Liu, A.K. et al. (2022) Structural plasticity enables evolution and innovation of RuBisCO assemblies. Sci. Adv. 8(34): eadc9440.
doi: 10.1126/sciadv.adc9440. Epub 2022 Aug 26.
ルビスコ(RuBisCO: Ribulose-1,5-bisphosphate carboxylase-oxygenase)と呼ばれる、まるで何処かのビスケット会社の名前のような酵素は、光合成の過程で活躍し、空気中の二酸化炭素 CO2 を 3- ホスホグリセリン酸に固定する反応を触媒する。世の中でもっとも豊富にある蛋白質であるらしい。二酸化炭素は小さく空中に分散しているため、動物達には特に役立たない。これをデンプンや砂糖といった栄養分(そして、その何億年か後の石炭や石油)に固定するためには、このルビスコに活躍してもらわないといけない。CO2 は小さく空中を飛び回っていることから、エントロピーが高い状態といえる。一方、その炭素が固定されたデンプンは高分子で、お芋やお米の中に固まって秩序正しく静かに存在していることからエントロピーが低い状態といえる。というわけで、我々はその低いエントロピーを食べて、細胞や体など秩序だった(つまりエントロピーの低い)構造物を維持し、代わりにエントロピーの高くなってしまった二酸化炭素を肺から放出していることになる。
ルビスコには3種類ほど型(form)がある。Form I は一般的な植物にあり、form II は光合成細菌にある。バクテリアは原核生物(細胞核がない)のに光合成をするのか?とよく講義で驚かれるが、27 億年前に自然発生したシアノバクテリアのおかげで、地球に酸素がもたらされた。Form II は最初に解かれた構造が 2 量体であったため、その他の form II に属するルビスコもすべて四次構造は 2 量体であると信じられていた。しかし、それは先入観であって、著者らが実際にいろいろな種類の光合成バクテリアのルビスコを SEC, SAXS, MALS という方法で解析してみると、なんと6量体が多かった。
ちなみに植物の form I は、小サブユニットも導入した 8 量体一色である。つまり 8 量体に固定されていて、他の 4 量体や 6 量体がない。これは、進化の途中で偶然にも大サブユニット8個に小サブユニット8個が合わさることによって初めて十分な活性が生じ、もう後には引けない状態になったためであろう。つまり、活性の有無が選択圧となっている。
ところが、form II では、バクテリアの種類によって 2, 4, 6 量体といろいろ存在している。ある種の菌から見つかった RuBisCO は 4 量体であったが、これはめずらしいとのこと。その 4 量体は、どの 2, 6 量体ともサブユニットの接触の仕方が異なっていた。さらに、この 4 量体から form I の 8 量体を組み立てることもできなかった。つまり、最初に 2 量体が二つ寄ってたまたま 4 量体となったが、これは進化の袋小路であり、この 4 量体を部品として 次の 6, 8 量体が生まれることはなかったということになる。おそらく原始的な 2 量体にまた別の変異が起き、そこを界面として(4 量体を飛ばして)6 量体となったのだろう。
Form II には 6 量体に固定している系統もあるが、一方で、2 量体と 6 量体が混ざったような系統もあった。この dimer-hexamer 系統群では、進化の途中で 2 量体と 6 量体の間を容易に行き来したようである。たとえば、ある菌の 2 量体に突然変異が生じて 6 量体になった。しかし、数百万年後に進化した菌では、もうその 6 量体をやめて、もとの 2 量体に戻ってしまった。そのような行ったり来たりが進化の途中で繰り返されたということは「6 量体でなければ生きていけない」といった切羽詰まった選択圧が無かったということになる。「別に 2 量体でもいいやん。十分やっていけてるよ。いや、むしろ CO2 への特異性もちょっとだけ上がったし快適やん。なんで先祖様は 6 量体になんかしたんかな?訳分かんない」みたいな、選択圧がない状態であったと予想される。いわゆる中立進化が蛋白質の構造にも起こっていたということらしい。
RuBisCO のサブユニット接触面は、めずらしくも親水性残基で構成されており、界面にあたる Arg131 は、hexamer 系統群では保存されているが、dimer-hexamer 系統群ではあまり保存されていない(つまり、激しく変異している)。著者らは R98A と R131A それぞれの変異を作ってみたところ、どちらも 6 量体から 2 量体になった。たった1残基の変異だけで簡単に。疎水性残基が接触面にある多量体では、進化の途中で単量体の方向に戻ることはないと考えられている。確かに疎水性残基が表面に露出していると、あちこち別物質の疎水性表面にべたべたとくっつき、下手をすると凝集体やアミロイドのような危険な巨大固体になりかねない。疎水性残基が露出しているのは危険であるので、同じサブユニットどうしでくっつきあって疎水性表面を内側に押し込めて隠し、結果として多量体へと進化していく。多量体から単量体への方向へ進化していくのはむしろ自殺行為であり滅びてしまう。しかし、接触面が親水性残基の場合は、プラス・マイナスの電荷を通してサブユニットどうしで引っつき合ってもよし(多量体)、あるいは離縁して水と仲良しになってもよし(単量体)、要はその親水性残基にとってはどっちでも構わないのである。特に今回のように、酵素活性がそれほど落ちない、構造も不安定にならない場合には、6 量体から 2 量体へと戻る進化もあり得る(それを退化だと思ってしまうのは、むしろ主観的なのかも)。どっちでも生きていけるとなると、中立的な進化となる。キリンのように、首が短いと高い所の葉っぱが取れず生きていけないといったような場合には、首が長くなる方に選択圧がかかる。
Dimer-dimer 界面は活性部位からは遠いが、それを変異させると、酵素活性がちょっと変わったらしい。影響は小さいながらも、6 量体が 2 量体になると、サブユニット構造がほんの少し変わり(見た目は分からないが)、それが活性に影響するのだろう。ルビスコは CO2 を基質とするが、実は間違えて O2 も吸着してしまう。よって、もし、植物を品種改良するとすれば、O2 には見向きもせず、ひたすら CO2 だけを選んで取り込むようなルビスコに変身して欲しいと農家は願っている。なんとそれが(ほんの少しではあるが)できたらしい。6量体を 2 量体に分割するために変異を入れると、カルボキシラーゼとしての活性はちょっと落ちたが、O2 との吸着力が下がった(つまり、CO2 への特異性は上がった)とのことである。また、著者らは 2 量体から6量体への変身も試みた。7 箇所に変異をいれたところ、完全に 6 量体には至らなかったが、2 量体 : 6量体 = 3 : 1 の平衡状態になったそうである(試験管の中で、個々の分子が 2 量体と6量体の間を行き来しているという意味)。なお、先祖の配列をコンピュータで予測し、実際に作ってみたところ、2 量体と 4 量体の平衡状態もできたそうである。このような平衡状態はちょうど四次構造が変わる進化の途中の模様を再現しているのかもしれない。
ちょっと英文の言い回しが難しく、詰まりながら読んだが、たいへん面白い内容だった。うちでこれまでに扱ってきた蛋白質も、2残基ほど変異を入れると四次構造が変わったり、種によっては異なる多量体になっているケースがちょこちょこあった。いつも同じ酵素でありながら、何故 A 種だと 4 量体で、B 種だと 2 量体なのか?と真剣に考えて悩んだりもしたが、もしかすると、このルビスコのケースと同じく、A/B 種にとってみれば「どっちでもほとんど同じだから、たまたま 2 量体に戻した。大した理由なんてないよ。また気が向いたら 4 量体になるかも」というのが答で、ルビスコと似たケースなのかもしれない。
これを書いている最中に、数年前 morpheein モデルがブームになったことを思い出した。これはサブユニット自体の構造も変わるので、今回の話とは別話題となるのではあるが。ちょっとググってみると、今も発展しているようである。
https://pubs.acs.org/doi/10.1021/acs.bioconjchem.0c00621
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