ミレニアムから早くも 20 年が経ってしまいました。”早くも” と書いたのは、この 20 年間が
7-8 年のように感じるためです。よく言われるように、月日が経つのは思ったより速いというのも理由でしょうが、もうひとつは年齢とともに多くの過去を忘れてしまうことにもあるような気がします。
経験を忘れてしまうのも問題ですが、自分で読んだ論文の内容を忘れてしまうのも私にとって大きな問題です。そこで、論文に限らず、日頃よむ本の要旨のようなものをちょっとファイルに書き留めるようにしています。同じ論文を2度読むよりかは、自分で書いた要旨を読み返す方が効率よいだろうと思うのですが(論文の
abstract だけを読んでも内容は掴めないですよね?)。ただし、このブログ、ひとつを書くのにかなりの時間がかかってしまい、その時間があれば2度目の読み返しができただろうにという何とも非効率的な状態になっています。今ブログに上げないといけないメモがたくさん溜まってしまっていますので、それを全部しあげたら、今度は文章をもう少し簡潔にすることを目指してみます。
2020 年初頭の論文は、パーキンソン病の原因を NMR で調べたという内容です。これはあの Roland Riek さんの論文です。NMR の論文にありがちな物理式が列挙されたものではなく、もっとも簡単な chemical
shift perturbation 実験だけですので、図を眺めるだけで内容が分かってしまうような論文です。ちょうど pH 滴定のような感じと考えれば良いでしょうか?違いは、塩酸の代わりに相互作用相手(ここではシャペロン)を滴下し、pH の代わりにピーク強度を観ている点です。そして大事な点は、NMR では、この現象を全ての残基1つ1つに分けて観れるということです。
B.M. Burmann, J.A. Gerez, I. Matecko-Burmann,
S. Campioni, P. Kumari, D. Ghosh, A. Mazur, E.E. Aspholm, D. Sulskis, M.
Wawrzyniuk, T. Bock, A. Schmidt, S.G.D. Ruediger, R. Riek and S. Hiller (2020)
Regulation of alpha-synuclein by chaperones in mammalian cells. Nature 577,
127–132.
著者らは、HSC70, HSP90β,(そして、以下は原核生物由来の)SecB, Skp, SurA, Trigger Factor の6種類のシャペロンそれぞれと α-synuclein との相互作用を解析した。これらはすでに 1/20 のモル比で αS に対して凝集阻害活性を示す。これらは構造的にはお互いに違っているが、NMR 解析によると、6つのシャペロンはいずれも、αS のほぼ同じ領域(αS の N 末端 12 残基と Tyr39 周りの 6 残基)を認識した。よってここが
αS におけるシャペロン認識共通モチーフだと言える。この2領域は αS において局所的にもっとも疎水性の高い部分である。
バイオレイヤー干渉法で見積もった解離定数は 1-2 μM 程度であった。N 末端 10 残基を削ると、当然のように二桁ほど親和性が落ちた。実際のシナプス細胞での αS の濃度 50 µM とシャペロンの濃度 70 µM を考慮すると、9割の αS が何かしらのシャペロンと相互作用していることになる。過去の in-cell NMR に関する論文での αS の NMR ピーク強度を掘り起こしてみると、今回のシャペロン存在下での 1H/15N-HSQC
と強度の落ち方が似ていたそうである。過去の論文では、これは αS が膜成分と相互作用したためであろうと書かれていた。しかし、膜成分を除いた細胞抽出液内で αS の NMR スペクトルをとってみても、これはシャペロンとの相互作用下での結果と似ていた。ということは、膜との相互作用は間違いではないにしても、ほとんどの αS は膜よりも細胞内のシャペロンと相互作用していたと解釈した方がよいだろう。一応、in
vitro で脂質二重膜のベシクルを混ぜてみると、αS の相互作用はシャペロンとベシクルとの間で競合していた(ベシクルと相互作用すると N 末端の 1-90 の強度が下がる)。
HEK293 細胞に [15N]-αS
を入れると、in vitro でのシャペロン相互作用下でのスペクトルと似ていた。そこで、HSC70 を減らした細胞に [15N]-αS を導入してみたが、様子は変わらなかった。つまり、HSC70 の相互作用部位は他のシャペロンとの相互作用部位と重なっている(なので、他のシャペロンが HSC70 の代わりにくっ付いた)と言える。しかし、HSP90 の阻害剤を入れた時には、シャペロン相互作用部位のピーク強度は上がっていた。もちろん、HSP90 がある時には相互作用によりピーク強度が下がっていたが、その HSP90 との相互作用が阻害されたので、ピーク強度が少し回復したのである(他のシャペロンが代わりに来なかったのだろうか?)。次に
HSC70 と HSP90 の両方を阻害してみた。4時間後では、まだわずかな相互作用が見られたが、24 時間後には、ベシクルを混ぜた時のように 1-90 残基の強度が全体的に下がっていた。したがって、HSC70 と HSP90 の両方を阻害すると、αS は時間とともに膜成分と相互作用し始め、さらに大きな凝集体に成長していくように見える(これが発病に相当する)。HEK293 も含めて神経細胞内では αS よりもシャペロンの方が多いので、通常では
αS は膜との相互作用を免れているのだと言える。Short hairpin
RNA で HSC70 を減らし、さらに HSP90 の阻害剤を入れた細胞では、24 hr 後には αS はミトコンドリアに局在していた。24 hr という時差があるが、シャペロンから見放された αS はオリゴマー化してからミトコンドリアに局在していくのだろうか?
翻訳後修飾の影響を観るために、αS の
N-末端をアセチル化してみたが、シャペロンとの相互作用に差は出なかった。N 末端 10 残基を削るとシャペロンとの相互作用が弱まるので、その N-末端が Tyr39 と協同的にシャペロンの認識領域になっていることは確かである。なお、Met を酸化すると、シャペロンとの相互作用は弱まった。また、Tyr39 のリン酸化も相互作用を邪魔した。したがって、これは Tyr39 をリン酸化する
Abelson kinase の増加がパーキンソン病を促進するという結果と一致する。
以上がコメント付きのちょっと長い要約でした。αS がシャペロンと相互作用すると、その相互作用部位の NMR ピーク強度が下がります。この強度減少の理由は幾つか考えられますが、一つは
Rex です。付いたり離れたりすることによって、結合時の共鳴値と解離時の共鳴値との間で行き来(交換)してしまい、2つ(以上)のピークがどっちつかずになって強度が下がります。もうひとつは、解離時には
αS はフラフラと動いていますが、シャペロンに捕まるとその動きが抑えられてしまうので、局所的に見ると、相互作用部位のダイナミクスがちょっと高分子化した時と似た状況になるのでしょう。もし、αS の構造がしっかりと固定されていれば、全残基のピーク強度がこの効果により一様に下がりますが、実際にはシャペロンに捕まっていない箇所は依然としてフラフラしています(観察されているピークはあまりブロード化していないように見える)。そのため、シャペロンに噛まれている箇所だけが動きが制限されて、そのピーク強度が下がります。この HSQC を見ると、ピーク強度が下がっているだけで、化学シフトはほとんど動いてはいません。そのため、シャペロンに捕まってはいても、シャペロンの中ではある程度動いていることが予想されます。また、この動き(捉えられたままでの交換現象)が Rex を生み出しているのかもしれません。あるいは、次から次へと異なるシャペロンに捕まるため(transient interaction)、化学シフトはいずれか一方向にずれるのではなく、あちこちにずれてしまい、平均化すると動いていないように観えるだけなのかもしれません。
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