2018年12月3日月曜日

酸欠になった時

癌細胞は非常に活発に細胞分裂しているため、しばしば酸素が足りていない状態になります。すると、それに対応しようとして血管を新たにどんどん作ろうとします。癌細胞に限らず、新たに作られようとしている組織では酸素が不足してくるので、早く血管を作りより多くの酸素を組織に送り込む必要があります。このように酸素が不足した時には、転写因子である HIF-1 (hypoxia-inducible factor 1, 低酸素誘導因子‐1) の細胞内濃度が高まり、例えば血管の伸長を促すのに関与する蛋白質などの転写活性を高めます。この HIF-1α は、CBP/p300 と相互作用することが知られています。

CREB-binding protein (CBP) は転写コアクチベータ(活性化補助因子)であり、そのパラログ(同じ種内のホモログ)として p300 が知られています。この CBP/p300 はちゃんと fold したドメインを7個含んでいますが、それ以外の繋ぎのリンカー領域は天然変性領域(IDP)です。IDP の領域の合計は 1,400 アミノ酸にものぼり全体の 60% を占めます。そして、CBP/p300 は 400 個以上の転写調節因子と相互作用し、16,000 個ものヒト遺伝子のプロモータ領域に見つかるそうです。この CBP/p300 の N-末端に近い領域に TAZ1 (transcriptional adapter zinc binding motifs) があり、それは4本の α ヘリックスと3つの亜鉛イオンから成り、きっちりとした構造をとっています。この TAZ1 ドメインが HIF-1αと相互作用します。

Berlow, R.B., Dyson, H.J., and Wright, P.E. (2017) Hypersensitive termination of the hypoxic response by a disordered protein switch. Nature 543 (7645), 447-451. doi: 10.1038/nature21705. 

酸素が足りない時、HIF-1α(HIF-1 のトランス活性化領域)は TAZ1 と安定に相互作用し、酸欠に適応するための遺伝子(血管伸長など)の転写を一気に活性化させます。一方、酸素がたくさんある時には、HIF-1α は不要ですので、ヒドロキシル化され(プロリンに -OH 基が付加される)、それが目印となってプロテアソームにより分解されます。

しかし、いくら酸欠状態であっても HIF-1α が元気過ぎると、それはそれでまた問題です。そこで、非常に巧みな仕組みが備わっています。HIF-1α が転写活性を上げると、それにより CITED2 と呼ばれる蛋白質も発現してきます。これのトランス活性化領域が HIF-1α と TAZ1 との相互作用を邪魔します。これにより HIF-1α の転写因子としての活性が抑えられます。上流が下流を促進させると、その下流が上流を抑制するので、これを負のフィードバック調節と呼びます。

面白いことに、TAZ1 と相互作用する相手には幾つかの蛋白質が知られていますが、いずれも天然変性です。そしてこれら天然変性の間にアミノ酸配列の相同性はあまり見られず、また TAZ1 と複合体を形成すると、一部でヘリックスのような構造をとるものの、そのヘリカル構造に共通性はあまり見られません。逆向きに付く蛋白質もあるぐらいです。そのように単量体では決まった構造を取らない HIF-1α と CITED2 がどのようにして同じ椅子を取り合うのか(競合し合うのか)?詳細はよく分かっていませんでした。

結論から先に書きますと、TAZ1, HIF-1α, CITED2 は一瞬ですが3者複合体を作ります。HIF-1α と CITED2 には LPE(Q)L モチーフと呼ばれる似た配列があるのですが、CITED2 の LPEL モチーフが最初に乗っ取りをしかけます。そして、TAZ1 の構造を変え、それにより HIF-1α の LPQL モチーフを引き剥がします。まるで崖(TAZ1)にしがみついている人(HIF-1α)の手(LPQL)を、後から登ってきた人(CITED2)の手(LPEL)が引き剥がして、前の人(HIF-1α)を奈落の底へ突き落としているかのようです(もっと良い例えを思いつけないのか?)。

HIF-1α と CITED2 がそれぞれ TAZ1 と相互作用する時の親和性を比べた時、CITED2 の方が極端に親和性が高ければ、乗っ取りが成功することは容易に想像できます。しかし、両者の解離定数はほぼ同じ値の 10 nM なのです。それでも、[15N]-TAZ1, HIF-1α, CITED2 を 1:1:1 で混ぜると、[15N]-TAZ1/CITED2 複合体のピークのみが観測されます。これは、非常に効率よく HIF-1α が [15N]-TAZ1 から引き剥がされることを示しています。さらに蛍光異方性を使った相互作用解析においても、TAZ1 と HIF-1α の複合体に CITED2 を追加滴定していった際に見られた解離定数(つまり、HIF-1α 存在下における CITED2 と TAZ1 の間の見かけの Kd)は 50 倍の 0.2 nM に匹敵するとのことです(TAZ1 と CITED2 の2者だけの状態ならば、もちろん 10 nM)。また、ストップトフローでは CITED2 の濃度が高いほど乗っ取りが速く進むのに対して、HIF-1α にはそのような濃度依存性がないという結果が出ています。もし、結合した HIF-1α が偶然にも TAZ1 から離れたすきを狙って CITED2 が結合するのであれば、速度定数の濃度依存性は両者で同じになるはずでしょう。

ここで HIF-1α と CITED2 の複合体におけるダイナミクスが重要になってきます。それぞれには LPQL と LPEL という似たモチーフがあります。しかし、TAZ1 との複合体において、HIF-1α の LPQL モチーフはちょっと動いているのに対して、CITED2 の LPEL モチーフはかなり固定しています。先ほどの崖で例えると、前の人(HIF-1α)は手(LPQL)の力が弱く、あちこちの岩を掴んだり離したりして迷っているのに対して、後から来た人(CITED2)は腕力(LPEL)が強く、崖(TAZ1)のとある岩をしっかりと捉えて離しません。これでは前の人(HIF-1α)が自らすぐに落ちていきそうにも見えますが、この人は脚力(C-末端側の二つのヘリックス)がひ弱な手を補っていて、手足を総合的にみると後の人(CITED2)と同じ程度の力量は持ってはいるのです。しかし、まあ後の人(CITED2)が攻撃を仕掛けてくるこの状況では、いくら足に自信があっても手を離した方(HIF-1α)が負けでしょう。バランスを崩して落ちていきます。このダイナミクスの詳細は {1H}-15N 異種核 NOE という NMR 測定により非常に簡単に観ることができます。

著者らは、N-末端だけの CITED2 を作りました。これは LPEL モチーフを持っていません。これをすでに出来ている複合体 TAZ1/HIF-1α に加えても、HIF-1α は退きませんでした。豪腕(LPEL)という武器がないと HIF-1α には勝てないのです。では逆に LPQL モチーフを除いた HIF-1α を TAZ1/CITED2 に立ち向かわせるとどうなったかです。この結果はわざわざ書くまでもありません。チワワが土佐犬に立ち向かうようなものです。このような競合の詳細は結晶構造解析ではなかなか分からないものですが、NMR ですと何割の分子においてどの原子とどの原子が近くにあるかまで分かってしまいます。今回の試料は分子量が小さいですので、NMR の感度については全く問題がありません。

以上のような仕組みが無かったとしたら。。。HIF-1α を退かすためにはもっと多量の CITED2 が必要になるでしょう。その大量の CITED2 が出てくる間に酸欠対策が行き過ぎ、血管ができ過ぎてしまうかもしれません。しかし、CITED2 はほどほどの濃度で HIF-1α をうまく追い遣る方法を進化の上で獲得しました。転写のスィッチは、必要な時にすぐに ON にならないといけませんが、ON のままでは駄目で不要になった時にはすぐに OFF にしないといけません。生物はこの急速 ON/OFF をいろいろな仕組みで達成しています(アロステリック効果、フィードバック制御、協同性など)。うまい点は、土台となる TAZ1 が CITED2 を気にいって迎えるようにもっていく、つまり、CITED2 が自分自身が入りやすいように TAZ1 の形を変えている点です。このように、まず3者がくっつく → HIF-1α の手を払い除けて CITED2 が手を置く → TAZ1の構造を CITED2 向きに変える、という連続した流れが見られます。この流れはこれまでの硬い鍵と鍵穴だけのストーリーとはかなり違っています。鍵と鍵穴の仕組みであれば、HIF-1α と CITED2 は同じ鍵の形をしていて、同じ様式で鍵穴である TAZ1 に入り込むことでしょう。しかし、実際の HIF-1α と CITED2 は(手の部分を除いて)違う形で TAZ1 と相互作用しています。この乗っ取りは、フラフラとして一見すると鍵になり得ないような HIF-1α と CITED2 だからこそ出来るダイナミクスです。

このようなアロステリック効果が生物のありとあらゆる所で生命機能の調整に関わっているとすると、役者となる蛋白質とそれらが相互作用する時の解離定数を単にたくさん集めただけのデータベースでは、実際の生命現象をうまくシミュレートできないかもしれません。上記の例でいうと、TAZ1 が形を変えていくことも含めた「見かけの(全体としての)解離定数」が必要になってきます。

ここで個人的な疑問です。単に CITED2 の TAZ1 への親和性を高くするだけでは駄目なのでしょうか?もし、そうだとすると、CBP/p300 から CITED2 を外すのが大変になるでしょう。一旦 CITED2 が付いてしまった CBP/p300 は使いものにならず、次に酸素が減ってきた時にその生物は死んでしまうでしょう。もしかすると CITED2 をまた上手く外す仕組みがあるのかもしれません。そのためには、TAZ1 と CITED2 の間の親和性が高過ぎてもいけないのではないかと思います。

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