2020年7月19日日曜日

液相分離の理解にも物理化学が必要とは

液液相分離 LLPS の論文ですが、最初はよく理解できず、ちょっと難しい内容でした。

J.A. Riback, L. Zhu, M.C. Ferrolino, M. Tolbert, D.M. Mitrea, D.W. Sanders, M.-T. Wei, R.W. Kriwacki, and C.P. Brangwynne (2020) Composition-dependent thermodynamics of intracellular phase separation. Nature 581 (7807), 209-214. doi: 10.1038/s41586-020-2256-2.

細胞核内の仁(核小体)は膜をもたない液滴ですが、これを相分離させる鍵となっている蛋白質に nucleophosmin (NPM1) があるらしいです。この NPM1 は、DNA 修復、ガン、アポトーシスなどいろいろな箇所に重要分子として登場してくるのですが、統一的な機能がよく分かっていないようです。ホモ5量体を形成しているので、それぞれのサブユニットで rRNA と付くことができ、これが今回の内容のキーとなっています。NPM1 は核内では 4 μM ぐらいの濃度ですが、これを過剰発現させると大きな仁が出来上がります。問題は、仁ができた時に仁の中の NPM1 の濃度 Cden と(核内ではあるが)仁の外の NPM1 の濃度 Cdil との比についてです。一般的に、特殊な分子の濃度がある閾値を越えると相分離が起きて何かしらの液滴ができますが、Cdil の濃度はある程度は一定に保たれます。つまり、しきい値濃度 Csat を超えた分すべてが液滴に集められ、その外側の濃度は常に Cdil ぎりぎりに保たれるような感じです。その蛋白質がさらに供給された場合、Cden も一定のまま液滴だけが大きくなっていくはずです。ところが、この NPM1 では Cden も Cdil もともにどんどん上がっていきます(ただし、相分離比 Cden/Cdil は濃度が高まるにつれて下がっていく)。これは、ちょうど Csat が上がっていくことを意味します。何故そうなるのでしょう?界面活性剤を濃くしていくと、ちょうど臨界ミセル濃度でミセルができますが、その臨界ミセル濃度がどんどん上がっていくようなイメージでしょうか?

これまでは、一種類の天然変性蛋白質(IDP)などが相分離して液滴を作る様子が解析されてきました。その場合には、しきい値濃度 Csat は一定で、それを超えた分が液滴となって、その周りの Cdil もある程度は一定に保たれます。しかし、細胞内や核内にはもっと多種類の蛋白質や核酸があり、それらの間の相互作用も多種多様です。あるタンパク質一つをとってみても、相互作用部位は複数あるかもしれません。また、ある IDP でもさまざまな箇所で異なる RNA と異なる強さで相互作用するかもしれません。このようなヘテロな状態ですと、しきい値濃度 Csat も、その内容物やそれらの濃度、そして相互作用の強さによって変わってきます。当然のように Cden, Cdil も変わります。

ある分子の立場に立ってみましょう。その分子は、液滴の中に入った方がよいか、それとも外にいた方がよいかを選ぶことになります。もし圧倒的に液滴の中に入った方がよければ、おそらく他の同じ種類の分子もこぞって液滴の中に飛び込みます。そして、多いに安心します。この安心(安定)を自由エネルギーが低くなるといいます。落ち着いている状態です。なぜ落ち着くのかですが、きっと周りのいろいろな分子と友好的な付き合いができるためでしょう。液滴の世界では例えばプラスマイナスの静電的相互作用などが効いているのかもしれません。

逆に、この分子は液滴の外にいるとそわそわします(不安定)。これは自由エネルギーが高いのです。要は、液滴の中(Gin が低い)と液滴の外(Gout が高い)があって、この差 Gin - Gout を(液滴への転移における)自由エネルギーといい ΔG と表します。当然ですが、どちらからどちらを引くかで正負が逆転します。ところが、ここが統一されていないので、本や論文によって正負がしばしば逆転します。それではこの ΔG を決めるにはどうすれば良いのでしょうか?まさか、各分子に液滴の中と外のそれぞれでの居心地具合を尋ねるわけにもいきません。ところが、このような分子が超たくさんあると、液滴の中と外にいる分子の数をそれぞれ数えるだけで ΔG に置き換えることができるのです。要は濃度比 Cden/Cdil です。液滴の内外を境に分子を分配するので、分配比といってもよいでしょう。この法則を発見した人の名にちなんで、これをボルツマン分布と呼びます(ΔG = -RT ln K = -RT ln (Cden/Cdil))。転移の自由エネルギーなんて数の比にすぎないんだと思ってください。

話を著者らの実験に戻します。NPM1 の濃度を上げるにつれて、NPM1 は液滴の方に入りにくくなりました(入るのですが、相分離比 Cden/Cdil が下がる)。これは液滴の中の相互作用がヘテロで、かつ、そのヘテロな相互作用が強いことを示しています。この辺りの数式が複雑でちょっと分かりにくいのですが、おそらく rRNA が NPM1 とたいへん好ましく相互作用するため、rRNA が NPM1 を液滴の中に(積極的にではないのですが、結果として)呼び込むものと考えられます。そして、仁の中に多くの NPM1 が入れば入るほど、rRNA はどんどん NPM1 でまぶされ、もはや外にいる NPM1 を呼び込む余裕を失い始めます。

NPM1 と同じように SURF6 を濃くしても、SURF6 は液滴の中に入りにくくなりました。核小体の中では SURF6 と rRNA との相互作用が好ましいので、有り余るほど SURF6 を加えるとだんだんと rRNA が SURF6 でまぶされてしまいます。すると rRNA にはもはや NPM1 が付く場所もなくなってきますので、SURF6 を増やした場合でも NPM1 は液滴の中に入りにくくなります。逆も同じです。NPM1 を増やすと NPM1 がますます rRNA を独占してしまうため、SURF6 が液滴の中に引き込まれなくなってしまうのです。

NPM1, SURF6 と rRNA との相互作用についてですが、weak で promiscuous と書かれています。後者の単語はランダムなという意味らしいです(昔、九大の神田先生がこの語について語られていた場面を思い出します)。rRNA はまだ新生鎖ですので、形も決まっておらず動き回っています。そのような rRNA 新生鎖と NPM1, SURF6 がお互いに絡み合ったような状況なのでしょうか?NPM1 も5量体でそれぞれの箇所が rRNA とくっつけるため、個々の相互作用は弱くても全体としてはかなりの寄与になってくるのでしょう。

rRNA は、まだ新生鎖の時は NPM1 などと頻繁に相互作用するため、液滴の中を好み仁の中にいます。rRNA にとっても液滴の中で NPM1 とくっついていた方がよいのです。ところが、rRNA は、他のリボゾーム形成蛋白質といっしょになり、完全なリボゾームへと成長していくにつれて NPM1 と相互作用できる箇所は減り、今度は液滴の外の方がエネルギー的に低くなり、結果として仁から外へと追い出されてしまいます。まあ、NPM1 と相互作用しないものには用はないから出ていけということでしょうか?著者らは他の液滴でも同じようなことが起きているのではないかと推測しています。つまり、なにか基質に相当するものが増えてきた時に、それらを集めて集団を作る液滴形成タンパク質があり、基質と(個々としては)弱いが多くのランダムでヘテロな相互作用を通して液滴を保ちます。皆が集まっているので、非常に効率よく反応を進めることができます。そして、目的の生成物ができあがると、それらは液滴タンパク質ともはや相互作用しなくなるので、液滴から外へと追い出されます。このようにしてできたオンデマンドの液滴も、基質がなくなれば用無しとなって解散します。

しかし、なぜ相分離のようなものが物理的に起きるのだろう?と考えてみると、たいへん不思議です。水槽にインクを一滴垂らすとインクは水槽の中に広がっていきます。逆にインクが集まってきて、固まるようなことは起きません。これはエントロピー増大の法則と呼ばれており、粒子はとにかく乱雑に均一に広まっていく方向に進んでいくことを示しています。しかし、一方でお酢の中の餃子油のように、放おっておくだけで集まってくるような場合もあります。これは乱雑になるどころか逆にお酢と油の相というようにきれいに分かれて整理整頓がなされる方向に進んでいます。この仕組みについては、まだ決着がついてはいないそうですが、油が集まることより余計に周りの水が乱雑になった、つまり、水が乱雑になる方(水のエントロピー増大)が勝ったというように説明されることが多いです。他に排除体積効果という言葉で説明されることもありますが、どちらも感覚的には掴みにくい概念です。ペンギン(餃子油)どうしが寒さを防ぐためにお互いにくっつき合うと、体表面積が減り、北極(いや南極か?)の冷風に当たる面積も減らせます。散らばった餃子油の表面には水が規則正しく並んでいたのですが、餃子油が集まってその塊としての表面積が減るほど、それらの水分子も開放されて喜んで散っていきます。これが水のエントロピー増大に当たります。確かに餃子油は固まって秩序を形成しますが(自然が嫌いなエントロピー減少)、それ以上に水分子は自由を得て散っていくのです(自然が好むエントロピー増大が勝った)。実は寒風の中で集まったペンギンどうしは手を結び合っています(に違いない)。同じく餃子油も集まって初めて手を結びます。これをファンデルワールス力と呼びます。これも餃子油が集まる方に(今度はエンタルピーの形で)寄与しています。

では核小体のような液滴はどのような仕組みで起きるのだろうとちょっと調べてみると、なにやら Flory-Huggins 理論とか何とかにぶつかってしまい、こんな言葉、なまもの学科出身の私は一度も聞いたことすらありませんでした。でも、化学系の人に聞くと、院試で必ず出題される基本事項なのだそうです。その説明(ウェブで見ただけですが)なんだか難しい。とにかく最初はビー玉のようなものを使ったエントロピー論が出てきます。結論としては、タンパク質や RNA は集まるよりかはランダムに散らばっている方がエントロピーが高くなっていいよね(つまりランダムに散乱してしまう)ということです。これでは逆じゃないですか、液滴形成に進む原理を知りたいのに、混合のエントロピー ΔS をひたすら計算すると、液滴を形成しない方がよいことになってしまうのです。はてはて?この辺りは先述の水槽に垂らしたインクと同じです。

ところが、そこにエンタルピー項が入ってきます。そのエンタルピーとはいわゆる相互作用です。私の解釈が思い切り間違えているかもしれませんが、タンパク質と RNA どうしの相互作用(エンタルピー項 ΔH:発熱するので負です)が、先程の乱雑な均一混合の方がよいというエントロピー項(-TΔS:正です)に勝ると、これを足し合わせた自由エネルギーが負になって液滴形成に傾くというわけです。ΔG = ΔH -TΔS ですので、当然、温度を上げるとエントロピー項が勝ちます(-TΔS がどんどん大きな正の数になって ΔG がついに正になってしまう。つまり、液滴は消える方がよい)。すると、タンパク質や RNA は「自然は散らかる」の法則にしたがって、本当はまんべんなく均一に混ざっていたいのだけれど、その分子間に相互作用があると、くっついて液滴になってしまうということでしょう(注:この節での ΔS の議論では、水和水の排除体積効果を無視しています)。

タンパク質, RNA という役者だけを登場させて自由エネルギーの議論ができますが(その系における ΔG = ΔH -TΔS)、これを細胞全体で考えるとエントロピーだけの議論ができます(宇宙全体の ΔS)。このような振り替えができるのは、定圧条件下(ΔH = 熱量)だけでして、まあ生物は基本的には一定の圧力の中で生きているので、この条件に合うのです。すると、先程の相互作用の(系内の)エンタルピーは何か(系外の)エントロピーに変えることができるはずです(「系内だけの自由エネルギー」と「系外も含めた宇宙のエントロピー」の関係として教科書に載っています)。おそらく、タンパク質, RNA 間の静電的相互作用によって生じた熱 ΔH が周りの水分子を活発に動かし、仁、核、細胞質の水分子の運動(エントロピー)を上げているのではないかと思います。もちろん、タンパク質や RNA 自身の動きも増加させているかもしれません。もちろん、IDP 蛋白質の周りに揃って並んでいた(水和していた)水分子が、液滴形成によって仁の外に追い出され自由を得たことによって、水和エントロピーもあがります。そして、それらのエントロピー上昇が、先程の Flory-Huggins 理論で得られる液滴形成のエントロピー降下に打ち勝つと液滴が形成されると考えることができるのではないでしょうか?(ただし、ATP 加水分解などによる能動的なエネルギー追加が液滴形成にまったく寄与していなければの話です)。液滴が形成されることによる秩序よりも、周りの水分子が自由に動くことによる開放(排除体積効果 & 静電的相互作用による発熱)が勝ったというわけです。

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