2018年9月25日火曜日

NOE と exchange を分ける in CEST

化学交換を NMR で検出する方法の一つとして relaxation disperson(緩和分散)法が有名ですが、最近は CEST 法(chemical exchange saturation transfer)もどんどん使われるようになってきました。緩和分散法は CPMG パルス系列を使うことからも分かるように、横磁化を対象とします。一方 CEST 法は縦磁化を扱いますので、Tex を 500ms など長い時間に設定することができ、緩和分散法よりも遅い交換(2〜20 ms のτex)を扱うことができます。また、緩和分散法では励起状態の化学シフト値を直接的には求めることができません。化学シフト値は、その励起状態での構造を推測するのに使えますので大変重要です。フィッティングで |Δω| を出した後、その符号を調べるための実験がまた別途必要です。一方 CEST では励起状態の化学シフト値が目に見えるような形で得ることができます。さらに CEST は 13C 均一標識の蛋白質でも可能なようです。緩和分散法では 1J(CC)-coupling は大きな問題ですので、芳香環の 13C の CPMG 実験では 12C-13C-12C のような標識法(alternate labelling)が必要になってきます。

最近は 15N, 13C だけでなく 1H の CEST も出てきました。ここで問題となってくるのは、プロファイルに現れた dip(オフセットを横軸にピーク強度を縦軸にとったプロファイルで、ピーク強度が落ちている箇所)が、果たして本当の構造交換によるものなのか?それとも NOE によるものなのかの区別です。これは高分子の NOESY における NOE 交差ピークが、交換によるピークと区別がつかないことと似ています。しかし、これには良い対策がすでに出ています。一つの 1H 核スピンを2つに分けて区別するのです。つまり、1H-15Nαと 1H-15Nβです。15N 核スピンの T1 が長く、Tex の間は α状態とβ状態が維持されるのであれば、この方法が使えます。構造交換では、1H-15Nαどうしで交換します。同じように1H-15Nβどうしでも交換します。まさか、基底状態の時は 15Nαであったのに、励起状態に移った時には 15Nβになってしまうということはないでしょう(15N T1 が十分に長ければ)。そこで基底状態の 1H/15N を 15N のそれぞれのスピン状態 α or βに応じて別々に測定します(spin-state selectively)。1H/15Nα の CEST における dip と1H/15Nβ の CEST における dip は別々のところ(ちょうど 1J だけ離れた位置)に現れるはずです。それに対して NOE の方は、近くの 1H が saturate されれば、双極子間相互作用を通して対象となる1H に NOE が移ります。その際、donor と acceptor の 1H に付いている 15N が α 状態であろうとβ状態であろうと全く関係ありません。よって、1H-15Nαも 1H-15Nβも同じ dip を持っているはずです。以上より、15N 核スピン状態に選択的に測定して得た CEST プロフィールをお互いに引き算すると、NOE からの寄与はキャンセルされ、本当に構造交換によって生じた dip のみが残ることになります。

Yuwen, T., and Kay, L.E. (2018) A new class of CEST experiment based on selecting different magnetization components at the start and end of the CEST relaxation element: an application to 1H CEST. J. Biomol. NMR. 70(2), 93-102. doi: 10.1007/s10858-017-0161-2.

この論文は更にそれを発展させたものです。15N スピン状態選択的に測定するのは面倒であるので、いっそのこと 2IzSz を測定してしまうという方法です。確かに、HzNa - HzNb = 2HzNz となります。それに伴うアーティファクトについて詳しく書かれています。一つは TROSY 効果により二つのダブレット HzNa, HzNb に強度差が起きることです。その強度差は新旧どちらの方法でも起こるのですが、上記のスピン状態選択法の場合、HzNa, HzNb それぞれで reference(saturation 無し)を測り、引き算をする前にこの reference により規格化してしまいます。そのため、TROSY 効果による強度差がキャンセルされます。それに対して新しい方法では、引き算を自動的にしてしまってから(つまり、2HzNz を検出してから)reference で規格化します。そのため、引き算による完全なキャンセルが出来なくなるのです。しかし、論文によると、それは大したアーティファクトにはならないとのことです。むしろ、two-spin order ではなく in-phase である 15Nz が検出に入ってくることの方が大きいそうです。一応、それを防ぐために 15N に 180 度パルスを偶数発打つ方法も紹介されています。これにより TROSY 効果(1H CSA/1H-15N DD)もキャンセルされ、15N in-phase もかなりキャンセルされます。ただし、Tex の実質的効果は半分になってしまいます。おそらくそこまでしなくても問題はないでしょう。

新旧の方法を比べると、特に 1H/13C HMQC-TROSY の場合は新しい two-spin order を検出する方が感度が高くなります。

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