2018年3月24日土曜日

ほどけたままくっ付くらしい

正電荷をたくさん持ったある蛋白質と負電荷をたくさん持ったある蛋白質とが、いずれも決まった構造をもたずに、お互いに相互作用していたというお話です。

Borgia, A., Borgia, M.B., Bugge, K., Kissling, V.M., Heidarsson, P.O., Fernandes, C.B., Sottini, A., Soranno, A., Buholzer, K.J., Nettels, D., Kragelund, B.B., Best, R.B., and Schuler, B. (2018) Extreme disorder in an ultrahigh-affinity protein complex. Nature 555(7694), 61-66. doi: 10.1038/nature25762.

細胞(核)内の雑多な環境内にあるにもかかわらず、その二つは相手を見つけて?遠くからどうしでも相互作用します。両者ともに intrinsically disordered proteins(IDP)です。普通は相互作用した途端に induced fit 等が起こって決まった特定の立体構造に固まり、いわゆる鍵と鍵穴のような相補的な関係によって噛み合うものと期待します。しかし、今回の例では相互作用してもお互いに特定のアミノ酸どうしで組み合うわけでもなく、両者がフレキシブルに動いたダイナミックな状態で相互作用していたということです。特定の鍵と鍵穴の間の立体構造の関係によらない、このような相互作用でしたので、Nature に採り上げられたようです。

正電荷の蛋白質:linker histone H1.0 (H1) +53
負電荷の蛋白質:prothymosin-α (Pro-Tα) -44

しかし、それでもあの雑多な中で相手を間違えないというのは驚きです。普通は鍵と鍵穴の相補的な関係を通して「特異的に」相互作用します。もし、両者の立体構造が噛み合わなければすぐに離れてしまい、複合体は相互作用と呼べるほどの滞在時間を保てません(koff が大きい)。もちろん、この二つの蛋白質の電荷の絶対値は両者ともにかなり大きいですので、強い静電的相互作用によりお互いに離れないのでしょう(pM の解離定数をもつ)。また、静電的相互作用は疎水的相互作用よりも遠くまで及ぶので、この2つの蛋白質が少しぐらい離れていてもお互いに引き合うのでしょう。

ただし、本文には次のように書かれています。このように決まった構造をとらずに相互作用する目的は、非常に強い親和性を持ちながら、それでもなお速く付いたり離れたりする必要があるためと。たしかに Pro-Tα はリンカーヒストン H1 のシャペロンですので、H1 がクロマチンと相互作用する時の親和性に競合するほどの親和性を H1 に対して持っていなければなりません。しかし、Pro-Tα がずっと H1 に付いたままですと、H1 をクロマチンから離して次の場所に再配置するといった「交換」を行えません。遠くからでも効く高い親和性をもちつつ、高速に付いたり離れたりするには、このような静電的相互作用と同時に disorder が必要なのだと書かれています。この考察は個人的にはちょっとよく分かりません。それよりかは、クロマチンも含めた3者複合体を作った時に初めて induced-fit が起こるのではないだろうか?第三者とはクロマチン、修飾酵素などが考えられます。例えば Pro-Tα:H1 には複数の複合体の形があり、次にやって来る第三者の(鍵)構造に応じて、そのうちのどれかの(鍵穴)構造が選ばれる(population selection)。しかし、NMR も含め現在の物理的計測法では、この複数の、しかも速く入れ替わっている構造を区別してとらえることは難しく、全ての構造の相加平均として計測されてしまっているのではないだろうか?と想像してしまったりもします(CD の値や 13Ca の chemical shift deviation が複合体の形成の前後であまり変わっていないので、やはり disorder したままなのか?あるいは、大半は disorder していても、実は第三者が来た時にピタッと当てはまる鍵穴構造がいくつか含まれているのかもしれません。そのモル比が小さいので、相加平均をとると disorder に見えてしまう?)。

細胞内には他にも電荷をたくさんもった蛋白質や核酸成分があり、それらが無差別に(非特異的に)くっ付いて来て離れなくなってしまっても良さそうです。もちろん、教科書にも載っているように、核内で局所的に存在したり、ある時期にだけ特別に発現したりしているのかもしれません。これについては、同じ号の

Tight complexes from disordered proteins (NEWS AND VIEWS) Berlow, R.B. and Wright, P.E.

に次のようにコメントされています。

"Pro-Tα and H1 form an archetypal fuzzy complex that involves a large ensemble of possible bound protein conformations, many of which are adopted by only a small number of individual complexes and occur with approximately equal probability."

相補的に噛み合った立体構造の箇所(とまでは明記されてはいませんが)が存在するのだが、ある瞬間をみると、そのフィットし合った領域はたいへん狭く、その領域は時間が経つと共にあちこちに移ります。H1 のある一つの狭い領域が Pro-Tα のある一つの狭い領域といつも1:1で相互作用しているのではなく、 H1 の複数の狭い領域と Pro-Tα の複数の狭い領域とが、いろいろな組み合わせでお互い交代しあいながら相互作用しているのかもしれません。しかもその小さな領域どうしが結び付いている時間は全てが同じぐらい短いのでしょう。すると、それらの複合体の構造がお互いに素早く交換していくので、観察者にはフレキシブルに動きながら非特異的に相互作用しているように観えるのかもしれません。そして、常に余った正電荷が H1 にあるために(Pro-Tα の負電荷によって H1 全ての正電荷が同時に相殺されるわけではない)、H1 がクロマチン(負電荷)とも相互作用できるのかもしれないと書かれています。

核内にある仁(核小体)は、何か膜のようなもので囲まれているわけではなく、蛋白質と核酸が相互作用し合いながら寄り集まっています。これは液-液相分離と呼ばれていますが、このような相互作用も上記のような仕組みで起こっているのかもしれません。ただし、今回の H1:Pro-Tα の系では濃縮しても液-液相分離は起こっていません。著者らは、ちょうど長さの点でも電荷の点でも2者間の相互作用でお互いに打ち消し合うような関係にあるためではないかと推察しています。また、もし疎水的な残基や芳香環がもっとあれば、これにさらに疎水的相互作用やカチオンパイ相互作用などが加わり、液-液相分離に進んでいくのかもしれないと書いています。

そもそも2つの蛋白質はお互い遊離状態であっても複合体状態であっても CD スペクトルがほとんど変わりませんでした。ということは、二次構造(特に α ヘリックス)の量は、複合体になったからといって増えているわけではありません。これ以上の構造情報を得ようとすると(結晶は当然のように出来ませんので)NMR しかありません。しかも二次元 1H-15N HSQC だけでかなりの情報が得られます。大腸菌発現系であれば、15N 標識蛋白質の発現が比較的容易にできます。IDP の二次元 1H-15N HSQC スペクトルは特徴的でして、横軸(1H)の 8.6 ppm より左にピークが現れません。これは「ハムの壁」と呼ばれています(この語呂は日本語だけで成り立ちます)。H1 には一部 fold した領域がありますので、そこのアミノ酸のアミド 1HN からのピークのみ 6-12 ppm 範囲に散らばります。一般的に水素結合が強いほど大きな 1H 化学シフト値(スペクトルでは左側, 低磁場側)をとる傾向があります(NMR では、軸の向きが常識とは逆になっていることに注意)。

ここで、2つの蛋白質を混ぜ合わせると、両者ともにピークが移動しました。一般的に電荷や芳香環をもった相手方リガンドが近づいてくると、化学シフト値が大きく変わります。しかし、この混合で移動したピークが一面に散らばる方向に動けば、複合体を形成した際にはっきりとした立体構造が誘導された(induced-fit)と分かりますが、移動したピークも依然せまい領域に固まっていました。つまり、二次構造の量が増えたわけでもないのです。また、13C の化学シフト値は二面角の大きさに強く影響を受けますので、二次構造の判定にしばしば使われます。しかし、その 13Ca の化学シフト値を見ても、α ヘリックスや β シートが誘起されたようではありませんでした。

このように帰属をしなくてもかなり詳しい構造情報が NMR から得られます。もし、15N, 13C で二重標識できれば、それぞれのピークがどのアミノ酸由来であるかを帰属できますので、もっと細かく調べることができます。実は、IDP の帰属は技を使えば可能な場合が多いのです。なぜならば、主鎖、側鎖が揺れ動いているために見かけの分子量が小さくなったような効果が生じ、感度が著しく上がるためです。複合体のスペクトルで、H1 の globular-domain からのピークが消えたのは、まさに溶液内での回転運動が遅くなったためです。しかし、それでもフレキシブルな、構造をとっていない領域は観測が可能でした。もちろんピークは全体的に強度が下がったそうです。さすがに複合体の状態では、単量体でいる時よりも回転運動が遅くなったのでしょう。また、反対の電荷どうしの相互作用が速く入れ替わったので、Rex も大きくなったのでしょう。

「技」というのは高次元化や高分解能化です。つまり、多くのピークがスペクトルの狭い領域にひしめき合うので、分解能を上げた測定をしてあげる必要があります(普通の蛋白質と同じパラメータで測定すると失敗します。それこそ non-uniform sampling, NUS が有効でしょう。さらに帰属の作業には少しばかりの根気が必要)。しかし、感度さえあれば、この高分解能化を達成する方法はいろいろと紹介されており、むしろ NMR の超複雑な最新パルス技術とプロセス技術を存分に発揮できますので、オタクにとっては実は嬉しい系であったりもします。

2018年3月22日木曜日

渡り鳥

渡り鳥がどうして道を間違えずに地球を半周ほども回れるのか?という話についてです。当然のように方位磁石(コンパス)*1 の代わりになる何かを持っているのでしょうが、それが何でどのような物理的原理によるのか、よく分かっていません。個人的に興味を持っていて、このような記事をたびたび拾い読みします。もっともよく登場するのは、網膜にある cryptochrome(クリプトクローム)と呼ばれる蛋白質です。

*1) ある種の細菌は磁鉄鉱をもっており、実際にそれが方位磁石のような働きをするそうです。鳥類にも磁鉄鉱が見つかるのですが、コンパスの働きはないとされています。

今回は驚いた事に、DNA 修復酵素の一種である光回復酵素が、このコンパスの働きをしているかもしれないという記事が出ました。

Zwang, T. J., Tse, E. C. N., Zhong, D. P., and Barton, J. K. (2018) A compass at weak magnetic fields using thymine dimer repair. ACS Cent. Sci. 2018, DOI: 10.1021/acscentsci.8b00008

この記事は下記にも紹介されています。

P. J. Hore (2018) Sensitivity of DNA repair enzymes to weak magnetic fields may have relevance to the mechanism by which birds sense the Earth’s magnetic field. ACS Cent. Sci., DOI: 10.1021/acscentsci.8b00091

Hore さんといえば、NMR でも有名な先生ですが、ついでに下記も紹介しておきます。

NMR入門: 必須ツール 基礎の基礎 (Chemistry Primer Series) 
P.J. Hore (著),‎ 岩下 孝 (翻訳),‎ 大井 高 (翻訳),‎ 楠見 武徳 (翻訳)

DNA は紫外線を受けるとしばしば損傷します。その中でもよく知られている損傷がチミンダイマーです。隣り合うチミンどうしが結合して二量体になってしまうのです。チミンはピリミジン環をもつので、ピリミジンダイマーとも呼びます。

そこで、これを修復する酵素 photolyase(光回復酵素)が登場します。この photolyase は内部に FAD を持っています。これが完全に還元された形が FADH-(FADH-**)です。これに青色の光が当たると励起されて、チミンダイマーに電子を1個与え、その二量体を壊します。その際に (FADH*)側と、チミンダイマー(TT-*)側のそれぞれにラジカルができます。このラジカルペアですが、これが一重項状態(αβ-βα)になると緩和時間が伸び、さらに周りの磁場の向きによって DNA 修復の速度が変わるらしいのです。しかも、その磁場は地磁気ほど小さくても良いのだそうです。

詳しいことはよく分かりませんが、このラジカルペアは、内部では核スピンと hyperfine 相互作用を持ち、外部とは磁場との Zeeman 相互作用を持つため、singlet(αβ-βα)と triplet(αβ+βα, αα, ββ)の間で交換します。その最終的な割合が外部磁場との相対角度に依存するらしいのです。これが効率よく起こるためには、緩和時間が長くないといけませんし、また磁場も非常に強くないといけません。そこがまだあまり解明されていない問題点のようです。

実は cryptochrome は photolyase の先祖とされていますので、あながち急に photolyase が飛び出してきたわけではありません。Cryptochrome も FAD を持っていて磁場の向きに応じてラジカルペアを生成します。そこで、これが磁気コンパスではないかと言われています。

しかし、普通はこのような酵素は細胞内(核内)でブラウン運動により回転するため、磁場に対する向きもランダムに動いてしまいます。したがって、まだまだ解明されたとは言えない状態のようです。

渡り鳥だけでなく、鯨, Kujira、鮭, sake、鰻, MagRO、海老蟹 ロブスター、蝶々など、いろいろな生き物が長い距離を旅します。これらがどのようなコンパスを持っているのか、まだよく分かっていないようです。磁気、海水の香りなどさまざまな説があります。そして、もしかして人間も?と思ってしまいます。

ちょっと前までそれはまずあり得ないと思っていました。ところが、先日、とある遮蔽されていない超高磁場 NMR の下に潜って頭を動かすと、まるで車酔いしたような気分になりました。磁石の下から這い出すと、同じ姿勢でも全く問題ありません。他の数人もいっしょに何度試しても皆そのようになるので、もしかして何かある!と感じました。また、NMR 室に見学者を招待すると 100 人に1人ぐらいの割合で気分が悪くなる人が出てきます。毎年そのような事態になるので、いつも「閉所恐怖症ですか?」と尋ねるのですが、そうでもなく、その人達もたいへん不思議だと答えます。そういえば、目隠ししていても方角が分かる人がテレビで紹介されていました。どうなっているのでしょう?一応、血液の中にはヘモグロビンがあり、そのヘム鉄により強い磁場の中ではヘモグロビンは磁場に対して配向します。しかし、血流が乱す力の方が配向よりも圧倒的に大きいので、このまるで residual dipolar coupling, RDC を測る時の現象が、方向感知に効いているとは考えにくいでしょう。

ところで、上記のラジカルペアについてですが、これができる前は、この2つの電子はもともとは同じ核に所属しています。そのため、一方の電子スピンが上向き(α 状態)にあれば、他方の電子スピンは下向き(β 状態)にあります。ちょっとややこしいことに、一方が必ず α 状態にあるという意味ではなく、本当は α 状態と β 状態の両方の状態に同時にあります(α or β ではなく α and β)。これを量子力学の重ね合わせ状態と呼びます。そして、どちらの状態にあるのかを知るために観測すると、そのとたんにどちらかに収縮します。そして、もし β 状態に収縮して観測されたならば、相棒の電子スピンは即座に α 状態に収縮します。

興味深いことに、一つの電子が核を離れて別の核に移動し、ラジカルペアに変身しても、まだこの関係が保たれる場合があります。奇妙な量子もつれと呼ばれるそうです。もちろんそのようなコヒーレンスが保たれる時間が問題ですが、仮にそのようなもつれ状態がずっと続くとすると、なお不思議なことに、原理上は2つの電子がどれだけ離れていても(宇宙の両端に離して置いても)この関係が保たれるのだそうです。その場合、一方の電子スピンを観測して α 状態に収縮すると、遠く離れた電子スピンにも遠隔作用が及んで β 状態に収縮します。

しかし、ラジカルペアの一重項状態に三重項状態がある比率で混ざってくると、αβ 状態だけでなく αα や ββ 状態も混ざってきます。それらの比率がラジカルペアの向きと磁場の向きとの間の相対角度で決まるのだそうです。そして、渡り鳥がそれぞれの電子スピンの状態を観測(認識)することにより、一重項と三重項状態の間の比率が分かり、しいては磁場の向きが分かるという仕組みなのだそうです(ちょっと理解に自信がありませんが)。

どうも物理の話が濃すぎて、何が何だかよく分かりません。さらに最近は多世界解釈という思想?も入ってきました。これによると、αβ 状態と βα 状態という2つの世界があり、どちらかを観測したに過ぎないのだそうです。つまり、一方を観測した際にたまたま α 状態に収縮したので、その瞬間に他方は β 状態に収縮したという解釈ではなく、たまたま αβ 状態の世界の方を観測したに過ぎないという解釈です(あるいは観測した途端に世界が αβ と βα に分離した?)。どちらも嘘みたいな話ですが、個人的にはどちらかというと、この多世界解釈の方がしっくり来ます。

しかし、渡り鳥の目の中で本当にそのような事が起こっているのでしょうか?実は cryptochrome は植物も含めさまざまな生物が共通して持っており、実際に体内時計に関与することはよく知られています。よって、渡り鳥のような高等生物に進化する過程で生み出されてきたのではなく、はるか何億年も昔、生物の初期段階にすでにあったのではないかと言われています。