*1) ある種の細菌は磁鉄鉱をもっており、実際にそれが方位磁石のような働きをするそうです。鳥類にも磁鉄鉱が見つかるのですが、コンパスの働きはないとされています。
今回は驚いた事に、DNA 修復酵素の一種である光回復酵素が、このコンパスの働きをしているかもしれないという記事が出ました。
Zwang, T. J., Tse, E. C. N., Zhong, D. P., and Barton, J. K. (2018) A compass at weak magnetic fields using thymine dimer repair. ACS Cent. Sci. 2018, DOI: 10.1021/acscentsci.8b00008
この記事は下記にも紹介されています。
P. J. Hore (2018) Sensitivity of DNA repair enzymes to weak magnetic fields may have relevance to the mechanism by which birds sense the Earth’s magnetic field. ACS Cent. Sci., DOI: 10.1021/acscentsci.8b00091
Hore さんといえば、NMR でも有名な先生ですが、ついでに下記も紹介しておきます。
NMR入門: 必須ツール 基礎の基礎 (Chemistry Primer Series)
P.J. Hore (著), 岩下 孝 (翻訳), 大井 高 (翻訳), 楠見 武徳 (翻訳)
DNA は紫外線を受けるとしばしば損傷します。その中でもよく知られている損傷がチミンダイマーです。隣り合うチミンどうしが結合して二量体になってしまうのです。チミンはピリミジン環をもつので、ピリミジンダイマーとも呼びます。
そこで、これを修復する酵素 photolyase(光回復酵素)が登場します。この photolyase は内部に FAD を持っています。これが完全に還元された形が FADH-(FADH-**)です。これに青色の光が当たると励起されて、チミンダイマーに電子を1個与え、その二量体を壊します。その際に (FADH*)側と、チミンダイマー(TT-*)側のそれぞれにラジカルができます。このラジカルペアですが、これが一重項状態(αβ-βα)になると緩和時間が伸び、さらに周りの磁場の向きによって DNA 修復の速度が変わるらしいのです。しかも、その磁場は地磁気ほど小さくても良いのだそうです。
詳しいことはよく分かりませんが、このラジカルペアは、内部では核スピンと hyperfine 相互作用を持ち、外部とは磁場との Zeeman 相互作用を持つため、singlet(αβ-βα)と triplet(αβ+βα, αα, ββ)の間で交換します。その最終的な割合が外部磁場との相対角度に依存するらしいのです。これが効率よく起こるためには、緩和時間が長くないといけませんし、また磁場も非常に強くないといけません。そこがまだあまり解明されていない問題点のようです。
実は cryptochrome は photolyase の先祖とされていますので、あながち急に photolyase が飛び出してきたわけではありません。Cryptochrome も FAD を持っていて磁場の向きに応じてラジカルペアを生成します。そこで、これが磁気コンパスではないかと言われています。
しかし、普通はこのような酵素は細胞内(核内)でブラウン運動により回転するため、磁場に対する向きもランダムに動いてしまいます。したがって、まだまだ解明されたとは言えない状態のようです。
渡り鳥だけでなく、鯨, Kujira、鮭, sake、鰻, MagRO、海老蟹 ロブスター、蝶々など、いろいろな生き物が長い距離を旅します。これらがどのようなコンパスを持っているのか、まだよく分かっていないようです。磁気、海水の香りなどさまざまな説があります。そして、もしかして人間も?と思ってしまいます。
ちょっと前までそれはまずあり得ないと思っていました。ところが、先日、とある遮蔽されていない超高磁場 NMR の下に潜って頭を動かすと、まるで車酔いしたような気分になりました。磁石の下から這い出すと、同じ姿勢でも全く問題ありません。他の数人もいっしょに何度試しても皆そのようになるので、もしかして何かある!と感じました。また、NMR 室に見学者を招待すると 100 人に1人ぐらいの割合で気分が悪くなる人が出てきます。毎年そのような事態になるので、いつも「閉所恐怖症ですか?」と尋ねるのですが、そうでもなく、その人達もたいへん不思議だと答えます。そういえば、目隠ししていても方角が分かる人がテレビで紹介されていました。どうなっているのでしょう?一応、血液の中にはヘモグロビンがあり、そのヘム鉄により強い磁場の中ではヘモグロビンは磁場に対して配向します。しかし、血流が乱す力の方が配向よりも圧倒的に大きいので、このまるで residual dipolar coupling, RDC を測る時の現象が、方向感知に効いているとは考えにくいでしょう。
ところで、上記のラジカルペアについてですが、これができる前は、この2つの電子はもともとは同じ核に所属しています。そのため、一方の電子スピンが上向き(α 状態)にあれば、他方の電子スピンは下向き(β 状態)にあります。ちょっとややこしいことに、一方が必ず α 状態にあるという意味ではなく、本当は α 状態と β 状態の両方の状態に同時にあります(α or β ではなく α and β)。これを量子力学の重ね合わせ状態と呼びます。そして、どちらの状態にあるのかを知るために観測すると、そのとたんにどちらかに収縮します。そして、もし β 状態に収縮して観測されたならば、相棒の電子スピンは即座に α 状態に収縮します。
興味深いことに、一つの電子が核を離れて別の核に移動し、ラジカルペアに変身しても、まだこの関係が保たれる場合があります。奇妙な量子もつれと呼ばれるそうです。もちろんそのようなコヒーレンスが保たれる時間が問題ですが、仮にそのようなもつれ状態がずっと続くとすると、なお不思議なことに、原理上は2つの電子がどれだけ離れていても(宇宙の両端に離して置いても)この関係が保たれるのだそうです。その場合、一方の電子スピンを観測して α 状態に収縮すると、遠く離れた電子スピンにも遠隔作用が及んで β 状態に収縮します。
しかし、ラジカルペアの一重項状態に三重項状態がある比率で混ざってくると、αβ 状態だけでなく αα や ββ 状態も混ざってきます。それらの比率がラジカルペアの向きと磁場の向きとの間の相対角度で決まるのだそうです。そして、渡り鳥がそれぞれの電子スピンの状態を観測(認識)することにより、一重項と三重項状態の間の比率が分かり、しいては磁場の向きが分かるという仕組みなのだそうです(ちょっと理解に自信がありませんが)。
どうも物理の話が濃すぎて、何が何だかよく分かりません。さらに最近は多世界解釈という思想?も入ってきました。これによると、αβ 状態と βα 状態という2つの世界があり、どちらかを観測したに過ぎないのだそうです。つまり、一方を観測した際にたまたま α 状態に収縮したので、その瞬間に他方は β 状態に収縮したという解釈ではなく、たまたま αβ 状態の世界の方を観測したに過ぎないという解釈です(あるいは観測した途端に世界が αβ と βα に分離した?)。どちらも嘘みたいな話ですが、個人的にはどちらかというと、この多世界解釈の方がしっくり来ます。
しかし、渡り鳥の目の中で本当にそのような事が起こっているのでしょうか?実は cryptochrome は植物も含めさまざまな生物が共通して持っており、実際に体内時計に関与することはよく知られています。よって、渡り鳥のような高等生物に進化する過程で生み出されてきたのではなく、はるか何億年も昔、生物の初期段階にすでにあったのではないかと言われています。
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