2015年7月12日日曜日

なぜわざわざ鈍らせるのか_その1

代謝過程を制御するのに「フィードバック阻害」という機構があり、これが教科書などによく紹介されています。これは、ある酵素反応の生産物 P が、その酵素反応そのものを阻害することによって制御するような仕組みです(P の作り過ぎや足りなさ過ぎを防ぐ)。この酵素がしばしば同種多量体(homomultimer)になっている場合があります。そして、このそれぞれのサブユニットに阻害剤 inhibitor が付いていく時、1個目、2個目、3個目と阻害剤が順に付いていくにつれてその親和性がどんどん高くなっていくような現象があり、これを正の協同性(homotropic positive cooperativity)と呼びます。代謝過程は一連の酵素反応からなりますので、しばしば最終生産物 end-product が最初の方の酵素反応を阻害するといった例が見られます。なぜ、正の協同性が良いのか?これは教科書に詳しく説明されていますが、一言で言いますと、阻害剤の濃度がちょっと変わっただけで、その阻害効果(レスポンス)をすばやく変えることができる、まるでスイッチを on/off したかのように切り替えることができるためと言えるでしょう(このどれだけすばやく反応できるかを示す数値が Hill 係数ともいえます)。この仕組みは協奏的モデル(MWC-model)できれいに説明できます。また、このモデルでは同種多量体は常に対称形をとりますので、構造の点からも美しいと言えます。実は、2014 年 1 月 15 日「皆で一斉に移ろう」で紹介しておりました。

ところが自然界には負の協同性(homotropic negative cooperativity)も存在します。これを説明するのに協奏的モデルは使えず、別の逐次モデル(KNF-model)が使われます。MWCモデルですと、どうしても正の協同性になってしまうのです。これもどこかで書いたような気がするのですが ... 。どのような物性的な仕組みで負の協同性が引き起こされるのかは置いておくとして、問題は生物にとって何の意味があるのか?です。下記の論文と次のブログでの論文に面白い推測?が書かれていますので、それを紹介したいと思います。

Bush, E.C., Clark, A.E., DeBoever, C.M., Haynes, L.E., Hussain, S., Ma, S., McDermott, M.B., Novak, A.M., and Wentworth, J.S. (2012) Modeling the role of negative cooperativity in metabolic regulation and homeostasis. PLoS One 7 (11), e48920.

上記のように、生産物 P が前方の最初の酵素反応を阻害するとします。すると、その阻害剤が酵素につく形式は Hill 係数が大きいほど(つまり、正の協同性であればあるほど)生産物 P は定常状態におさまります。フィードバック阻害がうまく働いている例ですね。そこで、この反応に枝分かれがある場合を想定します。例えば A → B → P の他に B → C も存在するとします。B 地点で枝分かれが起きているわけです。シミュレーションによると、生産物 P が酵素反応「B → P」を阻害する時は Hill 係数が大きいほど効率が高くなります。これは最初の単純な一直線だけの連鎖反応の場合と同じです。ところが、生産物 P が酵素反応「A → B」を阻害する時には、必ずしも大きい Hill 係数がよいとは限らないようです。確かにこの反応を阻害しすぎると、その影響は及んでほしくない C にも行ってしまいます。C にあまり影響を与えずに P を定常状態に保とうとすると、酵素反応「A → B」はやんわりと(あまり即効性をださずに)阻害しないといけないのです。

では、枝分かれはなく、A → B → C → D → P のように一直線ではあるが長い連鎖反応の場合はどうなるのでしょうか?生産物 P がかなり前方の酵素反応「A → B」を阻害する時を想定しましょう。単に生産物 P だけが恒常性 homeostasis を保つようにするためには Hill 係数は高い方がよいそうです。一方、P だけではなく A, B, C, D 全ての量に恒常性を保たせるにはちょっと低めの Hill 係数がよいのだそうです。

どうしてそうなるのかは、なんとか想像できそうです。例えば P が余り始めたとしましょう。すると、この P は酵素反応「A → B」を阻害し始めます。ところが、C と D はまったく阻害されてはいませんので、まだ P が C と D から多めにでき続けてしまうのです。そして、余った P はさらに酵素反応「A → B」を阻害しますので、少し遅れて中間体である C と D が(質量作用の法則により)定常状態になった頃には、今度は逆に「A → B」を阻害し過ぎてしまっており、その結果 P が少なくなり過ぎてしまうのです。このような遅延が起こってしまうために、P はあまり高い Hill 係数で酵素反応「A → B」を阻害しない方がよいのです。

では、この長い連鎖反応と枝分かれを組み合わせるとどうなるのでしょう。つまり、最終生産物 P が最初の酵素反応を阻害する。途中には中間体が複数個あり、そして枝分かれしていく反応もある。このような系は、生物の代謝経路の制御で実際によくみられます。面白いことに、そのような中では P が最初の反応(これは枝分かれの前にある)にくっつく親和性で負の協同性 negative cooperativity になるのがよいのです。そのとき、全ての物質が恒常性をもっともよく保つことができるのだそうです。

2015年6月24日水曜日

ブルの前でネズミを滑らせる

「熱くなったら右に行く」の記事にめずらしく質問がきましたので、お答えいたします。

Bruker 社の NMR マシンで測定し、これを Topspin, Xwinnmr などでフーリエ変換する場合には、下記の要領で補正するとよいでしょう。

なお、下記は D2O にロックをかけることを想定していますが、d-DMSO などにロックをかける場合でも同じ要領です。

まず、ロックを掛けた後でもよいと思いますが、ロックの位相をできるだけきれいに合わせます。位相がベストの時にロック信号が最高となります。

1H の一次元スペクトルをできるだけ高分解能で測ります。そして、DSS のピークの中心を測ります。仮にそれが x Hz に観られたとしましょう(ppm ではなく Hz 単位です)。

EDP の SR というパラメータに x の値を入れます。そして、スペクトルを見直した時に、DSS のピークがちゃんと 0 ppm に来ていれば、1H の補正は成功です。

13C の補正については、DSS, TMS の 13C 直接測定で上記と同じように行う場合もありますが、ここでは計算による方法をご紹介します。

1H の基準周波数を調べます。BF1 と呼ばれるパラメータで、例えば 500.13 MHz のような値がセットされています。同様に、13C の基準周波数は BF2 に、15N の基準周波数は BF3 に保存されています。もちろん、BF1, BF2 は二次元や三次元測定のパラメータでないとセットされていないかもしれません。また、下記で SR(1H) とはパラメータ x のことです。

SR(13C) = (0.25144953 * BF1 - BF2) * 1000000 + SR(1H) * 0.25144953

この値を EDP での 13C の SR に入れます。

SR (15N) = (0.101329118 * BF1 - BF3) * 1000000 + SR(1H) * 0.101329118

この値を EDP での 15N の SR に入れます。

上記で SR(1H) が0であったと仮定します。すると、13C では -2.6668 ppm, 15N では -0.023467 ppm もずれていることが分かります。つまり、13C では真の化学シフト値よりも 2.7 ppm も小さい値が表示されてしまうのです。

BioMagResBank に登録する際には、もし上記の方法で補正したならば「1H については DSS を用い、13C, 15N については磁気回転比の値から補正した」とコメントすることになります。

もちろん、上記のずれが生じている事実を Br 社はよく認識しています。しかし、企業によっては何かしらの解析ツールを古い値を使ってすでに開発してしまっている場合もあり、バージョンの途中で正しい補正にしてしまうと、逆にさまざまな障害が予想されるのだそうです。

なお、毎回このような補正をするのは面倒だという場合には、マシンごとに、かつ、ロック溶媒ごとに、温度を変えた時の変換表を作っておくとよいでしょう。温度を変えながら DSS のピークを辿っていくと、非常にきれいな直線に乗ります。急いでいる場合には2点(5度と 40 度など)を測り、後は比例計算から補間してもよいでしょう。そして、1H, 15N, 13C の SR 値の式をエクセルに書いておけば、後はネズミを滑らせるだけで全て OK です。

2015年6月22日月曜日

熱くなったら右に行く

暑くなりました。ひょんな事から次のようなことを調べることになりました。ある蛋白質の NMR スペクトルを 30 度と5度で測定し、その 2D 1H-15N HSQC スペクトルを重ね合わせると、ピークの位置がかなりずれてしまっていたのです。最初は「あっしまった!温度を変えるとロックをかけている D2O の信号もずれてしまうので、基準周波数を変えないといけない。なのに、それを忘れてしまった。しかも、30 度と5度のスペクトルはまったく異なる NMR マシンで測っていたではないか!ならば、ずれて当然か?」と思いました。本当は蛋白質試料にちゃんと DSS を入れておいて、測定のたびに(ロックをかけるたびに)1H の 0 ppm の位置を調べておくべきだったのです。ところが、これを怠ってしまいました。滅多に起こることではないのですが、DSS はケイ素を含んでおり、このケイ素が蛋白質を沈殿させてしまうことがあるそうなのです。

悩んでいても仕方がありませんので、同じ NMR マシンで 30 度と5度とで、DSS, 蛋白質の 1H-13C HSQC, 1H-15N HSQC を測ってみることにしました。

実は、例えば某 Br 社のマシンを使っている場合、どのような温度であっても測定の最中には水の中心は 4.7 ppm であると仮定しないといけません。本当は温度によって水のピークの位置は変わるのですが、NMR マシンはそのような事は微塵も知りません。マシンが知っているのは、ただ軽水のピークが重水のピークと比べて、どれだけ比率の上でずれているかだけです。温度を変えると重水の 2H のピークがずれます。そして、それと同じ ppm 値分だけ観測している軽水の 1H のピークもずれます(同位体 1H, 2H の化学シフト値の変化は ppm 値で表している限りは同じ)。ロックの D がいくらずれても NMR マシンはそこが 4.7 ppm(2H)であると思い込んでいるので、観測される軽水の 1H のピークも常に 4.7 ppm(1H)で見かけ上あり続けるのです。

DSS の 1H のピークは温度によってあまり動きません。しかし、ロックの D のピークが温度によって大きく動きますので、それを基準にして DSS をみると、逆向きにおおいに動いていくように見えるのです。温度を下げると水の 1H の化学シフト値は本来は大きくなります。しかし、これを常に 4.7 ppm だと仮定してしまうので、DSS の 1H の化学シフト値は小さくなるように(マイナスの向きにどんどん進んでいくように)見えるはずです。したがって、某 Br 社のマシンを使っている場合「今日の試料の温度は低いから中心周波数 o1p を 4.8 ppm ぐらいにしなきゃ」というのは間違いです。

なお、軽水の中心周波数を精密に測定すると 4.7 ppm から少しずれている場合があります。これは Br 社に直してもらわないといけないところです。これが何故起こるかという理由はちょっと複雑です。おそらくですが、登録されている 1H と 2H の基準周波数の比が少し間違えているのでしょうか?例えば、1H と 13C の比はとんでもない値に間違えて登録されています。たしか、真の値から 2.666 ppm ほど小さい値が表示されたように思います。ですので、蛋白質の主鎖の 13Co の中心は本来は 176 ppm ぐらいのはずですが、Br 社のマシンでは 173 ppm と入れます。同様に、13Ca は 56 から 54 ppm に置き直します。なお、上記はロックの位相がちゃんと合っている場合に言えることです。位相をずらすと D2O のピークトップの位置もずれますので、周波数もずれてきます。そのため、本当はロックをかけるたびにその試料に混入させた DSS でキャリブレーションをしないといけないのです。

さて、結果は次の図のようになりました。これらは DSS のピーク位置をもとにフーリエ変換の後にスペクトルを平行移動させてあります。これによると、1H-13C HSQC ではメチル基領域でも Ca 領域でもあまり動いていないことが分かります。また、動いていたとしてもあっちこっちに動いているので、ある決まった向きに平行移動している(下駄を履いている)ようには見えません。一方、1H-15N HSQC では、明らかに水のピークと同じ向きに移動しています。つまり、温度を下げるとアミド 1H のピークは左向き(低磁場側)に動いているようです。

1枚目はメチル基領域の 1H-13C 相関スペクトルです。オレンジ色が5度、青色が 30 度で測定した時のピークです。



2枚目は 13Ca 領域の 1H-13C 相関スペクトルです。軽水のピークが5度では左側にずれているのが分かります。5度のオレンジのピークが薄いのは、低温で横緩和が速くなっているためです。


3枚目が 1H-15N HSQC です。軽水と同じ向きにアミド基のピークも動いています。



軽水のずれ幅を計算してみたところ、-0.0120 ppm/deg でした。しかし、 むかし別の NMR マシンで、温度を変えながら DSS のピークを追いかけたことがありました。その時は、-0.0111 ppm/deg で変化しました。何故このように違うのでしょう?もしかして、radiation damping によってピークが動く?しかし、あっても軽水の 1H のピークが少し動くぐらいで、DSS や D2O のピークまでいっしょに動いてしまうものでしょうか?それとも、なにか試料の磁化率が違うなど????マシンの温度は校正しているはずですし、試料も一応は Br 社の標準蔗糖溶液を使っている(はず?)です。

実は、NMRPipe には水のピークの位置を自動補正してフーリエ変換する機能がついているのです。そこで早速、上記のスペクトルを NMRPipe でフーリエ変換してみました。ですので、DSS のピークの位置はまったく考慮されていないことに注意してください。おかしなことに、NMRPipe では -0.00956 ppm/deg として補正されているようです(5度:4.964 ppm, 30 度:4.725 ppm)。ですので、今回の測定データを NMRPipe で処理すると、メチル領域でも少しずれて見えてしまいます。これはまずいですね。


それでは、なぜ amide 1H-15N のピークが温度によって動いたかです。1HN の化学シフトについては水と同じ向きに動いていることから、水素結合の強さに関連があるのかな?と思います。それはそうなのですが、

Tomlinson, J.H. & Williamson, M.P. (2012) J. Biomol. NMR 52, 57-64.

に興味深い結果が出ていました。原因は、水素結合に加えて、二次構造などの瞬間的な膨張によるのではないかとのことです。分子内で水素結合を組んでいるアミド基のうち、二次構造の中にあるアミド基の水素結合は強く、その二次構造が温度の上昇とともに瞬間でも全体的に緩むと、1H の化学シフト値の温度による変化も大きくなります。しかし、分子内で水素結合を組んでいるアミド基よりも、組んでいないアミド基の方がよく動くそうです(-0.0045 ppm/deg よりもさらに絶対値が大きくなる)。その理由は、後者は水と弱く水素結合を組んでおり、温めると容易に水素結合の長さが長くなってしまうためなのだそうです。最後に、15N の化学シフト値の温度による変化が何かしらの要因と相関があるかどうかについては、よく分からなかったそうです。

2015年5月18日月曜日

メチル基はすごい

とある製薬会社の研究者の方から下の論文を紹介されました。モノクローナル抗体 mAb を(切断せずに)インタクトの状態で NMR で観たという内容です。プロテアーゼで切断した後の Fab, Fc だけを X 線で結晶構造解析した例はかなりありますので、インタクトを NMR で観れると、これら Fab, Fc の構造データをさらに活かすことができるでしょう。具体的には 13C の natural-abundace でメチル基を観ています。

Arbogast, L.W., Brinson, R.G., and Marino, J.P. (2015) Mapping monoclonal antibody structure by 2D 13C NMR at natural abundance. Anal. Chem. 87, 3556–3561.

分子量はインタクトですので 150 kDa 程になります。確かに NMR にとっては難しい分子量です。1H-15N TROSY 効果を使っての測定ですと、これもまた別の製薬会社の方がされているように3次元スペクトルでもかなりきれいに見えます。ただし、mAb を完全重水素化する必要がありますので、抗体のように大腸菌での発現が難しい場合は、別の発現系にもっていく必要があり非常にコストが高くついてしまいます。また、大腸菌発現系では翻訳後修飾としての糖鎖は付きません。

著者らは 13C の natural-abundace でメチル基を観ています。15N は natural-abundace が 0.37% と低過ぎますし、また、1H-15N アミド基をしっかりと観るためには試料を完全重水素化してTROSY を使う必要がでてきます。一方、メチル基を観るのでしたら、13C の natural-abundace, 1.1% をなんとか活用できます。それにメチル基はその付け根の結合が軸周りに高速回転しますので、少し低分子-like となり、横緩和が遅くなります(したがって信号がシャープになる)。さらに 1H が3つ付いており3つとも同じ共鳴値ですので、単純計算で3倍の強度となります。

さて、当然のように感度は悪いですので、著者らは最近の NMR 手法をいろいろと活用しています。その一つめは「メチル TROSY」への挑戦でした。しかし、これは思った程の効果を出さなかったようです。その理由はこの試料が完全重水素化されていないためでしょう。普通は、メチル基だけを 13C-1H3 とし、それ以外の箇所は 12C-2H となるように標識します。このように標識するためには、大腸菌発現系の M9 最少培地に各種 2-ケト酸(α-ケト酸)を Leu, Val, Ile の前駆体として入れてやる必要があります。そして、M9 培地そのものは重水溶媒です。しかし、今回の試料は何も標識されていない mAb ですので、メチル基以外にも側鎖に大量の 1H が存在します。すると「メチル TROSY」があまり効かなくなってしまうのです。なぜ効かなくなるかの説明はまた別のところに書きますが、非常に簡単に書きますと次のようになります。

TROSY では(1H-15N TROSY でもそうですが)13C-1H の 1H のスピンがずっと α-状態(上向き)か β-状態(下向き)に維持されていることが前提となります。パルスプログラム HMQC の途中でこれがランダムに逆転してしまってはなりません(HMQC のど真ん中の 180 度パルスによって同時に逆転させるのはよい)。ところが近くに別の 1H があると、それと呼応し合ってアルファとベータがお互いに交換してしまうのです。これを spin-diffusion と呼びます。Spin-difusion は別の 1H が近くにあると起こりますので、メチル基以外を 2H にしないと TROSY 効果が減ってしまうのです。なお、この spin-diffusion を積極的に利用したのが NOE です。

また、methyl-trosy は普通の HMQC で達成されてしまいますが、この HMQC では、13C の化学シフトの展開時間の間も 1H が横磁化状態にあります。すると、周りの 1H との間に双極子双極子相互作用による横緩和が起こってしまいます。HSQC でも周りの 1H との間に双極子相互作用による緩和が起こりますが、この場合は anti-phase の 1H の縦緩和です。縦緩和は上記の横緩和と比べるとかなり遅いです。以上のような理由により、HMQC による methyl-TROSY 系列はあまりうまく行かなかったのでしょう。

二つめの工夫は non-uniform-sampling (NUS) です。t1 時間軸において 50% ぐらいの間引き率でサンプリングしますと、それほどアーティファクトも出ずに、まずまずのデータが再現できるようです。これを使うかどうかについては、どの程度の化学シフト値の正確さが必要かといった状況にもよるでしょう。

試料調製については読んで頂く方が確実ですが、簡単に記しますと、まず NISTmAb を使っています。Fc を観る時にはレジンに固定化したパパインで酵素切断しています。精製はおそらく遠心限外濾過器(アミコンウルトラなど)(と protein A カラム)でしょうか?最終的な濃度は 0.25~0.30 mM で、25 mM 重水素化イミダゾール(あるいは d-bis-Tris)緩衝液などを使っています。ここで重水素化バッファ成分を使うことは重要です。なにしろ 13C の natural-abundace による HSQC を観ようとしていますので、普通のバッファ成分を使うとそのピークが縦に線を引いてしまい(t1-ridge)もう終わりです。また、論文には書かれておりませんが、アミコンウルトラなどの限外濾過器は必ず一晩 1L の水に漬けてください。仕様書には5回ほど水で濯げばよいなどと書かれていますが、フィルターの表面についているグリセロールは意外にも残っておりスペクトルが台無しになってしまいます。そして、アミコンウルトラなどで濃縮するのであれば、重水に溶かした重水素化バッファ成分で5回ほど溶媒を交換してください。これで軽水成分はほとんどなくなります(凍結乾燥までは不要です)。もちろん、軽水の水消しは NMR で簡単に実行できる場合もありますが(それに水を励起しない SOFAST を使えば)、簡単な努力で絶大な効果が得られるという時にそれをわざわざしないという理由はありません。まず二次元をとる前に普通のプロトン一次元スペクトルを測定してみてください。もちろん、水気しはなるべく無しです。もし、何か巨大な 1H のピークが出たとしたら、それを同定して試料調製の段階で除く努力をすれば、それはその後の苦労を嘘のように消してくれることでしょう(と Bax さんも力説されていました)。

さて、著者らは 600 と 900 MHz を使っています。プローブは TCI-プローブです。これは 13C のプリアンプも冷やされているタイプですが、実際には HSQC を測りますので、1H のプリアンプさえ冷やされていればよく、必ずしも TCI でなければならないということはありません。驚きはグラジエントが3軸も付いていることです。そのようなプローブが販売されているのでしょうか?3軸グラジエントは大好きなのですが、最近はお目にかからず残念です。昔は magic-angle-gradient などで遊んだものなのですが。

感度よくとるためには、データポイント数などにも気を配らないといけません。記載されているように 1H (t2, FID) で 65-80 ms, 13C (t1) で 8 ms, ちょうどよいですね。感度を上げるにはもう少し短めでもよいかもしれません。測定温度は 45~50 ℃でした。積算回数は 128 回で、測定時間は 12 hr ぐらいだそうです。なるほど抗体は蛋白 NMR 屋さんから見ると非常に安定な蛋白質ですので、このような高温での測定が可能なのでしょう。ここまで高温にすれば、実際の 150 kDa でも確かに見えてしまうかもしれません。アミド基を観る場合には、あまり高温にし過ぎるとアミド基 1HN が水の 1H と高速に交換してしまいかえって感度を落としてしまいますが、メチル基ですとその心配がありません。

SOFAST も使ってみたそうですが、普通の gradient-echo タイプの方がすこし良かったようです。SOFAST でメチル基だけを選択的に励起しようとしても、書かれているパラメータ(1.5 +- 2.5 ppm bandwidth)では aliphatic のかなり多くの 1H も同時に励起されてしまいます。これでは SOFAST の効果があまり出てきません。ここでは軽水系の溶媒を使って 1H の密度を少しでも上げたかもしれませんが、やはりアミド基の 1H は数が少なく効果が薄いのでしょう。ここで、普通の gradient-echo タイプがうまく行ったと書かれていますが、そこには receiver-gain というある重要なパラメータも関連しています。Natural-abundance で HSQC を測定する際には個々の FID の段階で 13C-selective な coherence のみを検出しておく必要があります。つまり、位相サイクルを通して初めて 12C-1H からの信号を打ち消していたのでは receiver-gain が間に合わないことを意味しています。最近の NMR は感度が良すぎて、それでも見えてしまうこともあるのですが、感度をもっとあげたい時にはそれはあまり得策ではありません。

ただ、SOFAST の方が本当に劣ってしまうのかどうかなどについては、分子量や溶液の粘性も含めさまざまな条件が関連してきますので、即断するのは難しいです。個々の条件で変わってきますので、いちど試してみるのがよいでしょう。例えば、SOFAST では水の信号に触れないようにパルスを設計しますので、水消しが意外にもうまく働き、receiver-gain を増やせるかもしれません。また、gradient-echo でも sensitivity-enhancement をここでは使っていますが、高分子の場合は rINEPT が一個しかない(よって、理論上は感度が 1/√2 倍に落ちてしまうはずの)gradient-echo を使った方が結果としてはよいでしょう。メチル基には 1H が3つも付いていますので、13C が横軸の時には 1J-coupling が3つとも効いてきます。ですので、INEPT, rINEPT の箇所の delay に気をつけないといけません。

なお、Fab, Fc の測定はもっと速く 4~5 hr ぐらいで十分だそうです。これらのスペクトルを重ね合わせるとインタクトのスペクトルとほとんど重なるそうですので、ヒンジ領域は非常にフレキシブルで、Fab と Fc はお互いに繋がれながらもかなり独立に泳いでいるのでしょう。それぞれの部分の回転相関時間を測れば、お互いがどのように運動しているかが分かりますが、このような研究がとうとう可能になってきました。

2015年4月24日金曜日

スピンはスピンする?


書きかけのブログ文章がどんどん溜まってきました。面白い論文を見つけてはブログに紹介していたのですが、雑務に追われて停滞している間にすぐに次の論文に目移りしてしまいます。このままではブログのアカウントも消されかねないと危惧し、なんとかもう少し基礎的な分野で細々とでも続けていくことにしました。それでは、まずは核磁気共鳴の基礎の基礎から入ることにしましょう。本当は難しいのですが。

大半の原子核(nuclear)電子(electron)素粒子はスピン(spin)と呼ばれる物理的性質を持っています。このスピンの説明は量子力学的な知識を必要とし難しいものなのですが、簡単に「自転」のようなイメージで掴むことができます。

蛋白質は、例えば水素(1H)原子をもち、そして、この原子は陽子(proton)に相当する原子核を持っています(以降は説明を簡単にするため、スピン量子数(spin quantum number)が 1/2 の核種に話を絞ります)。この蛋白質を NMR の磁石の中に入れると、磁石の静磁場 B0 の向きに沿って、上向きの軸のスピン(α-spin)と下向きの軸のスピン(β-spin)とに分かれ、これをゼーマン(Zeeman)分裂と呼びます(図 核スピンのゼーマン分裂)。



最近の NMR の超伝導磁石では、上下方向に静磁場 B0 が向いているので、上向きと下向きのスピンが生じますが、もし、NMR 磁石の静磁場が、電子スピン共鳴装置(electron spin resonance, ESR)電子常磁性共鳴装置(electron paramagnetic resonance, EPR)の磁石に見られるように横向きであったならば、スピンの方向もその静磁場の方向に沿うため、上向き、下向きとは描像が異なってきます。

さて、ここで 500MHz の静磁場強度(11.7 テスラ)の NMR 磁石の中に蛋白質試料があり、その中のある 1H 原子核を想定します。この 1H 核スピンは自転しています(と考えることにします)。そして、その軸には上向きと下向きの二通りがありますが、実は上向きの α-スピンの方が若干多いのです。このように α-スピンの数が多いということをエネルギーが小さく安定であるといいます。

逆に β-スピンのエネルギーは大きく不安定ですので、その数も α-スピンの数よりかは少なくなります。この上向き α-スピンの数を Nα、下向き β-スピンの数を Nβ とすると、Nα/Nβ の比は、両者の間のエネルギー差 ∆E を使って(k はボルツマン定数)で表すことができます。このようにエネルギー差と population 比は、ボルツマンの式を使ってお互いに相互変換できます。ここで両者のエネルギー差 ∆E は hν に等しく(h はプランク定数)、この時の振動数 ν はちょうど 500MHz に相当します。そして、温度 T が 303K(30℃)とすると、実際には Nα/Nβ=1.0000789 となります。つまり、上のエネルギーの β-スピンが 10 万個あったとすると、下のエネルギーの α-スピンは 10万+8個程度となります。このように、500MHz-NMR の磁石は、水素核の α-スピンと β-スピンとのエネルギーの差 ∆E が、これを周波数で表した時に 500MHz に相当するような磁石のことです。このスピンにエネルギー差 ∆E に相当する電磁波、つまり、500MHz の周波数をもつ電磁波を照射すると、α-スピンは電磁波のエネルギーを吸収して β-スピンとなり、一方、β-スピンはエネルギーを電磁波の形で放出して α-スピンとなります。このような現象を核磁気の共鳴(nuclear magnetic resonance)と呼びます。そして、吸収(放出)された電磁波の量を検出してデータとします。

2014年12月27日土曜日

かのセスト

下記の論文 communication と書かれてありましたので、ちょっとお茶の間にでも読もうかなと思いダウンロードしてみると、なんと 150 ページもありました。大半は supplement なのですが。。。

Long D, Sekhar A, and Kay LE (2014) Triple resonance-based 13Cα and 13Cβ CEST experiments for studies of ms timescale dynamics in proteins. J. Biomol. NMR 60, 203-208.

ここの所すこぶる忙しく、長らく L.E.Kay さんの論文を読んでいませんでした。久しぶりの Kay さんの論文ですが、この流れるような文章にはいつも感心してしまいます。

英語の文章というと、最近 Essential Cell Biology 4th を買いました。画像や動画をサイトからダウンロードでき、その出来の良さに感動してしまいました。さらに英文が非常に分かり易い!同じ事を表現するのにも、ここまで文章表現を改善できるとは!おそらく、イラストや文章のプロが著者ら研究者の書いた初稿を校正しているのではないかと予想しています。動画は米語発音ですが、生物学英語の listening の練習にもうってつけです。しばらく経ったところで、なんと Molecular Biology of the Cell 6th が出てしまいました。ただ、文字フォントが Essential よりもちょっと小さいような気がします(だんだんと読みにくい年齢に)。ストライヤーの生化学と合わせて読んでいますが、お互いの特徴がそれぞれ出ており、両者を並べて読んだ時の面白さは格別です。例えば「転写」「翻訳」などの章を並べて読んでみてください。お勧めです。

ところで、CEST と DEST の違いは何でしょう?どちらも 1H, 15N, 13C などに B1 パルスを当てます。それをいろいろな resonance-offset から照射します。それぞれの offset において一次元 1H スペクトル、あるいは、二次元 HSQC などを測定し、各ピーク強度と offset の関係のグラフを作ります。DEST は Dark-state Exchange Saturation Transfer の略であり、CEST は Chemical Exchange Saturation Transfer の略です。Dest はアミロイド β-モノマーがプロトフィブリルと交換する系に適用され、DARK で観ることのできないプロトフィブリル状態との交換を観測しました。一方、CEST は ground-state と excited-state の間で交換している系に適用され、観ることのできない後者を観測しています(この論文ではそれぞれ fold した状態 95% と unfold した状態 5% に対応します)。ということは、DEST は高分子量ゆえに普通では観えない状態を観測する方法で、CEST は量少なしゆえに普通では観えない状態を観測する方法なのでしょうか?後でやっと理解したことですが、DEST は高分子では横緩和が速くなることを利用しています。ですので、ground-state と excited-state のそれぞれの R2 の違いを利用しています。一方、CEST では excited-state と ground-state のそれぞれの化学シフトの違いを利用しています。ちなみに、TCS (Transfered Cross Saturation), STD (Saturation Transfer Difference) では、高分子から低分子へ saturation を伝えていますが、これも複合体と単量体の間の交換の系に適用されます。なお、CEST は CPMG よりももっと遅い交換に適用できるらしいです(kex=500 /sec ぐらいの系でもっとも感度が高いですが、この論文では 140 /sec の試料を使っています)。

話をもとの論文に戻しましょう。この実験のパルス系列は基本的には (HACACO)NH に似ています。観測軸は 15N と 1HN で二次元となりますが、13Ca を CEST として観測しますので、これに次元を与えると疑似三次元のようになります。13Ca へは offset をずらしながらスピンロックをかけます。90° パルス幅に換算して 10 ms 程度という非常に弱いスピンロックです(@600MHz NMR, あてる時間は論文では 125 ms, あまりスピンロックが弱過ぎると C-C カップリングで分かれた multiplet を見てしまいます)。これの offset を 30Hz 間隔でずらしながら、それぞれの offset で二次元 1H-15N スペクトルを測ります。

(HACACO)NH では 13Ca(i) - 15N(i+1) - 1HN(i+1) のスピンを通してコヒーレンスを伝えていきます。ですので、あるアミド基のピーク強度は、一個前のアミノ酸の 13Ca の CEST によって変わります。

(HBCBCACO)NH パルス系列を使うと Cb の CEST もとることができます。しかし、ここで注意が必要です。このパルス系列では、Hb → Cb を通して入ってきたコヒーレンスと Ha → Ca を通して入ってきたコヒーレンスとが合流しているのです。そのため、帰属用の CBCACONH では Ca と Cb の両方のピークが見えるのです。しかし、今回のように Cb の CEST だけを見たい場合にはこれはまずいです。そこで偶数回目に 13Ca にだけ選択反転パルスをあてて、13Ca スピンを反転させています。そうすると、偶数回だけ積算した後には 13Ca を通ってきたコヒーレンスはキャンセルし合うことになります。

他にも Kay さんらしい工夫があちこちにありますが、詳細は論文をご覧ください。いずれにしても、励起状態(ここでは unfold した蛋白質)の 13Ca の化学シフトの位置に offset が来ると、saturation の状態になります。この saturation が基底状態(ここでは fold した蛋白質)に交換現象を通して伝わりますので、15N-1H のピーク強度が下がります。スピンロックをあてる時間が長ければ長いほどピーク強度はどんどん下がります。この時の T1rho に相当する緩和時間についてですが、今回の論文のように、本来は 13Ca だけの z-スピンにした方がゆっくりと緩和します。しかし、Fig.S1 に載っているように HNCOCA をもとに CEST を行うと 15N, 13Co と 13Ca の zzz-3 スピン秩序に 13Ca スピンロックをあてることになります。15N と 13Co の緩和が加わる分だけ普通は T1rho が速まってしまいます。ところが、分子量が大きくなってくると、この zzz-3 スピン秩序では 13Co-13Ca の同種核双極子相互作用の J(0) 成分が関与しないので、HNCOCA での T1rho の方が遅くなってくるそうです。なるほど、そこまでは考えませんでした。それにしてもこの Fig.S1 の φ1 位相のパルスについてですが、これは2本の 90 度パルスで、φ1 は前の 90 度パルスのための位相でした。小さい画面で見ていると、合わせて 180 度パルスに見えてしまい、どうも legend に載っている位相回しではおかしいおかしいと悩んでしまいました。

2014年10月29日水曜日

ZZ-交換3

転写因子が DNA 上の特異的な認識配列をどのようにして探すのかについて調べた論文です。

Ryu KS, Tugarinov V & Clore GM. (2014) Probing the rate-limiting step for intramolecular transfer of a transcription factor between specific sites on the same DNA molecule by 15Nz-exchange NMR spectroscopy. J. Am. Chem. Soc. 136, 14369-14372.

NMR の 15Nz-exchange 法を使うと、転写因子が DNA 上の認識配列である A-サイトから B-サイトへどの程度の速度定数で動いたか、あるいはその逆(B-サイトから A-サイトへ)も調べることができます。この論文で著者らが工夫した点は、少なくとも以下の3点です。

1)A-サイトと B-サイトの DNA 配列を微妙に違わせた。両者ともに認識配列であり、異なる箇所は 5' 側の数塩基対だけである。したがって、親和性に差はほとんどない。すると、蛋白質がそれぞれのサイトに相互作用した時の蛋白質側の 1H/15N ピークも微妙に異なってくるので、この転写因子がどちらに付いたかがすぐに分かる。

2)A-サイトと B-サイトの両方をいっしょに組み込んだ DNA 分子と、どちらか片一方だけを組み込んだ DNA 分子の両方を作った。

3)上記の2を作る時に、B-サイトを逆さまに配置した DNA 分子も作った。あるいは、A-サイトと B-サイトの位置関係を入れ替えた DNA 分子も作った。

この(2)の工夫が非常に面白いのです。A-サイトから B-サイトへ移ったことは 15Nz-exchange スペクトルで、A-サイト結合時のピークと B-サイト結合時のピークの間に交差ピークが出ることで簡単に分かります。しかし、同じ DNA 分子内の B-サイトに移ったのか、それとも別の DNA 分子の B-サイトに移ったのかが分かりません。

そこで、著者らは一つの DNA 分子内に A-サイトあるいは B-サイトのどちらか一方しか含んでいない状況で、この DNA 分子の濃度を変えながら交換速度を測りました。そして、この DNA 分子の濃度が0になる地点までグラフを外挿すると、何と交換速度が0だったのです。これが意味することは、DNA 分子から転写因子 HoxD9 が離れてしまって、どこにも付かずに溶媒に漂うことはないということです。確かに、この HoxD9 の親和性は解離定数にして 1nM 以下と非常に強く、HoxD9 がどこにも付かずに単独で泳いでいるような状況は想定外としてよいのでしょう(koff が極めて小さい)。よって、ある程度の量の DNA を入れてあげた状況では、HoxD9 と DNA の複合体に別の DNA 分子がやって来てぶつかった時に HoxD9 がそのぶつかって来た DNA 分子に「乗り移る」と考えることができます。そして、この乗り移りの交換速度 k-inter は、このグラフの傾きから求めることができます。

では、一つの DNA 分子内に A-サイトと B-サイトの両方を含んだ状況で、この DNA 分子の濃度を変えながら交換速度を測るとどのような結果になったのでしょう。この DNA 分子の濃度が0になる地点までグラフを外挿すると、交換速度が 1 /sec 程度の値をとりました。つまり、分子内での A-サイトから B-サイトへの交換速度 k-intra がこれに当たります(なぜならば、上記の結果で HoxD9 が DNA から離れる交換速度 koff は0であることが分かっているので)。 B-サイトから A-サイトへの交換速度も同じ程度でした。

一つ面白いことは B-サイトを逆向きに入れた DNA も作ってあったことです。ところが、B-サイトを A-サイトと同じ向きに入れた DNA を使った場合と交換速度はあまり変わらなかったのです。これは、HoxD9 が A-サイトと B-サイトの間にある時(つまり、非特異的に DNA に付いている時)、それこそ DNA の上で「くるん!」と HoxD9 が瞬間に向きを逆転させたためでしょう(HoxD9 が一度 DNA から離れて遥か彼方に去ってしまってから今度は向きを逆転させた状態で衝突してくるのではない)。

ただし、塩濃度をどんどん減らしていくと、様子が異なってきます。この場合も塩濃度を振りながら k-intra を測定し、そのグラフを塩濃度が0になる地点まで外挿します。すると、HoxD9 が逆転しないといけないような状況では、速度定数が6割ぐらいに小さくなりました。これは DNA にくっ付き過ぎて、うまく「くるん!」ができなかったためでしょう。

分子内の転移(k-intra)の値を比べた結果、HoxD9 が特異的配列から3プライム方向へ1塩基対だけ移動した時にそこで引っ掛かってしまい、律速になっているのではないかという事が分かりました。逆に特異的配列から5プライム方向に1塩基対だけ移動する時は引っ掛かりが少なく、k-intra も 1.6 倍大きいそうです(1.6 ×という値は小さ過ぎてそれほど意味がないかもしれませんが)。

また、分子間でHoxD9 が A-サイトから B-サイトに移る際、どうも DNA 分子の5プライム側の末端から入っていくのではないかと示唆しています。それは B-サイトの5プライム側の境界と DNA 分子の末端との間の距離が短いほど k-inter(A→B) が大きいためです。しかし、これも上記と同じように推測の域を出ません。

実はこの実験法 ZZ-exchange は 2013/4 頃に紹介したことがありました(もうそれから1年半も経ってしまいました)。その時の式では I_AB(tau) と書くと、それは B → A の変化を示すと書きました。しかし、今回の論文では素直に前から後ろの添字の向きに変化すると読んでください。Supplement にこの ZZ-exchange の McConnell の式が書かれています。最近は数値計算ソフトを使えば、この程度の対数行列は瞬時に計算してくれますので、フィッティングには前回の書き下し式を使うよりかは、この McConnell 式を直接つかった方が楽かもしれません。CPMG 法や DEST, CEST 法のフィッティングでもそのようです。しかし、データの S/N 比があまりよくないような場合には、前回紹介しましたように、あるピークとあるピークを足した強度に簡略化した理論式をフィッティングさせ、まずは簡単な変数から fix していく方が信頼性が高くなるでしょう。