蛋白質を熱すると変性してしまいます。これは熱によって各原子の動きがより活発になり、折り畳みを維持することができなくなるためです。一方、低温(-20℃ 以下など)にもって行っても蛋白質が変性してしまうことがあります。実際には変性する前に溶液が凍ってしまうため、蛋白質を冷凍庫に入れたからといって必ずしも変性してしまうわけではありません(変性したとすると、液体窒素で瞬間冷凍しなかったためでしょう)。この低温変性という現象は、周りの溶媒である水の疎水性が上がるためと言われています(すると、蛋白質の内部に向いていた疎水性残基が表面に出て来て水と相互作用しようとします)。高温変性は一気に(協同的に)起こるのですが、低温変性はもう少しゆっくりと起こるので、下記の論文のように、変性の途中の構造をトラップして観ることができるかもしれません。
Jaremko M., Jaremko L., Kim H.Y., Cho M.K., Schwieters C.D., Giller K., Becker S., and Zweckstetter M. (2013) Cold denaturation of a protein dimer monitored at atomic resolution. Nat. Chem. Biol. 9(4), 264-270. doi: 10.1038/nchembio.1181.
著者らは(よく存じていますが、彼らは本当にアクティブですねえ)日和見(院内)感染で有名な腸球菌の CylR2 という蛋白質を調べました。これは溶解温度 Tm が 77.5℃ と大変安定な蛋白質です。25 ~ -16℃ までの温度で 1H/15N HSQC を測定した結果、低温になるほどピークがぼやけてきました。蛋白質分子全体の回転が止まってきたことも原因と思いますが、著者らは低温では複数の構造の間で交換が起こっているため(つまり Rex の上昇)と解釈しています。実際、温度変化に対するピークの移動は見た目で直線に乗っていない場合もありました。これは交換している構造が2つ以上ある(つまり、単純な二状態転移ではない)ことを示しています。
次に {1H}-15N 異種核 NOE を測りました。25℃ では平均値 0.81 という頑丈さを示しています。-3℃ まで落とすと、2残基が 0.4 も下がりましたが、まだ全体的には構造が維持されているようです。この2残基は後で分かるのですが、二量体の接触面の残基なのです。しかし、-11℃ になると、全体の平均値が 0.27 となりました。この値はモルテン・グロビュール構造に匹敵するか、それを上回る柔らかさです。低温では観たい分子の回転拡散がゆっくりとなることから、必然的に NMR の感度が悪くなってきます。さらに、著者らは低温では直径 1mm のキャピラリーガラスに試料を入れていることから、試料の絶対量も少なくなって感度を落としています。そのため、低温で(距離情報を示す)NOE ピークが少なくなっているのは、単なる NMR 感度の低下のためではないかとも疑えました。しかし、この {1H}-15N NOE の結果は、上記の μs-ms 程度の運動だけでなく ps-ns 程度の速い運動も低温で活発になっていることを示しており、やはり複数の柔らかい構造の間で交換が起こっているようです。
拡散係数を測ることにより、流体力学半径も見積もりました。ちなみにこの蛋白質はホモ二量体です。それによると、-3℃ では二量体が 93% ぐらいあるのに対して、温度が下がるにつれてどんどん二量体が解離し、-11℃ では 1% ぐらいになってしまいました。この実験のすごい所は、25℃ 以外に 0℃ 以下の5つの温度において立体構造を NOE で決めていることです。低温になるにつれ、やはりサブユニット間 NOE が消え始め、二量体が単量体に解離したことを示していました。さらに、低温ではサブユニット内 NOE ピークそのものも少なくなってきますので、単量体構造自身もちょっとフラフラしているようです。
-7℃ では二量体と単量体が半々ぐらい存在します。しかし、ピークが2つに分かれていないことから、両者が速く交換していることが分かります(fast-exchange)。サブユニット間の NOE を解析すると、-7℃ では2つのサブユニットがちょっと離れかけており、25℃ におけるきっちりとくっ付いた二量体とは異なることが分かります。各サブユニットの構造は単量体での構造と似ていることから、今まさに離れんとしている瞬間なのでしょう(よって二量体と単量体が速く交換する)。
-11℃ ではほとんど単量体となりますが、この構造は 25℃ におけるサブユニット単位だけを見た時の構造と似ています。このことから(いくつか水素結合は無くなりますが)サブユニットとしての構造はそれほど変わらずに、しかし、ふわっと緩んだダイナミックな状態(フォールド中間体)で、さらにサブユニット間の相互作用が低温では弱くなっていくようです(-11℃ ではサブユニットはほぼ完全に離れてしまう)。スピンラベルを付けて常磁性緩和を見た実験でも、このフォールド中間体の方がブロードになった範囲が広かったそうで、これは構造がダイナミックに揺らいだために、蛋白質のより広い範囲がスピンラベルに晒されたことを意味しています。
-11℃ における単量体は、全体構造としては 25℃ でのサブユニット構造と似てはいます。しかし、部分的に動きが逆に固くなった箇所があります。それは二量体でサブユニット間の相互作用に寄与していた疎水性残基の側鎖が、単量体では内側に向かったためだそうです。むしろ、この残基が隣のサブユニットとの協力関係を打ち切って、同じ内輪の方に寝返ってしまったために、二量体が解離してしまったのでしょう。この残基が関与する相互作用は、25℃ の native 構造では見られなかったもので、フォールド中間体で初めて生じた相互作用です。代わりに溶媒の方に向いた側鎖もあるようで、主鎖の全体構造に目立った変化はないものの、やはり二量体から単量体に激変したとなると、側鎖の向きに再調整が起こるようです。どんどん低温にもって行った時に最後に残るのは疎水性コアの部分で、この部分とすぐ隣にある(ヘリックス・ターン・ヘリックス)部分との間の中長距離 NOE は低温になるほど観えなくなると書かれています。この疎水性コアを維持しているメチル・メチル相互作用がかなり強いので、その周りの領域がちょっとぐらいフラフラしても、このフォールド中間体は何とか全体構造を保っているのでしょう。
面白いことに相互作用相手である DNA と複合体を作らせると、低温でも構造が崩れなかった、つまり二量体のままであったとのことです(ちなみに、この蛋白質はリプレッサです。IPTG と作用する Lac リプレッサもそうですが、DNA に付く蛋白質は二量体で機能することが多いです)。安定性が増して、低温変性が始まる温度が下がったのでしょう。
この論文の蛋白質では、二量体が単量体に分かれ、その二量体のインターフェースに関与していた疎水性の側鎖が単量体では内側に向いて疎水性コアを形成しました。結果として、その単量体のフォールド中間体は幾分安定化しました。しかし、ホモ多量体蛋白質の中には、サブユニットどうしが解離し、それが引き金となって疎水性の側鎖が余計に露出してしまい、さらに単量体の構造が全体的に不安定になる場合が多いです。そのような単量体はアミロイド形成に走る場合も多いでしょう。この論文では、低温変性の性質を利用して蛋白質を人工的に不安定にしました。「こんな低温に腸球菌が晒されることはないから、このような人工的、非自然的な条件にするのは生物学的意義がない」などとは言わないでください。低温にするという操作以外でも、酸化 oxidation、修飾 modification、変異 mutation、他蛋白質との非特異的相互作用 non-specific interaction、高圧 high-pressure、外力 rheo などによって、蛋白質は容易に不安定な状況に置かれます。不安定にする手段はいろいろ異なっていても、見られる現象は同じである可能性が高いです。特にこの論文の実験においては、室温に戻すと元の二量体に戻ることから可逆的です。すると「フォールド中間体は実際に自然の中でも起こっているが、そのモル比があまりに少な過ぎて観測できない、しかし、低温に晒すことによって、その割合を増やして観測できるようにしている」とも解釈できます。
Marginal-stability と呼ばれるように、生体内の蛋白質はかろうじて安定性を保っており、上記のようなちょっとした環境の変化により不安定化し、病気の原因となるアミロイドに急速に変貌することがあります(最近は逆に、あえてアミロイドという固体にすることにより、病原性を封じ込めているという説が有力ですが)。ちょうどシーソーのバランスが崩れて雪崩が起きるようなものです。物理的には過冷却の現象にそっくりです。
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