2015年5月18日月曜日

メチル基はすごい

とある製薬会社の研究者の方から下の論文を紹介されました。モノクローナル抗体 mAb を(切断せずに)インタクトの状態で NMR で観たという内容です。プロテアーゼで切断した後の Fab, Fc だけを X 線で結晶構造解析した例はかなりありますので、インタクトを NMR で観れると、これら Fab, Fc の構造データをさらに活かすことができるでしょう。具体的には 13C の natural-abundace でメチル基を観ています。

Arbogast, L.W., Brinson, R.G., and Marino, J.P. (2015) Mapping monoclonal antibody structure by 2D 13C NMR at natural abundance. Anal. Chem. 87, 3556–3561.

分子量はインタクトですので 150 kDa 程になります。確かに NMR にとっては難しい分子量です。1H-15N TROSY 効果を使っての測定ですと、これもまた別の製薬会社の方がされているように3次元スペクトルでもかなりきれいに見えます。ただし、mAb を完全重水素化する必要がありますので、抗体のように大腸菌での発現が難しい場合は、別の発現系にもっていく必要があり非常にコストが高くついてしまいます。また、大腸菌発現系では翻訳後修飾としての糖鎖は付きません。

著者らは 13C の natural-abundace でメチル基を観ています。15N は natural-abundace が 0.37% と低過ぎますし、また、1H-15N アミド基をしっかりと観るためには試料を完全重水素化してTROSY を使う必要がでてきます。一方、メチル基を観るのでしたら、13C の natural-abundace, 1.1% をなんとか活用できます。それにメチル基はその付け根の結合が軸周りに高速回転しますので、少し低分子-like となり、横緩和が遅くなります(したがって信号がシャープになる)。さらに 1H が3つ付いており3つとも同じ共鳴値ですので、単純計算で3倍の強度となります。

さて、当然のように感度は悪いですので、著者らは最近の NMR 手法をいろいろと活用しています。その一つめは「メチル TROSY」への挑戦でした。しかし、これは思った程の効果を出さなかったようです。その理由はこの試料が完全重水素化されていないためでしょう。普通は、メチル基だけを 13C-1H3 とし、それ以外の箇所は 12C-2H となるように標識します。このように標識するためには、大腸菌発現系の M9 最少培地に各種 2-ケト酸(α-ケト酸)を Leu, Val, Ile の前駆体として入れてやる必要があります。そして、M9 培地そのものは重水溶媒です。しかし、今回の試料は何も標識されていない mAb ですので、メチル基以外にも側鎖に大量の 1H が存在します。すると「メチル TROSY」があまり効かなくなってしまうのです。なぜ効かなくなるかの説明はまた別のところに書きますが、非常に簡単に書きますと次のようになります。

TROSY では(1H-15N TROSY でもそうですが)13C-1H の 1H のスピンがずっと α-状態(上向き)か β-状態(下向き)に維持されていることが前提となります。パルスプログラム HMQC の途中でこれがランダムに逆転してしまってはなりません(HMQC のど真ん中の 180 度パルスによって同時に逆転させるのはよい)。ところが近くに別の 1H があると、それと呼応し合ってアルファとベータがお互いに交換してしまうのです。これを spin-diffusion と呼びます。Spin-difusion は別の 1H が近くにあると起こりますので、メチル基以外を 2H にしないと TROSY 効果が減ってしまうのです。なお、この spin-diffusion を積極的に利用したのが NOE です。

また、methyl-trosy は普通の HMQC で達成されてしまいますが、この HMQC では、13C の化学シフトの展開時間の間も 1H が横磁化状態にあります。すると、周りの 1H との間に双極子双極子相互作用による横緩和が起こってしまいます。HSQC でも周りの 1H との間に双極子相互作用による緩和が起こりますが、この場合は anti-phase の 1H の縦緩和です。縦緩和は上記の横緩和と比べるとかなり遅いです。以上のような理由により、HMQC による methyl-TROSY 系列はあまりうまく行かなかったのでしょう。

二つめの工夫は non-uniform-sampling (NUS) です。t1 時間軸において 50% ぐらいの間引き率でサンプリングしますと、それほどアーティファクトも出ずに、まずまずのデータが再現できるようです。これを使うかどうかについては、どの程度の化学シフト値の正確さが必要かといった状況にもよるでしょう。

試料調製については読んで頂く方が確実ですが、簡単に記しますと、まず NISTmAb を使っています。Fc を観る時にはレジンに固定化したパパインで酵素切断しています。精製はおそらく遠心限外濾過器(アミコンウルトラなど)(と protein A カラム)でしょうか?最終的な濃度は 0.25~0.30 mM で、25 mM 重水素化イミダゾール(あるいは d-bis-Tris)緩衝液などを使っています。ここで重水素化バッファ成分を使うことは重要です。なにしろ 13C の natural-abundace による HSQC を観ようとしていますので、普通のバッファ成分を使うとそのピークが縦に線を引いてしまい(t1-ridge)もう終わりです。また、論文には書かれておりませんが、アミコンウルトラなどの限外濾過器は必ず一晩 1L の水に漬けてください。仕様書には5回ほど水で濯げばよいなどと書かれていますが、フィルターの表面についているグリセロールは意外にも残っておりスペクトルが台無しになってしまいます。そして、アミコンウルトラなどで濃縮するのであれば、重水に溶かした重水素化バッファ成分で5回ほど溶媒を交換してください。これで軽水成分はほとんどなくなります(凍結乾燥までは不要です)。もちろん、軽水の水消しは NMR で簡単に実行できる場合もありますが(それに水を励起しない SOFAST を使えば)、簡単な努力で絶大な効果が得られるという時にそれをわざわざしないという理由はありません。まず二次元をとる前に普通のプロトン一次元スペクトルを測定してみてください。もちろん、水気しはなるべく無しです。もし、何か巨大な 1H のピークが出たとしたら、それを同定して試料調製の段階で除く努力をすれば、それはその後の苦労を嘘のように消してくれることでしょう(と Bax さんも力説されていました)。

さて、著者らは 600 と 900 MHz を使っています。プローブは TCI-プローブです。これは 13C のプリアンプも冷やされているタイプですが、実際には HSQC を測りますので、1H のプリアンプさえ冷やされていればよく、必ずしも TCI でなければならないということはありません。驚きはグラジエントが3軸も付いていることです。そのようなプローブが販売されているのでしょうか?3軸グラジエントは大好きなのですが、最近はお目にかからず残念です。昔は magic-angle-gradient などで遊んだものなのですが。

感度よくとるためには、データポイント数などにも気を配らないといけません。記載されているように 1H (t2, FID) で 65-80 ms, 13C (t1) で 8 ms, ちょうどよいですね。感度を上げるにはもう少し短めでもよいかもしれません。測定温度は 45~50 ℃でした。積算回数は 128 回で、測定時間は 12 hr ぐらいだそうです。なるほど抗体は蛋白 NMR 屋さんから見ると非常に安定な蛋白質ですので、このような高温での測定が可能なのでしょう。ここまで高温にすれば、実際の 150 kDa でも確かに見えてしまうかもしれません。アミド基を観る場合には、あまり高温にし過ぎるとアミド基 1HN が水の 1H と高速に交換してしまいかえって感度を落としてしまいますが、メチル基ですとその心配がありません。

SOFAST も使ってみたそうですが、普通の gradient-echo タイプの方がすこし良かったようです。SOFAST でメチル基だけを選択的に励起しようとしても、書かれているパラメータ(1.5 +- 2.5 ppm bandwidth)では aliphatic のかなり多くの 1H も同時に励起されてしまいます。これでは SOFAST の効果があまり出てきません。ここでは軽水系の溶媒を使って 1H の密度を少しでも上げたかもしれませんが、やはりアミド基の 1H は数が少なく効果が薄いのでしょう。ここで、普通の gradient-echo タイプがうまく行ったと書かれていますが、そこには receiver-gain というある重要なパラメータも関連しています。Natural-abundance で HSQC を測定する際には個々の FID の段階で 13C-selective な coherence のみを検出しておく必要があります。つまり、位相サイクルを通して初めて 12C-1H からの信号を打ち消していたのでは receiver-gain が間に合わないことを意味しています。最近の NMR は感度が良すぎて、それでも見えてしまうこともあるのですが、感度をもっとあげたい時にはそれはあまり得策ではありません。

ただ、SOFAST の方が本当に劣ってしまうのかどうかなどについては、分子量や溶液の粘性も含めさまざまな条件が関連してきますので、即断するのは難しいです。個々の条件で変わってきますので、いちど試してみるのがよいでしょう。例えば、SOFAST では水の信号に触れないようにパルスを設計しますので、水消しが意外にもうまく働き、receiver-gain を増やせるかもしれません。また、gradient-echo でも sensitivity-enhancement をここでは使っていますが、高分子の場合は rINEPT が一個しかない(よって、理論上は感度が 1/√2 倍に落ちてしまうはずの)gradient-echo を使った方が結果としてはよいでしょう。メチル基には 1H が3つも付いていますので、13C が横軸の時には 1J-coupling が3つとも効いてきます。ですので、INEPT, rINEPT の箇所の delay に気をつけないといけません。

なお、Fab, Fc の測定はもっと速く 4~5 hr ぐらいで十分だそうです。これらのスペクトルを重ね合わせるとインタクトのスペクトルとほとんど重なるそうですので、ヒンジ領域は非常にフレキシブルで、Fab と Fc はお互いに繋がれながらもかなり独立に泳いでいるのでしょう。それぞれの部分の回転相関時間を測れば、お互いがどのように運動しているかが分かりますが、このような研究がとうとう可能になってきました。

2015年4月24日金曜日

スピンはスピンする?


書きかけのブログ文章がどんどん溜まってきました。面白い論文を見つけてはブログに紹介していたのですが、雑務に追われて停滞している間にすぐに次の論文に目移りしてしまいます。このままではブログのアカウントも消されかねないと危惧し、なんとかもう少し基礎的な分野で細々とでも続けていくことにしました。それでは、まずは核磁気共鳴の基礎の基礎から入ることにしましょう。本当は難しいのですが。

大半の原子核(nuclear)電子(electron)素粒子はスピン(spin)と呼ばれる物理的性質を持っています。このスピンの説明は量子力学的な知識を必要とし難しいものなのですが、簡単に「自転」のようなイメージで掴むことができます。

蛋白質は、例えば水素(1H)原子をもち、そして、この原子は陽子(proton)に相当する原子核を持っています(以降は説明を簡単にするため、スピン量子数(spin quantum number)が 1/2 の核種に話を絞ります)。この蛋白質を NMR の磁石の中に入れると、磁石の静磁場 B0 の向きに沿って、上向きの軸のスピン(α-spin)と下向きの軸のスピン(β-spin)とに分かれ、これをゼーマン(Zeeman)分裂と呼びます(図 核スピンのゼーマン分裂)。



最近の NMR の超伝導磁石では、上下方向に静磁場 B0 が向いているので、上向きと下向きのスピンが生じますが、もし、NMR 磁石の静磁場が、電子スピン共鳴装置(electron spin resonance, ESR)電子常磁性共鳴装置(electron paramagnetic resonance, EPR)の磁石に見られるように横向きであったならば、スピンの方向もその静磁場の方向に沿うため、上向き、下向きとは描像が異なってきます。

さて、ここで 500MHz の静磁場強度(11.7 テスラ)の NMR 磁石の中に蛋白質試料があり、その中のある 1H 原子核を想定します。この 1H 核スピンは自転しています(と考えることにします)。そして、その軸には上向きと下向きの二通りがありますが、実は上向きの α-スピンの方が若干多いのです。このように α-スピンの数が多いということをエネルギーが小さく安定であるといいます。

逆に β-スピンのエネルギーは大きく不安定ですので、その数も α-スピンの数よりかは少なくなります。この上向き α-スピンの数を Nα、下向き β-スピンの数を Nβ とすると、Nα/Nβ の比は、両者の間のエネルギー差 ∆E を使って(k はボルツマン定数)で表すことができます。このようにエネルギー差と population 比は、ボルツマンの式を使ってお互いに相互変換できます。ここで両者のエネルギー差 ∆E は hν に等しく(h はプランク定数)、この時の振動数 ν はちょうど 500MHz に相当します。そして、温度 T が 303K(30℃)とすると、実際には Nα/Nβ=1.0000789 となります。つまり、上のエネルギーの β-スピンが 10 万個あったとすると、下のエネルギーの α-スピンは 10万+8個程度となります。このように、500MHz-NMR の磁石は、水素核の α-スピンと β-スピンとのエネルギーの差 ∆E が、これを周波数で表した時に 500MHz に相当するような磁石のことです。このスピンにエネルギー差 ∆E に相当する電磁波、つまり、500MHz の周波数をもつ電磁波を照射すると、α-スピンは電磁波のエネルギーを吸収して β-スピンとなり、一方、β-スピンはエネルギーを電磁波の形で放出して α-スピンとなります。このような現象を核磁気の共鳴(nuclear magnetic resonance)と呼びます。そして、吸収(放出)された電磁波の量を検出してデータとします。

2014年12月27日土曜日

かのセスト

下記の論文 communication と書かれてありましたので、ちょっとお茶の間にでも読もうかなと思いダウンロードしてみると、なんと 150 ページもありました。大半は supplement なのですが。。。

Long D, Sekhar A, and Kay LE (2014) Triple resonance-based 13Cα and 13Cβ CEST experiments for studies of ms timescale dynamics in proteins. J. Biomol. NMR 60, 203-208.

ここの所すこぶる忙しく、長らく L.E.Kay さんの論文を読んでいませんでした。久しぶりの Kay さんの論文ですが、この流れるような文章にはいつも感心してしまいます。

英語の文章というと、最近 Essential Cell Biology 4th を買いました。画像や動画をサイトからダウンロードでき、その出来の良さに感動してしまいました。さらに英文が非常に分かり易い!同じ事を表現するのにも、ここまで文章表現を改善できるとは!おそらく、イラストや文章のプロが著者ら研究者の書いた初稿を校正しているのではないかと予想しています。動画は米語発音ですが、生物学英語の listening の練習にもうってつけです。しばらく経ったところで、なんと Molecular Biology of the Cell 6th が出てしまいました。ただ、文字フォントが Essential よりもちょっと小さいような気がします(だんだんと読みにくい年齢に)。ストライヤーの生化学と合わせて読んでいますが、お互いの特徴がそれぞれ出ており、両者を並べて読んだ時の面白さは格別です。例えば「転写」「翻訳」などの章を並べて読んでみてください。お勧めです。

ところで、CEST と DEST の違いは何でしょう?どちらも 1H, 15N, 13C などに B1 パルスを当てます。それをいろいろな resonance-offset から照射します。それぞれの offset において一次元 1H スペクトル、あるいは、二次元 HSQC などを測定し、各ピーク強度と offset の関係のグラフを作ります。DEST は Dark-state Exchange Saturation Transfer の略であり、CEST は Chemical Exchange Saturation Transfer の略です。Dest はアミロイド β-モノマーがプロトフィブリルと交換する系に適用され、DARK で観ることのできないプロトフィブリル状態との交換を観測しました。一方、CEST は ground-state と excited-state の間で交換している系に適用され、観ることのできない後者を観測しています(この論文ではそれぞれ fold した状態 95% と unfold した状態 5% に対応します)。ということは、DEST は高分子量ゆえに普通では観えない状態を観測する方法で、CEST は量少なしゆえに普通では観えない状態を観測する方法なのでしょうか?後でやっと理解したことですが、DEST は高分子では横緩和が速くなることを利用しています。ですので、ground-state と excited-state のそれぞれの R2 の違いを利用しています。一方、CEST では excited-state と ground-state のそれぞれの化学シフトの違いを利用しています。ちなみに、TCS (Transfered Cross Saturation), STD (Saturation Transfer Difference) では、高分子から低分子へ saturation を伝えていますが、これも複合体と単量体の間の交換の系に適用されます。なお、CEST は CPMG よりももっと遅い交換に適用できるらしいです(kex=500 /sec ぐらいの系でもっとも感度が高いですが、この論文では 140 /sec の試料を使っています)。

話をもとの論文に戻しましょう。この実験のパルス系列は基本的には (HACACO)NH に似ています。観測軸は 15N と 1HN で二次元となりますが、13Ca を CEST として観測しますので、これに次元を与えると疑似三次元のようになります。13Ca へは offset をずらしながらスピンロックをかけます。90° パルス幅に換算して 10 ms 程度という非常に弱いスピンロックです(@600MHz NMR, あてる時間は論文では 125 ms, あまりスピンロックが弱過ぎると C-C カップリングで分かれた multiplet を見てしまいます)。これの offset を 30Hz 間隔でずらしながら、それぞれの offset で二次元 1H-15N スペクトルを測ります。

(HACACO)NH では 13Ca(i) - 15N(i+1) - 1HN(i+1) のスピンを通してコヒーレンスを伝えていきます。ですので、あるアミド基のピーク強度は、一個前のアミノ酸の 13Ca の CEST によって変わります。

(HBCBCACO)NH パルス系列を使うと Cb の CEST もとることができます。しかし、ここで注意が必要です。このパルス系列では、Hb → Cb を通して入ってきたコヒーレンスと Ha → Ca を通して入ってきたコヒーレンスとが合流しているのです。そのため、帰属用の CBCACONH では Ca と Cb の両方のピークが見えるのです。しかし、今回のように Cb の CEST だけを見たい場合にはこれはまずいです。そこで偶数回目に 13Ca にだけ選択反転パルスをあてて、13Ca スピンを反転させています。そうすると、偶数回だけ積算した後には 13Ca を通ってきたコヒーレンスはキャンセルし合うことになります。

他にも Kay さんらしい工夫があちこちにありますが、詳細は論文をご覧ください。いずれにしても、励起状態(ここでは unfold した蛋白質)の 13Ca の化学シフトの位置に offset が来ると、saturation の状態になります。この saturation が基底状態(ここでは fold した蛋白質)に交換現象を通して伝わりますので、15N-1H のピーク強度が下がります。スピンロックをあてる時間が長ければ長いほどピーク強度はどんどん下がります。この時の T1rho に相当する緩和時間についてですが、今回の論文のように、本来は 13Ca だけの z-スピンにした方がゆっくりと緩和します。しかし、Fig.S1 に載っているように HNCOCA をもとに CEST を行うと 15N, 13Co と 13Ca の zzz-3 スピン秩序に 13Ca スピンロックをあてることになります。15N と 13Co の緩和が加わる分だけ普通は T1rho が速まってしまいます。ところが、分子量が大きくなってくると、この zzz-3 スピン秩序では 13Co-13Ca の同種核双極子相互作用の J(0) 成分が関与しないので、HNCOCA での T1rho の方が遅くなってくるそうです。なるほど、そこまでは考えませんでした。それにしてもこの Fig.S1 の φ1 位相のパルスについてですが、これは2本の 90 度パルスで、φ1 は前の 90 度パルスのための位相でした。小さい画面で見ていると、合わせて 180 度パルスに見えてしまい、どうも legend に載っている位相回しではおかしいおかしいと悩んでしまいました。

2014年10月29日水曜日

ZZ-交換3

転写因子が DNA 上の特異的な認識配列をどのようにして探すのかについて調べた論文です。

Ryu KS, Tugarinov V & Clore GM. (2014) Probing the rate-limiting step for intramolecular transfer of a transcription factor between specific sites on the same DNA molecule by 15Nz-exchange NMR spectroscopy. J. Am. Chem. Soc. 136, 14369-14372.

NMR の 15Nz-exchange 法を使うと、転写因子が DNA 上の認識配列である A-サイトから B-サイトへどの程度の速度定数で動いたか、あるいはその逆(B-サイトから A-サイトへ)も調べることができます。この論文で著者らが工夫した点は、少なくとも以下の3点です。

1)A-サイトと B-サイトの DNA 配列を微妙に違わせた。両者ともに認識配列であり、異なる箇所は 5' 側の数塩基対だけである。したがって、親和性に差はほとんどない。すると、蛋白質がそれぞれのサイトに相互作用した時の蛋白質側の 1H/15N ピークも微妙に異なってくるので、この転写因子がどちらに付いたかがすぐに分かる。

2)A-サイトと B-サイトの両方をいっしょに組み込んだ DNA 分子と、どちらか片一方だけを組み込んだ DNA 分子の両方を作った。

3)上記の2を作る時に、B-サイトを逆さまに配置した DNA 分子も作った。あるいは、A-サイトと B-サイトの位置関係を入れ替えた DNA 分子も作った。

この(2)の工夫が非常に面白いのです。A-サイトから B-サイトへ移ったことは 15Nz-exchange スペクトルで、A-サイト結合時のピークと B-サイト結合時のピークの間に交差ピークが出ることで簡単に分かります。しかし、同じ DNA 分子内の B-サイトに移ったのか、それとも別の DNA 分子の B-サイトに移ったのかが分かりません。

そこで、著者らは一つの DNA 分子内に A-サイトあるいは B-サイトのどちらか一方しか含んでいない状況で、この DNA 分子の濃度を変えながら交換速度を測りました。そして、この DNA 分子の濃度が0になる地点までグラフを外挿すると、何と交換速度が0だったのです。これが意味することは、DNA 分子から転写因子 HoxD9 が離れてしまって、どこにも付かずに溶媒に漂うことはないということです。確かに、この HoxD9 の親和性は解離定数にして 1nM 以下と非常に強く、HoxD9 がどこにも付かずに単独で泳いでいるような状況は想定外としてよいのでしょう(koff が極めて小さい)。よって、ある程度の量の DNA を入れてあげた状況では、HoxD9 と DNA の複合体に別の DNA 分子がやって来てぶつかった時に HoxD9 がそのぶつかって来た DNA 分子に「乗り移る」と考えることができます。そして、この乗り移りの交換速度 k-inter は、このグラフの傾きから求めることができます。

では、一つの DNA 分子内に A-サイトと B-サイトの両方を含んだ状況で、この DNA 分子の濃度を変えながら交換速度を測るとどのような結果になったのでしょう。この DNA 分子の濃度が0になる地点までグラフを外挿すると、交換速度が 1 /sec 程度の値をとりました。つまり、分子内での A-サイトから B-サイトへの交換速度 k-intra がこれに当たります(なぜならば、上記の結果で HoxD9 が DNA から離れる交換速度 koff は0であることが分かっているので)。 B-サイトから A-サイトへの交換速度も同じ程度でした。

一つ面白いことは B-サイトを逆向きに入れた DNA も作ってあったことです。ところが、B-サイトを A-サイトと同じ向きに入れた DNA を使った場合と交換速度はあまり変わらなかったのです。これは、HoxD9 が A-サイトと B-サイトの間にある時(つまり、非特異的に DNA に付いている時)、それこそ DNA の上で「くるん!」と HoxD9 が瞬間に向きを逆転させたためでしょう(HoxD9 が一度 DNA から離れて遥か彼方に去ってしまってから今度は向きを逆転させた状態で衝突してくるのではない)。

ただし、塩濃度をどんどん減らしていくと、様子が異なってきます。この場合も塩濃度を振りながら k-intra を測定し、そのグラフを塩濃度が0になる地点まで外挿します。すると、HoxD9 が逆転しないといけないような状況では、速度定数が6割ぐらいに小さくなりました。これは DNA にくっ付き過ぎて、うまく「くるん!」ができなかったためでしょう。

分子内の転移(k-intra)の値を比べた結果、HoxD9 が特異的配列から3プライム方向へ1塩基対だけ移動した時にそこで引っ掛かってしまい、律速になっているのではないかという事が分かりました。逆に特異的配列から5プライム方向に1塩基対だけ移動する時は引っ掛かりが少なく、k-intra も 1.6 倍大きいそうです(1.6 ×という値は小さ過ぎてそれほど意味がないかもしれませんが)。

また、分子間でHoxD9 が A-サイトから B-サイトに移る際、どうも DNA 分子の5プライム側の末端から入っていくのではないかと示唆しています。それは B-サイトの5プライム側の境界と DNA 分子の末端との間の距離が短いほど k-inter(A→B) が大きいためです。しかし、これも上記と同じように推測の域を出ません。

実はこの実験法 ZZ-exchange は 2013/4 頃に紹介したことがありました(もうそれから1年半も経ってしまいました)。その時の式では I_AB(tau) と書くと、それは B → A の変化を示すと書きました。しかし、今回の論文では素直に前から後ろの添字の向きに変化すると読んでください。Supplement にこの ZZ-exchange の McConnell の式が書かれています。最近は数値計算ソフトを使えば、この程度の対数行列は瞬時に計算してくれますので、フィッティングには前回の書き下し式を使うよりかは、この McConnell 式を直接つかった方が楽かもしれません。CPMG 法や DEST, CEST 法のフィッティングでもそのようです。しかし、データの S/N 比があまりよくないような場合には、前回紹介しましたように、あるピークとあるピークを足した強度に簡略化した理論式をフィッティングさせ、まずは簡単な変数から fix していく方が信頼性が高くなるでしょう。

2014年9月22日月曜日

同種核のデカップル

同種核の間にある J-coupling を decouple するのはなかなか難しいです(しかも直接測定軸 FID の上では)。ただ方法がないわけではなく、最近も幾つか紹介されてはいます(1H homo-decoupling の方法については近々ご紹介いたします)。今回は蛋白質の 13Co の FID を検出している最中に 13Ca をデカップルするというお話しです。そのような事できるのかな?と思っていたら、なんと 13Co の FID の最中に大胆にも 13Ca-選択的パルスを打つという驚きの方法でした。

Ying J., Li F., Lee J.H., and Bax A. (2014) 13Cα decoupling during direct observation of carbonyl resonances in solution NMR of isotopically enriched proteins. J. Biomol. NMR 60, 15-21.

そういえば昔もう 20 年ほど前に、1HN の FID 検出の最中に 1Ha を decouple するという方法がありました(つい最近も発表されているようです)。3J (HN-Ha) が decouple されるため、確かに 1HN のピークがシャープになるのです(蛋白質を重水素化した場合には、この 3J カップリング 3J (HN-Da) が小さくなって線形がシャープになるという効果もあります)。しかし、Bloch-Siegert 効果やノイズなどの問題があり、今は頻繁に使われているようには思いません。今 13C 直接測定でもっともよく使われている(仮想的な)デカップリング法は IPAP 法でしょうか?In-phase と anti-phase の二つのスペクトルをとっておいて、足したり引いたりして doublet の一方をキャンセルさせるのです。Sofast-HMQC でも 15N-decoupling パルスを使わない方法として、この IPAP 法が使われていますね。デカップリングパルスによる熱は発生しないし、機械にも優しいので、個人的にはこの IPAP 法を採用しています。

この論文では 13Co の FID 5 ms ごとに 13Ca 選択的パルスを打っています。ということは、pi-パルスを打つ直前ではどうしても 1J(Co-Ca)=53 Hz のカップリングのために信号強度が 91% に減じています(cos(pi*53*0.0025) = 0.91)。pi-パルスが打たれた後はこれが回復していき、また 2.5 ms 経ったところで峠を超えて強度が減っていくことになります。5 ms ごとに pi-パルスを打っていますので、200Hz ごとにサイドバンドが生じることになります。このようにある種の周期性は FT の後にサイドバンドという形で偽ピークを生み出します。800MHz NMR ですと、各信号の両横にだいたい 1ppm ごとに出るのでしょうか?しかし、図を見る限り、それほど大したサイドバンドではなさそうです。

選択的 180° パルスについてですが、これは sinc パルスを使っています。13Co(177 ppm)に carrier を置いていますので、13Ca を off-resonance で叩きます。しかし、13Co には影響ができるだけ小さくなるように設計します。一つは sinc パルスが影響を与えない点 null-point が 13Co の周波数の位置になるように(113 us @800MHz NMR)、もう一つは off-resonance(118 ppm)を周波数変調ではなく、cos 強度変調にすることです。これにより 13Ca 領域(59 ppm)だけにではなく、295 ppm(177+118)にも対称的にパルスが打たれてしまうことになりますが、両側から対称的に Bloch-Siegert 効果がやってくるので、それら二つでお互いに打ち消し合うことになります。13Co はスペクトル幅が狭い(蛋白質で 16 ppm 程度)ので、このような手が使えるのですね。スペクトル幅が広いと、中点の周波数位置(177 ppm)から離れるにしたがって(二種の)Bloch-Siegert 効果(の一次の項)のキャンセルがうまくいかなくなります。そして、このような pi-パルスを MLEV16 で位相回しをしてアーティファクトをさらに小さくしています。また、295 ppm 付近になりますと、13C のチューニングもずれてきます。したがって、295 と 59 ppm の両方に平等に打っているというわけではなくなってしまいます。しかし、上記のような要因による 13Co ピークのずれは、せいぜい数 Hz 程度とのことですので、心配する必要はなさそうです。

ちなみに、3D HNCA などで 13Ca の展開時間に 13Co に Seduce 連続デカップリングパルスを打つ場合などには十分に気を付けてください。かなり 13Ca のピークがずれます。もう一つの 3D HN(CO)CA のパルスプログラムを全く同じ形式で作り、全く同じパラメータを使っていれば、3D HNCA と HN(CO)CA では同じようにピークがずれますが(したがって、連鎖帰属を繋げる分には問題ない)、異なるパラメータを使うと悲惨です。いくら両者を見比べても 13Co のピークは一致しませんので、主鎖の連鎖帰属が失敗するのです(昔はこのような些細なことで数ヶ月を棒に振ったものです)。この失敗がよく起こるのは、3D HNCACB と 3D CBCA(CO)NH をセットでとった時です。両者は磁化移動の向きが異なりますので、ついうっかり 13Co デカップリングのパルスプログラムも別々に書いてしまうのです。このようなミスを防ぐために最近の Br 社の標準パルスプログラムでは、13Co に shaped の単発パルスが使われています。これなら、Bloch-Siegert 効果は 13Ca のピークの位相を少し変える程度で済みます(ピークの位置を大きくずらしたりはしません)。

Supplement に Br 社のパルスプログラムが載っていました。なるほど、FID の最中にパルスやグラジエントを打つ際にはこのように書けばよいのですね。このループカウンターにはちゃんと整数値が入ってくれるのかな?間違えて浮動小数点が入力されてしまい、それが誤って integer で読まれてすごい数のループになってしまい、実質的な FID の長さが数秒に。。。。無用な心配はやめておきましょう。

2014年8月11日月曜日

煮沸磁気共鳴

ひょんな事から、蛋白質の NMR はいったい最高何度で測られたことがあるのだろうという事実を調べることになりました。

Varnay I, Truffault V, Djuranovic S, Ursinus A, Coles M, and Kessler H. (2010) Optimized measurement temperature gives access to the solution structure of a 49 kDa homohexameric β-propeller. J. Am. Chem. Soc. 132, 15692-15698.

超好熱性古細菌(「高熱」ではなく「好熱」)由来の Ph1500 と呼ばれる蛋白質の C-末端ドメインです。この C-末端ドメインは単量体では 71 a.a. ですが、溶液中では6量体を作りますので、合計 49 kDa となります。もちろん6回回転対称性です。

温度を 80℃ にまで上げると、回転相関時間(蛋白質が1ラジアン = 57.3° 回るのに要する時間と、正確ではない定義ですが、考えることができます)が室温での 1/3 程度となり、NMR の線幅が細くなるとのことです。もちろん、高温では蛋白質分子のブラウン運動が速くなることもその一因ですが、水の粘性が下がることもおおいに影響しています。

この蛋白質は 95℃ では凝集してしまったそうです(原著では 268 K と書かれていますが、368 K の間違いでしょう。著者もいつもとは違う異常な温度に接して頭の中が混乱しているのかも)。しかし、85℃ では一週間でも大丈夫だったとのことです。

溶媒条件は以下のとおりです。
 リン酸ナトリウム緩衝液(pH 7.4)意外に高いですね。
 NaCl 250 mM(600 or 750 MHz の室温プローブを使っています。クライオプローブですと、よほどの勇気がない限り難しいでしょう。)

主鎖の帰属には [2H, 13C, 15N]-Ph1500C(単量体換算で 0.6 mM)を使いました。測定法は一連の TROSY-HNCO などです。温度は 45℃ で、帰属率は 99% です。本当は 55℃ の方が良さそうと感じたそうですが、どうもこの三重標識試料は精製が不十分であったため 50℃ で沈殿してしまったそうです。それで仕方なしに 45℃ で測定したそうです。三重標識試料は培地が高価で、さらに大腸菌での発現量が少ないので、どうしてもクロマトグラフィーではケチってサンプリングしてしまいます(溶出ピークの裾野もがばっと取り込んでしまうという意味)。そのため、非特異的に他の蛋白質などがくっ付いてきてしまい、それらが凝集を促す場合がよくあるのです。

一方、側鎖の帰属には [13C, 15N]-Ph1500C(単量体換算で 1.2 mM)を使いました。測定法は HCCH-TOCSY, HCCH-COSY などです。温度は 80℃ で、帰属率は 97% です。このようにアミド 1H が関与しない測定法では高温が効いてきます。この温度で 2D 1H-15N HSQC を測ると、少なくとも Asn, Gln の -NH2 のペアピークは全滅したそうです(溶媒によく露出しているので)。

なお、側鎖を 80℃ で帰属したので、13C-edited NOESY などもその温度で測らないといけません。そうでないと、側鎖 1H の化学シフト値がずれてしまいます。ところが、一般的に NOE の感度は高温にするとよくありません。しかし、著者らは「高温にすることによってメチル基がより完全に観えることの方が構造決定には有利である」と書いています。

一応 Xplor-NIH を使って構造を計算しています。各サブユニットは8本のβストランドからなり、4本ずつ2枚のβシート(2枚の羽根)を形成しています。6量体ですので合計 12 枚の羽根がプロペラのように並んでいます。構造計算でややこしかったのは、8本のβストランドのうち一番端の一つ(β1)だけが次の羽根に属していることです。つまり、6量体の輪のなかで循環的にドメインスワップが起こっているのです。

温度が高ければ何でもよいというわけでもありません。高温がよく効くのは、側鎖の帰属の時です。側鎖のほとんどの 1H は溶媒と交換しないためです。一方、主鎖を帰属する時には 15N-1H の TROSY を多用しますが、このアミド 1H は、高温では水の 1H と簡単に化学交換してしまいます。ここが泣き所です。この交換速度は、溶液の pH や、そのアミド基がどのぐらい溶媒に露出しているか、また隣に電荷をもった残基があるかどうかなどで変わってきますので、その中庸をとると 50℃ ぐらいがよいということになるのでしょうか?また、主鎖と側鎖の帰属用の測定でそれぞれ温度が 50, 80℃ と異なるので、両者の帰属を一致させるためには途中の温度でもいくつか測定をして、ピークの移動をたどってあげる必要もあります。

また、論文にも記載されていましたが、高温で初めて観えてくるアミド基もあります。これは室温ではちょうど intermediate-exchange mode で broad になり過ぎて観えなかったピークが、高温にすると fast-exchange mode に入って観えてきたためでしょう。

大きな蛋白質を NMR で観測するためには側鎖の 1H を 2H に重水素化することが必須の手段になってきます。ところが、そうすると 1H 間の距離情報である NOE がとれなくなります(1H はアミド基と少しの側鎖に残っているのみ)。その意味では高温でも安定でホモロジーの高い蛋白質を好熱性の種からとってきて、それを NMR で構造解析するのが一案なのかもしれません。そういえば「好熱菌まるごと一匹プロジェクト」があったように(明確な理由はいまだ不明なのですが)好熱性生物の蛋白質は安定で立体構造解析に向いている場合が多いのです。哺乳類でも超好熱性マウス(地獄温泉で泳ぐのが好きなマウス)の蛋白質がとれれば良いのですが。

2014年8月9日土曜日

結晶に板をさしこむ

セルラーゼの固体 NMR の論文が出ました。

Ivanir H1, and Goldbourt A. (2014) Solid state NMR chemical shift assignment and conformational analysis of a cellulose binding protein facilitated by optimized glycerol enrichment. J. Biomol. NMR. 59, 185-197.

実はセルロースやキチンといった固体が基質となるような酵素では、その相互作用部位を溶液 NMR で解析するのが非常に難しいのです。なぜならば、基質は固体であり水に溶けないためです。そこで、セルロースやキチンをオリゴ糖(3〜6つ単位)に小さくして何とか溶けるようにした基質を使います。溶液 NMR により酵素のどこの領域がこのオリゴ糖に付くのかを調べるのです。ところが、このようなオリゴ糖には全く見向きもしない酵素もあるのです。どうすればよいのでしょう?

そうか!固体 NMR という手がありましたね。と楽しみにしながらこの論文を読み始めました。

微結晶はふつうの X-線結晶構造解析の時と同じように作り(Hampton 社の Crystal screen kit #48)、できた針状結晶を 4mm ZrO2 ローターに詰めたとのことです。詳細に計算してみますと、約 150 ug の蛋白質が1ドロップにあることになりますので、150 個ほどの井戸から微結晶を集めてきてローターに詰めたことになります(合計 20 mg の蛋白質)。培地 1L あたり 40~50 mg!ほど調製できたと書かれていますので、やはりそのぐらい超大量の収量がないと、この固体 NMR の微結晶の実験は難しいのかもしれません。なお、このセルロース吸着ドメインは 146 a.a. の大きさです。

二次元の 13C-13C DARR (mixing time, 15ms) では、Thr, Ala, Ser の 13Cα-13Cβ 相関ピークが他から孤立していて見つけやすいそうです。これらの残基は 13Cβの化学シフト値が特徴的なので、溶液 NMR の HNCACB-CBCACONH ペアでもアミノ酸配列情報に照らし合わせやすいですね。

また Trp の Cγ も 111 ppm 付近にあるので見つけやすいとのことです。しかし、同じ Trp の Cζ2(114 ppm, ツェータでゼット z のこと)もその辺りにありますので注意したいところです。

主鎖は最初は 3D NCACX と NCOCX を組み合わせて連鎖的に帰属しています。ちょうど前者が溶液 NMR での残基内 CCANH(HNCACB), 後者が残基間 CCONH(CBCACONH)に相当するといったところでしょうか?スピニングは 11~13.5 kHz です。

Pro の 15N は(そこに 1HN が付いていないため)140 ppm ぐらいにピークが出ます。さらに Gly の 15N は100~105 ppm ぐらいに出ます。そのため、15N-13C 間の磁化移動のための cross-polarization ではちょっと強めのパワーで打った方が良いそうです(その代わり selectivity は落ちますが、それほど問題にはならないでしょう)。

また、蛋白質の調製については、著者らがそのセルラーゼで最適化させた結果、次のような培養法がもっとも良かったとのことです。

BL21(DE3) 大腸菌を目的蛋白質のプラスミドで形質転換

OD (600nm) が 0.8 に達するまで LB-rich 培地 1 L で培養

遠心して集菌、洗浄

167 mL のグリセロール最少培地 * に植菌(よって 1,000/167=6倍濃縮)

1時間の培養のあとに IPTG を 1 mM 分いれて発現誘導

翌朝まで培養

40 mg ものセルラーゼを get

(注)グリセロール最少培地 * の組成(培地の量は 167 mL であるため、実際に使った試薬の量は下記の 1/6 ずつ)

8 g/L [2-13C]-glycerol
8 g/L NaH13CO3(いわゆるベーキングパウダー、重曹)
1 g/L 15NH4Cl

このようにして適度に 13C 標識を減らしてやることにより、13C-13C J-coupling や 13C-13C dipolar-coupling を減らすことができ、結果としてスペクトルがきれいになったとのことです。帰属率は主鎖が 80%、側鎖が 43% とのことです(固体ですので、13C, 15N)。

一般的に結晶構造解析で B-factor の値が大きかった箇所のピークが観えにくかったとのことです。 これはその箇所が flexible あるいは構造に多形があるためでしょう。確かに 14 a.a. ほど連続した領域の帰属ができていません。また、グリシンの続いている領域は B-factor が大きいのにもかかわらず、NMR ピークはよく観えていたそうです。Flexible といってもその時間領域もピークの見え方に関連してくるのでしょう。さらに、周りをどれだけ同種核に囲まれているのかも。

13Cαと13Cβの化学シフト値がランダムコイルの化学シフト値からどれだけずれているかをもとに Talos+ にかけたところ、87.5% が結晶構造と一致したそうです。(な〜んだ、結晶構造がすでに分かっていたんだ。もちろんこの固体 NMR 用に微結晶を作っているぐらいですからね。しかし、目的は相互作用解析ですから、これからこれから)。

と読んでいるうちに終わってしまいました。ちょっと待った、まさか、これだけ!?これだと 20~30 年前の溶液 NMR の論文と同じレベルではないですか。

やはり、いったん微結晶を作ってしまうと、相互作用を見るのは難しいのでしょうか?溶液 NMR のように基質を少しずつ滴定していっても微結晶の中にキチンと入っていくかどうかは分かりません。X 線結晶構造解析ではよくリガンド溶液に結晶をソーキングさせて... などと聞きますが。しかし、この場合もリガンド(基質)が水に溶ける低分子でないと駄目ですね。頑丈な板状の大きな固体では、ちょっと .... 。