2022年12月11日日曜日

HyperW DNP 法

NMR はすばらしい装置だと思うのですが、唯一の?欠点は感度(S/N)が低いことです。蛍光の感度ほどではなくても、これさえ高ければ、もっと普及することでしょう。この問題の救世主かもしれないツールが、何種類かある超偏極法の中の DNP: dynamic nuclear polarization です。下記論文は、特にこれを蛋白質や核酸などの生体高分子に、しかも溶液の状態で活用する方法についてです(溶解 dissolution DNP)。要は上向きの α スピンの数を下向きの β スピンの数に比べて圧倒的に増やすことができるかどうかです。室温では α と β の数の差は数万分の1ぐらいなので、サンプルを濃縮したとしても、その数万分の1ぐらいの核しか観測に貢献していないことになります。もったいない。ここでは(1)の紹介が主ですが、(2)と絡めながら要点を書いていきたいと思います。

(1)Epasto, L.M., et al. (2022) Toward protein NMR at physiological concentrations by hyperpolarized water—Finding and mapping uncharted conformational spaces. Science Advances 8(31):eabq5179.
DOI: 10.1126/sciadv.abq5179
https://www.science.org/doi/10.1126/sciadv.abq5179

(2)Hilty, C., et al. (2022) Hyperpolarized water as universal sensitivity booster in biomolecular NMR. Nature Protocols 17, 1621–1657.
DOI: 10.1038/s41596-022-00693-8
https://www.nature.com/articles/s41596-022-00693-8

DNP 装置(1H に換算すると 285 MHz の磁石)を 1.3 K に冷やし、そこにラジカルである TEMPOL 15 mM を入れる。具体的には 150 μL(50% 重水素化グリセロール, 40% D2O, 10% H2O)とのこと。グリセロールは一種の凍結防止剤で、これを入れるのは、水が凍る時に一様にするためである。そこに電子の共鳴周波数に相当するマイクロ波 50 mW を 1~2 hr 当てると、オーバーハウザー効果が生じて超偏極した水を作ることができる(1H/1H の距離を測るための NOE, 13C の感度を上げるための 1H/13C NOE, アミド基のフレキシビリティーを測るための 1H/15N NOE なども、磁化移動としての基本は同じ。ただし、超偏極を移す方法は何種類かあるので、筆者のここの理解は間違えているかもしれない)。

数時間たって、この超偏極が 90% 程に蓄積したら、5 mL の室温 D2O(二番目の参照文献では 180℃ に熱した D2O)を 15 気圧で加えて、この溶液を一気に溶かし、500 MHz の溶液 NMR 装置に 7 気圧の He ガス圧で送る。この「溶かす」という操作から “dissolved DNP” と呼ばれる。溶かす時は軽水ではなく重水を使う。軽水を入れると、超偏極されていない 1H が増えてしまうし、せっかく超偏極された 1H の磁化が、されていない 1H に交差緩和で分散してしまう。一方 NMR 装置側ではサンプル管の中で 300 μM の蛋白質 MAX が 25℃ で待っている。これを超偏極水で 1/300 に一気に薄めるので、最終的な濃度は 1 μM となる。この溶解から混合までのプロセスを 2 秒で終わらせる。計算してみると、最終的な測定サンプルの中はほとんどが D2O で占められ、超偏極水はたったの 0.3% である(1H 濃度に換算すると 330 μM であり、これは蛋白質の 1 μM より圧倒的に多いからいいのかな?)。この論文では 1 μM にまで薄めるのが一種の目的となっているが、実際には超偏極水で数倍に薄めるのでよい。

超偏極した水の 1H は、蛋白質の -OH, -NH, -SH, -NH2 などと化学交換する。特に Gln, Asn の側鎖の NH2 との交換が速い。15N のパルスが届けば、Lys, Arg など速く交換している基も観測できるだろう。そして、そこから他の 1H へ NOE を通して磁化移動が起こる。これら交換によって、蛋白質の他の 1H の一部もちょっと超偏極になり感度が上がる。著者らは SOFAST-HMQC の一次元版(15N の t1 をほぼ 0 のままに固定しておく)を測定した。スキャン回数 ns は原則 1 回である(しかし、後述のように 2~4 回は可能)。10 秒ぐらいで感度向上の効果はなくなってしまうので、早く観測を始めないといけない。感度上昇率はおそらく 120 倍ぐらいではないかと著者らは見ている。二番目の参照文献には 50 秒ほど保てられると書かれており、それならば、超偏極された水の 1H は、生体高分子の交換性 1H と次々と入れ替わるので、ns > 1 の積算が可能になってくる。もちろん、水にパルスがかからないようにしないといけない。しいては 2, 3 次元の測定も可能だろう。そして、感度は 1,000 倍ぐらいに達するので、それの二乗つまり 100 万回の積算に相当するとのこと(10 日分?この推定はちょっと行き過ぎているような気もしますが。)

超偏極の準備に 2 hr かかったので、もし、超偏極をせずに普通に測定したらどうなるのであろうか?熱平衡状態では偏極率は数万分の1程度である。2 hr あれば、14,400 回スキャンはできる(ns)。よって感度 S/N はその平方根であるので 120 となる。今回の超偏極では 120 倍の感度上昇が得られたとのことなので、偶然の一致かどうかは分からないが、今回の論文では超偏極有無の勝負は引き分けということになった。

超偏極は低温で維持されやすい。よって、むしろ固体 NMR に向いている。一方、これを溶液 NMR に適用するには、室温にまで温度を上げないといけない。すると、90% あった超偏極は T1 緩和によってどんどん消えていき、室温での分極率(数万分の 1)にまで戻ってしまう。ここが難しいところ。

MAX は 25 度ではちゃんと fold して二量体をとっている。37 度に温度を上げると unfold してサブユニットは分離してしまう。ここまでが論文に載っている内容であるが、いずれも 300 μM ぐらいという構造生物学に必要な濃度での解析結果である。しかし、薄めるとサブユニットが解離して単量体になるらしい。実際の生理的条件に近い 1 μM ぐらいに薄めると、上記2つの濃い時とは全く異なるスペクトルが現れた。

と言っても、この一次元スペクトルの比較図では、なかなか判断が難しい。Fig. S3 の拡大図を見た方がよいだろう。ここでも差は微妙なのであるが、0.1 mM・25℃ で見えている 8.3 ppm 辺りのピークが、1 μM, DDNP では消えているのが特徴か?きっと単量体に分離した時、MAX は少し unfold するのではないだろうか?MD では単量体はコンパクトに fold することになってはいるが、クライオプローブで測定された 1 μM のスペクトル(Fig. S4 c)を見ると、側鎖 Asn, Gln のピークもまずまずブロード化しており、コンパクトに fold しているようには見えない。0.1~0.3 mM で 37度にした時と様子が似ているような気もするのだが。このような α-helix ばかりの構造は、アミドの 1HN 化学シフトだけでは判断が難しい。知り合いからも、Sparta でそこまで精密に予測できるかな?と疑問が出た。何とか BEST-HNCA, BEST-HNCO などをとって、TALOS のようなソフトで二次構造を予測したいところである。

DNP 装置の中でラジカルと蛋白質をすでに混ぜておき、電子の超偏極を蛋白質に移してから、観測用の NMR 装置に移すという方法もとられる。しかし、移している最中は磁場がないために T1 緩和が速くなり、せっかくの分極が失われてしまう。そこで、今回の DNP 装置では水を超偏極させ、それを素速く溶かして NMR 装置に送りこみ、そこにある蛋白質や核酸と速攻で混ぜる。そして、これら生体高分子には交換性の水素があるので、それと超偏極した 1H とを交換させるという方法が有効である。この方法 HyperW では、超偏極水を DNP 装置から NMR 装置に転送している間の損失が少ない。

溶液のままで、蛋白質の表面につけたスピンラベルから近くの核へ Overhauser 効果で偏極を移す方法もあるらしい。低磁場に向いているとか(Overhauser effect DNP, ODNP)。しかし、常磁性緩和促進(PRE)の場合と同じく、あちこちに一つずつスピンラベルを付けて実験を繰り返さないといけないので面倒という欠点がある。

DNP 装置は 7(+- 2)千万円ぐらいと載っていた。日本での今の障壁は He 代だろうか?すでに 1 万円 /L に達してしまった。再凝縮装置も可能だけれども、今度は電気代を勘定に入れないといけない .... 。

理論的には 5,000-10,000 倍の感度上昇が見込まれるはずであるが、実際にはその 1/100 程度に留まっている。その理由として次のような事情が挙げられている。(1)低温で固体状態の超偏極剤を溶かすために D2O などで薄めないといけない (2)NMR 側でサンプルと混ぜる時にも薄まってしまう (3)DNP 装置から NMR 装置に転送する時に超偏極が緩和してしまう (4)NMR 側でも超偏極が緩和してしまう(5) 対象とする生体高分子の 1H と超偏極した 1H とが速く交換するに越したことはないが、一方でマージした化学シフト値は圧倒的に大量の水の共鳴値に同化してしまう(濃度比が極端に偏っている時の fast-exchange)。また、水の 1H の T1 緩和を延ばすことができれば、超偏極をそれだけ長く保つことができるわけであるが、これを >10 秒にするには、重水溶媒に溶かす、ラジカルを除く、温度を上げるなどの方法が考えられる。すると、数回はスキャン ns を繰り返すことができるので、位相回しも少なくとも 2 回は可能になるだろう。

HyperW のもう一つの欠点は、蛋白質の表面、あるいは核酸で水素結合を組んでいないようなイミノ基しか高い感度の観測ができないことである。いわゆる Protection factor の高い、疎水性コア領域は観れない、あるいは感度が低い場合が多い。天然変性蛋白質 IDP, IDR の場合は、あまり問題にならないだろう。

最近は、偏極させたラジカルを凍らせたまま溶液 NMR に持ってきて、そこで溶解させたり、導管にも磁場をかけて、超偏極を長持ちさせたり、1H に超偏極を伝えた後 CP で 13C に移すことによって蛋白質のコアにまで偏極を伝えたりなど、さまざまな工夫がなされているらしい。先日の NMR 討論会(高知)では、DNP の話題が一杯あり、今ホットなんだと痛感した。そう、NMR はあと感度の問題させ克服できれば、泣く子も黙る超スーパー分光器なのです。感度を数千倍に上げることができれば、固体 NMR で蛋白質の多次元スペクトルがとれ、大腸菌培養 1L から 100 回分のサンプルがとれ、海の底のナマコ1匹から構造決定に十分量の創薬候補物質がとれ、ほうれん草一束から光合成膜蛋白質がとれ、そして、測定も1分で終わる。磁場が低くても結構いけるかもしれない。クライオプローブも要らない。400 MHz 室温プローブだと、維持費も 1/100 以下だろうか?それから量子コンピュータにして、数十桁の素因数分解もできるかもしれない。そのような情景を思い浮かべながら、DNP のポスター会場に佇んだ。

2022年11月23日水曜日

多量体酵素の中立進化

https://www.science.org/doi/10.1126/sciadv.adc9440

Liu, A.K. et al. (2022) Structural plasticity enables evolution and innovation of RuBisCO assemblies. Sci. Adv. 8(34): eadc9440.

doi: 10.1126/sciadv.adc9440. Epub 2022 Aug 26.

ルビスコ(RuBisCO: Ribulose-1,5-bisphosphate carboxylase-oxygenase)と呼ばれる、まるで何処かのビスケット会社の名前のような酵素は、光合成の過程で活躍し、空気中の二酸化炭素 CO2 を 3- ホスホグリセリン酸に固定する反応を触媒する。世の中でもっとも豊富にある蛋白質であるらしい。二酸化炭素は小さく空中に分散しているため、動物達には特に役立たない。これをデンプンや砂糖といった栄養分(そして、その何億年か後の石炭や石油)に固定するためには、このルビスコに活躍してもらわないといけない。CO2 は小さく空中を飛び回っていることから、エントロピーが高い状態といえる。一方、その炭素が固定されたデンプンは高分子で、お芋やお米の中に固まって秩序正しく静かに存在していることからエントロピーが低い状態といえる。というわけで、我々はその低いエントロピーを食べて、細胞や体など秩序だった(つまりエントロピーの低い)構造物を維持し、代わりにエントロピーの高くなってしまった二酸化炭素を肺から放出していることになる。

ルビスコには3種類ほど型(form)がある。Form I は一般的な植物にあり、form II は光合成細菌にある。バクテリアは原核生物(細胞核がない)のに光合成をするのか?とよく講義で驚かれるが、27 億年前に自然発生したシアノバクテリアのおかげで、地球に酸素がもたらされた。Form II は最初に解かれた構造が 2 量体であったため、その他の form II に属するルビスコもすべて四次構造は 2 量体であると信じられていた。しかし、それは先入観であって、著者らが実際にいろいろな種類の光合成バクテリアのルビスコを SEC, SAXS, MALS という方法で解析してみると、なんと6量体が多かった。

ちなみに植物の form I は、小サブユニットも導入した 8 量体一色である。つまり 8 量体に固定されていて、他の 4 量体や 6 量体がない。これは、進化の途中で偶然にも大サブユニット8個に小サブユニット8個が合わさることによって初めて十分な活性が生じ、もう後には引けない状態になったためであろう。つまり、活性の有無が選択圧となっている。

ところが、form II では、バクテリアの種類によって 2, 4, 6 量体といろいろ存在している。ある種の菌から見つかった RuBisCO は 4 量体であったが、これはめずらしいとのこと。その 4 量体は、どの 2, 6 量体ともサブユニットの接触の仕方が異なっていた。さらに、この 4 量体から form I の 8 量体を組み立てることもできなかった。つまり、最初に 2 量体が二つ寄ってたまたま 4 量体となったが、これは進化の袋小路であり、この 4 量体を部品として 次の 6, 8 量体が生まれることはなかったということになる。おそらく原始的な 2 量体にまた別の変異が起き、そこを界面として(4 量体を飛ばして)6 量体となったのだろう。

Form II には 6 量体に固定している系統もあるが、一方で、2 量体と 6 量体が混ざったような系統もあった。この dimer-hexamer 系統群では、進化の途中で 2 量体と 6 量体の間を容易に行き来したようである。たとえば、ある菌の 2 量体に突然変異が生じて 6 量体になった。しかし、数百万年後に進化した菌では、もうその 6 量体をやめて、もとの 2 量体に戻ってしまった。そのような行ったり来たりが進化の途中で繰り返されたということは「6 量体でなければ生きていけない」といった切羽詰まった選択圧が無かったということになる。「別に 2 量体でもいいやん。十分やっていけてるよ。いや、むしろ CO2 への特異性もちょっとだけ上がったし快適やん。なんで先祖様は 6 量体になんかしたんかな?訳分かんない」みたいな、選択圧がない状態であったと予想される。いわゆる中立進化が蛋白質の構造にも起こっていたということらしい。

RuBisCO のサブユニット接触面は、めずらしくも親水性残基で構成されており、界面にあたる Arg131 は、hexamer 系統群では保存されているが、dimer-hexamer 系統群ではあまり保存されていない(つまり、激しく変異している)。著者らは R98A と R131A それぞれの変異を作ってみたところ、どちらも 6 量体から 2 量体になった。たった1残基の変異だけで簡単に。疎水性残基が接触面にある多量体では、進化の途中で単量体の方向に戻ることはないと考えられている。確かに疎水性残基が表面に露出していると、あちこち別物質の疎水性表面にべたべたとくっつき、下手をすると凝集体やアミロイドのような危険な巨大固体になりかねない。疎水性残基が露出しているのは危険であるので、同じサブユニットどうしでくっつきあって疎水性表面を内側に押し込めて隠し、結果として多量体へと進化していく。多量体から単量体への方向へ進化していくのはむしろ自殺行為であり滅びてしまう。しかし、接触面が親水性残基の場合は、プラス・マイナスの電荷を通してサブユニットどうしで引っつき合ってもよし(多量体)、あるいは離縁して水と仲良しになってもよし(単量体)、要はその親水性残基にとってはどっちでも構わないのである。特に今回のように、酵素活性がそれほど落ちない、構造も不安定にならない場合には、6 量体から 2 量体へと戻る進化もあり得る(それを退化だと思ってしまうのは、むしろ主観的なのかも)。どっちでも生きていけるとなると、中立的な進化となる。キリンのように、首が短いと高い所の葉っぱが取れず生きていけないといったような場合には、首が長くなる方に選択圧がかかる。

Dimer-dimer 界面は活性部位からは遠いが、それを変異させると、酵素活性がちょっと変わったらしい。影響は小さいながらも、6 量体が 2 量体になると、サブユニット構造がほんの少し変わり(見た目は分からないが)、それが活性に影響するのだろう。ルビスコは CO2 を基質とするが、実は間違えて O2 も吸着してしまう。よって、もし、植物を品種改良するとすれば、O2 には見向きもせず、ひたすら CO2 だけを選んで取り込むようなルビスコに変身して欲しいと農家は願っている。なんとそれが(ほんの少しではあるが)できたらしい。6量体を 2 量体に分割するために変異を入れると、カルボキシラーゼとしての活性はちょっと落ちたが、O2 との吸着力が下がった(つまり、CO2 への特異性は上がった)とのことである。また、著者らは 2 量体から6量体への変身も試みた。7 箇所に変異をいれたところ、完全に 6 量体には至らなかったが、2 量体 : 6量体 = 3 : 1 の平衡状態になったそうである(試験管の中で、個々の分子が 2 量体と6量体の間を行き来しているという意味)。なお、先祖の配列をコンピュータで予測し、実際に作ってみたところ、2 量体と 4 量体の平衡状態もできたそうである。このような平衡状態はちょうど四次構造が変わる進化の途中の模様を再現しているのかもしれない。

ちょっと英文の言い回しが難しく、詰まりながら読んだが、たいへん面白い内容だった。うちでこれまでに扱ってきた蛋白質も、2残基ほど変異を入れると四次構造が変わったり、種によっては異なる多量体になっているケースがちょこちょこあった。いつも同じ酵素でありながら、何故 A 種だと 4 量体で、B 種だと 2 量体なのか?と真剣に考えて悩んだりもしたが、もしかすると、このルビスコのケースと同じく、A/B 種にとってみれば「どっちでもほとんど同じだから、たまたま 2 量体に戻した。大した理由なんてないよ。また気が向いたら 4 量体になるかも」というのが答で、ルビスコと似たケースなのかもしれない。

これを書いている最中に、数年前 morpheein モデルがブームになったことを思い出した。これはサブユニット自体の構造も変わるので、今回の話とは別話題となるのではあるが。ちょっとググってみると、今も発展しているようである。

https://pubs.acs.org/doi/10.1021/acs.bioconjchem.0c00621

2022年6月30日木曜日

液液相分離を原子レベルで観るには....

もう1年近くも更新していなかったので、サイトを消されてしまったのではないかと恐る恐る見てみましたが、何とかまだ残っていました。

雑務に忙殺されながら、なかなかじっくりと論文を楽しむ?時間もなく、しかし、せめて Kay さんの論文だけはと奮起してはみたものの、あまりもの長さに途中で何度も中断しながら数ヶ月もかかってやっと読み終わりました。その度にちょっとずつメモしていたのですが、読み終わって振り返ってみると、また下記のように長文が。。。

今後はもうちょっと要約だけ(役立ちそうな事だけに絞って)メモすべきかと思います。まあ、しかし、この論文をセミナー紹介しようと思い立ったが途中で四苦八苦しているかもしれない国内の学生さんにとって、せめてもの一助にでもなればと期待しています。

T.-H. Kim, B. J. Payliss, M. L. Nosella, I. T. W. Lee, Y. Toyama, J. D. Forman-Kay, L. E. Kay (2021) Interaction hot spots for phase separation revealed by NMR studies of a CAPRIN1 condensed phase. Proc. Natl. Acad. Sci. U S A 118(23), e2104897118. DOI: 10.1073/pnas.2104897118

液液相分離ではタンパク質のどことどこ同士が相互作用しているの?という謎を解明したいと思っている若い方、下記の方法に従えば可能です。ただし、あまりに対象が大きいと帰属が大変ですので、この例のように 100 残基ぐらいにまで絞れればよいかなと思います。

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X 線、cryo-EM, NMR ともに、液液相分離の構造を解析するのには苦手なツールである。NMR にとっても、高い粘性、高分子量はなかなか難しい壁である。その中でも、1H/1H NOE が重要な情報を与える。

CAPRIN1 は細胞質内の液相にある RNA 結合蛋白質である。mRNA の翻訳制御や安定性に関連しており、記憶や学習につながる。変異は自閉スペクトラム症を発症する。607-709 の領域が液液相分離を起こす low-complexity IDR である。これの Arg, 芳香環が FMRP と共に液液相分離を引き起こす。

液液相分離の阻害には CAPRIN1 の O-linked-N-acetylglucosaminylation (O-GlcNAcylation) が重要であった。pI = 11.5 で、塩や RNA を入れて Arg+ の電荷を遮蔽すると、液液相分離が始まる。さらに、ほどほどの濃度の ATP が Arg-rich な N-, C-末端領域に結合し、液液相分離を促進した。一方、高濃度の ATP は、CAPRIN1 の至るところにくっつき、逆に液液相分離を阻害することを見つけた(ATP は hydrotrope と呼ばれており、普通は凝集体を解く方に作用する)。ATP-Mg の代わりに 1% だけ ATP-Mn を加え、常磁性緩和により ATP 結合サイトを検出した(こういう点うまい!)。

Mg-ATP の追加により、分子間 NOE が増えたり強くなった。Arg, Gly, Gln のアミド基と aromatic 側鎖との間に分子間 NOE が見られた。(Gly を除く)Hα と HN の間や、Arg 側鎖と aromatic 主鎖の間にも。特に aromatic と Hα の間の NOE は強かったことから、液液相分離には主鎖の相互作用が重要であることが分かった。Phe よりも Tyr の方が分子間 NOE が強かった。逆に分子内 NOE はほとんどが局所的であった(芳香環と Gly について、残基内 i, sequential i-1 の強い NOE ばかり)。(NOE の解析はひたすら根性のみです。一応、測定条件を書いておきます。250-ms mixing time, 25 度, 0.5 mM 13C-labeled + 0.5 mM 12C-labeled CAPRIN1 に 0.8 mM Mg-ATP を入れた)。

液滴の中の蛋白質の拡散係数は二桁ほど大きい。さらに Rex も加わって、線形はかなりブロードになる。著者らは温度を 40 度にまで上げた。NaCl を 400 mM まで上げると、それでも 22.4 mM の液滴が維持されるらしい。12C, 15N, 2H(重水素化しないと、分子内 NOE が見えてしまう)と 13C, 14N, 1H の試料を混ぜ、分子間 2D 13C-edited/filtered, 15N-edited NOESY をとった(この方法、本当にお勧めです!)。13C-edited では、aromatic 側鎖を edit した。また、13C 標識と非標識を 0.5 mM ずつ混ぜ、3D 13C-filtered/edited NOE も測っている。側鎖から主鎖アミド基への NOE ピークの強度を見てみると、ホットスポットが見つかった。

分子内 NOE をとるために、[13C, 15N]-CAPRIN1 に5倍等量の非標識体を混ぜて、NOE を測定した(この方法、ちょっと覚えておくといいですね)。このモル比により、分子間 NOE はかなり薄められる。Long-range の分子内 NOE は観測されなかった。分子内としては、芳香環(あるいは Gly)と残基内アミド基、あるいは一つ後ろのアミド基との NOE が目立った。メチル基からアミド基への NOE を比べてみると、分子内 NOE は残基内か隣の残基に限定されていたのに対して、分子間 NOE は分子全体に散らばっていた。領域によって相互作用の強弱はあるものの、分子全体にわたって鎖どうしが相互作用し合っている。

液液相分離していない mixed-状態と液液相状態の condensed-状態での R2 を比べてみると、両者の間には相関がある。液液相状態になりにくい変異を見てみると、mixed-状態でも R2 緩和が下がっている。よって、前者の分子内相互作用と後者の分子間相互作用は相関していると言える。

NMR 観測から S644 がグリコシル化 (O-GlcNAcylation) されることが分かった。この部位は、液液相分離での分子間相互作用部位のすぐ近くであり、グリコシル化により液液相分離が抑制されることと一致する。また、ATP-Mg も Arg, 芳香環 rich な領域に相互作用し、液液相分離を抑制する。

LLPS を理解するには、分子間の相互作用を同定することが重要である。そのための最初のステップは変異体の作成である。そして、Ddx4 や FUS において芳香環 Phe, Tyr の変異が LLPS 形成能を下げたことから、これらの残基が関与していることが分かった(でも、この変異法だと、あっという間に歳とるよね。10 個/週ぐらいのペースで進めないと)。さらに Arg、電荷をもった残基が重要である。このような sticker の間の遷移的な相互作用が LLPS を促進し、それらの間の親水的な spacer が相互作用を和らげて凝集を防いでいる。しかし、Phe, Tyr, Arg, 荷電残基以外が寄与している例もあり、例えば、poly-Gln, Gly, Ser などが挙げられる。それらの相互作用解析に NMR は使えるが、まあまあ難しい面もある。特に NOE の帰属や緩和解析はなかなか難しい。

CAPRIN1 は 103 a.a. で 1H/15N HSQC もきれいにとれる(ここが味噌)。一方を 2H/15N で、他方を 1H/13C で標識した試料を混ぜることにより、分子間 NOE を間違わずに同定することができた(真似しましょう)。他のサンプルと同様に芳香環の重要性が確認できたが、さらに 1HN-1Hα コンタクトも顕著に観測された。一方、分子内 NOE のほとんどは、残基内、あるいは連続した残基間に限られていた。

分子間 NOE のあった箇所は、同時に 15N-R2 も上がった。よって、遷移的な接触によりダイナミクスが抑えられたことを意味する(くっつくと、ともに泳ぎが止まるということ)。この接触領域を変異すると、液液相分離の傾向が落ち、R2 の上昇も落ちた。

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いかがでしたでしょうか?NMR アプローチの仕方で特に目新しいことはないように思いますが、しかし、このようなオーソドックスな方法を全てちゃんと実行して結果としてまとめてしまうところはすごいなあと思います。