2023年12月8日金曜日

大腸菌培養の最少培地 M9 その6

「その5」をアップしたのが 2020 年 1 月ですので、早 4 年近く経つことになる。歳とった。。

その後に、次のような論文が出ていたらしい。

M. Cai, Y. Huang, J. Lloyd, R. Craigie, G.M. Clore (2021) A simple and cost-effective protocol for high-yield expression of deuterated and selectively isoleucine/leucine/valine methyl protonated proteins in Escherichia coli grown in shaker flasks. J. Biomol. NMR 75, 83-87. doi: 10.1007/s10858-021-00357-x

同じ著者で過去にも数報が出ており、いずれも M9 培地での培養の効率を上げる内容となっている。

この論文には、D2O を 1/10 量の 100 mL に減らしながら、これまでの 1 L 培養と同じ量のタンパク質を調製するための方法が書かれている。私も「重水 100 mL 培養は良いよ」とどこかに書いたような気もする。蛋白質を重水素化して methyl-TROSY を測ると、数 μM のような濃度でも観える。したがって、15N, 13C 安定同位体の培地を 1 L 作るのと、2H, methyl 1H/13C の培地を 0.1 L 作るのとでは、コストの面でそれほど大差はなくなってくるのである(とは言え、怖くて厳密に価格を計算していない)。それでいて、分解能は 2H 化の方が圧倒的によい。

重水 M9 培地に LB (D2O) が少しコンタミするそうであるが、3% までは 1H のコンタミの点で大したことはないそうである(本当か?)。著者らは 0.1% でも、むしろ大腸菌の成長にとって十分に効果ありと言っている(ただし、transfer cross saturation 実験に使う場合には、極力 1H の混入を避けた方がよいだろう)。

以下は論文から抜粋しているが、"100 mL" 培地に対してであることに注意

α -ketoisovaleric 32 mg
α -ketobutyric acid 16 mg
[2H]-glucose 1.8 g
[15N]-NH4Cl 0.5 g
LB (D2O) 1/1,000

グルコースの量が非常に多い。我々は 2 g/L ほど入れているが、彼らはそれの 9 倍量を入れていることになる。また、15NH4Cl も、我々は 2 g/L ほど入れるが、彼らはそれの 2.5 倍量を入れていることになる。

さらに硫黄源も多い。我々は MgSO4 の形で 2 mM ほど入れている。しかし、この論文では K2SO4 の形で 7 倍量の 14 mM も入れている。では、MgSO4 を 14 mM も入れても大丈夫なのだろうか?Mg2+ が多過ぎてダメだろうか?しかし、著者らは何故 Mg2+ の量を前回の論文での 10 mM から今回の 1 mM に減らしてしまったのだろう?我々は 2 mM 入れているが、Mg が多いと何かまずいことが起こるのだろうか?来週、学生に試してもらおう(どこかで後述)

これら、グルコース、塩化アンモニウム、硫黄源は、我々の現在の仕様より何倍も多く、これらが大腸菌の増殖に効くのだろう。さらに、微量金属やビタミンミックスもちゃんと?入れている。1/1,000 の LB 混入も効くのだろう(我々は遠心して大腸菌だけを植菌しているが)。

著者らの方法により、IPTG での誘導時の OD600 は 10 に達し、100 mL の重水培地から最終的に 11 mg の精製蛋白質がとれたそうである。確かにグルコースが通常の 10 倍近く入っている。もし、とれる蛋白質量がグルコースの絶対量に比例するならば(きっとそうだろう)、納得のいく数値である。ただし、いくつかの注意点も書かれている。

ひとつは、植え継ぎをこまめにすることである。Pre-culture を main-culture に入れて終わりというのではなく、次に植えた時に 10 倍以上は薄まらないように気をつけている(図2が分かりやすい)。こちらでも、100 mL を 1L に植えると成功するのに、20 mL を 1L に植えてしまい何度も失敗したことがある。なんと何億匹もいるはずの大腸菌が一匹残らず全滅するのである。二個目の注意点はバッフル付きの大きなフラスコを使うことである。培地の量はフラスコ容量の 1/10 以下に抑えている。これはエアレーションをよくするためであろう。ただし、上にも書いたが、実験目的が transfer cross saturation の場合には、培地の攪拌によってあまり多量の 1H 水蒸気を入れたくないので、ここが難しいところである。

著者らの方法により、たったの 100 mL で 1 L 培養と同じ量の蛋白質がとれた。もちろん、グルコースの絶対量は同じであるが、2-ケト酸や重水そのものは少なくてすむ。今、日本で重水を買うと 30 万円/L(= 2,100 USドル)であるので、かなりの節約になるだろう。

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