Roche J, Ying J, and Bax A (2016) Accurate measurement of 3J(HNHα) couplings in small or disordered proteins from WATERGATE-optimized TROSY spectra. J. Biomol. NMR 64 (1), 1-7.
TROSY を使わないと FID 検出の時間 400ms の間に 15N のデカップリングパルスによってサンプルが熱をもってしまうのでしょう。この論文に紹介されている TROSY 法は重水素化していない Intrisically Disordered Proteins (IDP) などを対象としているようですが、そうでなくても 10 kDa ぐらいの蛋白質で重水素化していない時につかってもよいのではと思います。
さっそく今つかっているパルスプログラムを書き換えてみようと思いますが、しかし、測るたびに 1H の選択的パルスのパワーも精密に測らないといけなくなりますので、ちょっと面倒かもしれません。それぞれのマシンで、1H のハードパルスの長さがこれこれになった時には、shaped-pulse のパワーはこれになると表にしてまとめておけば速いのかもしれません。ちなみに自動でパワーを決めるツールがありますが(prosol などと呼ばれています)これはパルス幅とパワーとの関係がきっちりと補正されている場合にのみ有効です。しかし、使っているうちにアンプがへたってきてどんどん数年前に作った表の値からずれてきてしまいますので、定量的な実験の場合には面倒でも個々のパルスはキャリブレーションしてやるべきでしょう(あるいは、cortab をもう一度おこなう)。実際に L. E. Kay さんのグループの人が測りにきた時、すべてのパルス(グラジエントも含めて)を自分で決め直していました。後でこの機械はグラジエントのプラスとマイナスの値(オフセット)が 0.5% もずれているといって叱られましたが、このように世界的な NMR のプロはあまり自動には頼らないのかもしれません。そのため、2次元 HSQC を測るだけでパラメータ設定に3時間ぐらいを要していました。その代わり、彼らの論文に見られるように、みごとに理論式のカーブにのった測定点が得られています。今回の Bax さんの論文もそのような一つであると言えるでしょう。
この論文の Introduction には、過去にわたって種々の方法で 3J(HNHa)-coupling が測られてきたが、Karplus の式に当てはめると RMSD が 0.8 Hz を下回ることがなかったという事実が書かれています。当時は 3J(HNHa)-coupling を正確に測ることがむつかしく、これは NMR 測定の精度が悪いためであろうと信じられていました。ところが、NMR の RDC で 1HN の位置を決めてやると、0.5 Hz を下回ったそうです。ということは、これまで使っていた結晶構造における 1HN の位置があまり正しくなかったことになります。たしかに結晶構造解析では電子密度の小さい水素はあまりよく観えないため、アミド基の水素については、これが理想的にはペプチド平面上にあるものと仮定して座標を置きます。ところが実際にはこの理想的な位置から少しずれた箇所に 1HN があるのでしょう。ついつい「結晶構造解析を上回る精度を NMR で目指してもなあ。」と思ってしまい勝ちですが、そう思ってしまった時点ですでに負けてしまっているわけで、それを達成してしまう Bax さんは本当にすごいです。
当方の 1H-15N TROSY の測定でも、この論文のように Pervushin さんの ST2-PT 方式を使っています。そこには Watergate が入っているのですが、水の信号があまりうまく消えていない時があります。ここに 15N:1H の gradient-echo も追加できればよいのですが、その gradient パルスを入れる隙間がなく困ってしまいます。しかし、この論文では gradient パルスを入れるために、Watergate の中の 1H, 15N πパルスの位置関係を少しずらして工夫しています。たしかに Watergate と gradient-echo の両方を使うと、水がよく消えることでしょう。さらに water-flip-back になるように設計されていますので、高い pH でも感度はそれほど落ちません。
この Watergate では 1HN に対して 90x---180-x---90x を選択的に打っています。ここで 90° パルスは 0.6 ms@800 MHz の sine-bell shaped-pulse です。いつもより少し長めの shaped-pulse にすることによって、水だけでなく 1Ha 全体に影響が及ぶようにしています。これにより 3J(HNHa) を refocus することができます(これら3つの複合パルスの結果、1Ha は反転しないが 1HN は反転するから)。もちろん、このような面倒なことなどせずに、1HN に Reburp 選択的パルスをひとつ打てばよいと思うところですが、どうも水消しの効率が悪かったそうです。何故なのでしょう?
この測定では FID の間におこる 3J(HNHa)-coupling によって信号を doublet に分け、そしてその間隔を測っています。このような場合、FID の検出(t2)が始まる時に cos(pi*J*t2) もスタートさせる必要があります。FID スタートのさらなる以前から、つまり Watergate の時からすでに 3J(HNHa)-coupling が始まっていると、sin(+-pi*J*d)(ただし d は Watergate の全期間)が混じってきてしまいます。この位相変調は doublet の左右でそれぞれ逆符号になりますので、二つのピークが実際より狭まってか、あるいは広がって観えてしまいます(この 3J(HNHa) では、広がって見えるそうです)。したがって、カップリング係数の見積もりを過大評価してしまうことになります。よって、Watergate の 1H のパルスでは、1Ha を 90x---180-x---90x の結果として反転させないように注意することが必要です。
また、15N の化学シフトの展開の時には、1H に対して Iburp2 と 90x-210y-90x パルスを打っています。前者は 1HN に選択的に、後者は 1H 全体に広く影響を与えますので、結果として 1HN はそのまま(TROSY ですので反転させてはいけません)、aliphatic 1H は反転することになります。今回の 3J(HNHa)-coupling を決めるという目的だけでしたら BEST 法でもよいのですが、この BEST 法では aliphatic 1H はそのままにしておきます(SOFAST とほとんど同じです)。つまり、15N と aliphatic 1H はカップルしたまま 15N の化学シフトが展開することになります。しかし、アミロイド系の蛋白質をふくめ IDP の測定など、15N に対してもできるだけ細い線幅を得たいときには、今回のように aliphatic 1H もデカップルした方がよいだろうと思います。ふつうの TROSY 法を重水素化していない試料につかうと、2J(HaN), 3J(HaN), 3J(HbN) などにより、15N 次元の線幅が少し太くなってしまいます。これを IDP に使ってしまうと、スペクトルの真ん中あたりにピークが重なってしまうわけですが、今回のパルスを使うと非常に高い分解能が得られます。
大きい(重水素化していない)蛋白質で、このパルス系列により 3J(HNHa)-coupling を測ることは難しいでしょう。そもそも直接測定軸で doublet に分かれるほどに線幅は細くならないでしょうし、FID の検出の最中に 1Ha が spin-diffusion により反転してしまい、3J(HNHa)-coupling が self-decoupling したような状態になってしまいます。しかし、10-20 kDa ぐらいまででしたら、ふつうの HSQC よりもきれいなスペクトルが得られることでしょう。
なお、3J(HNHa)-coupling を測るのでなければ、FID の最中にも 3J(HNHa)-coupling を refocus できればよいのですが、それも同著者から発表されています(BASH 法)。Ying, J. et al. (2014) J. Magn. Reson. 241, 97. このようなホモ核デカップリングの手法はいろいろと出ていますが、FID の最中にπパルスもどきを打つという直接的な方法は、もう 20 年ぐらい前になされていたのを覚えています。しかし、検出した FID にノイズが走ってしまい、これは使えないなあと思ってしまいました。今のマシンですと、大丈夫なのでしょうか?
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