Rennella, E., Huang, R., Yu, Z., and Kay, L.E. (2020) Exploring long-range cooperativity in the 20S proteasome core particle from Thermoplasma acidophilum using methyl-TROSY-based NMR. Proc. Natl. Acad. Sci. U S A 117(10), 5298-5309. doi: 10.1073/pnas.1920770117.
20S CP は unfold した蛋白質や、もう不要になった蛋白質をシュレッダーのようにばらばらに分解する機能を持っています。全体では上下対称の樽のような形をしていますが、上下のゲート部分は α サブユニットの N 末端 10-15 残基が担っています。この樽構造は α7-β7-β7-α7 のホモ 7 量体ですので、上あるいは下側だけで 7つの N-末端しっぽがあります。そのうち、たった2つしか同時に内側に入れないのですが(直径 13 Å の立体障害のため)、その IN 構造が 95% の時間を占めていることが、これまでの NMR 解析から分かっています。そして、数秒に1回ほど OUT 構造に入れ替わります。この N-末端しっぽは基本的には構造をとっておらず揺らいでいます。この樽構造 α7-β7-β7-α7 の上下に、さらに 11S 調節因子が付きます。この調節因子にはいろいろな種類があるのですが、α7 の Lys66 と塩橋を組む点など、α7 への付き方については共通しているそうです。さまざまな調節因子がついた結晶構造が解析されてはいますが、どうも静的構造だけでは生化学実験の結果を説明できないようです(来ました!ここぞ NMR の出番です)。例えば 11S に変異を入れると、分解のされ方が変わります。分解は遠く離れた β7 で起こるので不思議です。他にも β を変異させたり、β に阻害剤を付けたりすると、やはり遠く離れた α の N-末端しっぽの様子が変わるそうです。そこで、α サブユニットのメチル基だけを 13C/1H3 で標識し(その他は 12C/2H 標識)NMR の化学シフト変化(chemical shift perturbation)を解析した結果、この α の N-末端しっぽ部分(さらに 11S 調節因子のつく部分)と β の活性部位の間の 70 Å の経路がアロステリックとしてつながっていたとのことです。NMR の化学シフトはほんの少しの構造変化でも動きますので、構造変化がドミノ倒しのように 70 Å の経路を伝わる様子を観ることができます。
この樽構造は立てて置くと上下対称ですので、上記の実験で分かったことは、あくまで少なくとも上半分、あるいは下半分だけでアロステリック効果があるということです。著者らの次なる疑問は、もしかしたら上下で相関していて、上の α から下の α までの壮大な 150 Å がアロステリックとして繋がっているのではないか?ということです。これを調べるには上下を何とかして区別しなければなりません。一つの方法は、例えば上半分の α7 にだけ変異体を使う、2つ目は上半分と下半分の α7 をそれぞれ異なる安定同位体で標識することです。その結果、最終的には、上半分と下半分はアロステリックの点で繋がっていない(つまり、お互いに独立)であることが分かったとのことです。ちょっとがっかりしましたが、神が選んだことですので、まあ仕方がありません。なお、どちらが上か下かの区別はありません。ひっくり返したら同じです。しかし、ややこしいですので、論文の図1に沿って上や下と記すことにします。
もうだいぶ読み進めたかな?と思ったら、まだ Introduction でした ... 。やっと、今から Results です。しかし、Kay さんのこの流れるような英文は何なのでしょう。邦文小説でいうならば、ちょうど司馬遼太郎のような文章です。途中でちょっと詰まるような(後方を振り返らなければならないような)箇所が一つもなく、一定速度のまま淀みなく読めるような英文です。
まず最初に、上側の α7 を K66A に変異します。すると、この α リングは 11S とほとんど相互作用しなくなります。一方、下側の α7 は野生体のままですので 11S がくっ付きます。著者らは 11S を加えた時に動いたピークの強度比から Kd = 3.5 μM と見積もっています(K66A の場合も同様に計算しており、親和性は 1/30 に下がります)。総分子量は 850 kDa にもなりますが、上側の K66A α7 の Ile, Leu, Val, Met のメチル基のみを 13C/1H3 に、それ以外の箇所(上側 K66A α7 の他の側鎖、11S)を 12C/2H 標識すると、ちゃんと信号が観えてくるのだそうです(40-60℃, これってもう風呂より熱い, 800 MHz、しかし、重水素化とメチル TROSY の組み合わせ効果はすごいものだ)。当然 D2O 溶媒ですので、交換性の水素も 2H になっています。なお、下側 WT α7 と 2 つの β7 は重水素化されていない(非標識の)ようです。しかし、13C/1H3 メチル基はこれらの領域の 1H から離れた位置にあるので大丈夫なのでしょう(全てではありませんが)。上側 K66A α7 では、プロキラルの2つのメチル基の一方だけが 13C/1H3 で標識されていますが、立体特異的標識ではなさそうです。
このプロテアソームを再構成させるにはちょっと工夫が必要です。欲しい ILVM-α7-β7-β7-α7(1/2)以外にも ILVM-α7-β7-β7-ILVM-α7(1/4), α7-β7-β7-α7(1/4) などが出来てしまいます。しかし、非標識 α7 に strep-tag を付けたままにしておくと、親和性カラムにより ILVM-α7-β7-β7-ILVM-α7 は pass-through として除けてしまいます。それでも 25% の α7-β7-β7-α7 対称形 (ILVM-α7-β7-β7-ILVM-α7 が完全に除かれたとすると、溶出蛋白質のうちの 1/3 にあたる)が入ってきてしまいますが、これは幸い非標識ですので methyl-TROSY で観測されません。この上下非対称の試料 ILVM-α7-β7-β7-α7 に 11S を混ぜると、これは下側 α7 によく付きます。すると、この下側 α7 の IN/OUT 平衡は、ぐんと OUT の方に偏りますが、注目すべき点は上側 K66A α7 の IN/OUT の比率も free での 2/5 から変わるかどうかです。結果として変化しなかったことが示されました。
精密な解析だなと思う点は、K66A α7 にも少しは 11S が付いてしまう事と(当試料では 24% の K66A α7 に直に結合している)、非標識ではあるものの α7-β7-β7-α7 対称形も試料の中には含まれている事(全体の 46%)をも考慮している点です。また、論文には非常にややこしいモデル図などが描かれています。故意に間違えたモデルですが、もし下側 α7 に 11S がついて OUT 構造になれば、上側 α7 も同じように OUT 構造になることを仮定しています。これはアロステリーが 100% の状態です。すると、11S を混ぜた時に上側 α7 も OUT 構造に傾くので、計算によると IN/OUT は 0.15 になります。しかし、実測では 0.42 でした。これは 11S とは無関係の、つまりフリーの状態での割合 0.4(2/5)と同じです。したがって、上下間でのアロステリーはほぼ0といえます。
幸運にも、この α7 はサブユニット交換しないようです。著者らは故意に α サブユニットをスクランブルさせた試料も作っています(塩酸グアニジンで変性させてから再構成させる)。そのスクランブル試料では重水素化した α サブユニットの隣にしばしば非標識の α サブユニットが来ますので、界面付近にたまたまあるメチル基のピーク強度が落ちます。しかし、ちゃんと再構成させた非対称 CP ではそのようにならないことから、スクランブルが起こっていないと判断しています(この完璧さでは査読者の指摘する箇所はなかっただろう)。
次の試料は、下側 α7 のゲート部分が Gly-rich の変異体です。こうすると、11S を付けなくても Gly-rich α7 全てが OUT 構造にシフトするのだそうです。そして、先ほどと同じように上側 α7 の IN/OUT の比率が変わるかどうかです。上側 α7 には M1I などの変異体を使っていますが、要は化学シフト値に変化は見られませんでした。厳密にいうと、むしろ上側 α7 の IN 構造が少し増えてしまいました。すると、もしかして、正の協同性ではなく、両端で IN と OUT が逆になるような負の協同性があるのか?ということになります。しかし、このような非対称形のサンプルだけでなく、対称形のサンプルでも同じ現象が見られたことから、これは長距離アロステリーのせいではなく、プロテオームどうしが分子間で少し相互作用するためであろうと結論づけました(上側 α7 のしっぽが、別のプロテアソーム分子の内部に Gly-rich α7 の側から入り込む。なんだかイソギンチャクどうしの合体を思い浮かべる)。Gly-rich α7 と WT α7 のいずれを標識して観測しても、それぞれの IN/OUT の比率にアロステリーを示唆する相関は見られませんでした。
3番目の試料は、下側 α7 に L81V 変異を施したものです。そして、観測する上側は ILVM-α7 にしておきます(ほぼ WT です)。この L81V 変異は、同じ下側の β サブユニットの化学シフトまで変えてしまい、その変化はちょうど 11S が付いた時と似ているそうです。問題はこの化学シフト変化が上側の β, α サブユニットにまで及ぶかどうかです(結果として、及ばなかったことが分かった)。
以上より、同じ半分子の α7-β7 の中ではアロステリーが存在しますが、それはもう一方の半分子までには及んでいないということになります。
1個のプロテアソームの両側に異なる調節因子が結合するという事実が真核生物で確かめられています。その意義について少し述べられているのですが、よく分かりませんでした。別々の調節因子がついて別々の機能を果たすのであれば、特に二量体になる必要もないのではないかと思います。しかし、一般的に蛋白質にはホモ N 量体が超大量にありますが、それらのサブユニット間に特にアロステリーが無いものも多いです。では、その意義はいったい何なのでしょう?という問題と似ているような気がします。いっしょにいる方が単に構造的に安定だから?
この実験系がうまく行くのには、いくつかの条件が必要です。一つはゲート部分がフレキシブルに動いてはいるものの、IN, OUT, or 11S に吸着(tethered)という3つの状態の間では slow-exchange で交換していることです(お湯の中であるにもかかわらず)。このおかげで、それぞれのモル比をピーク強度から割り出すことができます。もちろん fast-exchange でもピークの移動度からモル比を計算できますが、3状態の間で fast-exchange してしまうと超厄介です。また、上部分と下部分が異なる標識(あるいは変異体)になるようにプロテアソームを再構成していますが、これらサブユニット間でスワッピングがないというのもラッキーです。これも一種の slow-exchange といえるでしょう。またこの大きな複合体が凝集・沈殿せずに再構成できるので、キメラ CP を作れるとも言えます。また、この CP は大きいのですが、おおまかに見ると α7-β7 を単位とする二量体です。これが4量体になると、キメラを精製で分けるのが急に難しくなってきます。