属と解析を進めていくことができますが、もっと大きくなると、そもそも主鎖の帰属が困難になり、高分子量でも感度の高いメチル基に頼らざるを得なくなります。今回は、そのメチル基帰属に関する総説を読んでみました。

Gorman, S.D., Sahu, D., O'Rourke, K.F., and Boehr, D.D. (2018) Assigning methyl resonances for protein solution-state NMR studies. Methods 148, 88-99. doi: 10.1016/j.ymeth.2018.06.010.

(1)もし主鎖がすでに帰属されているのであれば

これはあまり大きくない蛋白質でのみ可能です。メチル基から同残基の主鎖の 1HN, 15N へ磁化を移動させる3次元あるいは4次元スペクトルをとってメチル基を帰属します。2H, 15, 13C で標識すると、より感度が上がります。筆者らは 30 kDa の蛋白質をこれで解析しました。大腸菌発現系では 15N, 13C, 2H の培地に、Ile, Leu, Val の前駆体(メチル基は 13C/1H, それ以外の側鎖部分は 13C/2H)を入れています。磁化は側鎖の 13C に沿って TOCSY で片道移動させています。つまり 3D CCONH, 3D HCCONH のメチル基版です。それぞれを3次元で別々にとっていますが、もし感度が高ければ4次元に拡張してしまって、メチル基の 1H, 13C とアミド基の 1H, 15N を同時に相関させてしまってもよいかもしれません。その方が Val, Leu のように2つのメチル基が見える場合に、1H 13C の化学シフトの組み合わせを間違えてしまうことを防げるでしょう。

一方、Tugarinov さんの論文(J.Am.Chem.Soc. 125, 13868 (2013))に紹介されているように、メチル基の磁化から 13Ca, 13Cb, 13Co などを経由して、またメチル基に戻ってくるパルス系列もあります。TOCSY ではなく COSY を使いますので Val Leu とでパルス系列がちょっと違ってきますが、とにかく長いパルス系列です。本当にこれで観えるのかな?とちょっと疑ってしまいますが、723 残基の MSG で観えていますので、そうなのでしょう。この蛋白質には 1H がメチル基にしかありません(アミド水素も 2H)。したがって 13C の横緩和が遅いことは確かです。

(2)主鎖の帰属がない時

分子量が 50 kDa を超えると主鎖の帰属が難しくなってきますので、上記の方法が使えません。この段落に何が書かれているのかに期待して今から読んでみます。NOE を使った methyl-walk point-mutation の方法しか書かれていないのであれば、やはり駄目か。。。と失望の色を隠せませんが。

(3)まずは NOE

メチル基を含むアミノ酸(I, L, V, M, A, T)のうちの何種類かを組み合わせて試料を調製します。著者らは IT-, VL-(ラセミ体), VL-(ジェミナル両方とも), V-, MILVT- 標識など5種類を調製しました。それぞれの前駆体が Table-1 にまとめられています(これは良い)。アミノ酸のスクランブルにはちょっと注意が必要です。特に Ala Ileγ2)などに流れていきますので、それを防ぐ方法が Table-1 に書かれています。Thr Ile などに流れやすいので、それを防ぐ方法が載っています。α-keto-isovalerate を入れると Leu Val の両方が観えますが、両者を区別するには 10% [2H]-Bioexpress Isogro などを入れて Leu ピークを薄めてしまう方法はよく知られています。Leu, Val にはジェミナルな2個のメチル基があります。その状態で NOE をとると(mixing time 40 ms と短く)、両者の間の交差ピークを見ることができます。しかし、残基間の NOE は小さくなってしまいますので、今度はラセミ体(どちらかだけが 13C/1H)か、あるいは立体特異的に pro-R pro-S のどちらかが 13C/1H12C/2H)で標識された前駆体を使います。2-aceto-lactate を入れる方法も有名です。しかし、それぞれを重水培養しないといけないので高くつきますし、分子量によっては果たして何年かかることやら。

ちょっと興味深かったことは、最初にメチル基の線幅を測っておくべきとのことです。13C (100 ms), 1H (400 ms) ぐらいに設定して二次元 HMQC をとります。もちろん、これは最高分解能を得るための acquisition time ですので、実際の 3D 4D での時間はこれより短いです。そして、線幅を測り、そこからそれぞれの適切な acquisition time を計算した方がよいとのこと。著者の蛋白質 60 kDa30 degC)では 13C T2 11 ms 程度であったので、 3D, 4D 測定における acquisition time 11 ms に設定したとのことです(線幅 1/(πT2) = 28 Hz)(ちなみに間接測定 1H acquisition time 20 ms)。この acquisition time=T2 LP をかける時には良いと思います。NUS の場合は、これの 1.5 倍ぐらいとっても良いのではないかと思います。

3D NOESY をとるか、それとも 4D をとるかの議論は、帰属での測定法での議論と同じです。3次元ですと、1H 13C の組み合わせを間違える可能性があります。最近は NUS がありますので、分解能を落とさずに 4D をとることが可能となりました。しかし、よく間違えられることは、NUS でとると感度が上がるという考え方ではないかと思います。実際に感度が上がって見えることが多いのですが、それは FT とは違った非線形的なプロセスの仕方が寄与しています(感度を上げる分だけ、いろいろな仮定を置いています。例えばベースラインはできるだけ滑らかにしようなど)。試しに普通のサンプリングでとったデータを zero-fill NUS でプロセスして感度を比べてみるとよく理解できます。感度は単純にマシンタイムで決まります。厳密には、感度は減衰していく時間データの中でどの部分をサンプリングするかにも依存してきますので、普通のサンプリングで zero-fill NUS でプロセスするのがもっとも高感度になることが多いです(分解能はだめですが)。

著者らは NUS データのプロセスに SMILE を使っているようです。サンプリングはランダムか exp-weighted が良いらしく、Poisson-gap S/N は良いがアーティファクトが多いとのことです。

本文では今後の対応として NUS, SOFAST, methyl-TROSY が勧められています。NUS はともかくとして、SOFAST methyl-TROSY は、お互いに相反する条件になってしまうのではないかと思います。Methyl-TROSY の効果を発揮するには 2H 化(メチル基以外)が必要です。そうでないと、メチル基の 1H のスピン状態 α, β が簡単に入れ替わってしまい、せっかくの methyl-TROSY 効果が台無しです。一方 SOFAST はメチル基の周りに 1H が多数あることによって作用します。周りが重水素化されていれば効果なしです。これらの中間の条件として、軽水に溶かしアミド水素を 1H に交換すれば良いのかもしれませんが、メチル基どうしで NOE をとる場合は重水に溶かした方がかなり感度が上がります(重水素化 70% などでは methyl-walk が混乱しますし)。そのような訳で、いろいろな論文に SOFAST methyl-TROSY の併用が書かれていますが、どうもよく分かりません。

Mixing-time の調整も必要です。蛋白質の大きさや温度、1H 密度によって変わってきます。そのため、3D, 4D 13C increment を止め、2D 1H/1H を測定し、もっとも交差ピークが多くなる mixing time を選ぶように勧められています。もちろん、残基内 NOE をとりたいか、残基間 NOE をとりたいかによっても変わってきますが。あまり長くし過ぎると、spin-diffusion を通して次の次の NOE が観えてしまうこともありますので、注意が必要でしょう。

(4)ソフトの活用

いよいよソフトによる帰属が出てきました。MAGIC MAGMA のうち、後者が紹介されています。他にも FLAMEnGO, Cyana(Methyl-FLYA), MAP-XSII などがありますが、どれが有効なのでしょう?まあ全て使ってみて最大公約数的に結果を採用するのが良いのかもしれませんが。ただし、それでも対象が大きくなってくるとソフトも苦しいようで、できるかぎり、アミノ酸の種類、Val, Leu のジェミナルなメチル基の組み合わせ(できれば、pro-R pro-S の特定)、変異によって決定した帰属などがあると良いようです。

著者らは二量体で 60 kDa という大きさの蛋白質を扱っていますが、濃度が単量体換算で 1.8 mM という濃さです。これで 3D 測定は 2-3 日、4D 測定は 5-7 日という長さで測定しています。しかし実際には多量体で 100 kDa、最高濃度も単量体換算で 0.1 mM程度といった状況も多く、困難は大きいでしょう。結局、そこで何年もかかるのであれば、Ile, Leu, Val, Metを一つずつ変異していく方が確実で速いのかもしれません。

2019年5月7日火曜日

外部参照ロックの方がよい?

蛋白 NMR の水溶液試料にはロック用に D2O 10% ほど入れますが、これが(CPMG を含む)T2 緩和実験の結果に系統誤差を生み出してきたという論文です。びっくりしましたが、確かに言われてみると、さもありなんです。15N-1H 15N-2H とでは 15N の化学シフト値が異なります。正確には化学シフトテンソルが異なるためですが、この違いは同位体シフトという形で蛋白質の 1H/15N スペクトルによく現れてきます。

Kumari, P., Frey, L., Sobol, A., Lakomek, N.A., and Riek, R. (2018) 15N transverse relaxation measurements for the characterization of µs-ms dynamics are deteriorated by the deuterium isotope effect on 15N resulting from solvent exchange. J. Biomol. NMR 72, 125-137. doi: 10.1007/s10858-018-0211-4.

例えば、普通の(echo-antiecho ではない)2D 1H-15N HSQC を測ると、スペクトルの右上の方に双子のピークが見えます。これらは Asn, Gln の側鎖の -NH2 由来のピークです。この双子ピークをよく見ると、それぞれのピークが雪だるまのように、胴体とその上の小さな頭から成り立っていることが分かります。よって、ペアピークを横線でつなぐと、双子の雪だるまが長い手をつないでいるように見えます。この上にちょこっと載った小さなピークは、隣の水素(ジェミナル水素)が 2H の時に 15N の化学シフトを検出したためです。もし、ロック用に D2O 10% 加えているならば、そのようなチャンスは 10% しかありませんので、小さな 1/10 強度のピークになります。この 2H-15N-1H 15N 化学シフトは高磁場の方に同位体シフトしますので、上にちょこっと乗っかったように見えます。この文献には 0.687 ppm ぐらいと書かれています。この値は 600 MHz NMR では 40Hz ぐらいに相当します。ちょうど 25 , pH 7.4 ぐらいで H/D exchange の速度(10-100 /sec)も近い値となり intermediate exchange の条件に入ってしまうのだそうです。CPMG 実験でも νcpmg < 100 Hz で顕著なアーティファクト(10% D2O 8 Hz!)が出るようです。これはまずいです。




H/D-交換速度は pH によって変わります。アミド水素の場合は pH3 で最低(10 分間に 1 回)pH6では 1 分間に 100 回と pH が1上がるごとに交換速度はおよそ 10 倍ずつ増えます(25 度において)。重水の分量によって「見かけの」R2 緩和速度が変わる現象は、ある程度 H/D 交換が速い領域と条件で見られるようです。つまり、水素結合を組んでいないアミド、高い pH、高い測定温度です。

パルス系列で CPMG が始まる直前での 15N-1H 量を 100 とします。直前までは 1H から 15N INEPT, refocused INEPT を通して磁化が移動されてくるので、これは当然です。15N-2H の磁化は INEPT と位相回しで除かれます。もしロック用に重水を 10% 入れていたとすると、この 100 15N-1H CPMG の間にどんどん減衰していって、最終的には 90 に達します。ここで平衡状態になり、これ以下には下がりません。この減衰の様子は(単純な交換ですので)指数関数で表すことができ exp(-kex.t) となります。kex H/D exchange の速度定数です。これは見方を変えれば、ある1つの 15N-1H スピンに着目した時に、それが CPMG 期間の間に 15N-1H として生き残る確率を表すことにもなります。この減衰も上記の同位体シフトによる Rex に加算されることになります。

論文には第二種のスカラー緩和も Rex を速めると書かれています。15N 2H が付いていると 15N の横緩和は速まります。これは 2H の縦緩和が速く J カップリングによる 15N J 分裂が乱されるためです。重水素化蛋白質の 13C-2H スピン系において 2H decoupling しないとかえって 13C の感度を落としてしまうのはそのためです。さらに、デカップルされた 15N-1H J coupling を持っている 15N-2H との間の交換も問題です。そもそも anti-phase になってしまった 15N-2H 15N-1H に交換したとしても、この時点でコヒーレンスは失われてしまいます。さらに、ここで J-coupling の値が変わりますので、CPMG でも 2H による J splitting refocus しなくなります。よって、第一種のスカラー緩和も問題になるはずですが。。。

それではロック用重水なしで測定すればよいことになりますが、それですと積算がめちゃくちゃになります。4% D2O でも pH > 7.4 ぐらいになると駄目なようです。1% D2O も勧められていますが、ロックの精度はそれだけ落ちてしまわないでしょうか?特に Gly の入ったループ部分では H/D-exchange が速いので、Rex が大きく出てしまいます。論文では Wilmad Stem coaxial inserts WGS-5BL (外径 5mm)かな?が勧められていました。いわゆるロックの外部参照用サンプル管です。内管に D2O 60 μL 入り、外観にはサンプル(D2O 無し)が 530 μL 入るようです。Shigemi でも売っていないのかなと思い調べてみると、おそらく「5mm 同軸チューブセット」SP-402(内管径が 2.0mm)がそれに当たるのでは?しかし、最近の NMR は重水の量が 5% ぐらいでも大丈夫ですので、内管径が 1.7mm SP-401 でも問題ないように思います。SPT-401 という薄いガラスを使った製品もありますが(その分だけサンプルがたくさん入る)プローブの中で?割れやすいかもしれません。