2025年6月26日木曜日

水溶液中での本当の電荷は?

学生による論文紹介で紹介された論文です。

J. Am. Chem. Soc. 2025 Apr 30; 147(17): 14519-14529.

N. Bolik-Coulon, P. Rößler, L. E. Kay
PMID: 40237318 DOI: 10.1021/jacs.5c01567

NMR-Based Measurements of Site-Specific Electrostatic Potentials of Histone Tails in Nucleosome Core Particles.

水溶液中で蛋白質などの分子がどのような静電ポテンシャルを帯びているかは、非常に興味深い問題である。たとえば、DNA 二重らせんに巻き付く「糸巻き」に相当するヒストンには、テール(tail)と呼ばれる柔軟な末端領域が存在し、そのアミノ酸組成からは正に帯電していると予想される。しかし著者らは、以下に示す方法を用いて、このテールが実際には DNA と相互作用しており、負に帯電していることを示した。

著者らは、Gd3+ イオンをキレートした 2 種類の化合物、Gd-DOTAM-BA(正電荷)および Gd-DOTA(負電荷)を準備し、それぞれを別個に試料に添加した。もしヒストンテールが正に帯電している場合には、負に帯電した Gd-DOTA とより強く相互作用するはずである。この場合、Gd3+ の常磁性緩和により、ヒストンテールの NMR 信号は顕著に減衰するだろう。一方、テールが負に帯電していれば、正に帯電した Gd-DOTAM-BA 添加時の方が、より強い信号減衰が観察されるだろう。

このアイデアはもともと岩原先生によって提案されたものであり、後に L.E. Kay や外山先生らが別の蛋白質系に応用し、その有用性を示した。

DNA との相互作用によりテールが負に帯電していることは明らかとなったが、その程度はテールの種類によって異なっていた。たとえば、H4 テールはそれほど強く負に帯電していなかった。これは、H4 テールが Gly 残基を多く含み、DNA と結合しにくいためではないかと推測されている(Gly が多数含まれていると、そのテールはかなりフレキシブルとなる。しかし、DNA が結合するとテールの自由な動きが制限される。自然界では自由度の低下=エントロピーの減少を避ける方に傾く。もちろん、静電的相互作用とのバランスの上でであるが)。

2025年6月23日月曜日

HNCA をもっと高分解能に

学生による論文紹介で紹介された論文です。

https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/29367739/

Nat Commun. 2018 Jan 24; 9(1): 356.
doi: 10.1038/s41467-017-02767-8.
Mixed pyruvate labeling enables backbone resonance assignment of large proteins using a single experiment

蛋白質の主鎖を帰属する際には、一般的に 3D HNCO, HNCACO, HNCACB, CBCACONH などのスペクトルが用いられます。しかし、分子量が 50 kDa を超えると、これら 3D スペクトルの感度が低下し、せいぜい HNCA だけが頼りになるのが現状です。ところが、この HNCA では、蛋白質中の Cα および Cβ がともに 13C で標識されているため、13Cα ピークに 1J(cαcβ) による分裂が生じてしまいます。そのため、従来の HNCA では、この分裂が目立たない程度の分解能にとどめることで対応してきました。

もし、13Cα の隣接炭素(Cβ)が 12C であるような蛋白質を調製できれば、この分裂の問題は解消されます。これまでに、[1-13C]-グルコースや [2-13C]-グルコースを用いる方法が提案されてきましたが、これらでは調製される蛋白質の半分にしか 13C が導入されないという欠点がありました。この欠点を克服する手法として提案されたのが、[2-13C]-ピルビン酸および [3-13C]-ピルビン酸の利用です。すべてのアミノ酸種で Cα が完全に 13C 標識されるわけではありませんが、両者を併用して大腸菌を培養することで *、この欠点はある程度解消されます。

さらに、これらの試薬を NaOD で処理することで(pH 13)、メチル基の水素を 2H に置換することが可能です。これにより、高い重水素化率を持つ蛋白質の調製が可能になります。

[2-13C]-ピルビン酸および [3-13C]-ピルビン酸が安価に入手できれば、大きな分子量をもつ蛋白質の帰属解析に広く利用されると期待されます。

むか~し、むか~し、4D HNCANH というパルス系列を発表しました。これを使うと、1H/15N から両隣の 1H/15N への帰属が分かるのです。今は Bruker 標準パルスプログラムで HNCANNH という名前で載っています。これの欠点は、13Cα と 13Cβ の 1J カップリングなのです。 [2-13C]-グルコースを使う手もあるのですが、当時はまだ知りませんでした。また、 [2-13C]-グルコースを使ったとしても、実質的な 13C 密度は半分になり、重水素化率も中途半端になります。しかも、価格が高いそうです。一方 [2-13C]-ピルビン酸は、これよりかは良いような気がします。

この [2-13C]-グルコースの瓶を棚に置いておいたのですが、先日みてみると、無くなっていました。誰か [u-13C6]-グルコースと間違えて使っていない?誰か、HNCACB が見えない!とか騒いでいなかったっけ?

(*)アミノ酸の生合成では、解糖系に由来するアミノ酸と TCA サイクル経路途中で作られるアミノ酸に分けられます。 前者のアミノ酸については、単純に [2-13C]−ピルビン酸から 13Cα が導入されます。ところが、後者のアミノ酸については、Cβ にも 13C が導入されてしまいます。これは [2-13C]−グルコースを使った場合でも同様です。その結果、13Cα のピークの形状がやや不均一になります(中途半端なカップリングがあるため)。しかし、著者らはこの特性を逆にアミノ酸種を推定するために利用できると主張しています。