2019年6月19日水曜日

やはり ATCase

書きかけの文章が山積みになっていますので、少しずつチェックしていこうと思います。下記もそうですが、これは 2014 7 18 日「見掛けと本質の親和性は違う」と関連しています。

Aspartate transcarbamoylase は、教科書に必ずと言って良い程出てくる allosteric-蛋白質の代表格です。教科書によると、ATP はこの蛋白質の平衡を T から R 状態に移動させ、逆に、CTP R から T 状態に平衡を移動させます。T R 状態では構成しているサブユニットの配置が異なるだけで、それぞれのサブユニットの構造が大きく変化しているわけではないようです。そして、基質であるアスパラギン酸は R 状態により強い親和性を持つ為、結果として ATP は促進材として、逆に CTP は阻害剤として働きます。これを({ATP, CTP} Asp という異なるリガンドでの相関であるので heterotropic な)MWC 協奏的モデルと呼びます。

しかし、過去の論文はよく調べるべきで、何とこの MWC モデルに反するデータも多く出ているようです。それによると、ATP CTP は活性サブユニットの立体構造そのものを変化させて、アスパラギン酸がより強く相互作用するようにしているのではないかという考えで、実際に証拠を示す実験のデータも出ていたようです(direct effect model)。そして、平衡が T から R 状態に移ったように見えるのは、Asp を加えた二次的結果であるとしています。なるほど、その可能性もあり得ます。また、これは一種の induced-fit モデルとしての KNF 逐次モデルに繋がります(ただし heterotropic な条件の下で)。MWC モデルとこの KNF モデルは、本来は連続的なモデルであってもよい中で、お互いに両極端の位置にあります。よって、これらの混合モデルがあっても不思議ではありません。R-T 平衡状態がずれることに加えて、更に R -> R' T -> T' のような構造変化も起きているのかどうかです。

Velyvis A., Yang, Y.R., Schachman, H.K., Kay L.E. (2007) A solution NMR study showing that active site ligands and nucleotides directly perturb the allosteric equilibrium in aspartate transcarbamoylase. PNAS 104, 8815-8820. https://doi.org/10.1073/pnas.0703347104

Velyvis A., Schachman H.K., Kay L.E. (2009) Application of methyl-TROSY NMR to test allosteric models describing effects of nucleotide binding to aspartate transcarbamoylase. J Mol. Biol. 387, 540-547. doi: 10.1016/j.jmb.2009.01.066

さて、彼らは 2007 年度にこの蛋白質を NMR で調べ(基質ではない)ATP CTP の添加によって、確かに R T 状態の間の平衡が移動することを発表しました。しかし、「この結果は MWC 協奏的モデルに従う」とは言えるが、この時点のデータだけでは、上記の direct effect model での構造変化が実際に起こっていないのかどうかの証明にはなっていませんでした。例えば、R -> R', T -> T' R' が基質である Asp のくっつきやすい構造)のような構造変化も考えられます。そこで、彼らは、今度は活性サブユニットのメチル基だけを標識し、確かに R -> R' のような構造変化は起こっていないことを証明しました。つまり、完璧に MWC 協奏的モデルに合致することを最終確認しました。同時にこれまでの「ATP, CTP の結合によって TR 間の平衡は変化しない」とするいかなるモデルをも却下することになりました。

構造変化が起こっていないことを証明するために、さらに RDC を測定しました(配向剤は PEG)。ATCase はきれいな3回回転対称の構造をとりますので、その回転中心がそのまま配向テンソルの主軸となります。さらに、活性サブユニットと制御サブユニットは別々に精製できるため、上記の化学シフト摂動実験の場合でも、活性サブユニットのみを 13C-1H メチル基選択標識し、制御サブユニットは非標識のままです。煮ても焼いても潰れないほど頑丈な蛋白質のようです。

また、この ATCase 300 kDa と特大ですが、サブユニットは対称的に配置されているため、測定試料の濃度は単量体換算で 0.3-1.0 mM 程度に相当します。メチル基の帰属が必要な気がしますが、実はこの蛋白質は、活性サブユニットと制御サブユニットを別々に調製し、後から混ぜ合わせて再構成させることができます。そのため、各ピークがどちらのサブユニットにあるかというサブユニット帰属ができるのです。さらに ATP, CTP などが存在している時と存在していない時とを比較するだけなので、残基ごとの細かい帰属はなくてもよいのです。

2009 年の論文によると、ATP, CTP が調節サブユニットに付いても活性サブユニットの立体構造は変わらなかった(ピークが動かなかった)ので、協奏的 MWC モデル以外は不可であるという結論になっています。しかし、たとえ三次構造は動かなくても、四次構造が変わればピークは動くはずです。そこで著者らは、平衡がずっと R 状態に固定されるような変異体を用いました。これならば ATP, CTP を加えても R-T の平衡はずれない(ずっと R 状態のまま)なので、四次構造に変化は起こらないはずです。単純に活性サブユニットの三次構造が変化するかしないかに集中できます。そして、この R 状態にある制御サブユニットに ATP が付くことによって初めて、さらなる R' 状態への構造変化が起こるのかどうかを調べました。その結果、R' に変化しませんでした(KNF モデルではリガンドが付いて初めて構造変化が起こる induced-fit の概念がもとになっています)。変異があるために R' に変化しなかっただけでは?とも勘ぐってしまいますが、きっと WT ATP をつけた時と同じ化学シフトであることを確認しているのでしょう。

なお、この構造変化は KNF モデルのことを言っているように聞こえるのですが(isotropic な)KNF モデルとは、同じリガンド同士の親和性についての話であり、ここでは ATP, CTP が付いた時の「基質」の親和性を論じているので、KNF モデルではなく direct-effect モデルと表しているのかもしれません。

0 件のコメント: