Ha SH, Ferrell JE Jr. (2016) Thresholds and ultrasensitivity from negative cooperativity. Science 352 (6288), 990-993.
ここで同種2量体(dimer)を考えてみます。それぞれのサブユニットに同じリガンドが一つずつ付いていきます。もし、2個目のリガンドが1個目のリガンドよりも強くつくのであれば、その2量体は「正の協同性」をもっていることになります。逆の場合は「負の協同性」です。しかし、ここで触れた協同性とは「リガンドがどのぐらい強くサブユニットに引っ付くか(affinity)」についてであり、「そのリガンドがついたサブユニットが活性をもつかどうか(activity)」については一言も触れてはいません。リガンドが付いていても活性がないというパターンもありえます。そこで、次のように考えることもできます。
(モデル1)片方のサブユニットにリガンドがつけば、そのサブユニットは活性をもつが、もう一方の空のサブユニットは不活性のままでいる。
(モデル2)片方のサブユニットにリガンドがついた状態では両方ともまだ不活性のままである。2個目のサブユニットにもリガンドがついて初めて両方が活性をもつ。
MWC モデルや KNF モデルは、T 構造(リガンドがつきにくい構造)と R 構造(リガンドがつきやすい構造)との間の交換について仮定されています。しかし、この R 構造にも2種類あって活性型 R 構造(R*a)と不活性型 R 構造(Ri, R*i)(* はリガンド)を想定すればよいのでしょうか?モデル2では R*i の存在を認め、かつ R*a は必ず全てのサブユニットで対称形でなければならないと規定してしまえばよいことになるのでしょうか?
ここで Hill 係数を求めてみましょう。ここでの Hill 係数はリガンドの親和性ではなく、あくまで活性がリガンドの濃度に対してどのように変わるかにもとづいて計算されていますので、モデル2では「R*a は対称形でなければならない」という制限が効いてきます。これは構造交換でいうところの MWC モデルの制限(R, T 構造は分子内で対称性をもたないといけない)とそっくりです。そのため、モデル2の Hill 係数はたとえ負の協同性であっても1を下回りません。
よく解離定数 Kd を計算する際に Kd = [protein]f * [ligand]f / [complex] のような比をとりますが、この添え字の f は free の f でして、この点によく注意しないといけません。この場合、[ligand]total = [ligand]f + [complex] となります。大抵の場合、リガンドの数は蛋白質の数を大きく上回っているので、[ligand]f のところに間違えて [ligand]total を使ってしまったとしてもあまり問題はありません。実際の実験では蛋白質に対して大過剰のリガンド(基質)を加えることにより、[ligand]total を使って解析したりもします。しかし、リガンドの数が非常に少なく、蛋白質の数と同じか、あるいはそれよりも少なめであればどうなるのでしょうか?
この [ligand]total を故意にもちい、さらに [ligand]total と [complex] を同じぐらいの数値に設定すれば、驚くべき事が見えてくることに全く気づきませんでした。目からウロコです(何度もプログラミングしているのに、なぜ一度でも計算してみようと思わなかったのか?)。もし、これが本当に起こっていることだとすると、生物の代謝や信号伝達の制御は(あの解糖系でさえ)思っている以上に精巧で複雑なのかもしれません。
もし、リガンドのモル数が(蛋白質 × サブユニット数)のモル数より少なく、親和性が非常に高い場合を考えてみます。ここにリガンドを少しずつ加えていきます。リガンドの親和性について正の協同性がある場合、片方のサブユニットだけにリガンドが付いていくよりも早く2個目のサブユニットにもリガンドが付き始めます。つまり、片方だけにリガンドが付いたような二量体が非常に少なく、2つともリガンドがついた2量体が滴定するにしたがって増えていきます。一方、負の協同性がある場合には、ほとんど全ての二量体で片方のサブユニットにリガンドが付き終わって初めて2個目のサブユニットにもリガンドが付き始めることでしょう。ここで(モデル1)のような2量体であれば、とにかくリガンドが付いたサブユニットは隣のサブユニットにリガンドが付いているか(R*a-R*a)あるいは、いないか(R*a-Ri, R*a-T)に関わらず活性をもちますので、協同性が正であっても負であっても活性は同じように上がっていくのです。リガンドが少ない時には正負の協同性の区別が消えてしまうとも言えます。
一方(モデル2)においては同じような状況でも結果はかなり違ってきます。まず、負の協同性です。ほとんど全ての2量体で片方のサブユニットにリガンドが付き終わるまでは活性がありません(R*i-Ri, R*i-T)。この時のリガンドの総モル数は、結合サイトの総モル数の半分です。この量がしきい値となり、この閾値にリガンドの濃度が達するまでは活性が出てこないといった緩衝効果が出てきます。ところが、さらにリガンドが入り始めると急に2つのサブユニットがともに満たされた2量体(R*a-R*a)が生まれ活性が出てくるのです。逆に正の協同性では二つともリガンドで満たされた2量体(R*a-R*a)が滴定のはじめの段階ですでに生じはじめます。親和性が高い場合には、片方だけリガンドが付いたような蛋白質(R*i-Ri, R*i-T)はほとんど存在せず、あるのは二つともリガンドがついた活性体(R*a-R*a)ということになります。よって、急に活性が上がるというよりかは最初からじわじわと、加えたリガンドの量に比例して活性が上がり続けることになります。活性のスィッチイングの on/off が急に切り替わるのは正の協同性の方だと思い込んでいましたが、それはリガンドがあり余るほど多量にある時の話でした。リガンドの総モル数が結合サイトの総モル数よりも少ない場合には、逆に負の協同性の方がスィッチイングの切り替えが急激になるのです。以上は親和性が極めて高い場合を考えましたが、親和性が低くなると結果はリガンドが多量にある状況と似てきます。
また、逆にリガンドではなくて、蛋白質の方を滴定していっても興味深い結果となります。モデル2で正の協同性の場合、蛋白質を増やすにつれてそれに比例するように2つのリガンドで満たされた二量体が生じてきます。そして、蛋白質が過剰になり始めても依然としてそれら二量体が存在し続けます。あまりに蛋白質があり過ぎると、リガンドが一つしか付いていない二量体も生まれ始めますので、活性は少しずつ下がってきます。一方、モデル2で負の協同性の場合、すべての二量体がリガンド2つずつで満たされるまでは、先ほどの正の協同性の場合と同じです。ところが蛋白質が過剰になり始めると、2個目の相互作用は弱いのですからどんどんリガンドが1個しか付いていない2量体が生じてきます。ちょうどリガンドがまったく付いていないような2量体を無くそうとします。この1リガンドの2量体には活性がありませんので、結果として2量体のモル数がリガンドのモル数と同じになる頃には(R*i-Ri, R*i-T)ばかりになってしまい、早くも活性がほとんど無くなってしまうのです。
このようにリガンドの総モル数が多量体上の結合サイトの総数に比べて少ない時には、負の協同性の方がスィッチングの役割を果たすという結果になりました。実際に DNA をつかって結果がこの通りになることが示されています。
まとめます。次のような条件の時、蛋白質(たとえば受容体)はリガンド(または基質など)の濃度の変化に対して極端に応答し、まるでスィッチを on/off したかのように振る舞います。リガンドがある濃度に達するまではほとんど活性がないような off の状態にあり、リガンドがその閾値の濃度を超えた途端に活性がいきなり on になります。
1)蛋白質は homo-multimer であり、各サブユニットに一つずつの同じ種類のリガンドがつく。
2)その同種多量体の蛋白質は、リガンドの親和性に対して負の協同性をもっている。
3)最初のリガンドに対してはかなり強い親和性をもっている。
4)多量体の中のサブユニットすべてがリガンドで満たされて初めて活性がでる(厳密には全てである必要はないが、少なくとも2つのサブユニットにリガンドが付いている必要はあるでしょう)。
5)リガンドの総モル数が(多量体分子 × サブユニット数)の総モル数(つまり、リガンド結合サイトの総モル数)に比べて少ない。
(Supplement の p.4, Eq. 10 の最後の項はおそらくミスで、正しくは +2 R2 tot でしょう。)
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