Borgia, A., Borgia, M.B., Bugge, K., Kissling, V.M., Heidarsson, P.O., Fernandes, C.B., Sottini, A., Soranno, A., Buholzer, K.J., Nettels, D., Kragelund, B.B., Best, R.B., and Schuler, B. (2018) Extreme disorder in an ultrahigh-affinity protein complex. Nature 555(7694), 61-66. doi: 10.1038/nature25762.
細胞(核)内の雑多な環境内にあるにもかかわらず、その二つは相手を見つけて?遠くからどうしでも相互作用します。両者ともに intrinsically disordered proteins(IDP)です。普通は相互作用した途端に induced fit 等が起こって決まった特定の立体構造に固まり、いわゆる鍵と鍵穴のような相補的な関係によって噛み合うものと期待します。しかし、今回の例では相互作用してもお互いに特定のアミノ酸どうしで組み合うわけでもなく、両者がフレキシブルに動いたダイナミックな状態で相互作用していたということです。特定の鍵と鍵穴の間の立体構造の関係によらない、このような相互作用でしたので、Nature に採り上げられたようです。
正電荷の蛋白質:linker histone H1.0 (H1) +53
負電荷の蛋白質:prothymosin-α (Pro-Tα) -44
しかし、それでもあの雑多な中で相手を間違えないというのは驚きです。普通は鍵と鍵穴の相補的な関係を通して「特異的に」相互作用します。もし、両者の立体構造が噛み合わなければすぐに離れてしまい、複合体は相互作用と呼べるほどの滞在時間を保てません(koff が大きい)。もちろん、この二つの蛋白質の電荷の絶対値は両者ともにかなり大きいですので、強い静電的相互作用によりお互いに離れないのでしょう(pM の解離定数をもつ)。また、静電的相互作用は疎水的相互作用よりも遠くまで及ぶので、この2つの蛋白質が少しぐらい離れていてもお互いに引き合うのでしょう。
ただし、本文には次のように書かれています。このように決まった構造をとらずに相互作用する目的は、非常に強い親和性を持ちながら、それでもなお速く付いたり離れたりする必要があるためと。たしかに Pro-Tα はリンカーヒストン H1 のシャペロンですので、H1 がクロマチンと相互作用する時の親和性に競合するほどの親和性を H1 に対して持っていなければなりません。しかし、Pro-Tα がずっと H1 に付いたままですと、H1 をクロマチンから離して次の場所に再配置するといった「交換」を行えません。遠くからでも効く高い親和性をもちつつ、高速に付いたり離れたりするには、このような静電的相互作用と同時に disorder が必要なのだと書かれています。この考察は個人的にはちょっとよく分かりません。それよりかは、クロマチンも含めた3者複合体を作った時に初めて induced-fit が起こるのではないだろうか?第三者とはクロマチン、修飾酵素などが考えられます。例えば Pro-Tα:H1 には複数の複合体の形があり、次にやって来る第三者の(鍵)構造に応じて、そのうちのどれかの(鍵穴)構造が選ばれる(population selection)。しかし、NMR も含め現在の物理的計測法では、この複数の、しかも速く入れ替わっている構造を区別してとらえることは難しく、全ての構造の相加平均として計測されてしまっているのではないだろうか?と想像してしまったりもします(CD の値や 13Ca の chemical shift deviation が複合体の形成の前後であまり変わっていないので、やはり disorder したままなのか?あるいは、大半は disorder していても、実は第三者が来た時にピタッと当てはまる鍵穴構造がいくつか含まれているのかもしれません。そのモル比が小さいので、相加平均をとると disorder に見えてしまう?)。
細胞内には他にも電荷をたくさんもった蛋白質や核酸成分があり、それらが無差別に(非特異的に)くっ付いて来て離れなくなってしまっても良さそうです。もちろん、教科書にも載っているように、核内で局所的に存在したり、ある時期にだけ特別に発現したりしているのかもしれません。これについては、同じ号の
Tight complexes from disordered proteins (NEWS AND VIEWS) Berlow, R.B. and Wright, P.E.
に次のようにコメントされています。
"Pro-Tα and H1 form an archetypal fuzzy complex that involves a large ensemble of possible bound protein conformations, many of which are adopted by only a small number of individual complexes and occur with approximately equal probability."
相補的に噛み合った立体構造の箇所(とまでは明記されてはいませんが)が存在するのだが、ある瞬間をみると、そのフィットし合った領域はたいへん狭く、その領域は時間が経つと共にあちこちに移ります。H1 のある一つの狭い領域が Pro-Tα のある一つの狭い領域といつも1:1で相互作用しているのではなく、 H1 の複数の狭い領域と Pro-Tα の複数の狭い領域とが、いろいろな組み合わせでお互い交代しあいながら相互作用しているのかもしれません。しかもその小さな領域どうしが結び付いている時間は全てが同じぐらい短いのでしょう。すると、それらの複合体の構造がお互いに素早く交換していくので、観察者にはフレキシブルに動きながら非特異的に相互作用しているように観えるのかもしれません。そして、常に余った正電荷が H1 にあるために(Pro-Tα の負電荷によって H1 全ての正電荷が同時に相殺されるわけではない)、H1 がクロマチン(負電荷)とも相互作用できるのかもしれないと書かれています。
核内にある仁(核小体)は、何か膜のようなもので囲まれているわけではなく、蛋白質と核酸が相互作用し合いながら寄り集まっています。これは液-液相分離と呼ばれていますが、このような相互作用も上記のような仕組みで起こっているのかもしれません。ただし、今回の H1:Pro-Tα の系では濃縮しても液-液相分離は起こっていません。著者らは、ちょうど長さの点でも電荷の点でも2者間の相互作用でお互いに打ち消し合うような関係にあるためではないかと推察しています。また、もし疎水的な残基や芳香環がもっとあれば、これにさらに疎水的相互作用やカチオンパイ相互作用などが加わり、液-液相分離に進んでいくのかもしれないと書いています。
そもそも2つの蛋白質はお互い遊離状態であっても複合体状態であっても CD スペクトルがほとんど変わりませんでした。ということは、二次構造(特に α ヘリックス)の量は、複合体になったからといって増えているわけではありません。これ以上の構造情報を得ようとすると(結晶は当然のように出来ませんので)NMR しかありません。しかも二次元 1H-15N HSQC だけでかなりの情報が得られます。大腸菌発現系であれば、15N 標識蛋白質の発現が比較的容易にできます。IDP の二次元 1H-15N HSQC スペクトルは特徴的でして、横軸(1H)の 8.6 ppm より左にピークが現れません。これは「ハムの壁」と呼ばれています(この語呂は日本語だけで成り立ちます)。H1 には一部 fold した領域がありますので、そこのアミノ酸のアミド 1HN からのピークのみ 6-12 ppm 範囲に散らばります。一般的に水素結合が強いほど大きな 1H 化学シフト値(スペクトルでは左側, 低磁場側)をとる傾向があります(NMR では、軸の向きが常識とは逆になっていることに注意)。
ここで、2つの蛋白質を混ぜ合わせると、両者ともにピークが移動しました。一般的に電荷や芳香環をもった相手方リガンドが近づいてくると、化学シフト値が大きく変わります。しかし、この混合で移動したピークが一面に散らばる方向に動けば、複合体を形成した際にはっきりとした立体構造が誘導された(induced-fit)と分かりますが、移動したピークも依然せまい領域に固まっていました。つまり、二次構造の量が増えたわけでもないのです。また、13C の化学シフト値は二面角の大きさに強く影響を受けますので、二次構造の判定にしばしば使われます。しかし、その 13Ca の化学シフト値を見ても、α ヘリックスや β シートが誘起されたようではありませんでした。
このように帰属をしなくてもかなり詳しい構造情報が NMR から得られます。もし、15N, 13C で二重標識できれば、それぞれのピークがどのアミノ酸由来であるかを帰属できますので、もっと細かく調べることができます。実は、IDP の帰属は技を使えば可能な場合が多いのです。なぜならば、主鎖、側鎖が揺れ動いているために見かけの分子量が小さくなったような効果が生じ、感度が著しく上がるためです。複合体のスペクトルで、H1 の globular-domain からのピークが消えたのは、まさに溶液内での回転運動が遅くなったためです。しかし、それでもフレキシブルな、構造をとっていない領域は観測が可能でした。もちろんピークは全体的に強度が下がったそうです。さすがに複合体の状態では、単量体でいる時よりも回転運動が遅くなったのでしょう。また、反対の電荷どうしの相互作用が速く入れ替わったので、Rex も大きくなったのでしょう。
「技」というのは高次元化や高分解能化です。つまり、多くのピークがスペクトルの狭い領域にひしめき合うので、分解能を上げた測定をしてあげる必要があります(普通の蛋白質と同じパラメータで測定すると失敗します。それこそ non-uniform sampling, NUS が有効でしょう。さらに帰属の作業には少しばかりの根気が必要)。しかし、感度さえあれば、この高分解能化を達成する方法はいろいろと紹介されており、むしろ NMR の超複雑な最新パルス技術とプロセス技術を存分に発揮できますので、オタクにとっては実は嬉しい系であったりもします。
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