Ambadipudi, S., Biernat, J., Riedel, D., Mandelkow, E., & Zweckstetter, M. (2017) Liquid-liquid phase separation of the microtubule-binding repeats of the Alzheimer-related protein Tau. Nat Commun. 8 (1), 275. doi: 10.1038/s41467-017-00480-0.
ヒトの神経系では選択的スプライシングにより6つのタウのアイソフォームができます。ここで鍵となるのは、微小管に結合する部位でもある繰り返し配列の箇所です。この繰り返し配列だけになるように分解されると、これは全長のタウ(441 a.a.)よりもはるかにアミロイド化し易いのです。繰り返し配列のそれぞれは 31~32 アミノ酸から成りますが、これが3つの場合(3R-Tau)と4つの場合(4R-Tau)が知られています。ちなみに二番目の R が欠けた 3R-Tau は 4R-Tau よりも液滴を作る傾向が低いようです。
もともとタウはよく水に溶け、必ずしも凝集や沈殿を起こし易いというわけではないようです。ただし、ちゃんとした特定の立体構造はとっておらず、いわゆる天然変性蛋白質(IDP)です。これがどのようなきっかけで、そしてどのようにしてアミロイドにまで変化していくのでしょうか?その経路に液-液相分離があると、この論文は唱えています。FUS 蛋白質でも同じように、液-液相分離を経由して不溶性の凝集体になるのではと言われています。また、タウでもそうですが、負電荷をたくさん持った分子(例えば RNA など)と接触すると、このコアセルベーションが促進されて液滴になるようです。
この問題となる繰り返し配列は、疎水性残基をほとんど含んでおらず、とにかく Lys+ がたくさん含まれています。各リピート(31~32 a.a.)のうち Lys は5個ぐらいでしょうか?まず著者らはこの 4R-Tau がどれだけ液-液相分離を起こし易いかを 350 nm の濁度で3日後に調べました。なお、内部の Cys が酸化しないように常に還元剤を入れています。細胞内の環境が還元的であるためですが、もし何かの拍子で分子間ジスルフィド結合が起こると、さらに凝集が進むのかもしれません。まず、pH が等電点である 9.8 に近づくほど液-液相分離しやすいようです。濁度が本当に液-液相分離を反映しているのかを確かめるため、微分干渉顕微鏡で 15 μm ほどの液滴ができることも観ています。また、細胞内の crowd 効果に似せて PEG を加えると液-液相分離が促進されました。なお、アミロイドの特徴であるクロス β 構造ができているかどうかは、しばしばチオフラビン T の蛍光で調べられますが、この蛍光はありませんでした。よって、まだアミロイドは出来ていない段階だということになります。また、このタウ蛋白質は5℃といった低温では液-液相分離を見せず、42℃で液-液相分離を最も起こし易くなるようです。一方 65℃という高温では液-液相分離はできないことから、必ずしも温度による運動性の変化が液-液相分離のできやすさと関係しているとは言い切れません。FUS の場合はある温度(<~20℃)以下にすると液相分離を見せますが、これは FUS には Arg+ が多いのに対して、タウでは Lys+ が多かったり、リピートの N-末端側に P-Xn-G モチーフなどがあるためか?と書かれています。
やっと NMR の登場です。5℃での 2D 1H-15N HSQC スペクトルは典型的な単分散分子の IDP を示しています。ハムの壁(8.6 ppm)がきっちりと見えます。また、37℃ で液滴になってもスペクトルはそれほど変化していません。ここの解釈はかなり難しいところです。実は、CD の変化も観測されており、それによると温度を上げた時に「少しだけ」 β 構造が増えました。しかし、NMR スペクトルからは、新たに β-ストランド構造が増えたようにはとても見えません。もしかすると、液滴の中ではアミロイド構造への変化に向けて β-ストランドのような構造を一瞬はとるが、すぐに崩壊したり他の分子と不安定な超弱い水素結合を組み直したりの構造交換をフレキシブルに続けているような感じに見えます。著者らはさらに MTSL ラジカルをタウの Cys に付けています。まず5℃の単分散状態では、MTSL の周りだけが常磁性緩和しました。これは相互作用が分子内に留まっていることを示しています。一方、37℃ではほとんどのピークが広幅化しました。これは相互作用が分子間にも及んでいるためです。ただし、まだこの時点ではアミロイド化していませんので、相互作用は弱く遷移的で、動的に入れ替わっているでしょう。その様子が β 構造がわずかに増えたという CD の結果に反映されているのでしょう(あるいは、単分散でも液滴でもない、オリゴマーが生じているのかもしれません)。化学シフトが大きく違わないという点から、おそらくは液滴の内外で分子が交換し合っているという描像が当てはまるような気もします。この辺りの描像は次に書く予定の Ddx4 などと似ています(単分散と液滴の間を行き来する分子交換の現象が CPMG 実験で調べられています)。
他の例でもよく知られるように、タウ蛋白質もポリアニオン(多価の陰イオン)物質を加えると、アミロイド化に進みます。代表的なポリアニオン物質は RNA やグリコサミノグリカンであるヘパリンなどです。タウの液滴はポリアニオンが無いとそのままなのですが、これにヘパリンを 1/4 モル等量ほど加えると、もう5分後には重合を始め、2日後にはアミロイド線維になることが観察されています。ここで興味深いことは、液滴ができないような低温や高温では、たとえヘパリンを加えてもアミロイド線維にならなかったことです。しかし、必ずしも5℃でタウとヘパリンが相互作用しなくなるというわけではありません。NMR スペクトルによると、5℃でもちゃんと相互作用しているようです。ヘパリンによるタウの電荷の相殺は、ちょうど pH が pI に近づくのと似ています。この時に疎水性効果が浮き出て来るのでしょうか?しかし、塩濃度を上げると(静電的相互作用が弱まり、疎水性が強調されるはずですが)逆に液滴ができにくくなることから、やはり液-液相分離に至る物理的なメカニズムは複雑そうです。液-液相分離によってまずはタウ蛋白質が集まり、さらに電荷の相殺により、その局所濃度がさらに上がってアミロイド化するといったシナリオが考えられるでしょうか?予想通り 200mM の NaCl 存在下では液滴はできませんが、もちろんヘパリンを加えてもアミロイドはできませんでした。
MARK kinase はタウ蛋白質の Ser をリン酸化します。著者らは実際に 4R-Tau をリン酸化させました。すると、2 μM という低濃度であるにもかかわらず液滴を作りました。この濃度は実際に神経細胞の中のタウの濃度に匹敵します。さらに、この液滴はリン酸化されていないタウをも巻き込んでいくようです。
液滴内部の分子とその外側の単分散状態の分子との間の交換についてですが、この論文では NMR 信号の様子から速い交換と推測しています。この時の速い遅いは化学シフトの時間スケールに対してです。つまり、化学シフトが平均化してしまうほどに速いということで、だいたいマイクロ秒よりも速い場合を指します。一方、オリゴマーと単分散との間の交換もきっと起こっており、これは信号がかなり広幅化することから中間的な速さ(μs ~ ms)と思われます。オリゴマーでは分子間の相互作用がもう少し強いのかもしれません。
一般的に蛋白質の濃度をどんどん上げて行くと過飽和状態になります。ちょうど氷点下以下に冷やした水が何かの振動で急に氷に変わるように、過飽和状態の蛋白質も何か(別分子との接触など)により急に凝集を始めます。蛋白質の結晶ができる時もそうですが、アミロイドが出来ていく時もそうでしょう。タウ蛋白質が単分散している時には濃度は 2 μM 程度ですので、とても過飽和とは言えません。しかし、液滴の中では局所的に過飽和状態になっています。何も刺激がなければこれはこれで準安定状態ですが、ここに何かの刺激(温度変化、pH 変化、塩濃度の変化、ポリアニオンとの接触、リン酸化など)が入ると、急にアミロイドに変わるのかもしれません。
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