A. Patel, L. Malinovska, S. Saha, J. Wang, S. Alberti, Y. Krishnan, and A. A. Hyman (2017) ATP as a biological hydrotrope. 356, 753-756. DOI: 10.1126/science.aaf6846
ミオシンは ATP を分解して筋収縮を引き起こすが ATP との相互作用の Km 値は 40 μM である。まあ薬が受容体にくっつく時の強さと比べると弱いが、生体内ではこの数十 μM の Kd 値でくっついたり離れたりを繰り返す例がよく見られる(薬とは異なり、くっついたままだと逆に悪い場合もある)。それに対して 10-100 倍モル量の ATP が細胞内(~5 mM)にはある。ATP をエネルギー源として使うのであれば、Kd 値と同じぐらいの濃度があれば、それで機能するのではないかと普通は考える。
この論文では、ATP がハイドロトロープ(Hydrotrope) であると主張されている。Hydrotrope とは、低分子量でありながら、その中に親水性と疎水性の両方の部分をもち、他の疎水的な有機化合物を水溶液中に高濃度に溶解させるような特徴をもつ物質のことである。いわゆる洗剤(界面活性剤 detergent)とは異なり、hydrotrope は疎水性部分が短いので、自発的にミセルを組むようなことはない(高濃度にすると自己会合することはあるが)。しばしば ATP のように、負電荷の親水性部分と芳香環の疎水性部分とからなる(両親媒性)。ちなみに detergent などの脂質は疎水性のしっぽの長さによって、自己集合体の形が違ってくる。界面活性剤 detergent はしっぽが短めなので、集合すると小さい球形のミセルとなる。しかし、しっぽが長くなってくると、集合体の直径も長くなり大きい球形のリポソームなどになってくる。さらに長くなると、球にはなりきれずにバイセルや細胞膜のように平面状になる。これで hydrotrope がミセルのように丸くならない理由がイメージできそうである。
著者らは、ATP が細胞内濃度である 2-8 mM に達すると、アミロイドの生成、卵の熱凝縮、液液相分離(1-25 μM FUS etc. with 8 mM ATP-Mg, APPNP-Mg)などを阻害することを示した。要するに、蛋白質どうしの相互作用を ATP が邪魔するのである。これまでは ATP-dependent な酵素のせいで凝集が解けるのだろうと思われていたが、実は hydrotrope としての機能が関与している可能性が出てきた。
塩濃度は液滴に大きな影響を与えなかった(ここでは)。液滴の中には ATP が4倍ほど濃縮されていた。加齢やミトコンドリアの酸化的リン酸化の劣化により細胞内の ATP 濃度が減ると、それにより細胞内にミスフォールドした蛋白質が凝集し、流動性が制限され、病気を引き起こす可能性がある。アルツハイマー病やパーキンソン病のような多くの神経変性疾患は老齢になってから発病するが、これは歳をとるにつれて ATP 濃度が減少するからなのかもしれない。
ATP が FUS 液滴を溶かす点については、GTP も ATP と同じぐらいの効果を示した。一方、ADP, AMP については、さらに高濃度が必要であった。やはり3リン酸の部分が親水性として機能しているためであろう。ADP, AMP, GTP などの細胞内濃度は 200-800 μM であるので、ATP ほどには大きな影響をもたらさないだろう。また、リン酸部分-Mg のみでも効果はなく、アデニン芳香環の疎水性部分が要ることが分かった。
ANS と混ぜて蛍光のシフトを観てみると、hydrotrope としての効果がわかる。そこで、ATP と古典的なハイドロトロープを比べてみた結果、ATP は疎水性分子のための可溶化微小環境を作るのに、はるかに効率的であることが示された(つまり溶けにくい油性分子の周りに、溶けやすくするための粉がまぶされているような感じ。きな粉がまぶされたワラビ餅?)。
タウリンやトレハロースのようなオスモライト(浸透圧調節物質)も蛋白質の安定性に寄与しているといわれているが、FUS 液滴を溶かす効果まではない。
細胞内の ATP 濃度が必要以上に高い理由として、ATP/ADP モル比が 50 倍ほどないと、ATP をエネルギー物質として利用するための代謝がうまく機能しないからという説がある。確かに ATP から ADP に化学変化するためには、モル比として ATP が圧倒的に多くないといけない。ATP に火を点けようとしても燃えないという事実から分かるように、ATP は特に高エネルギー物質というわけではない。しかし、例えば細胞膜を隔てて高低のモル比をつけて分離してやると、ルシャトリエの法則にみられるように、それだけでエネルギーを出せる物質となる。ならば、別に ATP でなくてもよいではないかと思われるが、実はその通りであろう。そして、分解の結果でてきた PP ピロリン酸は加水分解され、ただのリン酸となって散らばってしまうため、再びルシャトリエの法則によって、ますます ATP が ADP に変化していく。少なくともこの2点により ATP が高エネルギー物質として表彰された。
細胞内には 100 mg/mL 以上の蛋白質があり(別の文献ではもっと多い)、これらが凝集しないように保たれている。しかし、老齢化して ATP が減ると、神経変性疾患などを引き起こすのかもしれない。また、蛋白質複合体が複雑な方向に進化した際、凝集の問題が浮上した。そこで、それを防ぐための物質として、生物は DNA/RNA の一部品でもある ATP を採り入れた。おりしも ATP はエネルギー供給物質としても機能しており、後から hydrotrope として採用された可能性もある。
さて、文頭の「口の中で生卵が復活するか」という話に戻る。熱で固まった卵蛋白質(リゾチームなど)の間には、パーマの後の毛髪のように、ランダムにジスルフィド結合がかかっており、これが固茹でを実現している。よって、この S-S 結合を切るための還元剤が必要であった。ビタミン C ぐらいでは弱すぎてダメだけど、まあ冗談で苺も口に頬張ると生卵になったりして。
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