生体内で起きている液-液相分離が、さまざまな生理作用に関与していることが分かってきました。それでは、そのような相転移を起こすのに必要な、鍵となる配列が蛋白質の中にあるのでしょうか?よく見かけるのは、天然変性プリオン様ドメイン(PLD)です。これの配列は、極性のあるアミノ酸の塊が芳香環アミノ酸で分断されたような特徴をもっています。相転移したゲル状物の中には β シートのような構造ができているという説もあれば、そのような規則正しい構造はまったく無いという報告もあります。
このような会合性は、高分子の領域では「接着性とスペーサー」モデルでよく説明されます。つまり、接着性の(芳香性)アミノ酸が分子内あるいは分子間で非共有結合により引っ付き、それらの間にあるスペーサー(極性)アミノ酸がその非共有結合を、時には促進したり、あるいは逆に邪魔したりするという考え方です。分子の濃度がある値を超えると、接着性アミノ酸どうしが引っ付き合い始めます。この相互作用は協同的に次々と連鎖していき、そして液-液相分離に達します。著者らは、ヘテロ核リボ蛋白質 A1(hnRNPA1)を題材に、配列と相転移との関係を調べました。
確かに hnRNPA1 の配列を見てみると、7個ぐらいの間隔で Phe, Tyr が挟まっています。FUS では Tyr や Arg が集まった low-complexity-domain (LC 領域)があり、ここがカチオン π 相互作用により接着性を有していると見られています。ところが著者らが統計的に調べた限りでは、LC 領域はむしろ荷電性アミノ酸(Arg+, Lys+, Asp-, Glu-)に乏しく、これらの天然変性領域は正負の静電的相互作用やカチオン π 相互作用によって凝集しているのではないとのことです。また、逆に疎水性残基が多過ぎたり少な過ぎたりしているわけでもなさそうです。
一応、構造を見るために、著者らは L1-LCD の 1H/15N HSQC を測定しました。8.6 ppm(ハムの壁)より左側(= 低磁場側 = 高周波数側)にピークが無いことから、特定の構造(二次構造も)をとっていないことは明らかです。13Ca, 13Cb, 13Co から二次構造の傾向を調べましたが結果は同じでした。この HSQC を見るとちょっと面白いです。やたらに Gly, Ser がいっぱいです(後述するように Ser は -OH をもつので水和しやすく、spacer に適している)。これほどミニ残基がたくさんあれば、主鎖はぐにゃぐにゃになってしまうだろうなと思います。とは言え、X 線小角散乱 SAXS で調べると、慣性半径 Rg はまったくのランダム状態と予想される値よりかは小さく、つまりコンパクトになっているとのことです。
さらに 15N の横緩和速度 R2 を測ってみると、芳香環の辺りで高い値をとっています。これは、その箇所で動きが少し止められているためです。ただし、この R2 は濃度に依存しなかったので、分子内で芳香環どうしがちょっとくっ付いているだけで、分子間での相互作用ではなさそうです(分子間だとすると、濃度を濃くするほど分子どうしでくっつき、極端に R2 が大きくなるはず)。NOESY を解析すると、芳香環どうし(Phe & Tyr)の距離が近いことが分かります。このような NOE 交差ピークは完全にフレキシブルな天然変性領域では見られず、やはり芳香環どうしが瞬間的に(長時間ずっとではなく)ペタッと付いては離れるといったダイナミクスを繰り返しているのでしょう。全原子シミュレーションで得られた構造の集合(アンサンブル)を解析しても、α ヘリックスや β シートをずっととり続けている傾向は弱そうでした。そして、分子内でくっつき合っている残基は芳香環であり、芳香環の間に散らばっている荷電性、極性残基は単に芳香環の間を埋めるスペーサーに過ぎなかったとのことです。
芳香環どうし(Phe & Tyr)の間に観られた NOE 交差ピークの強度は、温度を下げるほど強くなりました。さらに、芳香環における R2 緩和は、温度を下げるほど顕著に増加しました。これは、温度が下がるほど芳香環どうしが強く接触して "分子内での" 動きが止まる頻度が高くなることを示しています。また、NMR で計測された並進拡散係数から計算した流体力学半径は、温度が下がるほど小さく、つまり、分子がコンパクトになることを示しています。
上記の考えをさらに確かにするため、著者らは WT に加えて芳香環を増やした Aro+ ペプチド、逆に減らした Aro-, Aro-- ペプチドを調製しました。その結果、全原子シミュレーションと SEC-SAXS の両方において、Aro+ 分子はよりコンパクトに(半径が小さく)、逆に Aro-, Aro-- 分子は広がる(半径が大きくなる)ことが分かりました。1個のアミノ酸を1個の球に見立てて、芳香環どうしの親和性やその他の残基との親和性を適当に数値化して入れてやると、見事に SEC-SAXS で得られた半径と合致しました。このような単純なモデルですが、シミュレーションも実験値も Flory-Huggins の理論式に当てはまり、濃度が薄くなるほど、また芳香環が少なくなるほど、相分離しにくくなります(低温でしか相分離しなくなります)。さらに、シミュレーションと実験との組み合わせから Aro-- の臨界温度は氷点下であることが分かり、これは Aro-- では相分離が観られなかったことと合致します。
著者らは、ちゃんと実際のペプチドでも温度を変えて液滴が生じたり消えたりする可逆的な現象を OD600 や蛍光などで観測しています。液滴の中と外とでは3桁ぐらい蛋白質 A1-LCD の濃度が違いますが、液滴の中で個々の A1-LCD 蛋白質は単量体として自由に動き回っているようです。もっと硬い網目のような状態を構築しているのだと思っていました。
この A1-LCD で決めたパラメータ値を使って、今度はこのシミュレーションが FUS-LCD にも当てはまるかどうかを試しました。入力値は FUS-LCD の芳香環の位置情報だけで、その他の β シートへのなりやすさなどの情報は入っていません。それでも、この stickers-&-spacers モデルと実験値はみごとに一致しました。そもそも Flory-Huggins モデルも、今回の stickers-&-spacers モデルと同じように、非常に単純化したモデルです。これらが実験値と一致するということは、液-液相分離を引き起こす駆動力はそれほど複雑なものではなくて、芳香環がある一定間隔で全体に渡って存在するといった単純なものなのかもしれないということを示しています。
さらに(もう十分だと思うのですが、著者らのここがすごい)、芳香環が一定間隔で存在するような完璧な場合と、ある程度かたまり(パッチ)状に存在する場合とを比べました。シミュレーションによると、前者の場合は液滴になりますが、後者の場合はところどころミセルのようなサブ構造をもったアモルファス状態になったそうです。きっと、芳香環の塊がお互いの相互作用を強め過ぎてしまうのでしょう。このような状態では、凝集が起きて沈殿になってしまいます。芳香環ひとつずつが一定間隔で全体に渡って均一に並ぶと、付き過ぎず離れ過ぎずのよい具合の相互作用に落ち着き、溶けた状態が維持された液滴になるのでしょう。
液相分離を引き起こすことで知られている他の天然変性プリオン様ドメイン PLD を見てみても、それらの配列相同性は低いですが、芳香環が一定間隔で並んでいるという点では共通しているようです。芳香環どうしの相互作用をあまり強め過ぎないようにするには、それらの間にある spacer アミノ酸が十分に水和している必要があります(前述の Ser など)。つまり、疎水性残基などがたくさん spacer にあると凝集してしまいます。この論文では sticker アミノ酸として芳香環だけが強調されていますが、最後の方で著者らは、ちょっとトーンが下がり、代わりに疎水性モチーフ、カチオン π 相互作用残基、プラスマイナスの荷電残基でも可能だろうと書いています。