2020年1月5日日曜日

大腸菌培養の最少培地 M9 その5

この「大腸菌培養の最少培地 M9」シリーズですが、ついつい公開が遅れ気味になってしまい、また年を越えてしまいました。過去ブログを検索しやすいように、表にしてみました。

その5  2020/01/05
その4  2018/08/28
その3  2017/09/16
その2  2017/01/02
その1  2016/08/12

早く大腸菌の重水培養について書かないといけませんでした。重水 M9 最少培地はいつもの軽水 M9 最少培地とはかなり様子が違うため、いろいろと苦労が多いものです。下記はあくまで私見ですが、うまく行かない場合には参考にしてみてください。

(1)培地はオートクレーブしない。

オートクレーブは蒸し器ですので、これにかけてしまうと水蒸気(つまり軽水)が大量に培地の中に入ってしまいます。したがいまして、0.45 μm フィルターを使って滅菌します(大腸菌は 1 μm ぐらい?)。ところが、うちでは最近はこのフィルター処理をしないことも多いです。

重水培養では、ちょっとぐらい軽水が混入してもよい場合と数 % でも入ると NMR 実験が台無しになってしまう場合があります。前者は例えば、TROSY で高分子量蛋白質を測りたいなどの時です。確かに TROSY の感度がちょっと下がりますが、軽水の混入は致命的ではありません。ところが、transferred cross-saturation (TCS, 転移交差飽和法)を使って、相互作用部位を観たい時には、数 % の軽水のコンタミが結果を崩壊させてしまいます。特に saturation donor 側である非標識蛋白質が 1 MDa などの大きさになる時です。複合体としての分子量が大きいですので、saturation の伝播(spin-diffusion)が非常に速く、acceptor 側(2H, 15N 標識)蛋白質のメチル基にちょっとでも 1H が入ってしまうと、それが saturation-pulse を直接うけてしまい、そこから saturation が自分自身内で伝播してしまうのです。かつて論文を投稿した際、reviewer がここを攻めてきて、もし 100% 重水素化を達成できなければ認めないと主張してきました。しかし、もともとの培地の組成である D2O [2H]-glucose 100% 2H 化では決してありませんので、それは不可能なのです(そして、予言通り reject されました)。

話をもとに戻しますと、フィルター処理をしないことによってちょっとでも空気(水蒸気)に触れる機会を少なくすることができます。アンピシリンは入れていますので、周りにいる雑菌が生えてきたことは今のところありません。もし、隣で実験している人の(アンピシリン耐性の)菌が生えてきてしまったら、その人に重水素化蛋白質をプレゼントしてあげましょう。滅菌操作が未熟であることを暴露することになってしまいますが、一方で喜んでもらえるでしょう。

(2)植え継ぎはガバっと

哺乳類に重水を毎日与え続けると死んでしまうそうです。そもそも重水の pD pH とは異なりますし、何より重水には粘性があります。4℃ で凍りますので、冷蔵庫から出してきた時にはまるで油のようです(しばしば凍っている)。これは哺乳類ならずとも大腸菌にとっても負担なのです。よって、大腸菌を少しだけしか植え継がないと、広くなった培地の中で絶滅してしまうことがよくあります。

まずグリセロールストックをそのまま使ってはいけません。必ず寒天プレートに蒔きましょう。開け締めの激しい冷凍庫ではグリセロールストックの菌は冷凍と解凍を繰り返され、ほとんどが死滅しているはずです。もし、100% 生きているのであれば、おそらく 0.0000...1μL を寒天プレートに蒔くだけで、数え切れない程のコロニーが出現するはずです。もし、10100 μL ほども蒔いて翌朝 100 個ぐらいしかコロニーが出ていなかったとすると、グリセロールストックの中の生存率は驚くほど僅かということになります。寒天プレートで中位の大きさに育ったコロニーだけを使いましょう。

ここで、コロニーを何個拾えばよいかです。ここでは 10-20 個ぐらいを拾っています。蛋白質科学会アーカイブの上垣先生のプロトコールによりますと、寒天プレート上のコロニーを全部いれても問題なしと書かれています。なんだか不健康なコロニーまで入れてしまいそうでちょっと不安なのですが、これまで数千回やったが一度も失敗したことがないとのことです。ではコロニー1個だけ入れるというのはどうでしょうか?確かにコロニーはクローンですので、遺伝的に同一な菌だけを集めたいという気持ちは分かります。しかし、ここでは出来るだけ培養時間を短くすることが重要です。そのため、次の LB 培地 2-3 mL には 10-20 個ぐらいコロニーを入れてみましょう。すでに培地が白くなっていてもお構い無しです。その状態で数時間激しく振ってやると、大腸菌たちは大変元気になります。30 分で一回は分裂しますので、数時間も振れば OD-600nm が1近くにまでなってしまうはずです。のんびりコーヒーを飲んでいたら、大腸菌たちはそろそろ共食いを始めます。

さて次ですが、これを遠心します。エッペンドルフに 1 mL を入れ軽く遠心します。毎秒数千回転を 1分間でよいです。15,000 rpm などで回すと、せっかくの元気な大腸菌も遠心力でぺちゃんこになってしまいます。また遠心機の冷蔵機能は off です。直前まで温泉につかっていた菌を氷に晒してはいけません。そして上清は捨てます。エッペンドルフの底の沈殿が菌体ですが、ここにまた先程の培地 1 mL を注ぎます。そして、また遠心し上清を捨てます。これを数回繰り返すと3mL 分の菌体だけがエッペンの底に集まります。遠心するのは LB 培地を次の最少培地になるべく持ち込まないようにするためです。

さて、次の D2O M9 培地についてですが、もし軽水がちょっとでも入ると困るような場合には、まず D2O M9 培地 10 mL ぐらいを用意しましょう。容器は 100 mL ぐらいの余裕のあるものを使います(エアレーションを増やすため)。そこに先程の沈殿を入れます(帰宅前)。ここで overnight で培養します。大腸菌にとっては急に重水になり、さらに栄養も少なくなるので、冬眠?を始めます。しかし、夜中頃に目覚め始め、何とか重水に慣れ、少ない [2H]- or [2H, 13C]-glucose を仲間で分け合い増え始めます。そして、翌朝には何とか D2O M9 最少培地に慣れた(adapted)大腸菌に成長するのです。

そして再び上記のようなエッペンでの遠心沈殿をとる操作を繰り返してください。ここで 10mL の重水培地を捨てるのを惜しんではいけません。1H が混入してしまったら、再び高価な重水が 1L も必要になってしまうのです。とにかく、これで LB 培地からの持ち込みをかなり減らすことができます。もし念を入れたい場合は、D2O M9 培地 10 mL をもう一度夜まで繰り返してもよいでしょう。そして、夜に遠心沈殿をとり、今度は沈殿を D2O M9 培地 100 mL に移します。 ここでまた overnight です。非常に調子よく行くと、翌朝には overgrowth してしまいますので、経験にもとづいて温度を 2730 ℃ぐらいに下げてもよいかもしれません。37℃ で振っても翌朝真っ白になっていないのであれば、おそらく失敗です。培地の組成や植え継ぎ量が少なくなかったかをチェックしてみてください。ここで思い切って中止することが重要です。重水の被害はせいぜい 10-20 mL で収まります。行けるかもと天に祈りながら突き進んでしまうと、数十万円の請求書だけが増えることになります。

OK であれば、残りの D2O M9 培地 900 mL も忘れずに 37℃ で振り始めます。30 分後、ちゃんと 900 mL が温まったら、100 mL 900 mL にそのままドバっと注ぎましょう。バーナーによる滅菌操作やバイオベンチなどは不要です。そのような余計な操作をしている間に培地は冷えてしまい、せっかくの元気な大腸菌が再び弱ってしまいます。ここで別の菌がコンタミしたとすれば、滅菌操作そのものよりも実験室の掃除を考えましょう。とにかく余計な操作を減らし、水蒸気を含む軽水が混じってしまうことを防ぐのが一番です。朝に合計 1L の培養を始めれば、お昼ご飯の時に IPTG による誘導を行うぐらいのスケジュールになります。そして、夕方から夜にかけて集菌となります。場合によっては誘導を overnight でかけた方がよい場合もありますので、その場合は温度を 25-30 度ぐらいに落として翌朝に集菌しましょう。上記のように、植え継ぎはガバっと行い(ただし、非標識成分が入らないように遠心はする)、重水適応(D2O adaptation)で使った D2O 培地 10 mL× 2)は、もったいないけれども捨てることが大切です。

(3)上記の(ちょっと教科書には載せられないような)工夫により、1H コンタミをなるべく減らした重水培養はほぼ成功するのですが、どうしても発現量ががた落ちすることがあります。私は形質転換が面倒ですので、いつもグリセロールストックを寒天プレートに蒔いてから培養を始めます。しかし、BL21(DE3) 株では不意に変異が入ったり、プラスミドを落っことしたりするのもいるらしく、新たに虎褒めしないといけないようです(虎褒め:Google 翻訳では駄目でした ... transformation を意味する俗語です)。それでも虎褒めしたくない場合、最近はやってはいないのですが、スタブ法という方法で菌体を保存するとよいと先輩に聞いたことがあります。小指ぐらいの大きさの瓶に寒天培地を作り、そこに菌体を棒で底の方まで突き刺して植える方法です(なので stab と言います。殺人事件のニュースでよく出てきます)。寒天プレートと何が違うのかよく分からないのですが、このスタブ法では室温で何年でももつとのことです。きっと、蓋を完全に締めるので、寒天プレートとは違い湿気や酸素濃度が抑えられるのでしょうか?寒天プレートを冷蔵庫から取り出すと、よく菌がプールの中で泳いでいる光景を目にします。

「その6」はまた思いついた時に。。。

19F 標識蛋白質の化学シフト摂動実験


19F 標識蛋白質の総説が出ていたので、ちょっとまとめてみました。

Divakaran A., Kirberger S.E., and Pomerantz W.C.K. (2019) SAR by (protein-observed) 19F NMR. Acc. Chem. Res. 52(12), 3407-3418. doi: 10.1021/acs.accounts.9b00377.

PET 診断の 98% において、フルオロデオキシグルコースの 18F を利用している。フルオロケミカルは麻酔薬としても非常に普及している。米国食品医薬品の 47% の薬剤にはフッ素が含まれている。このように医薬, 製薬で 19F が使われる理由として、強い C-F 結合のおかげで代謝過程でも安定であることが挙げられる。

人体には 65 万種類の蛋白-蛋白相互作用(PPI)があり、特定の PPI を阻害できれば創薬にはうってつけである。しかし、転写因子と他の蛋白質との PPI では、探すべき蛋白質表面が広く、かつ接触部位がフレキシブルな場合も多く、相互作用も遷移的であるため、創薬はかなり難しいと見られている。

一般的には蛋白質を 15N で標識して、リガンドを加えた時の蛋白質側の 1H/15N 化学シフト摂動を観る。しかし、蛋白質がさらなる高分子量であると、1H/15N-HSQC のピークはかなりブロードになってしまう(これは 19F も同様であるが)。また、15N 標識のための大腸菌発現系を立ち上げる必要がある。そこで、もうひとつの方法として、側鎖に 19F を入れる方法を著者らは開発した。これまでの多くは、リガンドの中の 19F を検出していた。しかし、著者らは蛋白質に導入した 19F を観測の対象とした。そのような部分的な標識だけで創薬につなげることができるのかどうかは心配であったとのこと(19F で標識できる部位の数が限られているのも理由であろう)。実は、キモトリプシンに結合した N-アセチル-フルオロフェニルアラニンが 1967 ! にすでに 19F NMR で検出されている。

3FY3-フルオロ Tyr, 2つの εH のうち片方が 19F に置換)や 4FF4-フルオロ Phe, ζH 19F に置換)の標識には要求性株 DL39(DE3) が必要である。一応、glyphosate を入れると、シキミ酸経路を阻害できるのではあるが。例外的に Trp についてだけは、収量を上げるため要求性株は特に使っておらず、普通の BL21(DE3) 細胞に 5-fluoroindole を培地に加えているだけ。前培養からの持ち込み分をできるだけ減らすようにすると、90% の標識率を達成できる。下記の論文にその詳細が記されている。

Crowley, P.B., et al. (2012) Simple and inexpensive incorporation of 19F-tryptophan for protein NMR spectroscopy. Chem. Commun. 48, 10681-10683.

Gee, C.T., et al. (2016) Protein-observed 19F-NMR for fragment screening, affinity quantification and druggability assessment. Nat. Protoc. 11, 1414-1427.

4FF, 3FY は蛋白質の中で 12-15 ppm の散らばりが観られた。5FW 蛋白質のリガンド結合では、インドール 1HN 6-20 倍の化学シフト変化が見られた。大きな化学シフト異方性(CSA)により静磁場の2乗でブロードになるが、探索したい残基がフレキシブルで蛋白質表面にあれば、86 kDa でも観える。19F の導入により蛋白質構造が不安定になる場合は、fractional labeling するしかない(19F が入る確率を下げることにより、19F が入ると致命的な残基は標識されないままとなるのだろう)。

19F の感度は 1H 83% 1H に次いで高いです。生体高分子や buffer 成分には一般的に 19F は存在しませんので、background のピークを抑える必要がありません。これが 1H 測定ですと、いつも軽水のピークを消す(suppress する)のに悩まされます。最近の NMR はダイナミックレンジが大きいので、少しぐらい軽水のピークが FID に載っていても receiver-gain を超えることは少なくなりました。しかし、FID の上に乗った水の信号をできるだけ小さくし、その分 RG を上げることができれば、ごく小さいピークをも検出することができます。しかし、今だに水の信号に悩まされることがしばしばです「たかが水、されど水」。その点、19F は、13C 直接測定の時と同じように、その心配が要りません。さらに、19F はとり得る化学シフト範囲が広いです。これが広いということはすなわち、周りの環境が少しでも変わると(例えば、相手蛋白質やリガンドがくっ付いて来たなどで)ピークが大きく動くことを意味します。

19F の欠点としては、CSA 緩和が激しいということでしょうか(要は、分子の向きによって 19F のピーク位置が大きく異なるので、分子の回転によってそれらがうまく平均化されにくくなるということ)。よって、大きな静磁場が必ずしも良い結果につながるとは限りません(静磁場が大きくなるほど、Hz 単位で表した化学シフト差が広がるため)。

また、周りの 1H との J-coupling がかなりきついです。よって 19F を一次元 FID で測定すると、何重線になっているのか分からないほどブロード化してしまうことがあります。これの 19F-FID 検出中に 1H にデカップリングパルスを当てると、ピークが1重線になり、観測が可能になることがよくあります。しかし、プローブが高価すぎて泣く泣く 1H デカップリング不可のクライオプローブにせざるを得ないことが多いようです(あるいは、1H デカップリング可の室温プローブで妥協する)。ここは業者さんに頑張っていただくしか方法がないのかも。。。

2020年1月1日水曜日

α シヌクレインにはシャペロンが大切


ミレニアムから早くも 20 年が経ってしまいました。早くもと書いたのは、この 20 年間が 7-8 年のように感じるためです。よく言われるように、月日が経つのは思ったより速いというのも理由でしょうが、もうひとつは年齢とともに多くの過去を忘れてしまうことにもあるような気がします。

経験を忘れてしまうのも問題ですが、自分で読んだ論文の内容を忘れてしまうのも私にとって大きな問題です。そこで、論文に限らず、日頃よむ本の要旨のようなものをちょっとファイルに書き留めるようにしています。同じ論文を2度読むよりかは、自分で書いた要旨を読み返す方が効率よいだろうと思うのですが(論文の abstract だけを読んでも内容は掴めないですよね?)。ただし、このブログ、ひとつを書くのにかなりの時間がかかってしまい、その時間があれば2度目の読み返しができただろうにという何とも非効率的な状態になっています。今ブログに上げないといけないメモがたくさん溜まってしまっていますので、それを全部しあげたら、今度は文章をもう少し簡潔にすることを目指してみます。

2020 年初頭の論文は、パーキンソン病の原因を NMR で調べたという内容です。これはあの Roland Riek さんの論文です。NMR の論文にありがちな物理式が列挙されたものではなく、もっとも簡単な chemical shift perturbation 実験だけですので、図を眺めるだけで内容が分かってしまうような論文です。ちょうど pH 滴定のような感じと考えれば良いでしょうか?違いは、塩酸の代わりに相互作用相手(ここではシャペロン)を滴下し、pH の代わりにピーク強度を観ている点です。そして大事な点は、NMR では、この現象を全ての残基1つ1つに分けて観れるということです。

B.M. Burmann, J.A. Gerez, I. Matecko-Burmann, S. Campioni, P. Kumari, D. Ghosh, A. Mazur, E.E. Aspholm, D. Sulskis, M. Wawrzyniuk, T. Bock, A. Schmidt, S.G.D. Ruediger, R. Riek and S. Hiller (2020) Regulation of alpha-synuclein by chaperones in mammalian cells. Nature 577, 127–132.

著者らは、HSC70, HSP90β,(そして、以下は原核生物由来の)SecB, Skp, SurA, Trigger Factor の6種類のシャペロンそれぞれと α-synuclein との相互作用を解析した。これらはすでに 1/20 のモル比で αS に対して凝集阻害活性を示す。これらは構造的にはお互いに違っているが、NMR 解析によると、6つのシャペロンはいずれも、αS のほぼ同じ領域(αS N 末端 12 残基と Tyr39 周りの 6 残基)を認識した。よってここが αS におけるシャペロン認識共通モチーフだと言える。この2領域は αS において局所的にもっとも疎水性の高い部分である。

バイオレイヤー干渉法で見積もった解離定数は 1-2 μM 程度であった。N 末端 10 残基を削ると、当然のように二桁ほど親和性が落ちた。実際のシナプス細胞での αS の濃度 50 µM とシャペロンの濃度 70 µM を考慮すると、9割の αS が何かしらのシャペロンと相互作用していることになる。過去の in-cell NMR に関する論文での αS NMR ピーク強度を掘り起こしてみると、今回のシャペロン存在下での 1H/15N-HSQC と強度の落ち方が似ていたそうである。過去の論文では、これは αS が膜成分と相互作用したためであろうと書かれていた。しかし、膜成分を除いた細胞抽出液内で αS NMR スペクトルをとってみても、これはシャペロンとの相互作用下での結果と似ていた。ということは、膜との相互作用は間違いではないにしても、ほとんどの αS は膜よりも細胞内のシャペロンと相互作用していたと解釈した方がよいだろう。一応、in vitro で脂質二重膜のベシクルを混ぜてみると、αS の相互作用はシャペロンとベシクルとの間で競合していた(ベシクルと相互作用すると N 末端の 1-90 の強度が下がる)。

HEK293 細胞に [15N]-αS を入れると、in vitro でのシャペロン相互作用下でのスペクトルと似ていた。そこで、HSC70 を減らした細胞に [15N]-αS を導入してみたが、様子は変わらなかった。つまり、HSC70 の相互作用部位は他のシャペロンとの相互作用部位と重なっている(なので、他のシャペロンが HSC70 の代わりにくっ付いた)と言える。しかし、HSP90 の阻害剤を入れた時には、シャペロン相互作用部位のピーク強度は上がっていた。もちろん、HSP90 がある時には相互作用によりピーク強度が下がっていたが、その HSP90 との相互作用が阻害されたので、ピーク強度が少し回復したのである(他のシャペロンが代わりに来なかったのだろうか?)。次に HSC70 HSP90 の両方を阻害してみた。4時間後では、まだわずかな相互作用が見られたが、24 時間後には、ベシクルを混ぜた時のように 1-90 残基の強度が全体的に下がっていた。したがって、HSC70 HSP90 の両方を阻害すると、αS は時間とともに膜成分と相互作用し始め、さらに大きな凝集体に成長していくように見える(これが発病に相当する)。HEK293 も含めて神経細胞内では αS よりもシャペロンの方が多いので、通常では αS は膜との相互作用を免れているのだと言える。Short hairpin RNA HSC70 を減らし、さらに HSP90 の阻害剤を入れた細胞では、24 hr 後には αS はミトコンドリアに局在していた。24 hr という時差があるが、シャペロンから見放された αS はオリゴマー化してからミトコンドリアに局在していくのだろうか?

翻訳後修飾の影響を観るために、αS N-末端をアセチル化してみたが、シャペロンとの相互作用に差は出なかった。N 末端 10 残基を削るとシャペロンとの相互作用が弱まるので、その N-末端が Tyr39 と協同的にシャペロンの認識領域になっていることは確かである。なお、Met を酸化すると、シャペロンとの相互作用は弱まった。また、Tyr39 のリン酸化も相互作用を邪魔した。したがって、これは Tyr39 をリン酸化する Abelson kinase の増加がパーキンソン病を促進するという結果と一致する。

以上がコメント付きのちょっと長い要約でした。αS がシャペロンと相互作用すると、その相互作用部位の NMR ピーク強度が下がります。この強度減少の理由は幾つか考えられますが、一つは Rex です。付いたり離れたりすることによって、結合時の共鳴値と解離時の共鳴値との間で行き来(交換)してしまい、2つ(以上)のピークがどっちつかずになって強度が下がります。もうひとつは、解離時には αS はフラフラと動いていますが、シャペロンに捕まるとその動きが抑えられてしまうので、局所的に見ると、相互作用部位のダイナミクスがちょっと高分子化した時と似た状況になるのでしょう。もし、αS の構造がしっかりと固定されていれば、全残基のピーク強度がこの効果により一様に下がりますが、実際にはシャペロンに捕まっていない箇所は依然としてフラフラしています(観察されているピークはあまりブロード化していないように見える)。そのため、シャペロンに噛まれている箇所だけが動きが制限されて、そのピーク強度が下がります。この HSQC を見ると、ピーク強度が下がっているだけで、化学シフトはほとんど動いてはいません。そのため、シャペロンに捕まってはいても、シャペロンの中ではある程度動いていることが予想されます。また、この動き(捉えられたままでの交換現象)が Rex を生み出しているのかもしれません。あるいは、次から次へと異なるシャペロンに捕まるため(transient interaction)、化学シフトはいずれか一方向にずれるのではなく、あちこちにずれてしまい、平均化すると動いていないように観えるだけなのかもしれません。