2017年9月17日日曜日

永遠に鎖のように

生体内の蛋白質には「対称性をもった同種多量体 homo-multimer の蛋白質」がたくさんあります。例えば、ある軸周りに 180 度回した時に(見かけ上)元と同じ形になれば、2回回転対称と呼びます *。そのような多量体はしばしば更に重合していって巨大な超分子重合体 supramolecular assembly を作りやすいとのことです。これには遺伝子を節約できるという利点があるのかもしれませんが、実際に進化の過程でこの対称性のある多量体が超分子重合体のユニットとして優先的に選ばれてきたのかどうかについては不明のようです。

* 例えば同種二量体(homo-dimer)では、ある軸の周りに 180 度回転させると、基本的には元と同じ形になります。そのようにならないパターンも考えられなくもないですが、その場合は鎖のように永遠に伸びていくパターンになります(....BBBBBB....)。なお、鏡像関係とは異なりますので、ご注意ください。もし、左のサブユニットが L-体アミノ酸からなり、右のサブユニットが D-体アミノ酸からなると、鏡像関係にある二量体となりますが。

ここに、同種多量体として働いている酵素蛋白質があったとします。ひとたびその多量体の表面に変な変異が起こると大変なことになります。その対称性ゆえに変異の位置も対称的に配置されます。たとえば変異により同種二量体 homodimer の表面に Cys が生じたとします。すると、その Cys はちょうど両端に1こずつ存在して、まるで手をつなぐように次々と二量体が連結していくことになるかもしれません。

鎌状赤血球は、たった一箇所のグルタミン酸(Glu-6)がバリンに換わるだけの変異(E6V)によるものですが、そのためにヘモグロビンが重合してしまいます。ヘモグロビンは、完全ではないのですが四量体です。四量体になっている大きな理由は、4つのサブユニットに酸素が次々とより強く吸着するようにするためです(1つ目の酸素より2つめ、2つ目より3つ目というように、だんだんと親和性が高くなります。これを正の協同性とよび、そのお陰でヘモグロビンが肺で一気に酸素を掴めるのです。逆に毛細血管では一気に酸素を放出できるのです)。鎌状赤血球をもった人はマラリアに罹りにくいので、この変異が人の進化の歴史の中で長く保存される結果となりました。しかし、たった一箇所の変異により、このような超分子重合体ができてしまうのは、ヘモグロビンにたまたま限ったことなのでしょうか?それとも対称性をもった同種多量体ひろく全般にも言えることなのでしょうか?

H. Garcia-Seisdedos, C. Empereur-Mot, N. Elad, and E. D. Levy (2017) Proteins evolve on the edge of supramolecular self-assembly. Nature 548, 244–247.

最初に同種多量体について少し触れておこうと思います。よく C5, D5 という書き方をします。前者は環状対称 cyclic 5, 後者は二面体対称 dihedral 5 という意味です。論文の図を見て頂くと分かりやすいのですが、まずはヒトデを連想するとよいかもしれません。ヒトデは手を5本もっています。星のど真ん中を縦軸として 360/5 度ずつ回しても常に同じ形に見える C5 です。しかし、裏返すとヒトデのお腹が見えてしまい、元の背中が見えた状態とは違ってしまいます。放っておくと、足をくねらせて再び背中が上になるように戻ってしまいますが。しかし、ヒトデ二匹を捕まえてきて、お腹どうしをぴたりと合わせたとします。ヒトデのサンドウィッチです(実は硬くて食べられない)。すると、裏返したとしても、もう一匹の背中が出てきて元と(見かけ上)同じ形になります。これが D5 です。この論文では、dihedral の方を扱っています。もし、すべてのヒトデのお腹にアロンアルファを付け、二匹ずつお腹どうしをくっつけたとします。100 匹が最初にいたとすると、これで 50 組の D5 ヒトデが出来上がります。次にこの D5 ヒトデの背中にアロンアルファをつけると、おそらくこれら 50 匹はつながっていって、ヒトデの 50 層の塔が出来上がってしまうでしょう。そうはならないように、ヒトデの背中は仲間の背中とくっつきにくいように進化しているのかもしれません?また、同種多量体の構造にはその他にウィルスのキャプシド正二十面体のような立方対称 cyclic があります。さらに具体的に何個という数値では表せない、つまり永久に伸び続ける細胞骨格チューブリンなどもあります。

表面の電荷をもった残基(Arg+, Lys+, Glu-, Asp- など)を Leu, Tyr に換えると、たとえ普通の細胞内の濃度であっても(濃くなくても)次々に重合して線維になってしまったとのことです。さて、ここでの疑問は、個々の同種多量体の立体構造は変わってしまったのか?それともブロックの形は変わらずに繋がっていってしまったのかどうかです。例えば、脳内でアミロイドを作るような蛋白質は、全くもととは異なる立体構造に変身して重合していきます。また、一般的に凝集、沈殿と呼ばれる現象では、その蛋白質の立体構造が解けてしまって、毛玉のようにランダムに絡みあっていることも多いです。このようなアミロイドや毛玉状の凝集は、それ自体がかなり安定であるため、なかなか元の個々の姿に戻ることがありません。今回の実験では、ひとたび超分子重合体になってしまうと、なかなかその構造を詳しく調べることができないため(ただし、電子顕微鏡による観測は除く)、CD で二次構造の量を調べる時には、界面活性剤 DDM やアルギニンを入れて重合を抑えたようです(アルギニン Arg+ とグルタミン酸 Glu- の混合物はしばしば重合や凝集を防ぐことが昔から知られています。NMR のスペクトルがきれいになることも多いです)。その結果、個々の立体構造そのものは全く変わっておらず、それらがそのままの形で重合していることが分かりました。

ここで見つかったことは、その超分子重合体での接着面になりそうな箇所は、あまり疎水的ではない(つまり親水的である)ということです。もっと詳しく調べてみると、蛋白-蛋白相互作用にはあまり使われていないような残基になっていたそうです。まあ考えてみれば全くその通りで、もし Leu, Tyr のような残基がひとつの同種多量体の表面に対称的に配置していれば、瞬く間にそこを糊代としてベチャベチャと重合していってしまいます。これが起こらないように進化の過程でそれらは「ベチャベチャ "sticky" ではない残基」に留め置いているのでしょう。つまり、重合してしまうことをぎりぎり必死で?防いでいるので、たった1個を置換しただけで重合に負けてしまったと言えます。なお、このことが言えるのは dihedral 同種多量体であって、cyclic の方には当てはまらなかったとのことです。どんどん長くなっていくのは dihedral であって、cyclic の方は、ヒトデに例えるならば、お腹どうしがくっついてサンドウィッチ二量体になって終わりです。そのため、わざわざ sticky でない残基に置き換えるほど進化の圧力がかからなかったのでしょう。

本文の中に「疎水性残基が溶媒に露出していれば、水のエントロピーに利得がある」といったちょっと難しい表現が使われていますが、これは要は(餃子の油がお酢の中ではひとりでに集まってくるように)疎水的な相互作用が起こるよという意味です。実際にはその後にファンデルワールス相互作用も効いてきますので、水のエントロピーだけが疎水的相互作用の全てではありませんが、少なくとも二つの分子が近づいてきてファンデルワールス 力が効き始めるまでは、水のエントロピーが疎水的相互作用を生み出しています。

ここで重要な点は、たとえ重合していっても同種多量体の個々の単位は、UNFOLD していないということです。しばしば重合・凝集というと、蛋白質が毛玉のようなぐちゃぐちゃになった状態を連想し勝ちです。しかし、実際にはこのように規則正しく重合していくことも多く、両者はきっちりと区別して考える必要があります。規則正しく重合した究極の現象は「結晶化」だと書かれています。それにアミロイドなどもですね。また、大腸菌の中の封入体(inclusion body)、硫安沈殿、等電点沈殿などはどちらに入るのでしょう?ケースバイケースかもしれませんが。後者ふたつについては、立体構造は壊れていないことが多いです(水を加えたり、pH をかえると再び溶ける)。ただし、いつも同じ面で対称的に連なっているのかどうか?そして、細胞内やオルガネラ内の条件、たとえば pH が変わることにより、単量体と重合体の間を行き来して制御がなされているような例も知られています。

NMR で蛋白質を観測すると、二次元 1H/15N HSQC のピークがぐしゃっとしていることが多いのですが、その場合にこの蛋白質は unfold して凝集していると即断するのは必ずしも正しくありません。実は構造を保ったまま規則正しく並んでいるだけというケースの方がこれまでに多かったようです。CD の結果では二次構造がちゃんと保たれているのに、ゲル濾過では早めに溶出してくるというような場合がそれに相当します。しかも、ゲル濾過の溶出位置から分子量を換算すると 1.2 量体ぐらいなのです(ほんの少しだけ早めに溶出してくる)。つまり、8割は OK なのだが、2割ぐらいが二量体を組んでいるといった状態です。もちろん単量体の8割を再びリクロマトすると、また 8:2 に平衡状態が戻ります。このような蛋白質はむしろ結晶になりやすい場合があり、これが NMR で最もきれいなスペクトルを出す蛋白質が、必ずしも結晶に最もなりやすい蛋白質と一致するわけではない理由です。この微かな凝集を防いできれいな NMR スペクトルを出す方法については(この単分散性を高めることが難題なのですが)紙面が足りませんので、またの機会にしたいと思います。

2017年9月16日土曜日

大腸菌培養の最少培地 M9 その3

このブログではアクセス回数を見ることができるのですが(誰がアクセスしたかまでは不明)、もっとも多いのがこの「大腸菌培養の最少培地 M9」のようです。ところが、前回からかなりの時間が経ってしまいました。慌ててもう少し進めたいと思います。

「その1」では「10☓ 塩溶液 A」を作りました。「その2」では少し話題が変わり、培地の量を減らす代わりに入れるグルコースの量を増やして、結果として発現量を増やすという方法でした。ですので、今回は「その1」の続きのようになります。

(2) ビタミンと核酸溶液 B (重水でなければ、オートクレーブにて滅菌処理)
核酸
 チミジン(T) 20 mg
 アデノシン(A) 20 mg
 グアノシン(G) 20 mg
 シチジン(C) 20 mg
ビタミン
 チアミン(ビタミン B1)20 mg
 ビオチン(ビタミン H) 20 mg
ミネラル
 10 mM FeCl3 1 mL(10 倍まで可)
 1M MgSO4 2 mL
 50 mM MnCl2 1.0 mL

上記を水道水 880 mL ぐらいに溶かしてオートクレーブ処理する。イオン交換水は使わない。

鉄、マグネシウム、マンガンなどのミネラルが含まれています。なお「その4」に書くように、さまざまなミネラルを含んだストック溶液を作るのであれば、そこにまとめて入れておくこともできます。ミネラルストック溶液などはオートクレーブをできるだけしない方がよいのですが、上記の少なくとも3種類は核酸成分といっしょにオートクレーブしても問題ないようです。

ここでの注意点です。試薬棚に MgCl2 はあるが MgSO4 が無いという時があります。この時、同じマグネシウムだからといって MgCl2 を使ってしまうと、ちょっと厄介なことになります。培地の中に「硫黄源 S」がほとんどなくなってしまうのです。すると、OD-600nm が 0.6 ぐらいまでは大腸菌は何とか育ちます(水道水の中の不純物によるのか?)。しかし、それ以上には育たず悩むことになります。むしろ全く育たないのであれば、それなりに理由を追求するのですが、まずまずの濁度まで育つと「今回はエアレーションが足りなかったのかな?」などと別の原因を考えてしまうものです。

上記の核酸成分は、アデノシンなどリン酸の付いていないヌクレオシドで構いません。ATP, CTP など高級品を入れる必要はありません。またすぐに加水分解されてしまうでしょう。それぞれ 20 mg ずつなどと書いていますが、あくまで目安です。およそ耳かき1杯ぐらいをポイッと入れるだけで OK です。心配な方は2杯ほど。後で書きますが、重水培養の場合はオートクレーブをしないことが多いです(1H の水蒸気が入ってしまうため)。そこでフィルターで滅菌処理をするのですが、核酸やビタミン類がうまく溶けておらず、フィルターで濾し取られてしまいます。そこで、滅菌という観点ではあまりよくないのですが、フィルター処理した後の培地溶液に(できればビタミンだけでも)を追加で耳かき一杯いれましょう。これがなかなか効きます。スパチュラはアルコールで拭いておくとよいでしょう。

また些細な事ですが、かつて念を入れて大きなメスシリンダーで作り、それをリンゴ型フラスコに移してオートクレーブしました。生えが悪いのです。何故でしょう?実は同じようにビタミン、核酸がうまく溶けておらず、リンゴ型フラスコに注いだ時に粉がメスシリンダーの壁にくっ付いたままになっていたのです。初心者の場合、このような些細なことが積み重なり、不思議なほどに菌が育ちません(特に重水培養)。数年間なんども経験を重ねると(その間、かなりの額の重水を浪費しますが)、自然にちゃんと生えるようになります。しかし、どの操作が実質的に改善に効いたのかを後で考えてみても思いつかない場合が多いものです。ここに書いた失敗談はもちろん私個人だけのものではなく、黙々と実験する人があまりいなかった当時の環境での 15 hr/day(もちろん、アルコール浸りも含めて)の情報交換(おしゃべり?)によるものです。

鉄 FeCl3 の溶液ですが、昔に比べて入れる量が増えてきています。増やすほどよく生えるので、もっと増やせるかもしれません。ところが本来は鉄をあまり入れ過ぎると良くはないのです。実はその理由が意外にも別のところにあります。鉄試薬の中には微量の変な金属が混じっています。それを trace-metal と呼ぶのですが、どうもそれが効いているらしいのです。そのため、high-grade, high-puritiy Fe などの高級な試薬を選ばずに、いっぱい不純物の入った安い鉄試薬を使いましょう。上記では最終濃度は 10 uM となります。ところが 100 uM 程度までは可能なようです。いろいろな trace-metal の組み合わせ(その4で紹介)を作ってもよいのですが、面倒な場合は代わりに 100 uM 分入れることで対応できるかもしれません。

同じようにイオン交換水や RO 水は時にはダメです。水道水がよいです。特に誰もそのまま飲みたがらないような古い建物の水道水そのままがよいです。さすがに以前の私の建物の水道水のように出てきたはなから明らかに茶色というのはダメかもしれません。その場合は、簡単なフィルターを通せばよいでしょう(イオン交換ではなく、ただの糸巻きフィルター)。これは冗談ではなく本当の話ですが、発現が悪くて何ヶ月も悩んでいたことがあり、ある時、断水の後の汚い水道水をそのまま使ってみると、SDS-PAGE に 5mm はあろうかというバンドが現れたことがありました。嬉しかったのですが、なんてちっぽけな事で何ヶ月も浪費してしまったことかとかなり悲しい気分でした。ちょっと過去のデータを探してみたのですが、差がはっきり出た時のデータが見つかりませんでした。


さて上記の溶液が出来上がれば、オートクレーブです(重水培地ではオートクレーブせず、フィルター処理)。その時にマグネットスタラーを入れておくと良いかもしれません。そして、よーく冷やしてから、先の「10☓ 塩溶液 A」を加えます。したがって、このビタミンと核酸溶液 B の方を、実際に使う予定の培養フラスコに作っておくとよいでしょう。エアレーションをよくするためにできるだけ大きなフラスコ、さらにバッフル付きを選びます。ここでよく混ぜておきましょう。そうでないと、次にカルシウムなどを入れた際に、リン酸カルシウムなどの沈殿が生じてしまいます。混ぜるのは必ず冷やしてからです。急ぎの場合は、マグネットスタラーでかき混ぜると早く冷めます。低温室に静かに置いておいても、表面だけが冷えて中の方はまだ熱いなんてことが起こります。熱いまま混ぜてしまうと、ここ勉強不足で申し訳ないのですが、大腸菌にとっての毒素ができてしまいます。そこで、両者を先に混ぜてオートクレーブしてもいけません。

さて、ここまで読んですでにオートクレーブを始めてしまっていたら、どうもすみません。プレカルチャーのことを忘れていました。上記は培地 1L での仕様です。その場合、プレカルチャーとして 100-200mL ぐらいが適当です。そこで、出来上がった B 溶液のうち 88mL を小さめのリンゴ型フラスコにとっておき、オートクレーブするとよいでしょう。あるいは、小さめの「空の」リンゴ型フラスコの底に水を 100cc ほど入れておいてオートクレーブするとよいでしょう(後でその水は捨てます)。そして「その4」で書くように、A + B 以外のさまざまな試薬を混ぜておいてから 100cc だけをその小さめのリンゴ型フラスコに移すとよいでしょう。どちらか好きな方を選んでください。注意点は pre-culture 培地に [13C]-glucose などを入れても、main-culture 培地にはまだ入れてはいけないということです。ちゃんと pre-culture で大腸菌が育っているのを確かめてから、植え継ぐ直前に [13C]-glucose, [15N]-NH4Cl, 抗生物質などを加えます。

付録:

上記の金属ストック溶液の濃度を間違えてしまうと駄目ですので、ちょっと参考までに学生に計算してもらいました。

FeCl3 を 0.81 g 秤量し、水を加えて 50 mL にすると 100 mM となる。
MgSO4・7H2O を 12.31 g 秤量し、水を加えて 50 mL にすると 1,000 mM となる。
MnCl2・4H2O を 0.49 g 秤量し、水を加えて 50 mL にすると 50 mM となる。
CaCl2・2H2O を 0.37 g 秤量し、水を加えて 50 mL にすると 50 mM となる。
ZnCl2 を 0.14 g 秤量し、水を加えて 50 mL にすると 20 mM となる。

もちろん、水和水の数が異なる試薬しか試薬棚にはないかもしれません。その場合は、モル濃度が同じになるように、ちょっと計算しなおしてください。上記はいずれも最終 50 mL になりますので、フィルター処理して 50 mL ファルコンチューブ(in 冷蔵庫)に入れておくと、何年でも大丈夫でしょう。なお、重水培養の時のために、重水で溶かしたストックもあってもよいかもしれません(水和水から 1H が少し混入してしまいますが)。遮光の意味でアルミホイルに包んでおくとよいでしょう。なお、FeCl3 の濃度が 100 mM と上記の 10 倍濃いですが、これを 1 mL/(L medium) 加えても大丈夫なようです。水が赤茶けて心配になりますが、今のところ大腸菌の育ちはむしろすごく良いです!

2017年9月4日月曜日

6量体といえど大きい

ちょっと書きかけの状態で長らく置いてしまっていた文章を見つけてしまいました。本当はもっと全部をしっかりと読んでからアップロードすべきなのですが、時機を逃してしまいましたので、未完成ですがアップしてみます。ここ4年程の間に連続して出ている巨大蛋白質の NMR 解析についてです。第一著者の女性は、ICMRBS-Kyoto をはじめ、さまざまな学会賞を受けておられます。

Rosenzweig R, Moradi S, Zarrine-Afsar A, Glover JR, and Kay LE. (2013) Unraveling the mechanism of protein disaggregation through a ClpB-DnaK interaction. Science 339, 1080-1083.

Rosenzweig R, Farber P, Velyvis A, Rennella E, Latham MP, and Kay LE. (2015) ClpB N-terminal domain plays a regulatory role in protein disaggregation. Proc. Natl. Acad. Sci. U S A. 112, E6872-6881.

Rina Rosenzweig and Lewis E. Kay (2016) Solution NMR spectroscopy provides an avenue for the study of functionally dynamic molecular machines: the example of protein disaggregation. J. Am. Chem. Soc. 138, 1466–1477.

Unfold した蛋白質は ClpB の N-末端ドメイン(NTD)に捕まります。その際、構造の壊れている蛋白質のどこが掴まれてしまうのかですが、どうも一連の 3~6 残基からなる疎水性領域のようです。つまり、何かしらの目印となるようなタグが付けられているわけではないということです。この疎水性領域はちゃんと fold した蛋白質の表面にはあってはならないわけですが、ただ一連の疎水性領域というだけで特異性が出ている(ClpB がちゃんと fold した蛋白質については間違えて摂り込まない)のは驚きです。また、いろいろな unfold した蛋白質を加えた場合に観られる ClpB 側の化学シフト値の変化は、加えた蛋白質の種類によらずいずれも同じような傾向を示すそうで、これは両者の複合体がダイナミックに動き続け、化学シフト値の変化が平均化されていることを示しています。そのようなダイナミックな状況でも特異性が出せるのも驚きです。

一方、NTD のどの箇所で unfold した蛋白質を捕まえるのかも NMR で検出できており、それらのうち少なくとも4残基は(Trp6, Leu14, Leu91, Leu111)のようです。いずれも疎水的な残基です。そして、これらを Ala に置換すると、予想された通り unfold した蛋白質との相互作用はなくなり、そのため NTD 側の化学シフト値は滴定で変化しませんでした。また、NTD は通常は ClpB の真ん中の穴を塞いでおり(ClpB は6量体で六角形をとる)、unfold した蛋白質と相互作用した場合に穴の入り口を開けるそうです。すると、unfold した蛋白質の鎖がその穴に引きこまれ、穴の中にある6個の Tyr243 からなる Tyr-pore と相互作用します。すると、ATP の加水分解が促進されるとのことです。このように、まず最初に NTD が unfold した蛋白質を捕まえ、それで蓋が開いて、次に Tyr-pore が捕まえるという流れが ATP の加水分解に必要なようで、もし、NTD をすっかり取り去ってしまうと、中心の穴の入り口を塞いでいた蓋はなくなるので、一応はペプチド鎖は穴の中に入っていくことも条件によってはありますが、その効率は下がり、ひいては ATP 加水分解の速度も落ちてしまうのです(しかし、蓋が閉まったままの NTD の変異体よりかはまし)。

高度好熱菌が由来の蛋白質で 55 ℃で測定しています。NTD ドメインだけでも NMR 測定ができたり、97 kDa の単量体(intact では6量体)にして測定もできています。さらに refolding を通してインテインによる segmental-labeling まで行っています。いつかご紹介する ATCase(Aspartate Trans Carbamoylase) もそうですが、このような激しい処理をしても沈殿や凝集を起こさないような蛋白質は非常に稀ではないかと思います。

確かに 97*6 kDa の分子量でも Ile, Leu, Val のメチル基だけを 13C/1H で、残りを 2H で標識し、methyl-TROSY(パルス系列としては普通の 2D 1H-13C HMQC と同じ)を使えば、なんとか測定できます。このように分子量の限界はかなり大幅に克服されつつありますが、さすがに対象が大きいだけに、今度はメチル基といえどもピークどうしが重なってくるようになってきます。そこで、立体特異的に標識された Leu, Val の前駆体を使う必要が出てきます。これまでの前駆体はラセミ体であり、二つのメチル基の内どちらか一方だけが 1H/13C にはなるものの、どちらになるかは五分五分の確率でした。したがって、大量の(10 の 20 乗レベルの分子数)の信号を足し合わせると、geminal な(双子の)メチル基は両方ともピークとして二次元スペクトル上に現れてしまうのです。大きな分子量に対処するためのもう一つの方法は segmental-labeling でしょう。ここでも NTD だけをメチル基標識し、それ以外の6量体の部分は重水素化しています。これによって、分子量の合計値は 580 kDa と巨大なのですが、観えてくるピークは NTD 由来だけとなります。もちろん、インテインや Sortase を使って部分標識できるような蛋白質に限定されてしまいますが。

つい最近、次のような総説が出ました。

Jiang, Y., and Kalodimos, C.G. (2017) NMR studies of large proteins. J. Mol. Biol. 429(17), 2667-2676. doi: 10.1016/j.jmb.2017.07.007.

もちろん Kalodimos さんの総説ですので、例として齋尾先生の Triger-Factor chaperone のダイナミクス構造解析も紹介されています。今後 MDa 級の大きさの蛋白質を解析していくには、1)メチル TROSY(今は Met, Ile, Leu, Val, Ala, Thr の5種類の標識が可能)が必須であること、2)それで感度の問題が克服されたとしてもピークのオーバーラップや帰属の問題が出てくるので、安定同位体標識のさまざまな手法を駆使して、区分的に標識していくこと、3)構造や相互作用の解析では(重水素化のために)NOE がとりにくくなるので常磁性効果の導入が必要であることなどが書かれています。例えば、上記の segmental labeling、それから Leu, Val の二つのメチル基のどちらかだけを立体特異的に標識すること、LEGO-NMR なども重要です。また、大腸菌の発現系ではうまく fold しない蛋白質も増えてくるので、酵母系や昆虫細胞系でのメチル基の標識技術も発展させる必要があります。

このような高分子量蛋白質の NMR 解析の論文をみると「divide-and-conquer approach をとった」としばしば書かれています。「分割統治法」と訳され、要は大きい対象は小さく分割して、それぞれを解決してから後でそれらを組み立てて元の大きさにまで発展させる一般手法のことです。上記の ClpB のようにドメインやサブユニットに分けても大丈夫な場合には、その小さいセグメントから解析した方が結果的には早いでしょう。しかし、ばらばらにすると崩壊してしまう蛋白質も多いので、いつもこの方法が使えるというわけではないと思います。また、最近の電子顕微鏡のように大きいままで観てしまえるような手法も出てきています。したがって、これらの手法に対抗しようとするのではなく、むしろ複数の手法を組み合わせることによって、構造生物学としての情報量を増やすことがますます重要になってくるのでしょう。いずれにしても、MDa レベルにまで NMR が達したというこの進展は快挙だと思います。

2017年8月18日金曜日

もうすぐ動画「酵素の旅」ができるかも

先日の2つ前の記事では、超高磁場 NMR を使うと、いわゆるスペクトルにおける分解能と感度が上がる(静的な分解能と感度の上昇)だけでなく、CPMG 実験などダイナミクスの観測においても分解能と感度が上がる(動的な分解能と感度の上昇)ことを書きました。静的な方はイメージとして掴みやすいのですが、これだけですと X-ray 結晶構造解析でよいではないかという議論になってしまいます。しかし、超高磁場 NMR における静的な特徴はそのまま動的な特徴にもつながりますので、むしろ NMR で得意とする動的(ダイナミクス)観測においても、分解能と感度が上昇するという点が重要です。

ある方から下記の出来立てほやほやの論文を紹介していただきました。なるほど読んでみると大変面白かったので、是非一読をお勧めいたします。

Oyen D., Fenwick R.B., Aoto P.C., Stanfield R.L., Wilson I.A., Dyson H.J., and Wright P.E. (2017) Defining the structural basis for allosteric product release from E. coli dihydrofolate reductase using NMR relaxation dispersion. J. Am. Chem. Soc. 139 (32), 11233–11240. doi: 10.1021/jacs.7b05958.

DHFR(ジヒドロ葉酸還元酵素)の遷移状態での構造を NMR の CPMG 実験を通して解析しています。遷移状態のモル比は非常に小さい(数パーセント程度)ですので、結晶もなかなか出ませんし、また NMR の二次元スペクトルでも現れてきません。

しかし、基底状態で CPMG 実験を行うと、基底状態と遷移状態の間の交換現象を観ることができ、さらにデータに理論式などをフィティングすることにより「遷移状態での二次元スペクトル」を(もちろん完璧にではないですが)予測することもできます。実際は見ることのできない架空の遷移状態でのスペクトルを CPMG では見積もれる点がたいへん強力です。

さらに、これまではアミド基の 15N の CPMG がよく利用されていたのですが、今回はメチル基の 1H の CPMG が観測されています。これは高分子での感度を上げるためです。特に今回の補酵素 NADP+ や生成物 THF は芳香環を含んでいます。芳香環にはπ電子が回っていますので、その近くにある 1H の化学シフト値がπ電子に強く影響されます(環電流効果)。その結果、NADP+ や THF の向きが変わると、その近くにある 1H の化学シフト値が大きく変わり、しいては CPMG にも大きな変化となって現れてきます。基底状態と遷移状態とでは、NADPH, THF の向きが変わっており、これが最終生成物である THF が効率よく酵素から放出される仕組みであることが、今回の実験から分かりました。

DHFR: THF: NADPH 複合体が不安定であるため、結晶構造解析が成功しなかったようです(NADPH がすぐに酸化してしまうため)。NADPH の代わりに酸化型の NADP+ で、かつ、生成物 THF の代わりに安定化アナログ ddTHF で複合体の結晶は解析されていますが、NMR の化学シフト値を解析してみると、結晶内での ddTHF 部分の構造は歪められてしまっていたことが分かったようです。創薬ではこのようなアーティファクトに気を付けないといけないですね。そこで、実際の遷移状態の構造を解析するために、NMR の CPMG 実験が利用されました。

図1の3つのモデル図に対応しています。

構造1:occluded(閉鎖)型 基底状態 DHFR: THF: NADPH 複合体
構造2:closed 型 遷移状態 DHFR: THF: NADPH 複合体(小さいモル比のため「見えない」はずの構造を「観た」のが今回の実験の成果)
構造3:closed 型 基底状態 DHFR: NADPH 複合体

以前の 1H/15N-CPMG 実験から、構造1と構造2の間で交換が起こっていることまでは分かりました。しかし、メチル基の 1H は近くにある芳香環の環電流効果の影響を受けやすく、構造変化に対して非常に敏感ですので、メチル基の 1H の CPMG が測られました。メチル基の 13C の CPMG を測定してもよいと思いますが、論文によると、試料が不安定なため短時間で測定を終えなければならず、メチル基の 1H だけしか十分な感度に達しなかったと書かれています。

そして(構造1と構造3それぞれの二次元スペクトルの化学シフト値の差)=(メチル基 1H の CPMG 実験から見積もられた構造1と構造2の化学シフト値の差)という結果になりました。

ここで、遷移構造である構造2はモル比も小さいので、NMR で直接二次元スペクトルを観ることができません。また、結晶構造もありません。しかし、CPMG 実験から「もし遷移構造2のスペクトルが観えたとすれば、きっと取るであろう化学シフト値」を見積もることができます。

以上の結果から、構造2と構造3は非常に似ていることが分かりました。つまり、両方とも NADPH のニコチンアミド部分が活性部位の cavity に入り込んでいます。さらに、構造2では、ニコチンアミド部分の瞬間的な侵入により THF のプテリン環が押し出されています。このようなアロステリック効果により、THF が効率よく放出されて酵素反応が終了して回転 turn-over することを見つけました(THF が勝手に離れていく現象もありますが、これはもっと遅い)。

試料調製の項をみると、酸素による酸化を避けるためにアルゴンガスの中で調製しています。同じ溶液内に NADPH を還元状態にできるだけ保つための酵素系も入れてあります。NADP+ のニコチンアミド部分は周りの 1H に環電流効果を及ぼしますが、NADPH のニコチンアミド部分は二重結合はあるものの環電流効果をもちませんので、周りの 1H の化学シフトにはそれほど大きな変化を与えません。そのような違いから、NADPH が酸化していないかどうかを判定したそうです。そのような試料調製の困難さも高い評価に繋がっているように思います。

それにしてもお見事な英文ですね。最近は L. E. Kay さんの文章をお手本にしていますが、今回も流れるようなほれぼれした文章で、ちょっと酔ってしまいました。

2017年8月17日木曜日

NUS んでよかった。

「あーーっ、また地震 .... 。」環太平洋は地震ばかり。

せっかく気合を入れて測定している HNCOCACB-trosy が台無しです。次の測定時間が来るまで帰属作業もおあずけ。と落胆していたのですが「待てよ、これは NUS(non-uniform sampling)で測定していたんだ!」ということを思い出しました。そこで測定をそのまま続け、先ほど測定が無事に?終わりました。下が3日分の FID 信号を左から右に並べた図です。


変な FID が一つ混じっています。これを拡大すると、振幅が他のに比べて異常に大きいことが分かります。フーリエ変換すると、やはり水のピークでした。


地震でシムがむちゃくちゃになり、水 1H の周波数がブロードになり、水選択パルスの効率が落ちて FID に水の信号が乗ってしまったのです。しかし、NUS ならば、この FID と周辺だけを除くと問題ないはずです。今からそれを試してみようと思います。

まず問題の FID の番号が 2519 であることが分かりました。#2518 と #2520 は問題ないようです。ところが、15N と 13Cab の両方を real と imaginary で測定していますので(厳密には TROSY ですので、15N 軸はそうではありませんが)、#2519 を含む4つの FID をいっしょにセットで除かないといけません。すると、#2517 から #2520 の一連の FID がそれに相当することになります。また、NUS の番号では 2520/4=630 になりますので、NUS-list の 630 行目を消さないといけません。というわけで早速 Perl で4つの FID を除くプログラムを書きます。もう Perl を使っている人なんていませんね。皆 Python 一色です(駱駝の化石です。でも生きている蛇は苦手。若手の人には意味不明かも)。念のため最初は4つの FID 部分に zero を入れて、本当に目当ての箇所のデータを書き直しているかをチェック。結果、バグっていました。歳をとるとこれしきのプログラムですら間違えてしまいます。情けない。書き直して再挑戦。今度は大丈夫でした。後は fid.com の NUS の数値を誤魔化して go です。ついでに Smile も。


HNCACB-trosy と HNCOCACB-trosy を並べてみました。前回は、重水素デカップリングがうまくいかず何度も試しているうちに試料に凝集が起きたりして、HNCOCACB では1割以下の数しかピークが出ませんでした(しかも N-, C-末端部分のみ)。今回は期待できそうです。

HNCACB のとあるピークと HNCOCACB のとあるピークが同じ化学シフトにあるように見えます。これは HNCACB では 1H(i), 15N(i), 13Cab(i-1) の共鳴もついでに見えるためです。しかし、よく見ると、ほんの少しですがずれている場合があります。これは、13Cab(i-1) と13Cab(i) の共鳴値がほとんど同じであるために起こります。図の縦線が引かれている箇所の 13Ca ピークをご覧ください。この蛋白質にはこのようなケースがたくさん見られ、これをさっと見分けるには数年の経験を要するかもしれません。しかし、この程度でもずれていたらそれは重なっているピークなのだということさえ認識できれば、問題ないと思います。若手のみなさん、AI に負けないように頑張りましょう。

重水素デカップリングの問題も NUS の導入からは全く出ていません(この前の記事をご参照ください)。NMRPipe による NUS-IST もお見事です。Smile は線形はよいのですが、それゆえスペクトルは時間データに忠実な感度になるようです(NOESY 向きか?)。一方、IST は魔法がかかって騙されたかのようにシャープな感度のよいピークをプレゼントしてきます(その分、線形が崩れることもありますが、今は質より量が大事)。よって、とにかく帰属ができるかできないかのぎりぎり路線で戦っている(塵であってもピークかもしれないという可能性に賭けて拾っている)今の状況では、とても有難い存在です。

ところで、今更なのですが(real time で書いていたため)。
上記のように、地震が起きた時の FID データをせっせと除いたのですが、除かないでプロセスしたデータと試しに見比べてみた結果、ほとんど違いはありませんでした。お笑いです。時間軸データにおいてある点だけが局所的に変になったとしても、それをフーリエ変換などで周波数軸スペクトルに転換すると、被害が散らばってしまいます(局所的←→全体的)。ほんの少しだけスペクトルのノイズが多くなったのかもしれませんが、と思い込んでおきましょう。

2017年8月16日水曜日

1,200,000,000 Hz 磁石

論文ではないのですが、下記のニュースが先日伝えられました。

Schwalbe, H. (2017) New 1.2 GHz NMR spectrometers- new horizons? Angew. Chem. Int. Ed. Engl. doi: 10.1002/anie.201705936.

超高磁場 1.2 GHz NMR の磁石は、地磁気の 50 万倍(28.2 テスラ)のお大きさとなります。まずこの静磁場の大きさに驚きですが、単に大きいだけではダメでして、試料が入るサイコロほどの空間のどこを測っても静磁場強度が同じでないといけません。この均一性の誤差は 99.999....% 以内(書き間違えますので、"9" が 10 個も並ぶ精度だと覚えておくことにしましょう)。

超電導技術もこれまでとはちょっと違うそうです。これまではコイルの材質にニオブスズ (Nb3Sn) を使っていました。しかし、超電導は自分で作った磁場に弱いという悲しい性質がありまして、1.2 GHz レベルになると自滅してしまいます。そこで、イットリウム・バリウム・銅酸化物のようなレアメタルの合金も同時に(ハイブリッドとして)使うそうです。しかし、上記のような均一な磁場を作るのは技術的にたいへん難しいとのことです。

それで数年前までちょっと無理とも言われていたのですが、どうもこの記事によると、2017 年中に 1.1 GHz を、そして来年 2018 年には 1.2 GHz を納めると書いています。文章をそのまま載せますと、Bruker plans to deliver the first 1.2 GHz magnets next year. 「magnets」と複数形になっています。すでにフィレンツェ、フランクフルト、ゲッティンゲン、ユーリッヒ、リール、ミュンヘン、ユトレヒトが発注済みとのことです。それぞれのラボの先生の顔が浮かんできます。それにしても、何故ヨーロッパだけこれほど進んでいるのでしょう?

なぜ大きな磁石の方がよいのかという点を説明するのは大変です。もちろん最大の理由は感度が上がるため、そして、分解能も上がるためです。すると、薄い濃度の試料でも、ピークが全て解れて観えるということになるのですが、これは静的な状態での話です。

NMR はそこで終わるともったいなく、実際には動的な状態での「分解能」と「感度」もアップすることにも注目しないといけません。「動的な」とはまさに「ダイナミクス」を観ようとしている場合のことです。昔は蛋白質は固定されたある一つの形を保っているものと仮定して、その一つの形を解いてきました。しかし、この考え方だけでは「ただ単にある安定な構造を決めただけ」となり、その後が続きません。構造はいつも動いていて、酵素などが機能を発揮するときには遷移構造に移ります。しかし、この遷移構造にははかなくも一瞬の寿命しかなく、この構造をじっくり「静的に」解こうというわけにはいきません(遷移状態を模倣したアナログ基質を入れた実験、NMR-CPMG 動的実験、自由電子レーザ実験などにより可能)。ということは複数の構造が高速で入れ替わっているような混ぜ混ぜ回転状態を観察しないと、生命機能や最先端創薬に迫ることが難しい時代になってきたのです。

これを交換状態と呼びますが、NMR で交換状態を観測した時、静磁場が大きい程より分かれた形での情報を得ることができます(ダイナミクスの分解能が上がる)。もし NMR の教科書をお持ちであれば、slow-exchange などの項目を読んでみてください。小さい磁場では一本に観えるピークでも、高磁場で測ると2本に観えると、よく説明されています。NMR のダイナミクスの実験は CPMG などなかなか理解するのが難しいのですが、基本的にはこの2本と1本のピークの話に集約させることができます。たとえ slow-exchange とみなせないほど速い fast-exchange の系であっても、その検出感度は静磁場の2乗に比例してアップします。このような fast-, intermediate-, slow-exchange の関係があるので高磁場の方がよいのですよと NMR の専門外の方に説明するのは、私のプレゼン技量ではちょっと無理かもしれません。まとめると「静的状態ばかりでなく動的状態においても感度と分解能が上がる」と言えます。

さらに、細胞内の蛋白質をそのまま観たりなど、観測したい蛋白質の周りの環境も、これまでのちゃんと精製されたきれいな緩衝液ではなく、実際の細胞、血液のような何が入っているのか分からないような混ぜ混ぜ状態になってきました。このようなヘテロな系を観るには「分解能」と「感度」が、成功するか失敗するかの境界線を決める要素になってくるのです。

では「分解能」の次に「感度」の話に移りましょう。ここで測定時間について考えると面白いことが分かります。よく「感度が2倍に上がった」などと言いますが、この場合、測定時間は 1/4 でよいことを意味します。感度は静磁場強度の 3/2 乗に比例しますので、これを測定時間に換算すると、静磁場強度が上がるごとに極端に短い測定時間で済ませられることになります。日頃このような事をあまり意識しないので(というより、大きな NMR にはさらに難しい試料をこれでもかと突っ込んでしまうので)これを証明するようなデータをとっていませんでした。しかし、あらためて考えなおすと 600 MHz を 1.2 GHz に変えた(買えた、替えた?)場合、8時間かかる実験が1時間でよいことになります。本当は昔のようにもっとのんびりと測りたいものです。しかし、それは世界中皆が同じスピードの時にはよいものの、8倍はやくデータを出してくるようなグループが地球の裏側に一杯いるような状況になると、やはり焦ってしまうものです(悲しいかな2番手には何も残りませんので)。

いまフーリエ変換待ちのデータが山ほどあることに気づきました。フーリエ変換そのものではなく、NUS プロセスなのでちょっとややこしいのです。明朝にはまた次のデータが入ってくるので、今年もお盆なしです。

2017年7月24日月曜日

重水素デカップリング

重水素デカップリング?「何を今さら」という感じでしょうが、つい数週間まで重水素デカップリング deuterate-decoupling がうまく行かずに悩んでいました。重水素デカップリングは、2H, 13C, 15N などで標識した蛋白質で、HNCACB などの3次元4次元スペクトルを測定する時に使います。この重水素デカップリングをしないと、13Ca, 13Cb などの横磁化が「第二種のスカラー緩和 scalar relaxation of the 2nd kind」という変な名前の機構で速く緩和してしまうのです。非常に簡単に書きますと、13C に結合している 2H の縦緩和がそこそこ速く、この T1 緩和によって 2H のスピン状態が変化してしまいます(スピン量子数 1/2 のスピンならば、スピンの上向き(α)と下向き(β)が速く入れ替わると表現できるのですが)。一方 13C は 2H と 1J(CD)-coupling しているものですから、その(J-coupling で split した)3重線が速く入れ替わってしまいブロード化してしまうのです。解決法は、そのなまじっか速めの交換をもっと速くしてやることです。つまり、2H に 180° パルスを連続的に当てて(Waltz なでも OK)、2H のスピン状態をもっと高速に入れ替えてやります。すると、13C の三重線も高速に入れ替わるので、真ん中の共鳴位置にうまく平均化されシャープになります。ちょうど多重線の間の intermediate-exchange を fast-exchange にあえて変えてやるのに似ています。

もう 25 年も前にごく普通に毎日のように測定していたのに、何故いま頃?と思われるかもしれません。実は、この問題に気付いたのは、もうかれこれ8年ほど前です。磁石が 800, 950 MHz と大きくなってくると、1日に蒸発するヘリウムの量も多くなってきます。すると、その中にある超電導コイルの位置もほんの少し(ミクロン単位?)ずれてきてしまうそうです。液体ヘリウムや液体窒素が蒸発することによって、磁石そのものがほんの少し傾くのか、それとも浮力の大きさなどが変わってきて超電導コイルが傾くのかはよく知りません(小さめの磁石では超電導コイルが(水面ではなく)He 面より上に出てしまうことはよくあります。しかし、pumping-magnet では常に浸っているはずなのですが)。とにかく、そのような何かしらの理由により、z1 あたりのシム値が1日でかなりずれてしまいます。500, 600 MHz 級ですと、この問題はほとんど起きません。さらに、地球の自転によってもシム値が少しずれるのです。12 時間後にちょっとシムが落ちているなあと思っていても、24 時間経つと回復していたりもします。そこで、このような測定中のシムの悪化を防ぐために、3日間ぐらいの測定の最中ずっと自動シム autoshim をかけっ放しにしています。これがうまく働くと、シム値はほとんど下がらずに3日後に無事に測定が終わります。今どきクライオプローブで三次元に3日間も時間をかけていては笑われてしまいそうですが、実際 10 μM ぐらいで分子量が 100k を超え、さらに構造交換が起こっていたりすると、3日間かけても期待の半分ぐらいの数のピークしか観えず、HNCOCACB-TROSY at 293K なんてどんなに頑張っても(頑張るのは機械の方ですが)何も観えないのです(厳密にはこれは嘘。Asn, Gln の側鎖だけ 13Ca と13Cb が逆さになって観えます)。

その autoshim 機能なのですが、しばしば初日はちゃんと機能しているのに、2日目のある時点でシムを良くさせるどころか、逆にこれほど悪いシムは見たことがないだろうという程にまで逆に機能してしまうことがあるのです。「もう本当にどうしてしまったの?とうとう壊れたの?」と首をかしげ、直後にうなだれてしまいます。ロック画面には常に重水信号のピークトップが示されているのですが、それが画面の底辺をうにょうにょと這っている状態にしばしば遭遇します。もうそうなると測定は最初からやり直しです。ただし、これまでただ指をくわえて眺めていたわけではなく、いろいろと対策を試みてきました。たとえば、autoshim を何秒に一回作動させるかの interval をいろいろ(1-8 sec)と変えてみる、標準パルスプログラムの重水素デカップリングの on/off 切り替え時間 4usを 30us に延ばしてみる、lock-hold on/off の時間を変えてみる、あるいはその命令の場所を変えてみる、元旦であろうが年中無休で監視に行き、測定の最中に数時間かけて手でシムを少しずつ上げる etc. 結果はというと、少しだけ良くなったりしました。しかし、依然、測定が最後までちゃんと行くかどうかは画面の前で両掌を合わせて拝むしか無かったのです。ただし、8年もこのような事と戦っていると、そのうち先方の癖に気づき始めました。まったく同じ測定をやり直すと、およそ同じ個所まで進んだ時点で落ちるのです。これは何を意味しているのかといいますと、パルスプログラムの中の重水素デカップリングの長さと、autoshim の on/off とが、あるタイミングで変な干渉をし、それがある一定時間継続した時に autoshim は豹変して裏切りを始めるということです。確かに、もし autoshim がいつも 2H-decoupling の真最中に作動してしまうようなタイミングにぶつかれば、シムを良い方向に動かすことは不可能になってしまうでしょう。もし、autoshim の on/off がパルスプログラムの中の命令で制御できれば、この問題はすぐに解決です。しかし、両者は別々の系統で制御されているのでしょう。パルスプログラムでは、t1, t2 などが increment されていきますので、2H-decoupling の長さについてもある周期性をもっています。一方 autoshim の方もこれは一定の周期性をもっています。これがあるタイミングで変なぶつかり合いをした時に暴走が始まるようなのです。

そこで思ったのは、パルスプログラムの周期性をめちゃめちゃにしてしまえば?ということでした。これは実は nonuniform-sampling, NUS を使えば簡単にできてしまいます。今まで NUS をあまり使わなかったのですが、最近 NMRPipe-IST や Smile(両者は別物です)があまりにうまく働くので重宝しています。そして、2H-decoupling の測定に NUS を使うと、これが何とこけないのです。今のところ成功率 100%!(autoshim の interval 7 sec, z1 +-2)。おそらく変なタイミングで干渉が起こっても、それが規則的に継続するわけではないので、すぐに autoshim が良い方向に向けられるのでしょう。このような理由で NUS を使うというのも変な話なのですが。まあ、なんとも長い闘いでした。2H-decoupling で悩まれている方は是非お試しください。