2020年3月25日水曜日

a- という前置詞

もともとの始まりは「feel a little awkward doing(~することにこだわりを感じる)」という表現にぶつかったことでした。

この --ing は何だろう?

それで少し調べ始めると、若干の違いはあるものの spend 時間, waste 時間, have difficulties, happy, slow, late の後ろには --ing が続くことが分かりました。中でも「~するのに忙しい」という表現は、必ず busy --ing となります。ビジュアル英文解釈(伊藤和夫著、駿台文庫)によると

My tongue was busy searching out the hole where the tooth had been.
(私の舌は、以前に歯があった場所を探し出すのに忙しかった。)

何故このような変な例文を引き出してしまったかはともかくとして、ほぼ例外なく busy の後には --ing が来て「~するのに忙しい」となります。

「be 形容詞 to 不定詞」の表現は多いのですが、「be 形容詞 --ing」は非常に少なく、大学受験では busy だけを覚えておくと良いそうです。

しかし、理系の学術論文では spend がよく出てきます。「大腸菌を完全に育てるのに6時間を費やした。」など。Google-翻訳でも、ちゃんと「We spent six hours growing the E. coli until they were muddy.」と出てきました。

She spends too much time dressing herself.
(彼女は服を着るのに時間がかかり過ぎる。)

これだけを取り出すと何とも変な例文なのですが、とにかく上記の参考書には「これら二つは分詞構文ではない。昔の英語では前置詞 a- が付いていたが、それが落ちた」などと書かれていました。それで、この「a-」は何?ミスプリ?

いろいろ調べてみると、下記の専門論文に答が載っていました。

阿戸昌彦著(2013)「前置詞 in の脱落とその影響 : Busy(in)V-ing の場合」英學論考 42, 1-28.

もともとは「busy in --ing」という形で使われていたそうです。それなら分かりやすいですね。ところが、1850-60 年頃から「busy in --ing」よりも「busy --ing」がより多く使われるようになったようです。そして、今では前者はほとんど使われない。しかし、著者の研究のモチベーションは、なぜ急速に in が脱落したのか?自然脱落にしては速すぎる、ということでした。

さまざまな理由が挙げられているのですが、一つは分詞構文としても解釈にあまり問題がないので「busy in 動名詞」の代わりに「busy, 分詞構文」がだんだんと用いられるようになったという説です。分詞構文らしく、最初は busy の後ろにコンマがあったのでしょう。確かに分詞構文として解釈しても通用します。

もう一つの理由は驚きですが、発音のせいです。

1810 年頃の文章に「I was busy a washing the rooms.(a-washing とも書く)」があるようです。in の代わりに a あるいは a- が使われています。

そして、初めて知りましたが、進行形でも昔は --ing の前に on が付いていたそうです。

He is on hunting. -> He is a hunting. -> He is hunting.

受験で必須の go --ing ですが、これも 1719 年には I went a fishing. と言っていたようです。なるほど、この a だったら、アクセントが弱いので、いとも簡単に脱落しそうです。

さらに、愛読書「英語の歴史から考える英文法の「なぜ」朝尾幸次郎 著」に、分かり易い説明が載っていました。これで決まりです。

「シェークスピアのハムレットにも、本来は進行形になるべき会話文に普通の現在形が使われていた。もともと進行形は「be on 動名詞」であったらしい。この on は「~の最中」という意味で、今でも on duty などに使われている。この「be on 動名詞」が「be a-動名詞」になった。1885 の「ハックルベリーフィンの冒険」にまだ見られる。

go fishing などの表現も同様である。欽定訳聖書(1611)に、go a fishing という表現が見られる(なぜ聖書に漁の文章があるかは、お分かりですよね)。この a は、今では around, ashore, asleep などに残っている。いずれも a を on に置き換えると意味がよく通じる。進行形は「目の前の今に注目し、対象を引き寄せてクローズアップし臨場感を生み出す(生き生きさせる)効果をもつ。」なるほど、進行形とは何ぞやと考える上で、朝尾先生の「望遠レンズでクローズアップ」とは非常に納得のいく形容です。

と、ここまで来たところで、そういえばドイツ語には進行形が無かったなあということを思い出しました。なので「今 jetzt」という言葉をつけないと、現在形か進行形かの区別が付かないのです。試しに google-翻訳で作文すると、次のようになります。

Er liest ein Buch. 彼は本を読む。
Er liest jetzt ein Buch. 彼は今本を読んでいる。

ところが探してみると、ますます面白いブログが見つかるもので、なんとドイツのラインラント地方の方言では「私は読んでいる」の進行形の意味で「ich bin am Lesen」と言うそうです。am は英語での on the に相当します。ここまで来ると、もうこれは英語の「I am on reading -> I am a-reading -> I am reading.」と同じだとすぐに気づきます。それで、ペンシルベニアのある地域では、ドイツからアメリカ大陸に渡った人々の子孫がまだ古いドイツ語を話しているそうです。岡本順治先生によるブログが非常に興味深く、ちょっと感動してしまいました。

最後にバイブル、安藤貞雄 著の「現代英文法講義」で締め括ります。それによると、これらは「準主語補語」と呼ぶらしいです。先程の go --ing と同じように、stand, lie, sit, come, run, walk などは後ろに現在分詞を伴うことができます。「主語補語」との違いは「準主語補語」は省略しても文は文法的に成り立つ点です。

He stayed there enjoying the nmrPipe. 
彼はそこに留まって nmrPipe を楽しんでいた。 

「the」を付けてしまいましたが、NMR の専門外の人には申し訳ありません。ここで enjoying から後ろを省略しても問題ないので準主語補語となります。

また、busy, late, spend の後ろに「in --ing」が来る構文は稀ですがあることはあります。しかし、多くの有名な辞書では、この「in --ing」を認めてはいないそうです。その理由として、もともとは「in 動名詞」が始まりであったが、今は現在分詞であると(なので、in は付かなくて当然)と考えられているためであろうと書かれています。分詞構文であるとすると、過去分詞もありで、

I stood there entranced with a COSY spectrum.
(COSY スペクトルにうっとりして立ち尽くした。)

でも良いわけですね。

これらを大学受験の時に知ることができていたら、もっと英語が好きになっていたかもしれません。

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