2024年5月5日日曜日

Pro(i) の Cα(i-1) と Cδ(i) のピークをとり違えた話

どうもプロリン(Pro)周辺の主鎖の帰属ができない。。。

50 残基未満の蛋白質(もはや、ペプチドと呼ぶべきか?)の NMR 帰属をしているのですが、配列の中に nPnPnPn のような Pro が一つ飛ばしに連続している箇所があります。しかも、n がいずれも Ile, Val, Leu など似たものばかりです。ここが障害となり、主鎖の帰属がどうも進まないのです。下図が n(i-1)-Pro(i)-n(i+1) の構造式です(Zebra の Clickart がすばらしい)。1Ha で検出する測定を早くやれば良かったのですが、「ここはちょっと 13C-detection でもやって楽しんでみるか!」と思いたったのが失敗でした。とにかく感度が悪い。。。特にコヒーレンス移動が 13C から始まる実験は 2D CON を除いて全滅でした(0.1 mM, 25 度, 800 MHz, TCI-cryoprobe)。1H からスタートして 13C で検出する実験ではまだ何とかピークが見えるものがありました。そこで、2D CON と 3D (H)CANCO をとってみました。どちらも 13Co 検出です。13Co は 13Ca よりも IPAP の仕組みが簡単なので、ましだろうという単純な考えからです。



3D (H)CANCO のパルス系列を下図に示します。ちなみに Bruker 標準のを使いましたので、図もそこから拝借しています(感謝)。磁化移動は 1H からですね。コヒーレンスは 1Ha → 13Ca → 15N → 13Co という移動経路を通ります。そして「13Ca → 15N」の箇所ですが「13Ca(i) → 15N(i)」と「13Ca(i) → 15N(i+1)」の2通りに分かれます。



そこで、z 軸を 15N(i) で、x 軸を 13Co(i-1) として表示させると、y 軸には 13Ca(i) と 13Ca(i-1) の二つのピークが見えるはずです。(15N(i), 13Co(i-1)) はまさに 2D CON のピークそのものですね。したがって、まずは CON でピークを拾い、それをもとに (H)CANCO を解析します。下図は左側が CON、右側が (H)CANCO の Pro-15N(i) プレーンを表しています。


Pro の 15N には 1H が付いていませんので、15N はちょっと変な化学シフト値をとります。2D CON を測定すると、下の方(つまり、15N の低磁場側)に Pro(i) の (15N(i), 13Co(i-1)) が見えてきます。このサンプルには Pro が4つありまして、上図ではちょうど4つのピークが見えていますので、「これで決まり!」と思いました。ところがいろいろと矛盾が出てきて、どうも何かがおかしい。そのような時、Poky (Sparky) on NMRBox が「一番下に見えるピークは折り返し(folded, aliased)ではないか?」と提案してきました。はっとして調べてみると、まさにそうでした!このピーク、本当は 15N の超高磁場側にあるべきピークなのですが、私が測定する時に 15N スペクトル幅を適当に設定したので、スペクトルの下側に折り返っていたのでした。t1 の初期値をインクリメント幅の 1/2 にしておけば、折り返ったピークは負になるので簡単に分かるのですが、Bruker の標準パルスプログラムではほとんどがそうなっていません(最初の FID で位相を合わせられるようにするためかな?昔は流行ったのですが、もう時代遅れですね)。というわけで、図には映っていない、もうひとつ上のピークが4つ目の Pro であることが分かりました。

さて、(H)CANCO に見えている二つのピークですが、普通は 13Ca(i) のピークの方が 13Ca(i-1) よりも大きく出るものです(前者は 1J(NCa) で、後者は 2J(NCa) で磁化移動するため)。実際に主鎖の他の残基を見てみるとそうなっており、ほとんどの残基では 13Ca(i-1) が小さ過ぎて見えていませんでした。ところが、この Pro(i) については、二つのピークの強度がほぼ同じでして、この時点である事にちゃんと気づかないといけませんでした。30 年も NMR をやっていて、情けない限りです。それで、どちらのピークが Pro(i) の 13Ca(i) で、どちらが一つ前の残基の 13Ca(i-1) かという問題になります。BMRB の statistics を見てみますと、Pro の 13Ca は 63 +- 1.5 ppm という値をとります。ということは下側のピークが 13Ca(i) に決まりです。そして、上側のピークが 13Ca(i-1) ということになります。

ここまで分かれば、もう主鎖の帰属はできたも同然。というわけで、大好きな Mars をかけてみました。すると、なんとこの Mars がたいへん困っており、4つの Pro を空白にしたまま結果を返してくるのです。仕方がないので「この4つは Pro だよ」と固定して Mars を走らせたのですが、それでもダメ。つまり、無理やり帰属させようとしても拒否されてしまうのです。仕方がないので、3日間、手作業で帰属を進めることになりました。すると、Pro 以外は Mars が示す結果と同じになってしまいました。Mars を褒めてよいのか、自分を褒めるべきか。。。

(H)CANCO には何か変なアーティファクトが出るのだろうか?と思い、二つのピークの平均値を比べたり(quadruture artifact の有無)、スペクトル幅を足したり引いたり(aliased の有無)、差を調べたり(off-resonance による wiggle ピークの有無)してみましたが、特に相関はありませんでした。他の種類のスペクトルをとって、これらのピークの正偽を確かめるしかないかなと思っていました。それにしても変です。

3日ほど経った頃、ハイドンを聴きながらミルクティーを飲んでいると(ちょっと高尚さを自慢しすぎ?)、なにげなく「Asn/Asp だったかな?Deamidation という反応が起こって、ペプチド結合が Asn/Asp の側鎖の方に移ってしまう」という現象を思い出しました。Kay さんの超高分子量蛋白質の帰属の論文であったかどうか覚えていないのですが、HNCOCACB をとると、Cb と Ca のピークが逆転するので分かるそうです。そこでやっと気づきました。Pro(i) の場合、13Cδ と 15N が共有結合しているために、13Cδ(i) が 13Cα(i) と似たように出てしまうのです。よって、13Ca(i-1) と思いこんでいたピークは実は 13Cd(i) でした!BMRB で見てみると、13Cd の化学シフト値は 50 +- 1 ppm です。道理で、いずれも 50 ppm 前後に見えていたわけでした。二つのピークの大きさが似ている理由もこれで説明がつきます(どちらも 1J(NC) で磁化移動)。さらに、一つの Pro だけ3つのピークが見えていました(おそらく 13Ca(i-1), 13Ca(i), 13Cd(i))。たいへん不思議でしたが、やっと分かりました。

では、本当の 13Ca(i-1) にあたるピークは何処に?感度が悪くて見えていないということですね。やはり、1Ha 検出の測定をしないとダメということです。しかし、たぶん 1H 検出の HCAN(hcangp3d)などをとっても同じことが起きるので、お気をつけください(なお hcacongp3d では大丈夫でしょう)。

Pro のピークを拾っていて「これさえあれば!」というのが、Pro 内の 15N と 13Co を相関させるスペクトルです。もちろん、何か二つのスペクトルを組み合わせればできるのですが(共分散法など?)もうそれは帰属という作業の中に入ってしまっていますよね。3D (H)CANCO スペクトルで、13Ca を z 軸にとれば、1プレーンに CON のピークが二つ出てきて、それを組み合わせれば、この目的を達成できそうです。しかし、そうではなくて、1つのスペクトルの中に 15N(Pro)/13Co(Pro) のクロスピーク1つを生み出すようなスペクトルがないということです。まあ、しかし、MARS で Pro のために架空の HSQC ピークを作り、それは HN の帰属が不明(ハイフンを入れます)としてやると、Pro も含めた連鎖帰属の作業をしてくれますので楽です。

1 件のコメント:

wakatenmr2018@gmail.com さんのコメント...

https://doi.org/10.1016/j.bbapap.2020.140593 の Suppl. Fig. S1(B) でも、3つのピークが見えています。見えるピークが2つだけだと、帰属作業で混乱しそうですね。